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2006年7月20日 (木)

連載 許光俊の言いたい放題 第29回

「カルロス・クライバーを悼む」

 私はフルトヴェングラーの生演奏を聴いていないけれども、知っている限り、クライバーとチェリビダッケほど、人々を狂わせた指揮者はいないと思う。どちらも、これでなくては昼も夜も明けないという崇拝者がたくさんいた。

 チェリビダッケのほうはミュンヘンで定期的にコンサートを開いていたが、1990年代にクライバーを聴くのは、なかなか骨が折れた。もはやバイエルン国立歌劇場に登場することもなく、隠居のようにしていたからだ。私の友達・知人の多くは、クライバーにイカれていて、どこかで演奏会があるというと、カナリア諸島だろうが、東欧だろうが、サルジニア島だろうが、駆けつけるのだった。

 私は今から20年前、クライバーの「ばらの騎士」をミュンヘンで聴いて、魂を抜かれた。音楽にはこんな力があるのかと思った。詳しいことは『クラシック、マジでやばい話』と『クラシック批評という運命』という本に書いたので繰り返さないが、もし私がその経験をしていなかったら、人生が全然違ったかもしれない。その意味では、運命的な経験だった。

 クライバーはレパートリーが少なかったので、正規録音はごく限られているし、海賊盤にしても多種多様というわけにはいかない。けれども、どれもがうんざりするほどの賞賛を浴びせられている。

 もし1枚だけというのなら、私はウェーバー「魔弾の射手」を選ぶ。素直に「ああ、すごい」と溜息をつかせるような演奏だ。序曲を聴いただけで、弱音の暗さ、緊張感、ホルンの牧歌的のどかさ、悲痛な弦の歌、膨れあがるような迫力・・・密度の高さにうならされる。40歳でこんな演奏をしてしまった人間に、私たちはこれ以上の何を求められるのか。何を求めてきたのか。

 私はデータに疎いので、クライバーが最後に指揮したのがいつか断言することはできないけれど、1999年、イタリア領のサルジニア島ではないかと思う。
 会場はオペラハウスだった。イタリア、恐るべし。ミラノでもローマでもない、シーズンオフのリゾート地の劇場が、通常のオペラ上演の3倍以上という破格に高いチケットにもかかわらず、満員だった。

 舞台に現れたクライバーは、老けて見えた。あたりまえだが、もう70歳なのだと痛感させられた。
 演奏は、私にはとうてい満足できるものではなかった。大味でしまりがないように感じられた。かつての、繊細でありながら一気呵成に駆け抜ける輝かしい音楽ではもはやなかった。
 ベートーヴェンの交響曲第4番冒頭は、妙に静かで、生気が抜けていて、これがあのクライバーかと驚いた。明らかに晩年の空気があった。第7番では、第2楽章のよどみない流れが一番美しくて、かつてのクライバーの代名詞とも言えたフィナーレは、力強さを失っていた。バイエルン放送響は申し分なく贅沢な音をたっぷりと鳴らしていたのに。その日を境に、クライバーは私にとっては過去の指揮者になった。

 2月なのに、サルジニアはもう春の予感がいっぱいに立ちこめていた。寝坊して、表通りにある、まるで古い映画に出てくるようなすてきなカフェでコーヒーを飲み(2月でも路上でも飲めるほど暖かだった)、地中海のすばらしくうまい魚貝料理を食べた。夜はコンサートのあとでビアンカという女の子に声をかけられて、仏教の話がしたいから飲みに行こうと誘われたが、もしかしたらヤバい女かもしれないと思って、断った。でも、ふたりで写真を撮って、送ってあげるねと住所をもらった。もしいい子なら、今度は彼女のためにサルジニアに来るのも悪くはあるまい。クライバーはこういう南欧の雰囲気が好きで、サルジニアとかカナリア諸島でなら演奏会をする気になったのかなと思った。
 不思議なことに、ずいぶん注意していたのにもかかわらず、ビアンカの住所を書き留めたメモを私はなくしてしまった。写真は送らずじまいになった。だから、そのあと彼女には会っていないし、クライバーを聴くこともなかった。

 けれど、いつだって一番美しくて完璧なのは、記憶なのだ。記憶だけなのだ。私はこれから先ずっと、「昔、クライバーというすごい指揮者がいてね・・・」と語り続けるだろう。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学助教授) 


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