トップ > 音楽CD・DVD > 商品情報 > クラシック > 許光俊 「デリエ演出による《コジ・ファン・トゥッテ》〜現代の恋人たちの学校」

許光俊 「デリエ演出による《コジ・ファン・トゥッテ》〜現代の恋人たちの学校」

2006年2月2日 (木)

特別寄稿 許光俊の言いたい放題 第22回

「デリエ演出による《コジ・ファン・トゥッテ》〜現代の恋人たちの学校」

 私はこの「コジ・ファン・トゥッテ」を見るのを首を長くして待っていた。
 というのも、昨年ベルリンで見た同じ演出家の「トゥーランドット」が猛烈におもしろかったからだ。トゥーランドットというと、謎の解けなかった男を次々と斬首していく残酷な王女というイメージが普通である。しかし、まったく逆に、彼女こそ男性中心社会の犠牲者として描かれていたのだ。これにはうなった。単なるアイディア倒れではなく、抜群に説得力があった。

 そんな演出家の「コジ・ファン・トゥッテ」とはいかなるものか? 会場でDVDを買い損ね、惜しい思いをしていたのだが、幸いにもこのたび日本盤が発売されることになったのである。

 冒頭、いきなり空港のチェックインカウンターが登場する。ほう、男たちが軍隊に入るというのは、企業戦士ということだね。以後も1960〜70年代風俗を取り入れた舞台は愉快に進行していく。性表現も直接的だ。日本ではこういうのに顔をしかめる向きがまだまだ多いけれど、見かけのサービス精神に惑わされてはならない。基本はあくまで超オーソドックスなのだ。

 「コジ・ファン・トゥッテ」は恐ろしい作品である。おそらく人間の愚かさやどうしようもなさをここまで表してしまったオペラは、これ以外にはあと「ヴォツェック」があるだけだ。「コジ」映像では、ピーター・セラーズ演出がサディスティックなまでに強烈で救いがなく、その絶望的な暗さには、私ですら二度と見る気が起きないほどだが、このデリエ演出も喜劇的なくすぐりを入れつつも、基本的には悲観的である。最後、恋人たちは何とも言えない気まずい雰囲気で黙り込む。いたたまれません。

 実はモーツァルトはこんな悲観的な結末を書いたのではない。「恋人たちの学校」という副題通り、「コジ」は、まだ本当の人間とはどういうものかを知らず、貞操だの愛だのといった絵空事の観念に凝り固まっている若者たちが、現実を知るという成長物語なのである。苦い経験を通じて子供が大人になるという話なのである。大人になるとは、「人間はこんなものだ」と現実を受け入れ、人間の愚かさを笑い飛ばすことができるということ。だが、現代の私たちはそこまで寛大にはなれない。楽天的になれない。だから、こういう悲しい結末を作る。

 歌手たちは水準が揃っており、演技もきちんとしつけられている。フィオルディリージが貞操を守るために決死の歌を歌うあたりは特に迫ってくる。オーケストラも問題ない。最初は違和感があっても、第1幕も終わりに近づく頃には、すっかりドラマにのめり込んでいるはずだ。映像で買える「コジ・ファン・トゥッテ」中、もっとも勧められるひとつと言ってよいだろう。

 この次はぜひ同じ演出家がやりたい放題をやった「トゥーランドット」をDVD化してほしい。TDKのDVDでは他に演奏が魅力的なウェルザー=メスト指揮「魔笛」、演出がなかなかおもしろいパウントニー演出「トゥーランドット」もあったが、いずれ書くことにしよう。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学助教授) 


⇒評論家エッセイ情報
※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

%%header%%閉じる

%%message%%

フィーチャー商品

%%header%%閉じる

%%message%%

許光俊