Top 100 Japanese pops Artists - No.93

2003年8月30日 (土)

あなたは、彼の名を果たして最初にどこで聞いただろうか?
音楽家でありプロデューサーでありアーティストであり、ファッション・シーンを牽引する”カリスマ”。好きな物だけにこだわり生活する、64年生まれの"革命児"藤原ヒロシ

ツバキハウス(ロンドン・ナイト)のファッション・コンテストで優勝した賞品として ロンドン行きのチケットを獲得し、本場のクラブ・シーンを目のあたりにする。 また、その後に渡ったN.Y.ではスクラッチDJも体験。

そして帰国後、現在のクラブ文化の先駆けといえる、ライズ・バーやピテカントロプスにて 本場仕込みのDJプレイを繰り広げた。1984年に『スネークマン・ショウ』(ボックス・セット)のボーナス7インチにDJとして参加、これが日本初のメガ・ミックス・レコードとなる。1986年には、いとうせいこうのアルバム用ラップ・ユニット、いとうせいこう&Tinnie Punks(藤原ヒロシ/高木完)を結成。

翌87年、Tinnie PunksとしてI LUV GOT THE GROOVE、スペルをTINY PANXに変更して、ファンボーイ3のカヴァーFAITH, HOPE&CHARITYをリリースする。 その翌年には、創設者の1人となった日本初のクラブ・サウンド・レーベル『MAJOR FORCE』よりLAST ORGYを発表。以降も同レーベルより自身名義その他で、ラップ/ハウス/アンビエント/ダブといった作品を多数リリースしていく。

1990年代に入ると小泉今日子No17のプロデュースを屋敷豪太と共同で手掛け、それを機に音楽プロデュース・作曲家・アレンジャーとしての評価を高める。 そして藤井フミヤUAYOUなどのプロデュース、郷ひろみスチャダラパーMelonなどのリミックスを手掛けていく。
さらに自身のプロジェクトとして1992年にいとうせいこうとの ユニット“SUBLIMINAL CALM”、1993年にはTokyo No.1 Soul Setの川辺ヒロシとのユニット Hiroshi II Hiroshi、宮崎泉(DUB MASTER X)とのユニット“LuvMasterX“など活動の幅を広げていった。

そして1994年に藤原ヒロシ名義による初のソロアルバムNothing Much Better To Doを発表。 1995年Hiroshifujiwara In Dub Conference、 1996年「“ユーリ”オリジナル・サウンドトラック」をリリースし、1997年ソロ名義活動の集大成としてBestを発表した。
その後1999年、元ラブタンバリンズのEliとのユニットEli+Hiroshi名義でミニアルバムMarchin Round The World を発表。そして同年末より藤原ヒロシ名義で発表された音源からのリミックスを連続リリース。(Hiroshifujiwara In Dub Conference ・ Nothing Much Better To Do Remix・ Hiroshi Fujiwara Remixes ・ Getting Over You/Remix)

2001年には大沢伸一との共同プロデュースでフューチャリング・ボーカルにクリスタル・ケイを起用したLost Childを、同年にはUNDER COVERのショウのために書き下ろした未発表音源をまとめたMusic For Undercover+Flowerを発表。そして、2003年藤原ヒロシのプロデュースワークを本人のセレクトによってコンパイルし、さらに未発表・初CD化音源を加えた Mellow Works Of Hiroshi Fujiwaraをリリース。

いつの時代でもカリスマとして君臨する、自由人。その自由な姿勢が彼の根源であり リスペクトされる理由だろう。

※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

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MELLOW WORKS OF HIROSHI FUJIWARA

CD

MELLOW WORKS OF HIROSHI FUJIWARA

藤原ヒロシ

ユーザー評価 : 5点 (5件のレビュー) ★★★★★

価格(税込) : ¥3,190
会員価格(税込) : ¥2,935

発売日:2003年03月21日

  • 販売終了

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