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「コンセルトヘボウVSドレスデン」

2007年3月9日 (金)

連載 許光俊の言いたい放題 第102回

「コンセルトヘボウVSドレスデン」

 今回は最近のCDの中から好対照をなす有力楽団をふたつ聴き比べてみよう。
 コンセルトヘボウ管弦楽団は世界有数の名オーケストラだが、今ひとつ存在感が弱いことは否定できない。「この曲はこのオーケストラで聴きたい!」というレパートリーが特になさそうな点が不利なのだ。
 逆に、どんな曲をやっても違和感がないとも言える。その点では、オランダという国の位置をよく示している楽団なのだ。この国は、フランス、イギリス、イタリア、ドイツといった国々から常に距離を取ろうとしていた。そして、何百年もかけて自由や理性や国際性を重んじる気風を育てた。だから、コンセルトヘボウには、世界中の腕利きが集まっている。一種のワールド・オーケストラなのだ。
 1970年代のライヴ演奏を集めたアンソロジーを聴けば、そうした特徴がよくわかるだろう。それぞれの指揮者の個性をよく反映したさまざまなタイプの演奏が繰り広げられている。たとえば、最初に入っているのはオーマンディ指揮のシベリウスだが、これなど、この指揮者がフィラデルフィア管を振ったときみたいな響きになっているのだ。朗々としていて、明るくて、神経質でない。やや大味ではあるが、ここまでオーマンディの音楽になっているのには素直に驚く。
 他方、ライトナーが指揮すると、とてもくつろいだ、穏やかな美しさがよく出ている。前にこの指揮者がドイツのオーケストラを指揮したライヴをこのコラムで取り上げたことがあったが、あれとまさに同じ雰囲気が漂っているのだ。主旋律をたっぷりと歌ったモーツァルトのホルン協奏曲第2楽章はもはや昔懐かしい美しさだし、シューマン「ライン」は冒頭からしてのびのびとリラックスしている。かつてこの指揮者に対して私は何の興味も抱いていなかったが、最近では好感度アップである。多少合奏がもたついたりしても気にならない。おおらかな流れが心地よいのだ。
 アンチェルだと、情緒をそぎ落とした厳しさが前面に出てくる。何と言っても「オックスフォード」がすばらしい。このセットの白眉かもしれない。最初を数秒聴いただけで、気品ある妙なる美しさに驚く。艶やかで瑞々しい音色が、短調になると一転、厳しさを増す。主部は実にキッチリした清潔さ。各パートの動きが非常に明晰だ。1970年代ならではの演奏様式である。
 ジュリーニのブルックナーでは、甘く明るい響きが広がる。フィナーレなど、甘美とまで言いたいほどだ。
 このセットの中にコンドラシンの録音が比較的多いのは、いまだに彼が惜しまれているせいか。特にショスタコーヴィチの交響曲第4番は、彼が初演した曲。1970年代初頭といえば、まだショスタコはソヴィエトの楽団の専売特許だったと言ってもよいだろう。第5番を除けば、まだ人々はこの作曲家の魅力を発見していなかった。さすがにソヴィエトの楽団のように金管楽器がバリバリと突進するようなことはないが、演奏の質は高い。当時耳慣れないこの曲を聴いた人々は、暗さと暴力性に打ちのめされたことだろう。もしかしたら、オランダ初演の記録か?
 コンセルトヘボウは世界の名オーケストラの中でも、柔軟性という点では、屈指である。さまざまな指揮者が登場するこのセットを聴けば、それがよくわかる。

   一方、ドレスデン・シュターツカペレは、誰が指揮してもこの楽団の音楽になってしまうという、コンセルトヘボウとは対照的なオーケストラだ。ハイティンクがドレスデンを指揮したブルックナーの第6交響曲もその例に漏れない。
 まあ、ある程度聴き込んだ人なら推測できるように、ハイティンクに個性的で偉大な演奏は期待できない。が、これもまたある程度わかっている人なら推測できるように、このCDの価値はひたすらオーケストラを味わえる点にあるのだ。特に第2楽章だ。これはすばらしく美しい。冒頭の弦楽器の分厚い音だけでも、このCDを聴いてよかったと思うはず。しかも、それに乗っかってくるトランペットが決してとげとげしくならず、音色的な類似性を持っているのに感心させられる。やがて満ちてくるヴァイオリンの旋律は、まるでトリスタンとイゾルデの月夜のデートかというほどにロマンティックだ。そう、この演奏で聴くと、この楽章がまるで長大な愛のシーンかという様相を呈するのだ。
 正直言って、指揮者のせいだと思うが、緊張感が不足する場面もある。が、この楽団ならではの美しさを楽しめるという点では十分推薦できるCDだ。ぴたりと決まった箇所の魅力的なことと言ったら、他では得難い。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


