ラングレー、ジャン(1907-1991)

人物・団体ページへ

CD 輸入盤

トランペットとオルガンのための作品全集 ニコラ・ベルナール、トマーゾ・マリア・マッツォレッティ

ラングレー、ジャン(1907-1991)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
BRL96956
組み枚数
:
1
レーベル
:
:
Holland
フォーマット
:
CD
その他
:
輸入盤

商品説明


トランペットとシンフォニック・オルガンの饗宴

ジャン・ラングレー:トランペットとオルガンのための作品全集
ベルナール(トランペット)、マッツォレッティ(オルガン)


20世紀フランスの作曲家でオルガン奏者のジャン・ラングレー(1907-1991)の作風は、半世紀以上も教会オルガニストとして在職したこともあって、基本的には親しみやすいものです。戦後は新古典主義、1960年代にはセリー主義など、同時代作曲界のイディオムを多少なりとも取り込む進取の姿勢が反映されているものもあり、時には驚くような音が聴こえてきたりして変化もあります。
  アルバムの冒頭と最後を飾るのは壮大なスケールで建築的なフォルムを持つ「トランペットのためのソナチネ」と「トランペットのための小品」。その間に挟まれる「7つのコラール」ではトランペットがプロテスタント・コラールの主題を、オルガンが和声と対位法の変化を担い、「9つの小品」では、親しみやすい旋律をトランペットとオルガンが奏でています。
  演奏はフランスのトランペット奏者ベルナールと、イタリアのオルガン奏者マッツォレッティによるもので、スイスのヴォー州グランにある聖パウロ・プロテスタント教会でレコーディングをおこなっています。録音に使用したのはシンフォニック・オルガンのブロンディーノ・ヴェジェッツィ・ボッシ・オルガンです。
  ブックレット(英語・12ページ)には、演奏者のマッツォレッティによる解説などが掲載。

Brilliant Classicsを検索
 演奏家情報

ニコラ・ベルナール (トランペット)
1981年、フランス共和国中部ニエーヴル県のヌヴェールに誕生。8歳のときにニエーヴル県プレメリーの音楽学校でトランペットを学び始め、ヌヴェール国立音楽院で勉強を続け、1999年にメダルを獲得。トランペットと同時にオペラ歌唱と打楽器も勉強。続いてパリのソルボンヌ大学で音楽学を学んだほか、ムードン音楽院とリュエイユ=マルメゾン音楽院でもトランペットと室内楽の勉強を継続。モーリス・アンドレ、ピエール・ティボー、ジュコ・アルジャンヌ、ブルーノ・ヌーヴィオンらによるマスタークラスも受講。
  2003年、ニコラ・ベルナールはフランス共和国衛兵団の音楽隊に入団し、そこで3年間過ごした後、ローザンヌ室内管弦楽団に入団。また、教育にも携わっており、ヴァレー州立音楽院などで教えています。


トマーゾ・マリア・マッツォレッティ (オルガン)
1991年、ミラノの西約40キロのノヴァーラに誕生。ピアノを学んだ後、12歳でオルガンの勉強を開始。故郷近くのセージアのサン・ナザロ修道院とヴェルチェッリ大聖堂のオルガニストを10年間務めた後、2016年、スイスのヴォー州にあるグランのプロテスタント教会オルガン・コンクールで優勝。2020年にはローザンヌの聖テレーゼ・カトリック教会の首席オルガニストに就任。下の画像は、このCDの録音をおこなったグランのプロテスタント教会のオルガンです。
  CDは、Brilliant Classics、IMDなどから発売。

 トラックリスト (収録作品と演奏家)

CD 70'59

ジャン・ラングレー (1907-1991)

トランペットのためのソナチネ
1. アレグロ  5'31
2. アンダンティーノ  3'18
3. 無窮動  2'48

7つのコラール
4. 第1番 アンダンテ  5'11
5. 第2番 アレグロ  1'32
6. 第3番 アレグロ  2'17
7. 第4番 モデラート  3'11
8. 第5番 アレグロ  1'26
9. 第6番 モデラート・メアストーゾ  3'01
10. 第7番 アレグロ・ヴィーヴォ  5'11

