Top 100 Albums - No.4

2004年5月20日 (木)

湾岸戦争が勃発し、多国籍軍による「砂漠の嵐作戦」が開始された1991年、ロックの歴史を変える1枚のアルバムが誕生した。そのアルバムの名前は『ネヴァーマインド』 。 このアルバムによって90年代は幕を開けたと言っても決して過言ではない。

『ネヴァーマインド』はシアトル出身の3人組ニルヴァーナの2作目に当たるアルバムで、メジャー・レーベル、MCAの傘下にあるDGCレーベル(所謂ゲフィン・レコード)移籍第1弾リリースとなったアルバムだ。シアトルの小さなインディ・レーベル、サブ・ポップからリリースされたデビュー・アルバム『ブリーチ』での粗雑極まりないサウンドはプロデューサーのブッチ・ヴィッグによってクリアかつタイトに纏め上げられた(とはいえ相当にヘヴィなサウンドだが)。シンガー/ギタリストのカート・コバーンの書く曲はどれもすこぶるポップで、一度聴いたら忘れられないほどのインパクトを誇っている。初回イニシャル・オーダーがたったの5万枚であったこのアルバムは徐々に評判を集めるようになり、91年の暮れには30万枚を売る(この手のバンドにしては)異例のヒットを記録した。収録曲“スメルズ・ライク・ティーン・スピリット”のヴィデオ・クリップがMTV等で頻繁にオンエアされるようになる92年には同曲は全米1位を獲得する快挙を成し遂げ、以来売り上げを伸ばし続け現在では1,000万枚以上を売り上げている。

『ネヴァーマインド』は「グランジ」の象徴として扱われたアルバムである。音楽の中のいちジャンルという域を超えファッションや映画の世界にも進出したグランジはメディアがでっち上げたムーヴメントであり、終わってしまった今となっては「グランジ」と口にすることすら赤面ものだが、パンクとハード・ロックと60/70年代のポップスがとてつもないエネルギーでもってミックスされた『ネヴァーマインド』だけは今も輝きを放つことを止めてはいない。すでに発表から12年以上の時がたった現在、このアルバムは語り尽くされるほどに語られてきた。そしてこれからもずっと語り継がれていくのだろう。

拳銃に弾をつめて仲間を連れてこい
ハメをはずして遊ぶのは面白いぜ
彼女はひどく退屈していてひとりよがり
ああひどい言葉知ってるだろ
ハローハローどのくらいひどい?

これはアルバムの冒頭を飾る“スメルズ・ライク・ティーン・スピリット”の歌詞からの抜粋だ。
この歌詞がフラストレーションを抱えた「ジェネレーションX」と呼ばれる無気力な世代の若者の心情を表しているとされ、多くの若者の心を掴んだ。ローカルなアンダーグラウンド・バンドのヴォーカリストという立ち位置はたちまち相応しいものではなくなり、華々しいロック・スターの椅子が用意された。この事が後のカートの死につながるとは、この時誰も予測できなかっただろう。

『ネヴァーマインド』完成までの簡単な流れ…
89年6月、600ドル程度の乏しい制作費で作られたサブ・ポップからのデビュ−・アルバム『ブリーチ』は 当時ニューヨークのアンダーグラウンド・シーンの大御所として知られてたソニック・ユースに絶賛されたこともあり、インディ・ロック・バンドとしては破格の3万枚を超えるヒットを記録した。当時のニルヴァーナはドラマーが流動的であり、このアルバムでドラムを叩いていたチャド・チャミングもクビにした。ドラマーを探していたカートとベーシストのクリスは、メルヴィンズのバズ・オズボーンからワシントンDCのスクリームというハードコア・バンドに在籍していたデイヴ・グロールを紹介された。デイヴのハードコア仕込みの激しいドラミングを気に入った二人は正式にデイヴをニルヴァーナのドラマーとして迎え入れた。

90年8月ニルヴァーナはプロデュースにブッチ・ヴィッグを迎え、 『ブリーチ』に続くアルバムのデモ・テープを録音した。アルバムは引き続きサブ・ポップからリリースされる予定であったが、当時サブ・ポップは大手レーベルとディストリビューション契約の交渉を始めていた。要するにレコードの流通をメジャーに委ねるという事である。どうせ大手に流通させるのであれば自分たちの手で、と考えたニルヴァーナはデモ・テープを持って自らレーベルを捜し求めた。幾つかレーベルがニルヴァーナ獲得に向けて色好い返事を返してきたそうだが、ニルヴァーナが選んだのはソニック・ユースも籍を置くレーベル、DGCだった。インディ、メジャーを行き来することを許されたソニック・ユースのスタイルを倣った契約だったそうだ。レーベルからバンドには契約金として28万7,000ドルが支払われたと言う。

そしてニルヴァーナは2ndアルバムにしてメジャー・デビュー・アルバムとなる作品のレコーディングに取り掛かることになった。アルバムのプロデューサーにはREMとの仕事で知られるスコット・リットと南部ポップスの巨匠ドン・ディクソンにオファーを出したが、どちらからも断られ結局ブッチ・ヴィッグと組む事になった。ミックスはスレイヤーのプロデューサーであるアンディ・ウォレスが担当した(後にカートはアンディによるメタルっぽく仕上がったミックスに不満を漏らしている)。 そして91年9月24日『ネヴァーマインド』は発売された。

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