フランス最大の音楽家一族の歴史を辿れるセット
代々サン・ジェルヴェ教会のオルガニストを務めながら宮廷とも深い関りをもち、趣向を凝らした小品や組曲、舞曲により、2世紀近くに渡って宮廷人などを楽しませたクープラン一族。この19枚組ボックスでは、バロック前期のルイ[1626-1661]、バロック後期のフランソワ[1686-1733]とアルマン=ルイ[1727-1789]、古典派時代のジェルヴェ=フランソワ[1759-1826]という代表的な4人の作品を収録しています。
CD19のジェルヴェ=フランソワは注目の新録音
今回注目されるのは、クープラン一族の最後を飾るジェルヴェ=フランソワの作品が収められていることです。フランス革命を生き延び、復古王政シャルル10世の時代まで活躍したジェルヴェ=フランソワは、サン・ジェルヴェ教会のオルガニストとして過ごす一方で、古典派スタイルの鍵盤楽曲も書いていますが、ここではまさに歴史の生き証人ともいうべき題材の作品も収録しています。
ギロチン・ファッションまであった恐怖政治終焉後の過激な自由を描写
「レザンコヤブル」と「レ・メルヴェイユーズ」は、どちらも恐怖政治を生き抜いた貴族やブルジョワが、生き地獄の記憶をとどめながら奇抜な服装で自由を謳歌していた社会現象を扱った曲で、「レザンコヤブル」が男性たち、「レ・メルヴェイユーズ」が女性たちの様子を描いたものです。
首にギロチン刑を示す赤いリボンを巻いたり、襟首をギロチンの刃を連想させるように張り出させたり、帽子をギロチンの刃のような形にしたり、横長のギロチンの刃のような髪飾りを後頭部に付けたり、裸同然の薄いドレスを着たりとめちゃくちゃでしたが、身内や知人が残酷に殺害された人々にとって、生き残った自由の喜びの表現は屈折していても無理はありません(もっともギロチンネタは一時的なもので、その後は気楽なおふざけコスプレ的な展開となっていき、フランス・ファッションの隆盛にも繋がって行きます)。
「R」の発音をめぐる混乱
また、平民への憎悪からか、平民の多くがまだ巻き舌で発音していた「R」を、まったく発音しないだけでなく、書かないものまで現れるなど、言葉の面でもなかなかの混乱状態に陥っています。当時の上流階級の若者同士の挨拶言葉「Incroyable !」は、「生き残ったのが信じられない!」という意味が込められたものですが、発音の際には「R」抜きで発音して「アンクロヤブル!」のところを「アンコヤブル!」としていたため、ここでは定冠詞「Les」付きの曲名を「レザンコヤブル」と訳しておきます。
革命歌による変奏曲も作曲
一方でジェルヴェ=フランソワは、革命時に平民の間で流行っていた革命歌「ああ! うまくいくさ!」による変奏曲と、同じく革命下で流行した「ベアルヌ風哀歌」による変奏曲も革命時に作曲していますが、その後、職場のサン・ジェルヴェ教会も略奪されているので、ジェルヴェ=フランソワの気持ちは「アンコヤブル!」側にいってしまったかもしれません。
ソナタとロンドにはベート−ヴェンの雰囲気も
2曲のピアノ・ソナタとロンドはベート−ヴェンを思わせるような雰囲気もある作品で、チェンバロ的な語法とのミックスもおもしろくなかなかの聴きごたえです。
使用楽器はウィーンのヨハン・ハーゼルマンによる1800〜1810年頃のオリジナルで、巧みなレストアのおかげかとても心地よい音がします。
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