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残忍とエクスタシー、マタチッチのエレクトラ 許光俊の言いたい放題へ戻る

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2006年5月30日 (火)

連載 許光俊の言いたい放題 第53回

「残忍と醜悪とエクスタシー、マタチッチのエレクトラ」

リヒャルト・シュトラウスの最高傑作というと必ず名前が挙げられるのがオペラ「エレクトラ」である。とはいえ、人気も最高というわけにはいかない。万人が好む恋愛劇でなく、陰惨な復讐の物語だからだ。しかも、このオペラから数分の曲を抜き取ってリサイタルで歌うなど、思いもよらない。止まることなく最後まで突き進む音楽だから。
 演奏は至難の部類に入る。作曲家の熟達した腕前は絶頂に達しており、前作「サロメ」よりぐっと複雑になっている。この作品を得意のレパートリーとして誇った指揮者はほんの数えるほどだ。要求される声も際立って強力なもの。それでいて作曲者自身は、このヘビー級の音楽を、なんとメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」のように演奏しろと言っているのである。その真意はいかに?
 ロヴロ・フォン・マタチッチがその「エレクトラ」を指揮した音が遺っていた。マタチッチがオペラハウスでも活躍したことはよく知られているが、実際に聴ける録音はわずかだった。幸いなことに、彼の「エレクトラ」は、指揮者の個性が非常に生きた、好ましい演奏である。マタチッチの音楽のざっくりした感じが、古代ギリシアの残忍とよく似合う。
 「メンデルスゾーンのように」という作曲者の言葉に従ったのか、意外にもこの作品を血なまぐさく指揮した者は多くない。私は劇場でこの作品を見るたびに、食い足りない思いをしてきた。もっと暴力的で、野蛮で、復讐の妄執に憑かれた主人公の狂気を腹の底までしみこませるような演奏が可能なのではないかと考えて。とはいえ、「エレクトラ」に限らず、得体の知れない力で私たちを征服してしまうような音楽は現在確かに皆無に近いのだが。
 それゆえ、マタチッチを聴いて大いに溜飲を下げた。オーケストラがうめき、うなり、叫び、イライラし、ギラつき、邪念をにじみ出させる。楽器のひとつひとつの役割が鮮明だ。とりつくろったお行儀のよさなどありはしない。主人公は、復讐で頭がいっぱいで、周囲から異常者扱いされている。その憑かれた人間の暗い情熱が鮮やかに伝わってくる。
 ケダモノじみた音楽に乗って、エレクトラの憎っくき敵、母親が登場する。やはりこうでなくてはという、美しさのかけらもないおぞましい音楽だ。その一方で追憶の音楽はあくまで甘くあたたかい。オーケストラからは強い感情が流れ出る。激しい愛と憎しみがひとりの人間の中に矛盾なく存在する不思議。
 ヴェルディやプッチーニは、数分のアリアで聴く者にエクスタシーを感じさせようとした。が、シュトラウスはエクスタシーに達するまで100分もかかる巨大なアリアを書いた。それもとびきりの強力なドラマティックな声とオーケストラによる。残忍と醜悪とエクスタシーのオペラ。デーモンのオペラ。この作品が初演時、それまで誰も知らなかった恐るべき不気味な力強さによって人々を震撼させたのがよくわかる演奏だ。

 「死と変容」も「エレクトラ」と同傾向のきわめてたくましい、マタチッチならではの演奏だ。神経質に精密な響きを整えようと目論むのではない。太い線を絡みあわせ、大きくうねらせる。けれど、それは大味ということでは全然ない。オーケストラの各楽器が出す音色は適切であり、生々しい。熱狂の赤、陶酔の黄、不安の青、それぞれの色が実に鮮明なうえ、きついコントラストで大胆に混じり合うのである。その結果、聴きてが呑まれてしまうような劇的な起伏が成り立っている。激しくはあっても単調ではない。勢いはあっても軽薄ではない。すばらしい演奏である。この1曲、20分だけでもマタチッチのすごさがよくわかる。
 また、若々しくエネルギッシュな疾駆が著しい。音楽は無我夢中になって何かに襲いかかり、たたきつぶし、ねじ伏せようとする。最後、弦楽器が、この曲では聴いたことがないような甘美な音色と表情で陶酔の階段を一歩一歩上っていく。こうした直接的な表現は、当然ながらあとの時代、つまり、私たちが日本で実際に聴くことができた1970年代以後のマタチッチからは消えていった。強い感情表現を抑制するようになった。この演奏はオペラティックと言ってよいのかどうか、きわめて表情が濃い。シュトラウスのオペラと交響詩が同一線上にあることを示してくれる(ちなみに、もうひとり、それを強く感じさせたのはカルロス・クライバーだった)。
 これを聴いていると、演奏の極細部などたいして重要ではないような気がする。なぜ、こうした音楽が世界から消えてしまったのか? 現代の演奏が外見上は精密なくせに、作品の形をきちんと表してくれないのはなぜなのか? 決して最新の録音ではない。にもかかわらず、この演奏を聴くと、作品が三次元のくっきりした像として浮かび上がって来るではないか。

 ブルックナーの交響曲第9番は、むろんシュトラウス作品ほどではないにしろ、後年の演奏以上にロマンティックである。私たちがすでに知っている、彼ならではの岩石のようなユニークなブルックナー演奏とはいささか趣が異なる。思いの外やさしいのだ。ところどころ、まるでジュリーニのような甘美な歌い方も見せる。ある意味、マタチッチのざらついた音楽にとっつきにくさを感じていた人にとっては、心地よく流れるこの演奏は、いっそう好ましいのかもしれない。
 ヴィヴァルディではさらに感情がオープンになっている。冒頭のソロからして濃厚だ。日本ではバロック音楽というと、サラサラしたスムーズな音楽がイメージされているが、本当は違うはずである。それ以前の時代に比べていっそう強い感情表現、具体的な表現を行おうとしたのがバロックなのだ。ヴィヴァルディしかり、バッハしかり。だからこそ、表現の幅が大きな新発明の楽器ヴァイオリンがことのほか愛好されたのだ。この演奏では特にゆっくりした楽章が滴るように濡れていて、聴きものである。ヴィヴァルディは、センチメンタルなまでの情感の表現という点では、バロック作曲家中屈指だったと思うが、それを再確認させてくれる。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


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歌劇『エレクトラ』全曲、『死と変容』 マタチッチ&シュターツカペレ・ベルリン(1957、58)(2CD)

CD 輸入盤

歌劇『エレクトラ』全曲、『死と変容』 マタチッチ&シュターツカペレ・ベルリン(1957、58)(2CD)

シュトラウス、リヒャルト(1864-1949)

ユーザー評価 : 4点 (1件のレビュー) ★★★★☆

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発売日:2005年06月29日
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