9つの小品
11. 第1番 カンタービレ  2'31
12. 第2番 スタッカート.ヴィーヴォ  1'16
13. 第3番 モデール  1'49
14. 第4番 アンダンテ  2'14
15. 第5番 アダージョ  2'17
16. 第6番(テンポ指示なし)  3'53
17. 第7番 アレグロ  1'32
18. 第8番 アレグロ・ヴィヴァーチェ  2'33
19. 第9番 アレグロ  5'23

トランペットのための小品
20. イントロダクション 4'47
21. アンダンテ 4'32
22. フィナーレ 2'37
23. コーダ 1'58
ニコラ・ベルナール(トランペット)
トンマーゾ・マリア・マッツォレッティ(オルガン)
使用楽器:ブロンディーノ・ヴェジェッツィ・ボッシ・オルガン
録音:2023年7月3日〜7日、スイス連邦、ヴォー州、グラン、聖パウロ・プロテスタント教会
 Track list

Jean Langlais 1907-1991
Complete Works for Trumpet & Organ

Sonatine pour Trompette
1. Allegro  5'31
2. Andantino  3'18
3. Mouvement perpetual  2'48

7 Chorals
4. No.1 Andante  5'11
5. No.2 Allegro  1'32
6. No.3 Allegro  2'17
7. No.4 Moderato  3'11
8. No.5 Allegro  1'26
9. No.6 Moderato meastoso  3'01
10. No.7 Allegro vivo  5'11

Pieces
11. No.1 Cantabile  2'31
12. No.2 Staccato. Vivo  1'16
13. No.3 Modéré  1'49
14. No.4 Andante  2'14
15. No.5 Adagio  2'17
16. No.6 (no tempo indication)  3'53
17. No.7 Allegro  1'32
18. No.8 Allegro Vivace  2'33
19. No.9 Allegro  5'23

Pièce pour Trompette
20. Intruduction  4'47
21. Andante  4'32
22. Finale  2'37
23. Coda  1'58

Nicolas Bernard trumpet
Tommaso Maria Mazzoletti organ
Brondino Vegezzi-Bossi organ at St.Paul protestant church in Gland, Switzerland

Recording: 3-7 July 2023, St Paul Protestant Church, Gland, Switzerland

 作曲家情報

 1907年 ブルターニュの村の生まれ

ジャン・フランソワ・ヤサント・ラングレーは1907年2月15日、ブルターニュ地方のラ・フォントネルに誕生。ラ・フォントネルは有名なモン・サン・ミシェルの南約18kmにあるごく小さな村落で、水道設備も無い辺鄙なところでしたが、「聖サムソンの泉」と呼ばれる湧き水が村人の生活を支えていました。
  父ジャンは26歳の石工、母フラヴィー(旧姓:カント)は24歳の裁縫師で、前年の1906年に結婚、最初に授かった子に対し、長男には父の名を、長女には母の名を付けるというこの地方の伝統に従い、ジャンと命名していました。


 村の中心の教会の裏手の物件に居住

父ジャンは親戚から、村の中心にある教会の裏手の墓地に隣接した家を借り受け、母フラヴィーの両親と共に居住(下の画像)。1914年8月にはフランスが第1次大戦に参戦し、父ジャンも衛生隊の担架兵として徴用、翌1915年5月に長女のフラヴィーが生まれ、終戦2年後の1920年には次男ルイ、その5年後の1925年には三男のアンリが誕生しています。


 1909年 2歳で失明

ラングレーは生後6か月から先天性乳児緑内障の最初の症状に襲われ、治療の甲斐もなく2歳のときに失明。
  母は幼いラングレーが買物に行けるように訓練し、やがて500メートル離れた泉までバケツで水を汲みに行く体力も備わります。
 1913年 公立小学校に通学

