往年のドイツの劇場システムに育まれた名指揮者マレク・ヤノフスキーが、首席指揮者を務めていたスイス・ロマンド管弦楽団とセッション録音した高水準なブルックナー全集。
ヴィクトリア・ホールでの優秀録音
レコーディングはすべて、スイス・ロマンド管弦楽団の本拠地、ヴィクトリア・ホールでおこなわれています。全体の響きの量感は豊かでありながら、楽器の音が細部まで明晰に収録されているため、ディテールとマスの織りなす表情豊かな演奏が見事に捉えられています。1904年に開場した1,644席のヴィクトリア・ホールは響きの豊かなホールとして有名でしたが、ヤノフスキー時代の2006年に600万ユーロをかけて改修工事をおこなってさらに音が良くなっており、それを証明するのがこのペンタトーンによる録音とも言えそうです。
ヤノフスキーの解釈
たとえば普通は「速く」演奏してしまう交響曲第2番の第3楽章スケルツォのテンポは、楽譜の指定「中程度の速さで」に従って控えめにし、続く第4楽章の「もっと速く」の指定が生きるようになっています。
また、楽譜の「解釈」にもこだわっているようで、交響曲第4番第1楽章のコラールのところ(CD4 トラック1の9分あたりから)では、金管を炸裂させずにヴィオラ・パートを目立たせています。この3回上行して1回下行するという宗教音楽的なフレーズが繰り返される部分はとても印象的です。楽譜にある「常に長く引っ張って」というヴィオラへの指定が、チェロバス無しの状態でおこなわれていることへの対処かもしれません。再現部フルートの下行上行する神秘的な対旋律を予告している点からも心に残る名場面です。
楽譜情報満載の高解像度な演奏
ヤノフスキーの基本方針は、楽譜に書かれた情報にはなるべく対応するというもののようです。ブルックナーでも多くのパートがよく聴こえてくるため、宗教音楽の引用などもわかりやすくなるメリットがあります(引用個所はこのページの下部に記載)。
当全集では、引用元である「ミサ曲第3番」も併せて収録することで、ブルックナー理解を深めやすい構成になっています。
ブルックナーと宗教音楽
ヤノフスキーの指揮するミサ曲第3番は、合唱指揮にエリック・エリクソンの後継者と言われるスウェーデン人、ステファン・パルクマンを迎えたこともあって見事な仕上がりとなっており、クレードの「十字架にかけられ」(CD10 トラック3の5分22秒から)の美しさなど絶品です。
ブルックナーの宗教音楽は初期には小編成ばかりでしたが、背景にはイエズス会の解散命令に端を発するマリア・テレジアによるオーストリアの教会と教育の改革(識字率向上のために教育を義務化し聖職者を教員任用)があります。改革開始から半世紀以上が経って、そうした教育・教会システムの世界で働くようになったブルックナーを待ち受けていたのは、規模も運用時間もすっかり小型化し、なかばアマチュア化してしまった教会音楽の体制でした。
ブルックナーが44歳の時に書き上げたミサ曲第3番は、教会ではなく、オーストリア帝国宮内省からの委嘱で書かれた作品で編成も規模も大きく、晩年のブルックナーが聴きたがっていた自信作でもあり、交響曲に引用されているのはその誇らしさゆえかもしれません。
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