「連休のロシア三昧」

2007年5月8日 (火)

連載 許光俊の言いたい放題 第110回

「連休のロシア三昧」

 ロジェストヴェンスキー指揮ストックホルム・フィルのボロディン交響曲全集が売れているようだ。確かにめいっぱい詰まった2枚組でお得。これを機に私も聴き直してみた。
 演奏の特徴は、とにかくロシア音楽、あるいは5人組の音楽というと想像されるいかにもなローカル色が薄く、マイルドな都会風味で聴かせること。もっともこれはロジェストヴェンスキーやオーケストラだけのせいではなく、たっぷりとホールの響きを取り入れた元シャンドスならではの録音によるところもきわめて大きいだろう。ロジェストヴェンスキー自体は、本来かなりメリハリが強い音楽をやる人である。
 総じてリズムがロシアのオーケストラのように踏ん張ったものではない。さすがにあっさりし過ぎと感じる部分もあるが、逆に、スケルツォ楽章など、軽さが心地よい場合もある。筋金入りのロシア好きには薄味すぎるかもしれないが、これからの暑い季節には快適だ。おもしろいことに、最初はロシア風の強烈さがなくて物足りない気もしなくはないのだが、耳が慣れてくると、演奏様式が淡泊ゆえにボロディンの書法がくっきり浮き上がってきて、素直に楽しめる。
 第1交響曲では緩徐楽章がきわめてデリケートできれいだ。甘いといっても、普通のボロディン演奏の甘さとは違う。細身と言おうか、女性的と言おうか。体温が低いと言おうか。
 第3交響曲の第1楽章は、爽やかな冷気に包まれた、まるでシベリウスみたいな美しさだ。木管の色彩感もロシアの原色主義とは違った、微妙に薄くて明るいもの。ヴァイオリンには華やかさすらある。この楽章の何ともいえない懐かしくも寂しげな風情は非常に魅力的である。コーダのはかなさもいい。
 第2楽章も、もろにシベリウス似。この楽章に限らず木管楽器のソロがドヴォルザークの旋律のように聞こえるのもおもしろい。第3番は、ボロディン特有の、同じメロディの繰り返しばかりの、交響曲としてどうこう言うほどの作品ではないのだが、こうして演奏されてみると、とてもきれいだ。
 交響曲第2番には、あの有名なカルロス・クライバーの鮮烈な演奏がある。あちらが刺激系だとしたら、こちらは癒し系といえよう。
 「小組曲」が断然すばらしい。さして有名な作品ではないが、グラズーノフがオーケストレーションをやった味わい佳品である。オーケストラの音色は時にフランス音楽のようですらある。こういうのをやるとロジェストヴェンスキーはめっぽううまい。終曲など、「くるみ割り人形」もびっくりの超メルヘンチックな夢の世界が広がる。幻のように消えてなくなりそうな風情は絶品だ。

 同じくシャンドス原盤のロシアものとしては、ヴァレリ・ポリャンスキー指揮ロシア国立交響楽団のラフマニノフ・セットもある。これまたボロディン同様のまろやかな録音なのだけれど、オーケストラの演奏流儀の違いは明白。録音のせいでやや角が丸くなっているとはいえ、音の出方がきっぱりしている。低弦がグリグリやる馬力もさすが本場。
 この指揮者、人気があるとはとうてい言えないが、全然悪くない。「シンフォニック・ダンス」では、R・シュトラウスの「サロメ」にも似た東洋風のエロティックな感じが濃く出ている。「鐘」ではワーグナー風のオーケストレーションの妙がよくわかる。全般的に危なげなく、ロシア音楽の粋を楽しませる。  ラフマニノフというとピアノ作品が親しまれているが、実は私は暗いロマンティシズムを感じさせるオーケストラ曲のほうをより好む。不気味な名作「死の島」はもちろんのこと、「ロスティスラフ公」もいい。このセット、そうした作品群を快適な演奏と音質で聴かせるすぐれものだ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