ラングレーは6歳からは1人で公立小学校に通い始め、集団生活の中で感覚と行動力が鍛えられた結果、自転車に乗ったり、木に登ったり、輪回しをしたりして友人たちと遊ぶことができるようになります。
  しかし普通の学校の教師(と教材)では、視覚障碍者向けの教育をおこなうことはできなかったため、ラングレーが理解できるのは、口頭でおこなわれる算数や歴史の授業などに限られるなど学業の面では大きな問題がありました。
 遠縁の軍人からの支援によりフランス国立パリ盲学校行きが決定

公立小学校で不十分な教育を受けていたラングレー少年のことを知り、行動を起こしたのが遠縁の親戚でパリに赴任したばかりのジュール・ラングレー大尉でした。ジュール大尉は、フランス国立パリ盲学校への入学を勧めますが、父ジャンの徴兵により経済的に困窮していたラングレー家にはその資金が無かったため、大尉が奨学金を手配し、制服や靴、衣服などの付帯費用については大尉が負担するということで話を決定。この時点でラングレー少年は点字も知らなかったため読み書きができず、また、音楽についても何も知らないも同然の状態だったので、ジュール大尉の慧眼は驚くべきものでした。


 1917年 フランス国立パリ盲学校

1917年11月、傷病兵の治療施設として3年間利用されていたフランス国立パリ盲学校の活動が再開されます。しかしドイツとの戦闘はまだ続いており、1918年3月には巨大な「パリ砲」がパリから約120km離れた地点でパリへの砲撃を開始。以後、長さ1メートル以上、重さ約100kgもある21p口径の巨大な砲弾が8月までの5か月間に300発以上もパリに向けて撃ち込まれ、中には盲学校から200メートルほどの場所に着弾したものもあり、入学間もない10歳のラングレーたちを怖がらせたものでした。


 スペイン風邪<

そして当時のもうひとつの脅威である「スペイン風邪」についても、発生源のアメリカから軍の大部隊と共に最初に持ち込まれたのがフランスだったこともあって感染の勢いも激しかったようで、ラングレー少年も罹患して苦しみますが、軍と違って優先的なアスピリン投与(過剰)の対象とならなかったこともあってか、ほどなく回復しています。
 全寮制教育

当時この学校は全寮制で、1日10〜11時間の授業を10年間続けることにより、一般教養、音楽のほか、職業訓練までカバーするカリキュラムをこなし、盲人が社会で活動できるように育成する責任も担っていました。
  ラングレーは、ヴァイオリン、ピアノ、ソルフェージュ、和声、作曲、オルガン、ハルモニウム、合唱(典礼学習)に加え、学内オーケストラでの年4回以上の演奏をこなし、職業訓練を免除されるほど優秀な成績を収めています。


 1923年 アンドレ・マルシャル

オルガンと作曲、対位法、フーガ、即興演奏の授業は、1923年、16歳の時にアンドレ・マルシャル[1894-1980]のクラスに参加することで始まっていますが、ラングレーは1925年には師の信頼を得て、有名なパリ最古の教会、サン・ジェルマン・デ・プレ教会での代理演奏もおこなうようになります。
  また、オルガンと共に力を入れていたヴァイオリンでは、1926年7月の学内コンクールで1位(バッハ:無伴奏ソナタ第1番)を獲得するまでに上達していました。


 ルーツはルイ16世の王立盲学校

「フランス国立パリ盲学校」の歴史は、ヴァランタン・アユイ[1745-1822]が1784年に設立し、ルイ16世[1754-1793]が1786年に認可して資金を出した生徒数120名の王立盲学校に始まっています。同校は世界初の大規模な盲学校で、早くから音楽教育もおこなわれた結果、19世紀半ばには30人もの盲目のオルガニストがフランス各地の教会や学校で働いていたという盛況ぶりで、その中には、6点点字発明者のルイ・ブライユ[18509-1852]の名もあります。

 研ぎ澄まされた鋭敏な聴覚

乳幼児期に視力を失った人間の聴覚が非常に優れていることは、最近、パスカル・ブランらの科学的研究によっても証明されていますが、そうした研究に頼らずとも音楽の世界ではすでに自明のことでもあったようで、たとえばセザール・フランクは1884年にフランス国立パリ盲学校にカヴァイエ=コル・オルガンを奉納したほか、パリ音楽院などで盲人の音楽教育に情熱的に取り組んで、優れた音楽家を数多く育成してもいました。


