Top 100 Albums - No.49

2004年4月5日 (月)

70年代後半に隆盛を極めた「ロンドン・パンク」を象徴する作品と言えば、間違いなく、 セックス・ピストルズがこの世に残した唯一のアルバム『勝手にしやがれ』 (原題:『Never Mind The Bollocks...Here's The Sex Pistols』)だろう。77年に産み落とされたこのアルバムは、パンクという音楽を語るうえで決して欠かすことの出来ない極めて重要な作品である。

もともと「ロンドン・パンク」とはセックス・ピストルズの仕掛け人であり、マネージャーのマルコム・マクラーレンがアメリカのニューヨークで起こったパンク・ムーヴメントに触発されたこのに端を発している。ラモーンズブロンディーテレヴィジョンリチャード・ヘルパティ・スミス等がCBGB's、マクシズ・カンサス・シティといったクラブで活躍していた75年頃、マルコム・マクラーレンニューヨーク・ドールズのマネージャーを務めていた。フラストレーションの溜まった若者たちがパンクに夢中になっている様を目の当たりにし、この「熱狂の芽」を見逃す手はないとマルコムは祖国イギリスにパンクを持ち帰ったのだった。

イギリスに帰ったマルコムは後に世界的なデザイナーとなるヴィヴィアン・ウエストウッドとともに、過激なファッションが売り物のブティックをオープンさせた。マルコムとヴィヴィアンの二人が提案したファッションはガーゼや安全ピンを使用した前衛的なもので、NYのパンクスたちが纏っていた簡素なそれとは対照的なものであったが、敏感な若者に受け入れられた(とはいえこれらの服は高価なので、手に入れることが出来たのはごく一部の限られた人達だけだったとは思うが)。 因みにこのブティックは「Let It Rock」「Too Fast To Live, Too Young To Die」(氣志團の3rdアルバムの元ネタはここか?)「SEX」「Seditionaries」と時代とともに名を変えている。現在も「World's End」という名でロンドンのキングス・ロード430番地に健在なのは有名な話。

このブティックに出入りしていた不良学生、スティ−ヴ・ジョーンズとポール・クックそして同じハイ・スクールに通っていた同級生の呼びかけでバンドが結成された。バンド名はスワンカーズ、セックス・ピストルズの前進となるバンドの誕生である。ここのベースを担当していたデルがリハーサルに参加しない等の理由によって新しいベーシストを探す事となり、マルコムの紹介でブティックの店員であったグレン・マトロックが加入。当時はニューヨークよりリチャード・ヘルを連れこのバンドのヴォーカルに仕立てられるはずだったが、結局はオーディションが行なわれ、アイルランド人であるジョニー・ロットン(後ジョン・ライドン)が選ばれる。スワンカーズというバンド名は、パンクっぽさが足りなくてダサイとの理由でセックス・ピストルズに変更された。

本格的な活動を開始したピストルズは正に破竹の勢いで知名度を上げていった。マルコムのマネージメントの助力もあって76年10月にはEMIと契約を交わし、シングル“アナーキー・イン・ザ・UK”でデビューを果たすが、過激すぎる内容のため発売と同時に放送禁止となり、ついには各都市での公演も相次いで中止。そのためEMIはピストルズとの契約を破棄。たった1枚のシングルだけでピストルズはイギリス中にその悪名を轟かせる事に成功した。この間グレン・マトロックが脱退し、楽器に関しては素人同然のシド・ヴィシャス(本名・ジョン・サイモン・リッチー)が加入した。

77年3月にはA&Mと契約。クリス・トーマスのプロデュースでレコーディングを開始するが、その数週間後にはA&Mも契約を破棄。5月にはヴァージンと契約を交わし“ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン”をリリース。イギリス女王を中傷した過激な歌詞が問題となり、すぐに放送禁止に。その後“プリティ・ヴェイカント”“ホリデイ・イン・ザ・サン”と立て続けにシングルをリリース。そして同年10月、『勝手にしやがれ』はリリースされた。

手短かにまとめようと思っていたのだが、前フリが長くなってしまった…。ここからがようやく『勝手にしやがれ』についての話。
当時の絶望的な不況下にあったイギリスの若者にとって、ピストルズの存在は神にも等しいものだったのではないだろうか。 当時のロックは「仕事」や「金」はもちろんのこと「未来」すらも持てない若者達になんのリアリティを与えてくれるものではなかった。肥大化し完全にビジネスとして成り立つことを証明してしまったロックはかつての衝動性やラディカルさを失ってしまったのだ。そしてそこに登場したパンクは、ロックを否定し「ロックは死んだ」と叫ぶことによって若者達に微かな希望を与えたのだった。この作品の後に無数のピストルズ・フォロワーが出現したのは言うまでもないし、下手をすればジョニー・ロットンのTシャツに書かれていた「ピンク・フロイドなんて大嫌い」というフレーズをそのまま鵜呑にしてしまう危険性すらある。

パブ・ロックが発展したものとされることもあるロンドン・パンクは実にシンプルな音楽だ。 これはこの当時のどのパンク・バンドにも共通して言えることだが、所謂ロンドン・パンクや初期パンクと呼ばれるバンドのレコードの殆どはポップなのである。 『勝手にしやがれ』も御多分にもれず、3コードが中心でシンプルな曲構成であり、メロディ・ラインは覚えやすくキャッチーだ。パンクは革新的なものであることに違いないが、かつてのロックへの揺り戻しであったとも言えるだろう。要は「俺はロックが好きだけど、俺の好きなロックはあんなもんじゃねえよ!」というコトなのだろう。シンプルな3コード、覚えやすくキャッチーなメロディとは言えど、やはり『勝手にしやがれ』にはとてつもないエネルギーが満ち溢れている。スタイルとしてもこのアルバムは新しかった。性急なリズムとリフ、それまでのロックののリズムを解体してしまったといっても過言ではない。

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ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

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Never Mind The Bollocks Here's The Sex Pistols

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Never Mind The Bollocks Here's The Sex Pistols

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発売日:1988年05月10日

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