CD 輸入盤

交響曲全集 クリストフ・エッシェンバッハ&ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団(4CD)

ブラームス(1833-1897)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
BC0302083
組み枚数
:
4
レーベル
:
:
Germany
フォーマット
:
CD
その他
:
輸入盤

商品説明


エッシェンバッハ&コンツェルトハウス管のブラームス交響曲全集(4CD)

ドイツの指揮者、クリストフ・エッシェンバッハによる約30年ぶりのブラームス交響曲全集。オーケストラは2019年から首席指揮者を務めるベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団(旧称:ベルリン交響楽団)で、2019年から2020年にかけて本拠地のコンツェルトハウス(旧称:シャウシュピールハウス)で収録されています。

エッシェンバッハの言葉
「ブラームス・ツィクルスにとって、コンツェルトハウス管弦楽団は本当に理想的なパートナーでした! 楽員たちから多くのアイデアが生まれ、私はそれを喜んで全体の構想に取り入れています。そして、彼らは私の視点にも興味を持ってくれているのです。」

「コンツェルトハウス管弦楽団には、特に木管とホルンの素晴らしいソリストがいます。そして、弦楽器の音色がとても "ブラームス的" なのです。私たちはすぐに、ブラームスの音がどのようにあるべきかということについて合意に達しました。」

「(ヒューストン響との録音以来)、私のヴィジョンに途切れはありません。それは、多くの細部における深化であり、心理学上のさらなる深化であり、それに関連して、色彩感、つまり、私がスコアから読み取ることのできる色彩の深化でもあるのです。しかし、それは以前と根本的に違う見方をしているわけではありません。音楽に集中的に取り組んでいると、私のような年齢でも物事をさらに発展させることができることを、とてもうれしく思っています」。

首席クラリネット、ラルフ・フォルスター教授の言葉
「クリストフ・エッシェンバッハは、ブラームスについて非常に多くのことを考えていますが、直感的な繋がりも持っています。 彼が与えてくれる自由の中で、信じられないほど説得力のある何かが展開されます。」

 収録情報

ブラームス:交響曲全集
CD1
◆ 交響曲第1番ハ短調 Op.68

 録音時期:2019年11月28-30日(ライヴ)
 録音場所:ベルリン、コンツェルトハウス

CD2
◆ 交響曲第2番ニ長調 Op.73

 録音時期:2020年10月5-7日(無観客ライヴ)
 録音場所:ベルリン、コンツェルトハウス

CD3
◆ 交響曲第3番ヘ長調 Op.90

 録音時期:2020年2月27-29日(ライヴ)
 録音場所:ベルリン、コンツェルトハウス

CD4
◆ 交響曲第4番ホ短調 Op.98

 録音時期:2020年11月7-9日(無観客ライヴ)
 録音場所:ベルリン、コンツェルトハウス

コンツェルトハウス管弦楽団
クリストフ・エッシェンバッハ(指揮)



 目次

【エッシェンバッハ関連情報】
◆ エッシェンバッハのブラームス
◆ オーケストラについて
◆ 録音会場について
◆ フルトヴェングラーの衝撃
◆ ラインラント=プファルツ州立フィル
◆ ウィーン交響楽団
◆ チューリヒ・トーンハレ管弦楽団
◆ ヒューストン交響楽団
◆ 北ドイツ放送交響楽団
◆ パリ管弦楽団
◆ フィラデルフィア管弦楽団
◆ ワシントン・ナショナル交響楽団
◆ ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団
◆ パシフィック・ミュージック・フェスティバル
◆ ラヴィニア音楽祭
◆ シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭

【年表】
1940 1941 1942 1943 1944 1945 1946 1947 1948 1949 1950 1951 1952 1953 1954 1955 1956 1957 1958 1959 1960 1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023

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【商品関連リンク】
◆ 商品説明:年表シリーズ一覧



 エッシェンバッハのブラームス

ブラームスへの多角的な取り組み
エッシェンバッハのブラームスへの取り組みは、交響曲、管弦楽曲、協奏曲、管弦楽伴奏声楽曲、室内楽曲、ピアノ曲、ピアノ伴奏声楽曲と非常に範囲が広く、ブラームスの楽想を知り尽くした総合的な音楽家とも言え、2016年にはシュレースヴィヒ=ホルシュタイン・ブラームス協会からブラームス賞を授与されてもいました。

最初の全集はヒューストン響
ヒューストン交響楽団との全集は、1991年から1993年にかけてワーサム・センターでセッション録音されています。当時、エッシェンバッハの指揮キャリアはすでに約20年で、1988年に音楽監督に就任したヒューストン響とのセッション録音にも、エッシェンバッハならではの振れ幅の大きな解釈が反映されています。