 1926年 パリ音楽院入学

1926年、盲学校のマルシャルはラングレーに対し、パリ音楽院に進めるよう検討していると伝え、ほどなくウジェーヌ・ジグー[1844-1925]の後任としてパリ音楽院オルガン科教授に就任したばかりのマルセル・デュプレ[1886-1971]に対して、ラングレーの演奏を聴くように依頼します。結果は良好でしたが、新任のデュプレはまず前任者ジグーの6人の学生たちの指導を優先し、ラングレーがメシアン[1908-1992]と共に聴講生としてクラス入りするのは1927年春のことでした。ラングレーとメシアンはすぐに親しくなり、その友情は以後60年以上も続くことになります。そして秋にはガストン・リテーズらも聴講生として参加し、翌年には正式な授業がスタートしています。


 パリ盲学校の善意

ラングレーとリテーズは2人とも金欠だったため、パリ盲学校は、2人が名誉ある卒業生であるとして滞在を3年間も特別に許可し、これにより宿泊、食事についての経済的不安が無くなり、練習にも困らなくなったことから、2人はパリ音楽院での勉強のほか、お金を得るための演奏活動にも力を入れることができるようになります。
  とはいえ教会関係の仕事は低報酬なものが多く、パリ郊外の教会から打診されたオルガニスト職は月額100フランで、自腹交通費は110フランで赤字になるため話にならず、困っていたところに舞い込んだのが、毎週日曜日に午後4時から夜中まで近くのブラッスリーで演奏して欲しいという依頼でした。そこでラングレーはヴァイオリン、リテーズはピアノを担当して様々な曲を演奏し、1晩で300フランを稼げたことに大喜びしますが、残念ながら1か月ほどで終わっています。


 マルセル・デュプレ

ラングレーがリテーズらと共に学んでいたマルセル・デュプレは、1日12時間を勉強や練習に割くよう要求する人物で、さらに1分の遅刻でも学生が教室に入ることを許さない厳格さで恐れられてもいました。
  そのため、盲学校の生活支援は有り難いものでしたし、さらに10年に及ぶ盲学校での準軍事的なほどの規律ある生活は、デュプレの分刻みの要求にも難なく応えることを可能にもしていました。
  また、ラングレーが盲学校にいた1920年には、デュプレはパリ音楽院でのリサイタルで、バッハのオルガン全曲を10回の連続公演で暗譜で演奏し、翌年には同じプログラムをパリのトロカデロ宮殿でも演奏するほどバッハに傾倒していましたが、それより古い音楽についてはあまり関心がなく、教会旋法もバッハのコラールと同じように扱ってしまうという当時一般的な考え方の持ち主でもありました。これはすでに盲学校でアンドレ・マルシャルからバッハより古い音楽についても十分に学んでいたラングレーにとっては、奇妙なことではありました。
  とはいえデュプレの教えは当時のクラシック楽壇の一般的な傾向を反映したものでもあり、デュプレはこのようなことも述べていました。「本当に重要な楽句では速度を落とし、フレーズのダイナミックな頂点となる和音は少し遅らせる必要があります。とはいえ、そうした方法を濫用することは、自分が演奏している作品に不誠実であることに他なりません。」


  ラングレーはデュプレの手法とはうまく距離を保ちながら、1930年には一等賞を獲得し、アレクサンドル・ギルマン賞受賞で500フランを得てもいました。
  また、シャルル・トゥルヌミール[1870-1939]のもとでは即興演奏を学んで1931年に「オルガン即興演奏グランプリ」を受賞。
  さらにポール・デュカス[1865-1935]に作曲を師事して1934年に作曲賞を受賞するという天才ぶりでした。

 1934年 ノートルダム・ド・ラ・クロワ教会のオルガニスト

1934年、27歳のラングレーは、パリ最大級の教会のオルガニストに就任します。前任は同じく盲目のガストン・リテーズ[1909-1991]。ラングレーは1945年の終戦までの11年間、この巨大な教会で務めを果たしています。尖塔の高さは78m、身廊の幅38m、長さ97m。


