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マルケヴィッチの『ロメジュリ』は実にいい

Saturday, June 3rd 2006

連載 許光俊の言いたい放題 第54回

「マルケヴィッチの『ロメジュリ』は実にいい」

 今日、マルケヴィッチは、ほぼ忘れられた音楽家かもしれない。LPレコードの時代には時々、特に管弦楽曲の名盤というと彼の名前が挙がることもあった。が、昨今はあまり話題にならない。私にしたところで、この指揮者についてほとんど、もしかしたらまったく書いたことがないかもしれない。考えたら、奇妙なことだ。私はごくたまにこの人の演奏をCDで聴くたびに、感心していたのだから。

 マルケヴィッチは有名な楽団を振り歩いて、センセーショナルな成功を収めて、大衆的な人気を得るという音楽家ではなかった。彼の経歴を見ると、いわゆる一流中の一流オーケストラではなく、あけすけな言い方をすればそこからひとつかふたつ落ちた中くらいの、ヘタをすると中の下あたりの楽団のシェフを務めていたことがわかる。モントリオールとかローマとかマドリードとかの。
 このCDで演奏しているモンテカルロ歌劇場のオーケストラにしたところで、決してうまい団体ではない。しかし、そういう楽団を指揮しても完全に自分の音楽にしているのが、逆に大したことなのだ。ちょっとクラシックを知っている人なら誰が聴いても、この厳格で明晰な音楽が指揮者の力によるものだとわかるだろう。
 ビゼーとチャイコフスキーは、マルケヴィッチが得意としていたレパートリーだ。よけいな力が入っていない。かといって脱力しているわけではない。私たちは熱演を喜ぶ傾向があるが、この音楽は熱演からは隔たっている。いや、無法な熱演だったら困る音楽なのだ。
 フレージングもリズムもきわめて明快である。最新録音ではないのに、音楽の姿が鮮やかである。音のひとつひとつがまるで手で触ればつかめるのではないかというくらいにくっきりしている。「アルルの女」に限らず、どんな曲を聴いても感じられるマルケヴィッチの個性だ。
 こういうのを辛口と呼んでいいのかは知らないが、表情に甘ったるさが全然ないのは確かだ。おそらくこういう音楽は、まだウィーン・フィルあたりがとろっとした音楽、感情移入の激しい音楽に親しんでいた日本の愛楽家には、あまりにもドライに感じられたのではないか。マルケヴィッチが長らく20世紀音楽の名手とされていたのも、このせいだ。
 マルケヴィッチが死んだのは1983年だが、むしろもっとあとの時代にとってこそ受け入れやすい音楽なのかもしれない。楽器のひとつひとつが溶け合わず、パレット上の絵の具のようにそのままで絞り出されている様子は、現代のダニエル・ハーディングロジャー・ノリントンの演奏のようだ。
 どの曲でも、こうした指揮者の個性はきわめてはっきりしている。徹底している。たとえば、「アルルの女」のアダージェットは、ヘルベルト・ケーゲルあたりとは正反対で、何の感情も表現していない。しかし、美しい。ステンドグラスの透過光のような響きがする。
 「ロメオとジュリエット」が非常によい。普通ならもっと重々しく意味深げに鳴り響く和音が、軽い。この作品はチェリビダッケバーンスタインが指揮するといかにも大悲劇になるが、ずっと身のこなしが俊敏だ。もちろん、たとえ軽快な印象を与えても全然水っぽくならない。楽器の鮮烈なぶつかりはまるで「ペトルーシュカ」「春の祭典」のような快感を呼び起こす。音のスピードが速い、リズムの切れがいい、いわばストラヴィンスキーのようなチャイコフスキーなのだ。
 「くるみ割り人形」は、さすがに「花のワルツ」あたりだともう少し甘美なほうがと思うが、それ以外の踊りはひとつひとつが鮮明な写真を見せられているようだ。
 音楽が音色やリズムや和声やいろいろな要素を用いて描かれた抽象画だとしたら、マルケヴィッチの演奏は、現代の建物の中に飾るにふさわしい。なぜなら、彼の音楽は、よけいな装飾を嫌い、最低限の要素で構成された現代の建築に似ているから。音楽から引けるものを全部引いて残ったもの。マルケヴィッチの演奏はそれを示しているように思われる。
 もしこれが気に入ったら、あとはチャイコフスキーの交響曲と、ベルリオーズの「幻想交響曲」あたりを聴くといいだろう。特に後者は、私がたくさん聴いた「幻想」の中でも屈指の演奏である。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


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