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「北島三郎とバロック」

2007年3月23日 (金)

連載 許光俊の言いたい放題 第105回

「北島三郎とバロック」

 かねてから一度見てみたかった北島三郎の新宿コマ劇場特別公演にとうとう行ってきた。今となっては歩くのも苦痛な繁華街を歩いてたどりつきましたコマ劇場、ロビーには金色の北島三郎像が立っており、売店ではさぶちゃんラーメン、湯飲みなどが積まれていて気分が盛り上がる。もちろんお客の大半は60,70歳以上。
 しかし、これを老人だけに独占させていてはもったいない。とにかく想像以上におもしろかったのである。まずは90分ほどの芝居をやってから休憩、そしてまた90分ほどの歌謡ショー、休憩も入れれば約4時間を過ごして出てくれば、お客はみな満足げ。それも当然の内容だった。
 芝居は山本陽子(実相寺昭雄監督の『青い沼の女』でエロ悪女を好演)、龍虎、仲本工事といった豪華メンバーで、十分おもしろい。とにかく徹底的な義理人情のストーリーが今日となっては新鮮だ。最後、観客はすすり泣き。
 歌謡ショーの後半もすごい。正直言って前半は寝不足もあってやや眠かったのだが、後半は眠気も吹き飛ぶ怒濤のエネルギーの爆発に度肝を抜かれた。仰天の舞台装置を入れ替えながらひたすら高揚していくので、観客一同呆然かつ興奮。舞台芸術のプロ2人といっしょに出かけたのだが、みな一様に感嘆していた。ちなみに、このセット、そっくりそのまま買い取って、「さまよえるオランダ人」で使うと絶対にいいと思う。なぜって? 自分で見てみればわかります。それに、もし「マイスタージンガー」を日本人が演出するなら、これを参考にしなくてはウソだ。
 北島三郎はすでに70歳。なのに3時間のショーを1日2回行うのだから、尋常でない元気さである。客を喜ばせようと一生懸命でありつつも、余裕が漂う。私は今までいろいろな舞台人を見てきたが、「スター」という言葉がこれほどまでに似合う人は初めてだ。公演は連日満員らしい。お客がどんどんリピーターになるからだ。私も来年また行きたい。
 さぶちゃんについては、またいずれどこかで詳しく論じたいと思っている。

 異常にエネルギッシュな北島三郎などに比べれば、私などは若造だが、ここしばらくは「渋エロ」で行こうと考えている。「渋エロ」とはもちろん、「渋くてエロい」。その第一弾が、最新刊『問答無用のクラシック』(青弓社)だ。これまで私の本は圧倒的に黄色い表紙が多かった。むろん黄色とは、光の色であり、狂気の色である。しかし、この本はまったく違う。渋くてシックでエロなのである。ここしばらく書いた文章から気に入ったものを選んで集めた。もちろん書き下ろしや未発表の文章も含まれている。

 今回は、忙しさにかまけて書きそびれていたCDについて書こう。
 新イタリア合奏団によるバロック作品集、より正確には、バロック時代の作品を後世の作曲家が編曲した作品集はなかなか快適なCDである。とにかくイタリアらしい、おおらかな音楽が楽しめるのだ。芳醇でセンチメンタルな歌に耳を傾けていればそれで十分なのである。特に最初に入っているヴィターリ作とされている「シャコンヌ」は、鮮烈な悲しみの色彩に塗られていて美しい。ちょっとアルビノーニの「アダージョ」を連想させるようなオルガンと弦楽合奏の曲で、独奏ヴァイオリンがねっとりと歌う。この強い甘口加減がいい。どうも私は近頃のせっかちな古楽演奏が苦手で、こうした演奏を聴くと、安心する。

 「新」が付かないイタリア合奏団のレスピーギ「リュートのための古い舞曲とアリア」もすごく美しい。実は私はこの曲を溺愛しており、あれこれの演奏を聴いているのだが、目下、好感度ナンバーワンはこれかも。この曲をこれくらい気を入れて緻密に演奏した例も少なかろう。新イタリア合奏団の演奏は、多少の荒っぽさも含んだおおらかさが快かったが、こちらは逆に練れきった味わい。陰影があって、エロティックで、退廃的な雰囲気も濃い。酸いも甘いもかみ分けた大人の余裕が漂う音楽だ。それでいて、ゆったりしたところ専門の演奏ではなく、快活な部分のキレはとてもいい。イタリアの弦楽器群の作り出す響きを生かした録音も称賛に値する。これが千円とは安すぎる。
 マリピエロの曲も、20世紀音楽らしい鋭さ、太古の音楽のような土くささ、エスニックでエキゾチックな匂いが入り交じった佳品だ。

