「生き残りはたいへん?」
2007年5月1日 (火)
連載 許光俊の言いたい放題 第109回「生き残りはたいへん?」
この前、ドレスデン・シュターツカペレが世界遺産に指定された、というようなことを書いたが、オーケストラから続報が来た。メール時代の昨今、どこのオペラもオーケストラも、次々とニュースを送りつけてくるのである。そうそう、シモーヌ・ヤングはなんと2015年までハンブルク・オペラとの契約を延長したとか。
さて、ドレスデン。うーん、これは東スポにも負けない誇大見出しだったのか? 今回のニュースを読むと、この楽団に「音楽世界遺産の維持に関するヨーロッパ賞」が授与され、今後「音楽世界遺産の維持者」と名乗ることが許されたという。これって、やたらとテレビでやっている<世界遺産>と違うじゃん。これで「シュターツカペレに<世界遺産>の称号が」という見出しになるから恐ろしい。ヨーロッパの諸団体は、生き残りをかけてなのか、すごい広報合戦をやっている。その行き過ぎた例だろう。ちなみに、昔よりも次のシーズンの予定が決まるのが早くなったし、資料もどんどん届く。こんなもの、タダでもらっていいのかと心配になるような上質紙の分厚いパンフレットを次々に日本に送ってくるなんて、以前は考えられなかった。あげく「チケットを買っていただいたことがあるあなたをご招待します」と、たぶん大いに売れ残っているのだろう、現代音楽コンサートのチケットまで(なんと引換券ではなくて、実券)。メトロポリタン・オペラの観客の平均年齢は5年で5歳上がったという。つまり、新規の客はほとんどゼロということだ。クラシックを聴く人々を増やすためにラトルとベルリン・フィルまでが啓蒙活動をやらねばならないのも無理はないのかもしれない。
ところで、すっかり日本にも定着したラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)も、クラシックが生き残るためのひとつの戦略なのだろうが、そこに登場するロラン・コルシアというヴァイオリニストがくせ者である。
この人、私は全然知らなかったが、現在フランスで爆発的な人気を誇っているという。ピアソラやグラッペリなども含んだ小品集を2枚聴いてみた。「ドゥーブル・ジュー」、「ダンス」というアルバムだ。各種ヴァイオリン名曲を集めた選曲は、フランス版古澤巌といった感じ。ただし音楽面はだいぶ違っていて、女性的で繊細な美しさを持つ古澤よりは、線が太くてたくましい。しかもリズミカルで軽快な運動性がある。ブラームスのハンガリー舞曲など、思い切りグイグイと持っていくさまが痛快だ。ドヴォルザークのスラヴ舞曲は起伏に富むがベタついたりはしない。どの曲も非常にテンションが高く、闊達に弾かれている。決して健康優良児的な音楽ではないけれど、アンネ・ゾフィー・ムターのように病んでいるわけでもなく、いい意味で、常識範囲内で表現の振幅が広い。それに、これまたいい意味で、音楽家というより「ヴァイオリン弾き」という感じがする。私の好みとしてはもう少し暗くて危なそうな味があったほうがいいが、それは嗜好の問題。
しかも感心したのは共演者たちも立派なこと、アンサンブルがこなれていること。多彩な曲中、「ドゥーブル・ジュー」のほうには、なんとマスネをもとにしてシャンソンというかバラード風にやったのがあって、これには意表をつかれた。軟弱というか、やりすぎというか、もしかしたら特に年輩者はパッケージに抵抗を覚えるかもしれないが、聴く価値がある音楽である。
それにしても、ロン・ティボー・コンクールに優勝したヴァイオリニストが、燕尾服でオーソドックスなレパートリーを弾いたりしない時代になったのか、と一種の感慨を覚えた。これも生き残りをかけてなのか。月並みなレパートリーを弾くコンサートをしていても、埋没してしまうから。何にせよ確実なのは、このヴァイオリニストが、特に日本によくいる、ただ弾けるだけの音楽家よりずっと先へ進んでいること。話が脱線するが、最近私は、来日オーケストラの公演に行くと、前半のコンチェルトでうんざりしてしまうことがほとんどだ。個性のない独奏者を立てた退屈な演奏が行われるからである。この人ならその心配はないだろう。
どういう経緯でなのか、今度の来日では、相田みつを美術館が会場というのが怪しい。相田みつをが書く素朴な字とはおよそかけ離れた音楽なのだが・・・。プログラムはイザイ、バルトーク、ヤナーチェクと、超シリアス。売り切れではあるが、早くも夏に再来日するという。いったい生だとどんな感じなのか。私も行きたいと思っているところだ。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
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