 1934年 フランス国立パリ盲学校

パリ音楽院卒業後、ラングレーは、母校のフランス国立パリ盲学校に就職。以後40年間に渡り、演奏活動と並行して同盲学校で教えることになります。


 1961年 パリ・スコラ・カントルム

フランス国立パリ盲学校で教える一方で、ラングレーは1961年から1976年まではパリ・スコラ・カントルムでも教えており、ここでも多くの学生を育成していました。


 1945年 サント・クロチルド聖堂のオルガニスト

1945年、ラングレーは11年間務めたノートルダム・ド・ラ・クロワ教会での職務を終え、サント・クロチルド聖堂のオルガニストに就任しています。この聖堂のオルガニスト職は、セザール・フランクやトゥルヌミールも在職したパリの名門で、ラングレーは1987年まで42年間に渡って在職。2つの尖塔の高さは69m、身廊の幅39m、長さ96m。


 コンサート・オルガニスト

ラングレーの名声は次第に高まり、やがてコンサート・オルガニストとして世界的に活動するようになります。特にファンの多かったアメリカでは実に300回以上のコンサートを実施していました。

 作曲

演奏と教育の両分野で精力的に活動していたラングレーは、同時に作曲にも取り組んでおり、1991年5月8日にパリで84歳の生涯を閉じるまでに、作品番号で254に及ぶオルガン曲、声楽曲、器楽曲など作曲していました。
  半世紀以上も教会オルガニストとして在職したラングレーの作風は、基本的には親しみやすいものですが、戦後は新古典主義、1960年代にはセリー主義など、同時代作曲界のイディオムを多少なりとも取り込む進取の姿勢が反映されているものもあり、時には驚くような音も聴こえてきます。




 商品説明詳細ページ一覧

【複数作曲家】
女性作曲家たち
Piano Classics スラヴ・エディション
Piano Classics フレンチ・エディション
オランダのピアノ協奏曲集
オランダのチェロ協奏曲集
イタリアのヴァイオリン・ソナタ集
イタリアのチェロ・ソナタ集
ファゴットとピアノのためのロマン派音楽

【バロック作曲家(生年順)】
バード (c.1540-1623)
スウェーリンク (1562-1621)
モンテヴェルディ (1567-1643)
ファゾーロ (c.1598-c.1664)
カッツァーティ (1616-1678)
ルイ・クープラン (1626-1661)
クープラン一族
ブクステフーデ (1637-1707)
マッツァフェッラータ (c.1640–1681)
ムルシア (1673-1739)
グリューネヴァルト (1673-1739)
ダンドリュー (1682-1738)
J.S.バッハ (1685-1750)
スタンリー (1713-1786)
ヨハン・エルンスト・バッハ (1722-1777)

【古典派&ロマン派作曲家(生年順)】
ハイドン (1732-1809)
ミスリヴェチェク (1737-1781) (モーツァルトへの影響大)
ボッケリーニ (1743-1805)
モンジュルー (1764-1836) (ピアノ系)
ベートーヴェン (1770-1827)
クラーマー (1771-1858)
ジャダン (1776-1800) (ピアノ系)
リース (1784-1838)
ブルックナー (1824-1896)
マルトゥッチ (1856-1909)
マーラー (1860-1911)
トゥルヌミール (1870-1939)
ルクー (1870-1894)
レーガー (1873-1916)
ラフマニノフ (1873-1943)

【近現代作曲家(生年順)】
レーバイ (1880-1953) (ギター系)
マルティヌー (1890-1959)
ミゴ (1891-1976) (ギター系も)
サントルソラ (1904-1994) (ギター系も)
ショスタコーヴィチ (1906-1975)
ラングレー (1907-1991) (オルガン系)
アンダーソン (1908-1975)
デュアルテ (1919-2004) (ギター系)
プレスティ (1924-1967) (ギター系)
ヘンツェ (1926-2012)
坂本龍一 (1952-2023)
【オーケストラ】
ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団