【許光俊の言いたい放題】
第1回「謎の指揮者エンリケ・バティス」
第2回「残酷と野蛮と官能の恐るべき《ローマの祭》」
第3回「謎の指揮者コブラ」
第4回「快楽主義のベートーヴェンにウキウキ」
第5回「予想を超えた恐るべき《レニングラード》《巨人》」
第6回「必見! 伝説の《ヴォツェック》名画がDVD化」
第7回「ついに発売。ケーゲル最後の来日公演の衝撃演奏」
第8回「一直線の突撃演奏に大満足 バティス・エディション1」
第9回「『クラシックプレス』を悼む」
第10回「超必見、バレエ嫌いこそ見るべき最高の『白鳥の湖』」
第11回「やっぱりすごいチェリビダッケ」
第12回「ボンファデッリはイタリアの諏訪内晶子か?」
第13回「アルトゥスのムラヴィンスキーは本当に音が悪いのか?」
第14回「ムラヴィンスキーの1979年ライヴについて」
第15回「すみません、不謹慎にも笑ってしまいました」
第16回『これまで書き漏らした名演奏』
第17回「フレンニコフの交響曲」
第18回「驚天動地のムラヴィンスキー!」
第19回「ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番」
第20回「クーベリックのパルジファル
第21回「『フィガロ』はモーツァルトの第9だ」
第22回「デリエ演出による《コジ・ファン・トゥッテ》」
第23回「美女と野獣〜エッシェンバッハ&パリ管のブルックナー」
第24回「無類の音響に翻弄される被征服感〜ムラヴィンスキー・ライヴ」
第25回「クーベリックのベートーヴェン(DVD)」
第26回「ある異常な心理状況の記録〜カラヤン、驚きのライヴ」
第27回「これはクレンペラーか? スヴェトラの『オルガン付き』」
第28回「トルストイのワルツは美しかった」
第29回「カルロス・クライバーを悼む」
第30回「スヴェトラーノフの『ペトルーシュカ』はすごい」
第31回「『展覧会の絵』編曲の傑作」
第32回「ケーゲル、悲惨な晩年の真実〜写真集について」
第33回「種村季弘氏を悼む」
第34回「今度のチェリビダッケはすごすぎ!」
第35回「世界一はベルリン・フィル? ウィーン・フィル?」
第36回「シュトゥットガルトの《ラインの黄金》は楽しい」
第37回「小泉首相なら「感激した!」と絶叫間違いなし」
第38回「平林直哉がここまでやった!〜『クラシック100バカ』」
第39回「まさしく大向こうをうならせる見せ物!」
第40回「日本作曲家選輯〜片山杜秀氏のライフワーク」
第41回「こんなすごいモーツァルトがあった!」
第42回「秋の甘味、レーグナーのセットを聴く」
第43回「ヴァントとライトナーに耳を洗われた」
第44回「ギレリスのベートーヴェン・セットはすごいぞ」
第45回「これは・・・思わず絶句の奇書〜宮下誠『迷走する音楽』」
第46回「青柳いづみこ『双子座ピアニストは二重人格?』」
第47回「あのラッパライネンが遂に再来日〜今度も...」
第48回「テンシュテットのプロコフィエフはトリスタンみたいだ」
第49回「テンシュテットのブルックナーは灼熱地獄」
第50回「もしクラシックが禁止されたら? リリー・クラウスについて
第51回「ケーゲルのパルジファル」
第52回「ベルティーニの死を悼む」
第53回「残忍と醜悪とエクスタシー、マタチッチのエレクトラ」
第54回「マルケヴィッチの『ロメジュリ』は実にいい」
第55回「ジュリーニを悼む」
第56回「こいつぁあエロい『椿姫』ですぜ」
第57回「ヴァントとベルティーニ」
第58回「夏と言えば・・・」
第59回「ライヴ三題〜ジュリーニ、ヴァント、テンシュテット」
第60回「困ったCD」
第61回「秋は虫の音とピアノ」
第62回「真性ハチャトゥリアンに感染してみる」
第63回「フェドセーエフでスッキリ」
第64回「シーズン開幕に寄せて」
第65回「あまりにも幸福なマーラー」
第66回「これが本当にギーレンなのか?」
第67回「バーンスタインでへとへと」
第68回「今年のおもしろCD」
第69回「やったが勝ちのクラシック
第70回「正月の読書三昧」
第71回「レーゼルのセット、裏の楽しみ方」
第72回「実はいいムーティ」
第73回「フォークトのモーツァルト」
第74回「空前絶後のエルガー」
第75回「爆笑歌手クヴァストホフ」
第76回「ギーレンのロマンティックなブラームス」
第77回「エッシェンバッハとバティス」
第78回「ネチネチ・ネトネトのメンデルゾーンにびっくり」
第79回「暑くてじっとりにはフランス音楽」
第80回「ジュリーニ最高のモーツァルト」
第81回「1970年代の発掘2点」
第82回「ヤンソンスは21世紀のショルティ?」
第83回「アーノンクールと海の幸」
第84回「なんと合唱も登場〜ケーゲルの『音楽の捧げ物』」
第85回「ヴァントとミュンヘン・フィル」
第86回「テンシュテットのライヴはすごすぎ」
第87回「8月も終わり」
第88回「激安最高のヴィヴァルディ」
第89回「ジュリーニ最晩年のブルックナー第9番」
第90回「激安セットで遊ぶ」
第91回「分厚い響きが快適」
第92回「極上ベヒシュタインを聴く」
第93回「繰り返し聴きたくなる長唄交響曲」
第94回「あなたはこの第9を許せるか?」
第95回「モーツァルト年」
第96回「実相寺監督を悼む」
第97回「シュヴァルツコップのばらの騎士」
第98回「今見るべきDVDはこれ」
第99回「年末のびっくり仰天」
第100回「チェリビダッケ没後10年が過ぎて」
第101回「最大級の衝撃「君が代変奏曲」
第102回「コンセルトヘボウVSドレスデン」
第103回「エロスと残酷の『ドン・ファン』」
第104回「当たり連発のBBC」
第105回「北島三郎とバロック」
第106回「ピアノの歴史」
第107回「ドレスデンが世界遺産に」
第108回「春の読書」
第109回「生き残りはたいへん?」

【番外編】
「ザンデルリング最後の演奏会」
「真に畏怖すべき音楽、ケーゲルの《アルルの女》」
「ケーゲルのブルックナー、ラヴェル、ショスタコーヴィチ」
「ケーゲルとザンデルリンクのライヴ」
「聖なる野蛮〜ケーゲルのベト7」
「ヴァント、最後の演奏会」
「バティス祭りに寄せて」
「ベルティーニ / マーラー:交響曲全集」
「ギレリス、ケーゲル、コンヴィチュニーほか」
⇒評論家エッセイ情報
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