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許光俊 「驚天動地のムラヴィンスキー!」

2006年11月10日 (金)

特別寄稿 許光俊の言いたい放題 第18回

『驚天動地のムラヴィンスキー!』

 今度発売されるムラヴィンスキー・セットのサンプルを聴いてひっくり返らんばかりに驚いた。今のところ私が聴いたのは1965年の演奏だけだが、これはたいへんなことになったと思った。

 いずれも、かねてから知られていたお得意のレパートリーである。それどころか、既出の演奏の再発売がほとんどである。しかし、音質が信じられないほどよいのだ。とても同じ演奏とは思えないほどなのだ。細部が手に取るようにわかる。客席のノイズや雰囲気もクリア。まるで伝説のレニングラード・フィルをステージ間近で聴いているかのようだ。

 音質を向上させての再発売は昨今引きも切らないが、これほどまでに目覚ましい差違を示した例も珍しいに違いない。美女の身を隠していたヴェールがすべて剥ぎ取られたかのようだと言っても過言ではない。ソ連の録音水準は本来こんなに高かったのである。黙って聴かされたら、誰ひとりとして1960年代のソ連録音とは当てられないはずだ。とんでもない原テープが眠っていたものである。ここまで言ってもまだ疑う人は、おそらくあちこちの店頭で流されるだろうから、そちらで確認していただきたい。私は、音質がよくなったからと言って同じ演奏をいちいち買い換えるのはバカげていると感じるが、このセットはその価値がある。というより、この音質で聴かねばならないと思う。

 私は、この前出版した『生きていくためのクラシック』という本の中で、ムラヴィンスキーのCDとしてはアルトゥスのものばかりを紹介した。ムラヴィンスキーの音楽が持つ唯一無二の特性が間違いなく伝わるという点で、もっとも確実だと考えたからだ。今回の4枚は、それらに比肩する。アルトゥスのものは響きの全体像の凄まじさで迫る俯瞰図だが、今回のは細かな楽器が鮮明を極める接写だ。よって、音楽全体がふわっと軽くなったり、がらりと音色を変えたりという点ではアルトゥスのほうが圧倒的に分がある。が、ムラヴィンスキーがこだわり抜いた細部を正確に聴くという点では、今回のが断然よい。従って、どちらか一方ではなく、絶対に両方聴くべきなのだ。そのとき、この超個性的な音楽家の仕事がどういうものであったか、いっそうはっきりするだろう。

 鍛えに鍛えたオーケストラの力業は、世界一と言い切ってもよい。カラヤンやショルティが技術を大衆を籠絡するために用いたのとは対照的に、ムラヴィンスキーは大胆にして繊細の極致をゆく。そのスリルには胸の鼓動を抑えかね、結局、1日で4枚をぶっつづけに聴いてしまうはめになった。

 リャードフの「バーバ・ヤガー」のカミソリのような切れ味。グロテスク。「ライモンダ」冒頭の激烈な一撃。火柱のような高揚。「ローエングリン」における火花の炸裂。いずれも最初の数秒で打ちのめされる。モーツァルト交響曲第39番メヌエット楽章の威厳。「トゥオネラの白鳥」の氷のような弦楽器。「弦打楽器とチェレスタのための音楽」の立体感。激流のような音のぶつかりあい。「典礼風」の酷薄と残虐。「世界の調和」の電撃的な音響世界。終結の圧倒的エクスタシー。いかなる感傷も捨て去って物理的な音の運動に賭けたショスタコーヴィチ。これらを聴けば、昔ムラヴィンスキーの生を聴いた人たちが、イチコロでやられてしまった訳がよくわかる。そして、やられなかった人たちが敬遠して遠ざかってしまった訳がよくわかる。かくも強烈な音楽には、無条件に征服されてしまうか、拒絶して遠ざかるか、ふたつにひとつしか対応の方法が残されていないのではないか。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学助教授) 


1965年ボックス(4CD)