 そうそう、バロックの編曲という点では、エサ=ペッカ・サロネンがロス・アンジェルス・フィルと録音したバッハ集もソニーから出ていた。ストコフスキーやウェーベルンの編曲はすでにお馴染みだが、特にお薦めはエルガー編曲の「幻想曲とフーガ ハ短調」。まさにこの作曲家ならではの、ものすごくロマンティックな音楽だ。ことに独奏の表現力を生かした編曲で、黙って聞かされたらバッハだと思わない人もいるかもしれない。

   クリストフ・エッシェンバッハが指揮した一風変わった演奏はこのコーナーでも何度も取り上げた。彼はもともとは指揮者を志していて、そのためにまずピアニストとして名を売ろうとしたと言っている。とはいえ、いまだにピアノ演奏のほうにいっそう魅力を感じる人も多いはずだ。今から30年前に録音されたメンデルスゾーンの「無言歌集」を聴けば、それも当然と思われる。ドイツのピアニストならではの伝統を受け継ぐ情感表現、繊細さ、壊れやすさ、微妙さ、しんみりした感じ、何とも言えない暗さ。たとえば、7番目に入っている「子守歌」など、弾んだリズムでありながら、暗く悲しげだ。こういうふうに対立する要素を同時に表現することが、ドイツ・ロマン主義では「イロニー」と呼ばれて高く評価されたが、エッシェンバッハはその模範的な例である。
 11番目の「甘い思い出」では、とても自然に、きれいに旋律が流れる。とにかく、美しさ、甘み、悲しみ、暗さのバランスが抜群によい。悲劇的になりすぎず、おおげさになりすぎず、うるさすぎず、しつこくなく、押しつけがましくなく・・・という絶妙の案配だ。エッシェンバッハはDGのためにモーツァルトのピアノ・ソナタなども録音しているが、圧倒的にこのメンデルスゾーンがすばらしい。これは掛け値なしに持っていてよいCDである。
 残念なのは、ジャケットの印刷がひどすぎること。いくら千円と言っても、「いったいどこの国で作った海賊盤?」というくらいに質が悪い。今時、素人がパソコンのプリンタで印刷したほうがよほどきれいにできるだろう。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


