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許光俊 「日本作曲家選輯」

Saturday, November 4th 2006

連載 許光俊の言いたい放題 第40回

「日本作曲家選輯〜片山杜秀氏のライフワーク」

 今からちょうど二十年前のこと、大学に入った私は片山杜秀氏と知り合いになった。伊福部がいいとか、「ゴジラ」の音楽が好きだとか、かと思えばレイボヴィッツのレコードをたくさん持っていたり、私がそれまで知っていたクラシック愛好家とはまったく違うので、いやはや世の中にはいろいろな趣味の人がいるものだと驚いた。しかも、毎日のように現代音楽のコンサートに行き、死ぬほどレコードや本を買ってため込んでいるありさま(その偉容は『レコード芸術』にも出ていたから、ごらんの方も多いでしょう)に、自分は何と常識人だろうと思ってしまった。

 以来(というか、その前から)、片山氏の情熱は変わらず日本音楽に向けられている。あげく、氏がそそのかしたのかどうか、ナクソスで膨大なシリーズが始まり、着々と新譜が発売されている。遅ればせながら、ようやくそのシリーズをまとめて聴いた。
 けっこうおもしろいじゃん、というのが、乱暴だが正直な感想だ。念のため付け加えておくと、けっこうおもしろいと思えるものは、そうそうあちこちにあるわけではない。

 明治維新とほぼ同時に、バッハもモーツァルトもベートーヴェンもロマン派も、つまり西洋では時間軸にそってだんだんと生まれたものが、いちどきに輸入された。だから、同じ時代の作曲家なのに、ある者はフランス音楽に傾倒し、ある者はプロコフィエフをまね、ある者は土俗的であろうとした。

 考えてみれば、あらゆる点で日本はあっという間に疑似西洋化した。音楽の吸収ないし模倣だけが遅いはずもない。ほとんど百年前の山田耕筰からして結構な手堅さで管弦楽曲を書いている。もちろん、テクニックや発想は西洋流であっても、どうにも日本的な色が付いてしまうのも当然である。和魂洋才という言葉があるが、これは必ずしも意識的に狙って和魂になるのではない。たとえ本人は意識的であるつもりでも、実はおのずとなってしまっているというのが本当のところではないのか。音楽であれ、文学であれ、車であれ、料理であれ、変わりはない。そこをおもしろがれるかどうかが、こうした音楽の愛好者になれるかどうかの分かれ目だと私は思っていた。

 ところが、どうやら状況は次の段階になっていたらしいのだ。今まで私をこうした音楽から遠ざけていた理由のひとつは、日本音楽や現代ものに対して積極的な興味を抱いていないということもあるが、演奏が貧寒だったせいもある。半分死んだような演奏で聴けば、どんな作品だって、魅力を喪失してしまうのは当然だ。逆に、すぐれた演奏は、作品に生命を吹き込み、アイディアを光らせ、場合によっては作曲者の考えた以上の効果を生み出す。

 このシリーズでは、演奏のひどさに砂を噛むような思いをしないですむ。それどころか、きわめて快適に聴ける。海外オーケストラが起用されていることが大きい。たとえば、ニュージーランド交響楽団による芥川也寸志集だ。日本のオーケストラだとどうしてもちんまりとなってしまうであろう部分が、溌剌としている。小手先ですませてしまうような部分で、粘ってくれる。響きが水っぽく透明にならないで、色彩がある。だから、ストラヴィンスキーの「火の鳥」が好き人なら、間違いなく堪能できるはずだし、バルトークの「舞踊組曲」みたいなワイルドなリズムの躍動も楽しめる。おもしろい管弦楽曲として、ことさら構えずに聴ける。日本音楽に興味があろうがなかろうが、関係がない。日本の楽団が芥川を演奏しても、こうはならず、漠然と灰色になってしまうものだ。それでは、いくら誰かがおもしろい作品だと力説しても、マゼールの変態ちっくな「ボレロ」を聴いている方が楽しいね、となってしまう。

 もちろん、芥川がとりわけスマートな作曲家だからということもある。しかし、山田耕筰集(同じくニュージーランド交響楽団)にしたところで、いかにも楽天的というか若々しい希望に満ちた主題が、明るく響く。作品として上出来かどうかを別にして、こうでなくてはならない。当たり前に音楽として聴ける。

 次々に聴いていくと、確かにひとりひとりが明快な方向性を持った人たちなのだとわかる。これまた個人的な趣味で言うなら、矢代秋雄集(アルスター管弦楽団、以上湯浅卓雄指揮)、松平頼則集、大澤壽人集が気に入った。この3つの中で一番親しみやすいのは大澤だろうか。ヤブロンスキー指揮ロシア・フィルで聴くと、オリエンタル色が濃いバルトークのようだ(でもあそこまで陰鬱ではない)。まだ新譜の伊福部集は聴いていないけれど、これもロシアのオーケストラによって演奏されているがゆえ、必ずや荒々しい味わいがあって楽しめるのではないかと期待している。イギリスのオーケストラが演奏すれば、何やらイギリス音楽らしい風情が漂うし、ロシアの楽団も独自の色を持つ。それぞれの語り口で日本音楽が語られているのをまとめ聴きしてみると、あらためて演奏様式の大きな違いに気づかされる。

 あえて不満を述べるなら、緻密な矢代作品はもっと鮮烈で、かつ繊細のきわみを行く演奏が可能だし、そうであるべきだと思ったが、少なくともそう思った経験ができたのはこのCDのおかげである。松平作品は雅楽の影響が強いゆえに日本での録音となったのかもしれないが、逆にだからこそ、海外のオーケストラで聴いてみたかった。けれど、さしあたってこういう音楽が存在し、また十分耳を傾けるに足るものだということを、私のような何も知らない人に教えてくれるという点では、まったくもって十分以上である。もし愚劣な音楽だと感じたなら、「このような演奏で聴いてみたい」とは思わないだろう。

 それにしても、解説がすごい。力作だ。千円でこんなものが付いていていいのかと思うくらい、作曲家、作品について詳しく書いてある。私はこの分野についてはまったく素人なので、大いに勉強になった。片山氏は冗談めかして、ライフワークだと言っていたが、実際そうなのかもしれない。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学助教授) 


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