CD1
■グリンカ:『ルスランとリュドミュラ』序曲
 1965年2月26日 エンジニア:ガクリン
■ムソルグスキー:モスクワ河の夜明け
 1965年2月21日 エンジニア:ヴェプリンツェフ
■リャードフ:バーバ・ヤガー
 1965年2月21日 エンジニア:ヴェプリンツェフ
■ショスタコーヴィチ:交響曲第6番
 1965年2月21日 エンジニア:ヴェプリンツェフ
■グラズノフ:『ライモンダ』第三幕への前奏曲
 1965年2月21日 エンジニア:ヴェプリンツェフ
■ムソルグスキー:モスクワ河の夜明け(別テイク)
 1965年2月21日 エンジニア:ヴェプリンツェフ
■リャードフ:バーバ・ヤガー(別テイク)
 1965年2月26日 エンジニア:ガクリン
■ワーグナー:『ローエングリン』より第三幕への前奏曲
 1965年2月
■ワーグナー:『ワルキューレ』よりワルキューレの騎行
 1965年2月

CD2
■モーツァルト:『フィガロの結婚』序曲
 1965年2月23日 エンジニア:グロスマン
■モーツァルト:交響曲第39番
 1965年2月23日 エンジニア:グロスマン
■シベリウス:トゥオネラの白鳥
 1965年2月23日 エンジニア:グロスマン
■シベリウス:交響曲第7番
 1965年2月23日 エンジニア:グロスマン
■ワーグナー:『ローエングリン』より第三幕への前奏曲(別テイク)
 1965年2月23日 エンジニア:グロスマン
■ワーグナー:『ワルキューレ』よりワルキューレの騎行(別テイク)
 1965年2月23日 エンジニア:グロスマン

CD3
■ヒンデミット:交響曲『世界の調和』
 1965年2月26日 エンジニア:ヴェプリンツェフ
■ストラヴィンスキー:バレエ音楽『ミューズの神を率いるアポロ』
 1965年2月26日 エンジニア:ヴェプリンツェフ

CD4
■ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
 1965年2月28日 エンジニア:ガクリン
■バルトーク:弦楽器、打楽器とチェレスタの為の音楽
 1965年2月28日 エンジニア:ガクリン
■オネゲル:交響曲第3番『典礼風』
 1965年2月28日 エンジニア:ガクリン

エフゲニー・ムラヴィンスキー(指揮)レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

リマスタリング・エンジニア:イアン・ジョーンズ(アビーロード・スタジオ)


1972年ボックス(3CD)

CD1
■ベートーヴェン:交響曲第5番 OP.67『運命』
 1972年1月29日 エンジニア:ヴェプリンツェフ
■ベートーヴェン:交響曲第4番 OP.60
 1972年1月29日 エンジニア:ヴェプリンツェフ
■ワーグナー:『神々のたそがれ』〜「ジークフリートのラインへの旅」
 1972年1月26日 エンジニア:ヴェプリンツェフ

CD2
■ワーグナー:『タンホイザー』〜「ヴェヌスベルクの音楽」
 1972年1月27日 エンジニア:ヴェプリンツェフ
■ブラームス:交響曲第3番 OP.90
 1972年1月27日 エンジニア:ヴェプリンツェフ
■ショスタコーヴィチ:交響曲第6番 OP.54
 1972年1月27日 エンジニア:ヴェプリンツェフ

CD3
■ワーグナー:『ワルキューレ』〜「ワルキューレの騎行」
 1972年1月26日 エンジニア:ヴェプリンツェフ
■ワーグナー:『神々のたそがれ』〜「ジークフリートの葬送行進曲」
 1972年1月26日 エンジニア:ヴェプリンツェフ
■チャイコフスキー:交響曲第5番 OP.54
 1972年1月30日 エンジニア:ヴェプリンツェフ
■チャイコフスキー:幻想序曲『フランチェスカ・ダ・リミニ』 OP.32
 1972年1月27日 エンジニア:ヴェプリンツェフ


エフゲニー・ムラヴィンスキー(指揮)レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

リマスタリング・エンジニア:イアン・ジョーンズ(アビーロード・スタジオ)


※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

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ムラヴィンスキー&レニングラード・フィル モスクワ公演(1965)

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発売日:2010年08月12日

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発売日:2013年05月29日

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