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「激安最高のヴィヴァルディ」

Thursday, September 14th 2006

連載 許光俊の言いたい放題 第88回

「激安最高のヴィヴァルディ」

 つい先日、白寿ホールでオーボエの名手モーリス・ブルグのコンサートがあったので行ってきた。この人はかつてはパリ管の首席として鳴らした人で、実に粋で優雅な笛を吹く。もう相当高齢になってきたので、バリバリのころの元気はないはずなのだが、音楽の色彩の豊かさ、軽やかな身のこなしは並大抵ではない。当夜はバロック音楽ばかりのプログラムだったが、ことさらバロックに興味がない私でさえまったく退屈しないで楽しめてしまうのである。ことにアンコールのマラン・マレは表現力全開で名人の力量を堪能できた。久々にヨーロッパの濃厚な匂いに触れた気がした。

 さて、以前から書こう書こうと思っていたのだが、ずいぶん売れているようだし、今更私が褒めるまでもないという気もして放って置いたのが、カルミニョーラのヴィヴァルディ集だ。私はしばらく前に「四季」をまとめて聴いて以来、自称「四季」博士なのだが、これはいい。特に古楽系では断然と言っていいだろう。はっきり言って、古楽系「四季」演奏の最大の欠点は、ソロの下手さ、味のなさ、個性の薄さにあった。チョン・キョンファのなんだかよくわからないが異様に崇高な音楽ムターのこれまたなんだかよくわからないが不気味なくらい情念が濃い暗黒私小説演奏のようなものを知ってしまうと、古楽系のソロは、まるでお話にならない。まるで学生の演奏みたいなのである。
 しかも、ソロだけでなく全体としてもきわめて浅薄な印象を拭えないのがほとんどで、さわやかで威勢がよいだけのように聞こえてしまうのである。聴きはじめはいいが「夏」になると退屈してしまう。「リアルな描写」系演奏は一度めはおもしろいが、繰り返し聴くとバカバカしくなる。暴力刺激系演奏はドンジャカズンジャカと美しい旋律をズタボロにしてしまい、「あんた、ロックでもやれば」と言いたくなる。熟成度が低すぎるのだ。
 こんなあんなのろくでもない演奏に比べるまでもなく、カルミニョーラは圧倒的に繊細なのだ。優雅なのだ。豊満なのだ。「夏」のゆっくりした楽章はムターもビックリという怪しげな暗さが漂う。「秋」では酩酊が巧みに、しかし下品でなく描写される。歌いまわしの艶っぽさといい、陰影、濃淡のニュアンスの豊かなことといい、これでこそヴァイオリン協奏曲である。しかも、アンサンブルがこのソロと見事に合っているのだ。テンポが揺れてもピタリと吸い付いてくる。このテンポの動き自体もたいへん生き物的で、殺風景な一定テンポとは一線を画す。
 「四季」以外の曲も同様にたいへん美しい。ゆっくりした楽章では慌てず騒がず、じっくりたっぷりとヴァイオリンの歌の魅力をふりまく。といっても大味に歌い上げるのではなく、コントロールが効いていて、知性的でもある。速い楽章はせっかち、ギスギスとしないで、ほどよい躍動感を持つ。
 特に3枚目「祝祭日のための協奏曲集」がいい。2曲目「安らぎ」なんて、綿のようにやわらかい、やさしく慈しむような音楽で、古楽でこんな演奏をやった例を私は他に知らない。3曲目はなにやら悪戯っぽい表情で微笑ましい。曲によってはいわゆる古楽らしい響きで勝負する。何をやってもあくまで品よくとどまるのも美点だ。
 音質も快適だ。ほどよく残響が含まれ、ホールというより宮殿か何かで聴く感じが心地よい。
 ともかく、このセットは内容に比して安すぎる。タダみたいなものだ。絶対のお薦めである。

 実は私はかねてからヴィヴァルディが好きで、この前もそんなことを飲み会で話していたら、「ケーゲルのヴィヴァルディでしょう?」とからかわれたが、そうとは限らず、この作曲家ならではの短調の憂愁には昔からそそられるのである。そういえば、ブルグがシモーネとやったコンチェルト集がエラートから出ていたっけ。
 が、ヴィヴァルディの話はまたそのうち書くことにしよう。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


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