N響とのライヴはやや速め
2017年10月にN響に客演した際、エッシェンバッハは左手の指に問題が生じたため、弾き振りのモーツァルト:ピアノ協奏曲第12番の代わりにブラームスの交響曲第4番を指揮することとなり、結果的にブラームスの交響曲全曲演奏になっています。第1番と第4番がサントリーホール、第2番と第3番がNHKホールということで、響き具合の影響もあるのか、ヒューストン響盤から見て第1番が15.2%、第4番が9.1%、第2番が8.7%、第3番が6.4%速くなっています。

ベルリン・コンツェルトハウス管との全集はライヴ録音
2019年に首席指揮者に就任したエッシェンバッハは、同年11月にブラームスの交響曲第1番をライヴ録音し、コロナ騒動が巻き起こる中、2020年2月に交響曲第3番をライヴ録音。その後、ドイツ政府が国民の行動制限に踏み切ったため、2020年10月の交響曲第2番と翌月の交響曲第4番は無観客でライヴ録音されています。
  ヒューストン響盤から見て第1番が9.8%、第2番が4.5%、第4番が4.8%速くなり、逆に第3番は2.7%遅くなっています。
  演奏はヒューストン響盤から30年近い年月の蓄積を感じさせる見事なもので、エッシェンバッハ流のドラマティックな解釈の基本路線の中で、美しい拍節感や繊細なダイナミクスのコントロールまで入念に表現されて素晴らしい仕上がりです。

演奏時間比較(実測値)
今回の録音とヒューストン響の録音、2017年のN響との全曲公演に加え、トーンハレとの1番、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン祝祭管との4番の演奏時間を以下に記載しておきます。第1番のみヒューストン響の呈示部反復パターンが異なるので、反復分を除いた演奏時間を参考値としてカッコ内に記しています。

交響曲第1番ハ短調 Op.68
オーケストラ 収録 音源 配置 T反復 T U V W 合計
コンツェルトハウス管 2019年11月 Berlin Classics 両翼 無し 14:08 09:32 04:49 17:23 45:52
NHK交響楽団 2017年10月 放送 両翼 無し 13:31 08:39 04:47 16:45 43:42
ヒューストン交響楽団 1991年6月 Virgin Classics 通常 有り 18:52
(15:14)
11:10 05:06 18:51 53:59
(50:21)
トーンハレ管弦楽団 1984年9月 SONY 通常 無し 14:34 09:16 04:56 17:03 45:49

交響曲第2番ニ長調 Op.73
オーケストラ 収録 音源 配置 T反復 T U V W 合計
コンツェルトハウス管 2020年10月 Berlin Classics 両翼 有り 20:57 09:05 05:42 09:06 44:50
NHK交響楽団 2017年10月 放送 両翼 有り 20:30 08:38 05:13 08:43 43:04
ヒューストン交響楽団 1991年6月 Virgin Classics 通常 有り 21:35 10:46 05:22 09:07 46:50

交響曲第3番ヘ長調 Op.90
オーケストラ 収録 音源 配置 T反復 T U V W 合計
コンツェルトハウス管 2020年2月 Berlin Classics 両翼 有り 14:07 09:19 07:37 09:12 40:15
NHK交響楽団 2017年10月 放送 両翼 有り 12:25 08:24 07:18 08:41 36:48
ヒューストン交響楽団 1991年6月 Virgin Classics 通常 有り 13:29 09:07 07:43 08:50 39:09

交響曲第4番ホ短調 Op.98
オーケストラ 収録 音源 配置 T U V W 合計
コンツェルトハウス管 2020年11月 Berlin Classics 両翼 12:54 11:48 06:27 09:53 41:02
NHK交響楽団 2017年10月 放送 両翼 12:30 10:34 06:19 10:02 39:25
S=ホルシュタイン祝祭管 2005年8月 Hänssler 両翼 12:44 11:43 06:12 10:23 41:02
ヒューストン交響楽団 1991年6月 Virgin Classics 通常 13:27 12:52 06:25 10:16 43:00


