「モーツァルト年」

2006年11月26日 (日)

連載 許光俊の言いたい放題 第95回

「モーツァルト年」

 札幌でアーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスを聴いてきたところである。うーん、この人の音楽作りはやっぱり小さな編成の、気心が知れた人たちとのほうが向いているのではないかと思った。楽器の重なりのおもしろさ、しゃれっけといったものが、ダイレクトに出てくる。オール・バッハのプログラムだったけれど、きわめてみやびな趣の管弦楽組曲第1番は美しかったし、対照的に祝典的な雰囲気を強く出した第3番も悪くなかった。何と言っても舞曲がうまい。ウィーン・フィルとやったモーツァルトの交響曲第39番でも第3楽章が一番光っていた。

   さて、今年もあと1ヶ月で終わりだ。モーツァルトの記念年だけれど、今ひとつ盛り上がりに欠けたかもしれない。私がよく行くデパ地下でも、モーツァルトを聞かせて作ったという日本酒が大量に売れ残っている。
 今回は、遅ればせながら、私がひそかに愛聴しているモーツァルトのCDを紹介しよう。

  @キャスリーン・バトル アリア集 プレヴィン指揮ロンドン・フィル(EMI)
 私が持っているのは輸入盤だが、今年、激安CDで国内盤が出た。
 これはすごい。特に最初に入っている「あなたに明かしたい、おお、神よ」(K.418)は、バトルの最高の歌唱のひとつではないか。声質のきめ細かさといい、均質さといい、官能的なレガートといい、この人が恐るべき歌手だということを嫌になるほどわからせる。あまりにも陶酔的な歌に、私が神様なら大喜びしてしまうところだ。こんな声を知ってしまうと、ぽっと出の話題の歌手など、とても聴いていられないというものである。こんなところで紹介しておいてこう言うのは矛盾するようだけれど、かくも美しい歌は本来独り占めしたい。バトルは性格が超悪くて、あちこちのオペラハウスから仕事を頼まれなくなったというのは有名な話だが、これだけの声の持ち主である。本人が傲慢になるのも無理はない。
 3つめのK.208は大した曲ではないとはいえ、これまた天上的なポルタメントが聴けるし、4つめのレチタティーヴォでは思いのほか強い感情表現が示される。最後の曲は表現と技術がぴたりと一致した実に水準が高い芸術。稀有な歌手の稀有な記録である。
 そうそう、この人は、来年来日する予定だったのに、中止になった。楽しみにしていただけに、何とも残念だ。私はこの人が日本に来るたびに必ず聴きに行くことにしているのだ。

  Aカール・リヒター指揮「レクイエム」 ミュンヘン・バッハ管弦楽団
 この演奏、昔からLPで発売されてきたが、なぜか大きな話題になった記憶がないし、褒めそやす文章を読んだ記憶もない。しかし、溢れ返る「レクイエム」録音の中でもこれほどまでに独特かつ強烈な演奏も数少ないはずだ。ひとことで言えば、バッハそのもの。同じ演奏者たちによる「マタイ受難曲」のようなモーツァルトなのである。バス声部がきわめてしっかりしており、そこに超真剣な合唱が乗っかってくる。おそらく多くの人にとって最初は違和感がするはず。だが、ちょっと耳が慣れれば大丈夫。あまりにもシリアスでせっぱ詰まった世界が展開するのに圧倒されるはずである。有無を言わせぬシリアス度ではバーンスタインの超ノロノロ演奏などに匹敵しよう。みんなに愛されるニコニコ顔のモーツァルトの正反対、怖い顔をしたモーツァルトだ。

  Bリヒテル&レオンスカヤ グリーグ編曲によるモーツァルトのピアノ作品(ソナタ第15、18番、幻想曲ハ短調) テルデック
これは笑える1枚である。なんといっても大作曲家のグリーグだ。彼がモーツァルト作品を編曲したものがこんなだとは、誰も予想できないに違いない。
 グリーグは教育的目的があるという理由で、モーツァルトのピアノ独奏作品に第2ピアノ・パートを付け足した。これがきわめてトホホなのである。モーツァルトが書いた以上の音符は、ただの無駄でしかないことを痛感させられる。その様子は、いやがる相手にむりやりすり寄り、抱きつくストーカーといった感じ。いいかげん、姿を消してくれよ、と言いたくなるほど、とにかくじゃまくさいのだ。これほどまでにモーツァルトの曲がわずらわしく聞こえる例もなかなかあるまい。
 幻想曲はふたりで弾くと、まったく孤独な感じがしないのがおもしろい。しかも、昔大流行したインベーダーゲームの効果音そっくりの音型が出てくるのにもドキリとさせれられる(インベーダーの数が減って、動きが速くなったときの音)。
 リヒテルともあろうピアニストが、どうしてこんなものを録音したのか。天才の精神は不可解だ。ソナタの第2楽章などは、まさにリヒテルとしか言いようがない静謐で美しい演奏なのに。たとえるなら、こだわりの豆腐にケチャップやシロップをかけて食べるようなもの。恐るべきミスマッチである。モーツァルト好きやクラシックのマニアなら、とにかく一聴の価値はある。

  Cモーツァルト有名曲集 ブリリアント
 ブリリアントによくある、いろんな演奏家による名曲集。ここにもまた意外な宝石が隠されている。
 最初に入っているのは、コリン・デイヴィスによるセレナード。バイエルン放送響がすばらしい。基本的にはウィーン風の柔らかい女性的演奏とは違った、健康的で男性的な演奏だ。二拍子では軍隊調、「ポストホルン」の短調の楽章はやりすぎなくらい遅いテンポでじくじくとやるのがおもしろい。
 最大の聴きものは、何と言ってもペーター・ルーカス・グラーフによるフルート協奏曲だ。この人、なぜかすっかり忘れられた存在だが、どうして、これを聴けばすばらしい演奏家だったことがわかろう。実に表情豊か、情緒豊かで、自由闊達かつ端正なのである。そのありさまは、さながら美女の楽しいおしゃべりと言ったところ。モーツァルトのフルート協奏曲は、この作曲家としては決して大傑作ではない。にもかかわらず、うっとりと聴かされてしまうのだ。これ以上ほれぼれとさせてくれる演奏は他にあるまい。フルートといえば、最近ではやたらとエマニュエル・パユの人気が高い。しかし、グラーフを知ってしまうと、あんなものは不感症のきわみ、無味無臭で味がなくて、退屈としか思えなくなるのだ。
 それ以外では、リンデン指揮の交響曲が古楽風で、ものすごい演奏というほどではないが、穏やか、たおやかな美しさで好ましい。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


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