【許光俊の言いたい放題】
第1回「謎の指揮者エンリケ・バティス」
第2回「残酷と野蛮と官能の恐るべき《ローマの祭》」
第3回「謎の指揮者コブラ」
第4回「快楽主義のベートーヴェンにウキウキ」
第5回「予想を超えた恐るべき《レニングラード》《巨人》」
第6回「必見! 伝説の《ヴォツェック》名画がDVD化」
第7回「ついに発売。ケーゲル最後の来日公演の衝撃演奏」
第8回「一直線の突撃演奏に大満足 バティス・エディション1」
第9回「『クラシックプレス』を悼む」
第10回「超必見、バレエ嫌いこそ見るべき最高の『白鳥の湖』」
第11回「やっぱりすごいチェリビダッケ」
第12回「ボンファデッリはイタリアの諏訪内晶子か?」
第13回「アルトゥスのムラヴィンスキーは本当に音が悪いのか?」
第14回「ムラヴィンスキーの1979年ライヴについて」
第15回「すみません、不謹慎にも笑ってしまいました」
第16回『これまで書き漏らした名演奏』
第17回「フレンニコフの交響曲」
第18回「驚天動地のムラヴィンスキー!」
第19回「ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番」
第20回「クーベリックのパルジファル
第21回「『フィガロ』はモーツァルトの第9だ」
第22回「デリエ演出による《コジ・ファン・トゥッテ》」
第23回「美女と野獣〜エッシェンバッハ&パリ管のブルックナー」
第24回「無類の音響に翻弄される被征服感〜ムラヴィンスキー・ライヴ」
第25回「クーベリックのベートーヴェン(DVD)」
第26回「ある異常な心理状況の記録〜カラヤン、驚きのライヴ」
第27回「これはクレンペラーか? スヴェトラの『オルガン付き』」
第28回「トルストイのワルツは美しかった」
第29回「カルロス・クライバーを悼む」
第30回「スヴェトラーノフの『ペトルーシュカ』はすごい」
第31回「『展覧会の絵』編曲の傑作」
第32回「ケーゲル、悲惨な晩年の真実〜写真集について」
第33回「種村季弘氏を悼む」
第34回「今度のチェリビダッケはすごすぎ!」
第35回「世界一はベルリン・フィル? ウィーン・フィル?」
第36回「シュトゥットガルトの《ラインの黄金》は楽しい」
第37回「小泉首相なら「感激した!」と絶叫間違いなし」
第38回「平林直哉がここまでやった!〜『クラシック100バカ』」
第39回「まさしく大向こうをうならせる見せ物!」
第40回「日本作曲家選輯〜片山杜秀氏のライフワーク」
第41回「こんなすごいモーツァルトがあった!」
第42回「秋の甘味、レーグナーのセットを聴く」
第43回「ヴァントとライトナーに耳を洗われた」
第44回「ギレリスのベートーヴェン・セットはすごいぞ」
第45回「これは・・・思わず絶句の奇書〜宮下誠『迷走する音楽』」
第46回「青柳いづみこ『双子座ピアニストは二重人格?』」
第47回「あのラッパライネンが遂に再来日〜今度も...」
第48回「テンシュテットのプロコフィエフはトリスタンみたいだ」
第49回「テンシュテットのブルックナーは灼熱地獄」
第50回「もしクラシックが禁止されたら? リリー・クラウスについて
第51回「ケーゲルのパルジファル」
第52回「ベルティーニの死を悼む」
第53回「残忍と醜悪とエクスタシー、マタチッチのエレクトラ」
第54回「マルケヴィッチの『ロメジュリ』は実にいい」
第55回「ジュリーニを悼む」
第56回「こいつぁあエロい『椿姫』ですぜ」
第57回「ヴァントとベルティーニ」
第58回「夏と言えば・・・」
第59回「ライヴ三題〜ジュリーニ、ヴァント、テンシュテット」
第60回「困ったCD」
第61回「秋は虫の音とピアノ」
第62回「真性ハチャトゥリアンに感染してみる」
第63回「フェドセーエフでスッキリ」
第64回「シーズン開幕に寄せて」
第65回「あまりにも幸福なマーラー」
第66回「これが本当にギーレンなのか?」
第67回「バーンスタインでへとへと」
第68回「今年のおもしろCD」
第69回「やったが勝ちのクラシック
第70回「正月の読書三昧」
第71回「レーゼルのセット、裏の楽しみ方」
第72回「実はいいムーティ」
第73回「フォークトのモーツァルト」
第74回「空前絶後のエルガー」
第75回「爆笑歌手クヴァストホフ」
第76回「ギーレンのロマンティックなブラームス」
第77回「エッシェンバッハとバティス」
第78回「ネチネチ・ネトネトのメンデルゾーンにびっくり」
第79回「暑くてじっとりにはフランス音楽」
第80回「ジュリーニ最高のモーツァルト」
第81回「1970年代の発掘2点」
第82回「ヤンソンスは21世紀のショルティ?」
第83回「アーノンクールと海の幸」
第84回「なんと合唱も登場〜ケーゲルの『音楽の捧げ物』」
第85回「ヴァントとミュンヘン・フィル」
第86回「テンシュテットのライヴはすごすぎ」
第87回「8月も終わり」
第88回「激安最高のヴィヴァルディ」
第89回「ジュリーニ最晩年のブルックナー第9番」
第90回「激安セットで遊ぶ」
第91回「分厚い響きが快適」
第92回「極上ベヒシュタインを聴く」
第93回「繰り返し聴きたくなる長唄交響曲」
第94回「あなたはこの第9を許せるか?」
第95回「モーツァルト年」
第96回「実相寺監督を悼む」
第97回「シュヴァルツコップのばらの騎士」
第98回「今見るべきDVDはこれ」
第99回「年末のびっくり仰天」
第100回「チェリビダッケ没後10年が過ぎて」
第101回「最大級の衝撃「君が代変奏曲」
第102回「コンセルトヘボウVSドレスデン」
第103回「エロスと残酷の『ドン・ファン』」
第104回「当たり連発のBBC」

【番外編】
「ザンデルリング最後の演奏会」
「真に畏怖すべき音楽、ケーゲルの《アルルの女》」
「ケーゲルのブルックナー、ラヴェル、ショスタコーヴィチ」
「ケーゲルとザンデルリンクのライヴ」
「聖なる野蛮〜ケーゲルのベト7」
「ヴァント、最後の演奏会」
「バティス祭りに寄せて」
「ベルティーニ / マーラー:交響曲全集」
「ギレリス、ケーゲル、コンヴィチュニーほか」
⇒評論家エッセイ情報
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参考DVD

北島三郎・大いに唄う〜V〜

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