18世紀スペインの作曲家、マヌエル・ブラスコ・デ・ネーブラ(1750-1784)は、職場がマドリードの南西約400kmに位置するセビリア大聖堂でメインの仕事がオルガニスト、しかもわずか34歳で亡くなってしまったことから知名度が低く、現存する楽譜も170曲作曲したうちの30曲のみと限られています。
これらの作品は、主にチェンバロまたはフォルテピアノ用に作曲されており、優雅な旋律線、複雑な装飾、突然のダイナミックなコントラスト、ロマン主義の傾向を予感させる革新的なテクスチャーの使用などを特徴とするソナタとパストレラで構成されています。
セビリア大聖堂オルガニスト
セビリア大聖堂は世界最大級の大聖堂で、大司教の座には枢機卿が就くことも多く、ネーブラがセビリアに生まれた頃の大司教はのちにボッケリーニの雇い主になるドン・ルイス枢機卿(1727-1785)でした。
ネーブラは18歳で父ホセの部下としてセビリア大聖堂のオルガニストになり、28歳のときには父の後を継いでいます。オルガンだけでなく、チェンバロ、フォルテピアノの優れた演奏と即興演奏でも有名でしたが、34歳で急死しています。
ネーブラ在職中の大司教は、1768年から1775年までがフランシスコ・デ・ソリス・イ・フォルチ・デ・カルドナ枢機卿(1713-1775)、1776年から1781年までがフランシスコ・ハビエル・デルガド・ベネガス枢機卿(1714-1781)、1783年から1784年までがアロンソ・マルコス・デ・ヤネス・アルグエイェス(1732-1795)の3人。
ボッケリーニと同世代
ネーブラはボッケリーニ(1743-1805)とほぼ同世代で作風も古典派的という共通点がありますが、宮廷で長く働いていたボッケリーニに対し、ネーブラはセビリア大聖堂で18歳から亡くなるまで16年間働いており、マドリードの王室礼拝堂にいたのは修業時代の1766年から1768年頃の2年間のみ。しかも当時ボッケリーニはイタリアからフランス、スペインと移動している時期だったので接点は無さそうです。
スペインの鍵盤楽曲
スペインの鍵盤楽器作品といえば、バロック後期の1729年から1757年までの28年間に渡って宮廷でドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)が働き鍵盤ソナタ500曲以上を作曲、修道院ではアントニオ・ソレール(1729-1783)が1744年から1783年まで39年間働いて鍵盤ソナタ150曲以上を作曲していたことが大きなトピックとして挙げられます。
スペイン王室の日常
スペイン王室は年に何度も国内各地の宮殿や修道院を移り住んだり訪れたりするのが習慣になっていたので、修道院でも世俗音楽が演奏されており、スカルラッティ → ソレール → ネーブラという流れが存在しても不思議ではありません。
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