Top 100 Albums - No.83

2004年3月2日 (火)

70年代、マーヴィン・ゲイ、カーティス・メイフィールド、ダニー・ハサウェイと並び、ニューソウル運動の先頭に立ったアーティスト、スティーヴィー・ワンダー。若い世代にはキリンの缶コーヒーのCMソング"To Feel The Fire"の人と説明した方が通りがいいかも知れない。そういう私自身も70年代のスティーヴィーの曲なんてタイムリーには全然知らないし、記憶に残っているスティーヴィー初体験というと、82年に大ヒットしたポール・マッカトニ−とのデュエット・ソング「エボニー＆アイヴォリー」だ（歳がバレそう...）。ところが、その後音楽好きの友人に勧められ何の気なしに聴いた「インナーヴィジョンズ(Innervisions)」で開眼。後追いにもかかわらず70年代のスティーヴィー作品群はその時流行っていたどんな音楽よりも魅力的に聴こえたものだ。

スティーヴィー3部作の2作目、73年夏にリリースした「インナーヴィジョンズ」は、ブラック・チャートで1位、ポップ・チャートでも4位を記録し2曲のナンバー・ワン・シングルを擁している。また、その年のグラミー賞では、最優秀アルバム賞他、計5部門を制覇。そんな華麗なる経歴を持つ本作こそ、スティーヴィーの天賦の才が最も発揮された作品ではないだろうか。

天才の天才たる所以は1曲目の"トゥー・ハイ（Too High）"から如実に表れている。イントロからスリリングな魅力が溢れ、左右に音が揺れステレオ効果を盛り上げている。凡人には到底思いつかないコード進行と和音にもかかわらず、それが心地よいときたら、もはや天才のなせる業としか言えない。続く"愛の国（Visions）"はアコギの音色を生かした美しい楽曲。マーヴィン・ゲイ、やキャロル・キングなどの作品で知られる日本でも人気の高いギタリスト、デイヴィッド・T・ウォーカー（現在、ドリームズ・カム・トゥルーのバック・ギタリストとして活躍...）がエレクトリック・ギターで参加している。3曲には現在でもライブの定番曲としている"汚れた街(Living For The City)"が収められている。ミシシッピに生まれた少年がNYにやってくるストーリーをスティーヴィーは淡々と歌っているが、途中から徐々に熱くファンキーになっていく。都会でゴタゴタに巻き込まれ、騙され、警察に逮捕、そして投獄。出所した少年は街を彷徨い世間に対する鬱積した気持ちを吐き出す。「都会は生きていくだけで精一杯だ」。この曲はブラックムービー『ニュー・ジャック・シティ』のサントラでクィーン・ラティファらがカヴァーしている。スティーヴィーがムーグ・ベース、フェンダー・ローズ・ピアノ、ドラムスと大活躍している"ゴールデン・レディ(Golden Lady)"はスティービー作の中でも最も人気の高いAORっぽい楽曲だ。

B面最初の"ハイヤー・グラウンド(Higher Ground)"もアメリカが抱える深刻な社会問題をクールな視点で鋭く突いたメッセージ色の強い作品で、レッド・ホット・チリ・ペッパーズがカヴァーし大ヒットさせたことでも知られている。ゴスペル風な"神の子供たち(Jesus Children Of America)"は、後にビー・ビー・ワイナンズとこの曲で再演。ハウス・ミックスされたこの曲はNYの有名クラブBody&Soulでヘヴィ・プレイされた。ムーディーな"恋(All In Love Is Fair）"を挟み、インコグニートのカヴァーでクラブファンにも愛されたリズミカルなサルサ風ナンバー"くよくよするな(Don't You Worry 'Bout A Thing)"（邦題センス抜群！）で、パーっと空気が晴れ渡る。最後の部分でリフレインするコーラスも特徴的だ。ダニー・ハサウェイやドゥービー・ブラザーズなど数多くの名作にかかわっているベースの神様、ウィリー・ウィークスが参加している"いつわり(He's Misstra Know-It-All)"はラストを飾るに相応しい美しくせつないバラードだ。

スティーヴィー･ワンダーはまさに奇跡（Wonder）の人だ。 盲目というハンデが色彩豊かな想像力を育み、斬新な音の配置がさらに前衛的に進化していく様が「インナーヴィジョンズ」を聴くとよくわかる。 ヴォーカル面では、ドニーやミュージック、グレン･ルイス、ジャミロクワイ等いわゆるスティーヴィー･フォロワーと呼ばれるアーティストが、続々出現してきたが、ゴメン、やはり根源から違うような気がする。後の大衆化したイメージのせいで、亡くなったマーヴィンやカーティス、ダニーらよりもわりと重要視されずにいるが、スティーヴィーこそ100年に一人の逸材だ。だって「インナーヴィジョンズ」の時、スティーヴィー弱冠23歳！こんな才能を持った23歳なんて、過去にも未来にもただ一人としていない...。