Top 100 Japanese pops Artists - No.49

2003年10月13日 (月)

現在30代後半以上の世代にはたまらないほど可憐だった3人の女の子達。
70年代に青春を送ったものにとっては、生涯忘れることのできない永遠のアイドル・グループ、キャンディーズ。 人気絶頂のうちにファンを集めた最後のステージで、「本当に私たちは幸せでした」の言葉を残し、惜しまれつつ解散…。

可憐な魅力を放つ伊藤蘭(ラン)、憧れのお姉さん藤村美樹(ミキ)、ファニー・フェイス界のヴィーナス田中好子(スー) というパーフェクトメンバーから成る3人の女の子のコーラスグループだった。
1973年 9月1日 あなたに夢中で衝撃のレコードデビュー。
以後、年下の男の子ハートのエースが出てこない春一番微笑みがえしなど 、本当に数多くのヒット&名曲を飛ばしていった。

■メンバープロフィール
ラン
氏名(現在)  伊藤蘭(水谷 蘭)
生年月日 1955年1月13日
東京都武蔵野市吉祥寺生まれ
血液型 O型 おおざっぱな性格だった

ミキ
氏名(現在) 藤村美樹(尾身美樹)
1956年1月15日午後6時半、
福島県福島市生まれ
血液型  O型  おしとやかな性格だった

スー
氏名(現在) 田中好子(小達好子)
1956年4月8日午後8時、
東京都足立区千住生まれ
血液型 A型  几帳面だった

キャンディーズの3人の出会いは、まったくの偶然だったという。  昭和44年の夏、東京・奥多摩のキャンプ場で、それぞれみず知らずの3人が、すっかり意気投合してしまい、 「3人とも、歌と踊りが大好きということで、住所と電話番号を教えあったの」(ラン)ということで連絡を取り合う。
スーが中1、ランが中3、ミキが中2の時だった。 少女の夢物語のような出会いから、3人の歌への情熱は日に日に高まり、雑誌で見た渡辺プロの東京音楽学院で、レッスンを受けることになり、 昭和46年、スクールメイツのメンバーになった。
昭和47年に、NHK「歌謡グランド・ショー」でフレッシュなマスコット・ガールを捜していた担当の児玉ディレクター の目にとまったのが“食べてしまいたいほどかわいい”3人で、キャンディーズと命名された。

可憐すぎるほどの可愛らしさとはアンバランスな色気も持ち合わせていた彼女達。 ムチムチッとした若さはじけるあの振り付けと、あのファッションにクラッとこない男子はいないでしょう。 それでいてインタビューに答えている姿は何の悪意もない少女そのもの、まさに爽やかな青空のような三人娘だった。 もぎたてのフレッシュ感を武器にキャンディーズはアイドル王道を駆け抜けてゆく。

ヒット曲といってまず思い出されるのが春一番。 この曲は二度目のNHK紅白歌合戦で唄った大ヒット曲。 アルバム年下の男の子からシングルカットしたもの。もちろんそのシングル年下の男の子も大人気。真似して歌う女の子たちも急増。 その後リリースのハートのエースが出てこないはいきなり3人のハモリで始まる曲で、コンサートの オープニングによく唄われていた痛快なナンバー。 サビのコーラスも、振り付けもかっこよく、歌番組でもパッと花が咲いたような存在感があった。 これらのヒットシングルのほかにも、キャンディーズの歌う楽曲は究極にキャッチーなメロ ディに甘酸っぱい詞世界、そしてピッチピチな若い歌声は世の中の男性を虜にした。 解散後、20年以上経過した今でも、彼女達の魅力とともにエヴァー・グリーンな輝きに満ちている。

ファンクラブの会員も、一万二千人以上の登録もあったほどの人気だったキャンディーズ。 しかし、 1978年2月4日「本当に私たちは幸せでした」の言葉を残して キャンディーズは解散し、3人はそれぞれの道を歩み始めた。
解散後には多くのBest盤がリリースされた。中でも人気なのは38曲収録されたGolden J Pop The Best、2000年に発売されたシングルA面の2000 Best、そして2002年にリリースされた 究極のベストGolden Best。これは シングルヒット全曲及びアルバム中の名曲、人気曲をすべて網羅、さらに幻の貴重音源となったリミックスメドレーも収録(ベストとしては初収録)した内容。 どれもファン垂涎の1枚と言えるだろう。
いつまでもキャンディーズの魅力は永遠のアイドルとしての輝きは色褪せることはない。

※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

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