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「今見るべきDVDはこれ」

2006年12月18日 (月)

連載 許光俊の言いたい放題 第98回

「今見るべきDVDはこれ」

 今度の年始は日付のおかげで、人によってはずいぶん長く休めるらしい。休みと言えば、よく「学校の先生は休みが多くていいですね」と言われる。まあ、会社員より夏休みだの春休みだのが多いのは事実なのだけれど、授業の準備やら採点やら、土日祝祭日のけじめがないのがこの業種でもある。中には「小説を書いたので読んでみてください」と紙の束を送りつけてくる学生もいれば、夜中に酔っぱらって電話をかけてくるのもいる。それに加えて私のように本や評論など書いていると、なんとなく365日ズルズルと仕事をしてしまうのである。
 さて、今年もいろいろな音楽書が出版された。何と言っても今年は漫画「のだめカンタービレ」が売れまくったようである。ずっと前から「クラシックを題材とした劇画を作ってやる!」と言っていた私としては、先を越されたと悔しい思いがすると同時に、「ほら見ろ、クラシックの世界は物語の宝庫だ」と言いたい。もっとも、もし私の野望が実現していたら、今頃はテレビ化、映画化で忙しさを極め、このコラムを書いている時間もなかったはずだが。
 冗談はともかく、休み前だし、いくつか紹介しておこう。

   以前このコラムで、宮下誠という人が書いた『迷走する音楽』という本を紹介したことがある。ゲルハルト・シュトルツェのCD紹介とか、ティンパニ聴き比べとか、濃厚なマニア魂が渦巻く本だった。
 秋に同じ人が『20世紀音楽』(光文社新書)という本を出した。今度は、前作とは違い、一般向けに方向性を振ってある。新書なのに千円は高いと思う人もいるかもしれないが、なんと400ページである。それもそのはず、19世紀終わりのワーグナーやブラームスあたりから以後の膨大な作曲家と作品が紹介されているのだ。20世紀の音楽というと、いわゆる現代音楽を連想しがちだが、マーラーもR・シュトラウスもストラヴィンスキーも20世紀の作曲家だった。そんなあんなもひっくるめて、この世紀の多種多様な作品を貪欲かつ平易に述べている。改めてこの世紀が、西洋音楽にとって未曾有の転換の時代だったと考えさせる。
 著者としては、「みんな、もっと20世紀音楽を聴いてくれ!」という気持ちで書いたらしい。クラシック・ファンたるもの、手軽な事典代わりに1冊持っていて絶対に損はしない。

   青弓社から出た最近刊の近藤健児『クラシックCD異稿・編曲のたのしみ』は、その名の通りの内容。普段特に編曲ものに興味は持っていない私だが、こうしたものを読むと、おもしろいかもしれないという気にさせられる。とにかくぎっしりと中身が詰まっているので、頭から通して読むというより、あっちこっちページをめくっておもしろそうなものを見つけるにはいい。

   それにしても、世界広しと言えど、これほどまでに多種多様なクラシック本が出版される国は日本以外にないのは確実だ。

   最後にDVDを1点。TDKなどからたくさんのオペラのDVDが発売されたのはありがたいことで、そのうちまとめて書きたいと思っているが、今年出た中で「今見るべき!」という点では、絶対にカリスト・ビエイト演出「ドン・ジョヴァンニ」、間違いなくこれが最右翼だ。日本ではまだあまり知られていないが、現在ヨーロッパでもっとも引っ張りだこの演出家がビエイトである。ドイツの主要都市、イタリア、スペイン、スイス等々、全ヨーロッパで話題沸騰だ。
 この「ドン・ジョヴァンニ」は決して彼の最高の仕事ではないけれど、特に最後のシーンでは、この演出家ならではのあまりにも残酷な表現が衝撃的だ。ここでは詳しくは書かないけれど、ドン・ジョヴァンニは悪者のように思われているが、それ以外の人間も少なくとも同じくらいには悪いのだというやるせない事実を突きつけてくる。とにかく、人間が死ぬほどおぞましく、残酷で、救いがないことを徹底的に描くのが彼の常である。なるほど、モーツァルトのオリジナルから遠ざかっているかもしれない。だが、この演出を見てしまったら、オリジナルに戻ることは不可能である。私は今年、ビエイト演出の「ヴォツェック」と「蝶々夫人」をドイツで見て、異常な衝撃を受け、また興奮した。ペーター・コンヴィチュニーの仕事が一段落したように見える今、ビエイトの仕事を追跡しようと考えている。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


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