【許光俊の言いたい放題】
第1回「謎の指揮者エンリケ・バティス」
第2回「残酷と野蛮と官能の恐るべき《ローマの祭》」
第3回「謎の指揮者コブラ」
第4回「快楽主義のベートーヴェンにウキウキ」
第5回「予想を超えた恐るべき《レニングラード》《巨人》」
第6回「必見! 伝説の《ヴォツェック》名画がDVD化」
第7回「ついに発売。ケーゲル最後の来日公演の衝撃演奏」
第8回「一直線の突撃演奏に大満足 バティス・エディション1」
第9回「『クラシックプレス』を悼む」
第10回「超必見、バレエ嫌いこそ見るべき最高の『白鳥の湖』」
第11回「やっぱりすごいチェリビダッケ」
第12回「ボンファデッリはイタリアの諏訪内晶子か?」
第13回「アルトゥスのムラヴィンスキーは本当に音が悪いのか?」
第14回「ムラヴィンスキーの1979年ライヴについて」
第15回「すみません、不謹慎にも笑ってしまいました」
第16回『これまで書き漏らした名演奏』
第17回「フレンニコフの交響曲」
第18回「驚天動地のムラヴィンスキー!」
第19回「ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番」
第20回「クーベリックのパルジファル
第21回「『フィガロ』はモーツァルトの第9だ」
第22回「デリエ演出による《コジ・ファン・トゥッテ》」
第23回「美女と野獣〜エッシェンバッハ&パリ管のブルックナー」
第24回「無類の音響に翻弄される被征服感〜ムラヴィンスキー・ライヴ」
第25回「クーベリックのベートーヴェン(DVD)」
第26回「ある異常な心理状況の記録〜カラヤン、驚きのライヴ」
第27回「これはクレンペラーか? スヴェトラの『オルガン付き』」
第28回「トルストイのワルツは美しかった」
第29回「カルロス・クライバーを悼む」
第30回「スヴェトラーノフの『ペトルーシュカ』はすごい」
第31回「『展覧会の絵』編曲の傑作」
第32回「ケーゲル、悲惨な晩年の真実〜写真集について」
第33回「種村季弘氏を悼む」
第34回「今度のチェリビダッケはすごすぎ!」
第35回「世界一はベルリン・フィル? ウィーン・フィル?」
第36回「シュトゥットガルトの《ラインの黄金》は楽しい」
第37回「小泉首相なら「感激した!」と絶叫間違いなし」
第38回「平林直哉がここまでやった!〜『クラシック100バカ』」
第39回「まさしく大向こうをうならせる見せ物!」
第40回「日本作曲家選輯〜片山杜秀氏のライフワーク」
第41回「こんなすごいモーツァルトがあった!」
第42回「秋の甘味、レーグナーのセットを聴く」
第43回「ヴァントとライトナーに耳を洗われた」
第44回「ギレリスのベートーヴェン・セットはすごいぞ」
第45回「これは・・・思わず絶句の奇書〜宮下誠『迷走する音楽』」
第46回「青柳いづみこ『双子座ピアニストは二重人格?』」
第47回「あのラッパライネンが遂に再来日〜今度も...」
第48回「テンシュテットのプロコフィエフはトリスタンみたいだ」
第49回「テンシュテットのブルックナーは灼熱地獄」
第50回「もしクラシックが禁止されたら? リリー・クラウスについて
第51回「ケーゲルのパルジファル」
第52回「ベルティーニの死を悼む」
第53回「残忍と醜悪とエクスタシー、マタチッチのエレクトラ」
第54回「マルケヴィッチの『ロメジュリ』は実にいい」
第55回「ジュリーニを悼む」
第56回「こいつぁあエロい『椿姫』ですぜ」
第57回「ヴァントとベルティーニ」
第58回「夏と言えば・・・」
第59回「ライヴ三題〜ジュリーニ、ヴァント、テンシュテット」
第60回「困ったCD」
第61回「秋は虫の音とピアノ」
第62回「真性ハチャトゥリアンに感染してみる」
第63回「フェドセーエフでスッキリ」
第64回「シーズン開幕に寄せて」
第65回「あまりにも幸福なマーラー」
第66回「これが本当にギーレンなのか?」
第67回「バーンスタインでへとへと」
第68回「今年のおもしろCD」
第69回「やったが勝ちのクラシック
第70回「正月の読書三昧」
第71回「レーゼルのセット、裏の楽しみ方」
第72回「実はいいムーティ」
第73回「フォークトのモーツァルト」
第74回「空前絶後のエルガー」
第75回「爆笑歌手クヴァストホフ」
第76回「ギーレンのロマンティックなブラームス」
第77回「エッシェンバッハとバティス」
第78回「ネチネチ・ネトネトのメンデルゾーンにびっくり」
第79回「暑くてじっとりにはフランス音楽」
第80回「ジュリーニ最高のモーツァルト」
第81回「1970年代の発掘2点」
第82回「ヤンソンスは21世紀のショルティ?」
第83回「アーノンクールと海の幸」
第84回「なんと合唱も登場〜ケーゲルの『音楽の捧げ物』」
第85回「ヴァントとミュンヘン・フィル」
第86回「テンシュテットのライヴはすごすぎ」
第87回「8月も終わり」
第88回「激安最高のヴィヴァルディ」
第89回「ジュリーニ最晩年のブルックナー第9番」
第90回「激安セットで遊ぶ」
第91回「分厚い響きが快適」
第92回「極上ベヒシュタインを聴く」
第93回「繰り返し聴きたくなる長唄交響曲」
第94回「あなたはこの第9を許せるか?」
第95回「モーツァルト年」
第96回「実相寺監督を悼む」
第97回「シュヴァルツコップのばらの騎士」
第98回「今見るべきDVDはこれ」
第99回「年末のびっくり仰天」
第100回「チェリビダッケ没後10年が過ぎて」
第101回「最大級の衝撃「君が代変奏曲」
第102回「コンセルトヘボウVSドレスデン」

【番外編】
「ザンデルリング最後の演奏会」
「真に畏怖すべき音楽、ケーゲルの《アルルの女》」
「ケーゲルのブルックナー、ラヴェル、ショスタコーヴィチ」
「ケーゲルとザンデルリンクのライヴ」
「聖なる野蛮〜ケーゲルのベト7」
「ヴァント、最後の演奏会」
「バティス祭りに寄せて」
「ベルティーニ / マーラー:交響曲全集」
「ギレリス、ケーゲル、コンヴィチュニーほか」
⇒評論家エッセイ情報
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