「激安セットで遊ぶ」

2006年9月21日 (木)

連載 許光俊の言いたい放題 第90回

「激安セットで遊ぶ」

 最近の激安CDセットの攻勢はすさまじい。最高品質を求める平林直哉氏なら、「1枚1枚が丁寧に作られていない!」と激怒しそうだが(特に問題のないセットも多いけれど)、安いがゆえにいろいろな演奏と出会えるというのは、大きなメリットだ。その中から、印象に残っているものをいくつか挙げてみよう。

@ムーティの激辛ストラヴィンスキー集
 今となってはキャリア初期の1970年代の演奏で「春の祭典」、「火の鳥」組曲、「ペトルーシュカ」(これだけ80年代初頭)が入っている。なるほど考え抜いた緻密さやユニークな解釈、繊細微妙なニュアンスはないかもしれないけれども、フィラデルフィア管がこれでもかと名技、パワーを全開にしているのが楽しい。特に1枚目の「春の祭典」と「ペトルーシュカ」は、「オレ、もう我慢できません」という感じのイケイケ状態で、聴き手をいたぶるためかと疑われるほどうるさい。サディスティックなカップリングだ。1970年代、同じようにイタリアのホープと目されていても、アバドのほうはおとなしい坊ちゃんタイプ、ムーティはギラギラした不良タイプだった。
 「春の祭典」ではオケを追い込んで煽りまくる指揮者の姿が見えるようだ。特に暴れ回るティンパニは痛快無比。金管楽器も遠慮なくブカブカとやっている。若者の特権とばかり、速めのテンポでグイグイ押していく様子が爽快である。確か発売当時は特に注目されなかったと思うが、どうして? グシャン、ガシャン、ギャン、キン、ビャンとここまでハデハデにオーケストラを鳴らした「春の祭典」は、そう多くはあるまい。楽員の面々は会心の笑みを浮かべたのではないか。音質も30年前とは思えない明快さ。今思い出すと、1970年代はムーティ以外にも小澤、アバド、マゼールとみんな「春の祭典」を大得意とし、個性的な演奏を競っていたのです。それも昔となりにけり。
 さすがに同じようなノリで「ペトルーシュカ」をやられると、ちょっと違うんじゃないかと言いたくなりはする。最初からペトルーシュカを殺しちゃうような勢いだもの。まあ、これはこれでビックリできるし、最後まで聴かされてしまう。
 このセットには最後、マリナー指揮の「プルチネッラ」も入っている。ムーティのあとで聴くと、なんともゆるい。が、激辛演奏のあとでは、これがけっこう快適なのだ。なごませてくれる。「そうか、ストラヴィンスキーって、あまりにもエネルギーが詰まったような曲を立て続けに書いたから、新古典主義で脱力したわけね」と思わされる。

A濃厚ロストロポーヴィチ集
 ロストロも歳を取った。ある時期以後は、チェロ弾きというより、指揮者みたいになったし、何だか過去の名声で生きている人みたいになってしまった。
 だが、この人のチェロは、今更私が言うまでもないが、ものすごかった。たとえば、チャイコフスキーの「ロココの主題による変奏曲」の頭を聴けば、驚くほど軽々と、まるでヴァイオリンを弾いているんじゃないかと思われるほど容易に楽器を扱っているのに度肝を抜かれる。しかも、ただの腕自慢ではない。ユーモラスな雰囲気もあれば、まじめさもある。人間の声みたいに表情豊かなのだ。
 ともかくさまざまな曲が入っているので、これ1セットあれば彼のたいがいのレパートリーは網羅されてしまう。バッハでは腹にズシリとくるような和音を響かせ、ヘンデルを超シリアスに演奏したかと思うと、ハチャトゥリアンではやりたい放題の芸人。とにかく表現の幅の広さは驚異的。この人が「巨人」と言われた訳がよくわかる。
 ソヴィエトのライヴ録音ゆえ、音質は褒められないが、チェロを聴くには問題がない。

Bグレート・コンチェルト
 近頃は、スタジオ録音だけでなく、ライヴもまとめてセット化されるが、この協奏曲集は豪華な演奏家の顔ぶれだ。協奏曲集といいつつ、音源の都合か、それ以外の曲集もたくさん。あれこれ個性的な演奏が含まれている。ざっと目立った演奏を挙げておくと―
 フルニエとシェルヒェンがやったドヴォルザークのチェロ協奏曲は、第1楽章からして突撃調で始まるので、ニンマリさせられる。第3楽章もなんだかマーラーみたいだし、トライアングルもいっしょに狂ったように踊っている。シェルヒェンらしいワイルドさが楽しめる。
 グルダとクリュイタンスによるベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番は、ごくごくオーソドックスで水準が高い。グルダは後年のように妙に軽薄になったりせず、非常に落ち着いたふるまい。禁欲的とすら言える。クリュイタンスの伴奏がまた丁寧でよくできているのである。ちょっと驚き。
 クライバーンが弾くチャイコフスキーはゴージャスで若々しくて、世界が熱狂したのも当然。
 ルービンシュタインは、モーツァルトの協奏曲ではなく、ショパンの独奏曲がやはりさすが。
 どれも1960年代の演奏なので、音質も大丈夫。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


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