【指揮者(ドイツ・オーストリア)】
アーベントロート
エッシェンバッハ
カラヤン
クナッパーツブッシュ (ウィーン・フィルベルリン・フィルミュンヘン・フィル国立歌劇場管レジェンダリー)
クラウス
クリップス
クレンペラー (VOX&ライヴザルツブルク・ライヴVENIASボックス
サヴァリッシュ
シューリヒト
スイトナー (ドヴォルザークレジェンダリー)
フリート
フルトヴェングラー
ヘルビヒ (ショスタコーヴィチマーラーブラームス)
ベーム
メルツェンドルファー
ヤノフスキー
ライトナー
ラインスドルフ
レーグナー (ブルックナーマーラーヨーロッパドイツ)
ロスバウト
【指揮者(ロシア・ソ連)】
アーロノヴィチ
ガウク
クーセヴィツキー
ゴロワノフ
ペトレンコ
マルケヴィチ
【指揮者(アメリカ)】
クーチャー(クチャル)
スラトキン(父)
ドラゴン
バーンスタイン
フェネル
【指揮者(オランダ)】
オッテルロー
クイケン
フォンク
ベイヌム
メンゲルベルク
【指揮者(フランス)】
パレー
モントゥー
【指揮者(ハンガリー)】
セル
ドラティ
【指揮者(スペイン)】
アルヘンタ
【指揮者(スイス)】
アンセルメ
【指揮者(ポーランド)】
クレツキ
【指揮者(チェコ)】
ターリヒ
【指揮者(ルーマニア)】
チェリビダッケ
【指揮者(イタリア)】
トスカニーニ
【指揮者(イギリス)】
バルビローリ
【指揮者(ギリシャ)】
ミトロプーロス
【指揮者(日本)】
小澤征爾
【鍵盤楽器奏者(楽器別・生国別)】

【ピアノ(ロシア・ソ連)】
ヴェデルニコフ
グリンベルク
ソフロニツキー
タマルキナ
ニコラーエワ
ネイガウス父子
フェインベルク
フリエール
モイセイヴィチ
ユージナ
【ピアノ(フランス)】
ウーセ
カサドシュ
ティッサン=ヴァランタン
ハスキル
ロン
【ピアノ(ドイツ・オーストリア)】
キルシュネライト
シュナーベル
デムス
ナイ
レーゼル (ブラームスベートーヴェン)
【ピアノ(イタリア)】
フィオレンティーノ
【ピアノ(ハンガリー)】
ファルナディ
【ピアノ(南米)】
タリアフェロ
ノヴァエス
【チェンバロ】
ヴァレンティ
カークパトリック
ランドフスカ
【弦楽器奏者(楽器別・五十音順)】

【ヴァイオリン】
オイストラフ
コーガン
スポールディング
バルヒェット
フランチェスカッティ
ヘムシング
リッチ
レビン
【チェロ】
カサド
シュタルケル
デュ・プレ
トルトゥリエ
ヤニグロ
ロストロポーヴィチ
【管楽器奏者】

【クラリネット】
マンツ

【ファゴット】
デルヴォー(ダルティガロング)
【オーボエ】
モワネ
【歌手】
ド・ビーク (メゾソプラノ)
【室内アンサンブル(編成別・五十音順)】

【三重奏団】
パスキエ・トリオ
【ピアノ四重奏団】
フォーレ四重奏団
【弦楽四重奏団】
グリラー弦楽四重奏団
シェッファー四重奏団
シュナイダー四重奏団
ズスケ四重奏団
パスカル弦楽四重奏団
ハリウッド弦楽四重奏団
バルヒェット四重奏団
ブダペスト弦楽四重奏団
フランスの伝説の弦楽四重奏団
レナー弦楽四重奏団
【楽器】
アルザスのジルバーマン・オルガン

ユーザーレビュー

総合評価

☆
☆
☆
☆
☆

0.0

★
★
★
★
★
 
0
★
★
★
★
☆
 
0
★
★
★
☆
☆
 
0
★
★
☆
☆
☆
 
0
★
☆
☆
☆
☆
 
0

器楽曲 に関連する商品情報

おすすめの商品