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ライヴ三題 ジュリーニ,ヴァント,テンシュテット

Wednesday, July 26th 2006

連載 許光俊の言いたい放題 第59回

「ライヴ三題〜ジュリーニ、ヴァント、テンシュテット」

 サラリーマンはボーナスが出て嬉しい季節である。かく言う私も正真正銘の雇われ人であり、ボーナスをもらうと何だか得した気持ちになるのは他の人と変わらない。
 さて、ボーナスでCDを買う人も多いだろうが、注目のライヴについて簡単にコメントしておこう。

 ジュリーニとウィーン・フィルは、ザルツブルクのライヴである。モーツァルトはなんと35分もかかる。出だしからして驚異の遅さに仰天。もうこのテンポは他のCDで知っているはずなのに、ウィーン・フィルがたっぷりと歌い上げるので、いっそう遅く感じられるのだ。ベームとのDG録音のような(しかしあれよりは音色が明るい)、まるでブルックナーのように永遠に続くモーツァルト。これでもかという工夫を凝らした現代のモーツァルト演奏とは対極にある。何気ない音楽が淡々と続く。が、美しい。
 そう、このCDは、昔のウィーン・フィルを懐かしむためのものと言ってよいだろう。一転してマーラーでは、激しくオペラティックな感情表現が繰り広げられる。これはワルターの時代かというヴァイオリンの甘い響き、陶酔的な歌、合奏の乱れを気にしない突進、テノールの苦しげな絶叫。アルトの美感を無視したうめき。こんな演奏が1980年代後半になっても行われていたとはいささか驚き。モノラルだったら、1950年代以前の演奏かと思ってしまうかも。
 指揮者の手綱はゆるめだ。その分オーケストラの自主的な表現力があらわになり、ウィーン・フィルの体臭が強く匂う。私はもっときっちりした、たとえば最近再発されたベルティーニのような演奏のほうが好きだが、ウィーン・フィルのファンにはたまらないだろう。

 テンシュテットの大阪ライヴは、かねてから相当変わった演奏として知られていたもの。私は東京での同じプログラムは聴いた。が、FM放送された大阪のものはそれ以上に起伏が激しく、演奏時間もかかるものだった。
 第1楽章からして、のろのろと引きずるように進行する。その分、えぐり方はとんでもなく深い。もはやロンドン・フィルの表現力を超えたものが要求されてしまっている。これに応えられるのは、本当の最高のオーケストラだけだが、残念ながら、テンシュテットの過酷な音楽に最後までつき合ってくれるのは世界広しといえども、この楽団だけだったのだ。
 第2楽章はうねうねと気味悪く渦巻くが、たぶん録音がちょっとばかり演奏の迫力をそいでしまっている。惜しい。
 アダージェットは、12分かけた、もはや止まったような音楽だ(いや、部分部分では、本当に音楽が止まっている!)。なるほどこれは音という物理的現象には違いない。だが、もはや音は問題ではない。思いははるか彼方を駆けめぐる。それは聴けばわかるだろう。美しい楽章だが、ことテンシュテットに限っては、ここに感覚的美を望んではならない。物騒な話、もしリストカットするなら、この演奏をおいて他にふさわしい音楽はないかもしれないと思った(あ、これだけは参考にしないでください)。
 蟻がはうように進むので、ちょっとした変化が不気味なほどに迫力を帯びる。8分前後からの弱音を聴いてください。金縛りに合います。暑い日に聴いたら、汗だくになれます。もう、マーラーの第9交響曲の最後みたいだ。ここで曲が終わっても文句が言えない。余談ながら、ラトルでは、こんな弱音は出ません。

 ヴァントとバイエルン放送響の「火の鳥」は、鮮やかなリズムと色彩の饗宴だ。なんとのっけから「火の鳥」が現代音楽のように聞こえるではないか。おもしろい!
 細部は明快だが、ただの解剖に終わらず、精密の美を見せつける。特にトラック3のスケルツォはめざましい。目も覚めるような音の乱舞だ。
 そして次のトラック4では叙情的な部分も絶対に感傷的にならず、あくまで音響の美を追求する。テンシュテットとは逆の、音として完結する芸術の極致が楽しめる。そしてこの美の楽園を一瞬にして打ち砕くかのような鮮烈な一閃で地獄踊りが始まる。
 文句なしにすばらしい。あらためて「火の鳥」の斬新さに気づかされる。あまりにも有名な曲だが、こんな音が書かれていたのか!と未知の美しさに打たれることは私が保証する。有名曲ゆえ、聴き飽きた人も多いだろうが、これは聴く価値がある。CDで聴くヴァント最高の演奏のひとつに数えられるだろう。
 「プルチネッラ」は北ドイツ放送響との演奏(BMG)も枯れた味がとてもよかったが、こちらもいい。あれより溌剌として元気がいい。なんだかアメリカンな味がするのが意外だ。
 いずれにしても、「火の鳥」(1945年版)といい、「プルチネッラ」(1949年版)といい、ヴァントと新古典主義は見事な相性を見せるのだ。ヴァントというと、ブルックナーベートーヴェンばかりが売れるらしいが、こんなものを聴き逃すのはあまりにももったいない。

 ところで、このコラムでも取り上げたベルティーニのマーラー全集の件。たいへん好評で、昨日とうとうメーカー在庫がなくなってしまったそうだ。欲しい人は見つけたらすぐに買ったほうがいいかもしれない。私は何も宣伝のために言っているのではない。いったん品切れになったCDは、なかなか再プレスされないことは、クラシックCDに詳しい人ならよく知っているはずだ。

許光俊 きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


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