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許光俊 『テンシュテットのベートーヴェン』

2006年10月17日 (火)

連載 許光俊の言いたい放題 第37回

『小泉首相なら「感激した!」と絶叫間違いなし〜テンシュテットのベートーヴェン』

 秋になって、次から次へと興味をそそる新譜が登場してきた。まずは、BBCライヴシリーズのテンシュテットから述べよう。

 期待以上にすごい。以前に同シリーズで第9が出たときには、どうして1991年ライヴを音源にしなかったのか訝ったという前史があるため、正直言ってそれほど期待していたわけではなかった。しかし、結果的にはすっかり手に汗握らされるはめになったのである。
 ウェーバーの「オベロン」序曲からして絶好調だ。序奏は実にいい感じである。頭のホルンと弦楽器の柔らかくて神秘的な響きを聴いただけで、すばらしい演奏になるだろうと即座に予想できる。この予想は裏切られない。ロンドン・フィルって、こんなに艶やかな音が出たのだっけ? しみじみした余情は、まさに最晩年ならではの美しさだ。快速な部分になると、一転してメリハリを大きくつけ、快調に飛ばす。とはいえ、軽薄になる心配は微塵もない。さすがだ。

 そして、問題の交響曲第5番。ズバリ、もしあなたが、重厚で、雄大で、雄渾なベートーヴェン演奏が好きなら、これは絶対気に入る。神経質でこせこせしたところがまったくなくて、まるでたくましい筆遣いで一気に描かれた書のようだ。とかく軽めになりがちなロンドン・フィルが出す音のどっしりしていること。リズムの打ち込みの容赦ないこと。ホルンとティンパニの大活躍。稀なる力業と呼ぶほかない。
 フィナーレが特に聴きものだ。腰を落とした進行の堂々としていること。フルトヴェングラーかと驚く和音のうなり。単に構えが大きいだけでなく、熱い血潮のもえたぎった熱血演奏なのだ。もちろん、どんなに温度が上昇しても、若手指揮者のような単なる威勢のいいイケイケ演奏に陥る危険は皆無である。これほどまでに重量級のベートーヴェンも珍しい。第5はこれでなくては!と思う人も多いに違いない。
 ベートーヴェンを大オーケストラで聴く醍醐味、ここに極まる。ロンドン市民の熱狂も実に当然と言えよう。テンシュテットが、ロンドンにおいて圧倒的な人気を誇ったのもうなずける。こんな生を聴かされたら、コロッといかないほうがおかしい。こういう演奏で、「英雄」をやってほしかったと長嘆息せずにはいられない。

 交響曲第1番もいい演奏だ。ことさら音楽を大きくしようという気配はなく、音楽は弾力を帯びている。けれども、短調に転ずる一瞬が思いのほか劇的だ。
 何とも言えない陰影が特徴的である。第2楽章が、不思議な暗さを帯びていて、ちょっと他では聴いたことがない独特の味わいを持っている。テンポが遅いとか、弱音が多いとか、そういうことではない。旋律の歌い方に、まるでこの交響曲が最晩年の作品であるかのような気配が漂っている。スケルツォに至っても同様なのだから、何とも不思議だ。活発な元気のよさのすぐ後ろに死の影がにじり寄っているようなのだ。

 今まで、テンシュテットのライヴというと、一か八かで海賊盤を買うしかなかった。こうしてまともな音質でよい演奏が発表されるとしたら、これに勝るはない。今後何が登場するのか、首を長くして待つことにしよう。

(付記) なお交響曲第5番については、「交響曲第5番<朝ごはん>」というタイトルの1枚も強く推薦しておこう(ユニバーサル)。これは第1楽章に日本語の台詞をつけ、無伴奏の合唱で歌ったという珍作である。最初は下らないおちゃらけだろうと渋々聴き始めたのだが、仰天するのに時間はかからなかった。歌詞の内容は、朝ご飯に何を食べようかなと迷う気持ちを歌ったものだが、ただのおふざけではない。提示部では第1主題にごはん、第2主題におかずと、ソナタ形式にぴたりと合った言葉の選び方がすばらしい。そして、展開部になると、思わぬチョイスが登場し、激しい葛藤となるのである。結局、この葛藤は簡単には収まらず、次の楽章に持ち越される。第2楽章以下もぜひ制作してもらいたいものだ。
 本質を理解しての遊びだけに、あまりにインパクトが強すぎ、おまけで収録されているブリュッヘンの演奏が陳腐きわまりなく聞こえてしまう。このCDを聴いて以来、何を聴いても物足りなく感じられて仕方なかったが、ようやくテンシュテットの強烈演奏を聴いて、頭がリセットされたのである。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学助教授) 


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交響曲第1番、第5番『運命』、エグモント、他 テンシュテット&LPO(ステレオ)

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