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 オーケストラについて

前身はワイマール共和政期のオーケストラ?
「ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団(Konzerthausorchester Berlin)」の改名前の名前は「ベルリン交響楽団(Berliner Sinfonie-Orchester)」で、1952年に東ドイツ政府により、東ベルリンで設立されています。
  前身は、1907年に設立された「ブリュートナー管弦楽団(Blüthner-Orchester)」が改名して1925年に誕生した「ベルリン交響楽団(Berliner Symphonie-Orchester)」という見方もあります。
  しかし世界大恐慌の影響で、複数のクラシック団体への補助金捻出が困難になったベルリン市が、1932年にベルリン・フィルなどに楽員を吸収させるなどしてベルリン交響楽団を解散させているため、空白期間が20年もあることと、共通の運営要素も無いことから、前身組織と見做すのは少し無理があるようにも思えます。西ベルリンの方が先に似た名前のオーケストラを創設していますし。

西ベルリンのベルリン交響楽団
西ベルリンでは、1949年に「ベルリン交響楽団(Berliner Symphonisches Orchester)」が設立され、のちに芸大教授でもおなじみになるカール=アウグスト・ビュンテ[1925-2018]が指揮していました。


同楽団は1966年、東ベルリンで勢いを増すベルリン交響楽団に対抗すべく、「ドイツ交響楽団(Deutsche Symphonieorchester)」を吸収合併して大規模化し、紛らわしくないよう語順も変えて「Symphonisches Orchester Berlin」と改名し、1967年に新名称で活動を開始しています。
  合併相手の「ドイツ交響楽団」は、1960年にベルリンの壁が建設された際、西ベルリンに住んで東ベルリンのベルリン国立歌劇場やベルリン交響楽団、ベルリン放送響で働いていた越境通勤者たちが職を失ったことで結成された自主団体でした。
  西のベルリン交響楽団は、ベルリンの壁撤去後の1992年には、「Berliner Symphoniker」に改名しています。ライバル多数の競争下では、ベルリンという言葉が先に来て、なおかつ簡潔な方が良いという、マーケティング的には当たり前の判断と思われます。

東西ベルリン交響楽団の名称リスト
ややこしいので整理すると以下のようになります。外国語訳を含めると数十に達するので、ドイツ語正式名称だけ載せておきます。

● ワイマール共和政期のベルリン交響楽団
  ◆ Berliner Symphonie-Orchester [1925-1932]

● 西のベルリン交響楽団
  ◆ Berliner Symphonisches Orchester [1949-1966]
  ◆ Symphonisches Orchester Berlin [1966-1992]
  ◆ Berliner Symphoniker [1992- ]

● 東のベルリン交響楽団
  ◆ Berliner Sinfonie-Orchester [1952-2006]
  ◆ Konzerthausorchester Berlin [2006- ]

1951年からヘルマン・ヒルデブラントが創設準備
戦後のベルリン交響楽団の創設準備は1951年に始まり、アーベントロートの元弟子であるヘルマン・ヒルデブラント[1910-1982]に東ドイツ政府から話が持ち掛けられます。ヒルデブラントは、戦後、シュトゥットガルト・フィルの首席指揮者を務めていましたが、西ドイツ政府による通貨切り下げ政策で楽団の財政が深刻な打撃を受けたため指揮ができなくなり、教職に就いていました。

1952年のデビューはブルックナー8番
当初、ベルリン交響楽団は、戦後仕事が無く2つの娯楽系オーケストラで演奏していた音楽家を中心に組織された寄せ集め集団でしたが、教育者でもあったヒルデブラントの徹底した指導の下でどんどん実力が付き、1952年、最初のコンサートでバッハのブランデンブルク協奏曲第4番とブルックナーの交響曲第8番を演目に乗せるまでに上達しています。
  レパートリーは、バッハ、ベートーヴェン、ブルックナー、ブラームス、ヒンデミット、プロコフィエフ、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ、バルトーク、デッサウ、シェーンベルク、ヴァーグナー=レゲーニなど東西の垣根を超え現代ものまで含む果敢なもので、そのこととヒルデブラントが西ドイツ国籍という事実が、文化副大臣(翌1958〜1961年文化大臣)でシュタージでユダヤ系のアレクサンダー・アブシュの不興を買っていました。

文化副大臣による解散計画と頓挫
1957年、文化副大臣アブシュは、オーケストラを解散してヒルデブラントも解任しようとまで計画しますが、部下のハンス・ピシュナーの強力な抗議によって解散計画は頓挫することになります(チェンバロ奏者のピシュナーは政治局員でその後も東ドイツの音楽家のために尽力)。

西ベルリン居住制限政策でヒルデブラント辞任
解散・解雇の危機はピシュナーのおかげで去ったものの、2年後の1959年には、西ベルリンに居住して東ベルリンで働くことが認められなくなり、ヒルデブラントは辞任する道を選択。最初と同じブランデンブルク協奏曲第4番とブルックナーの交響曲第8番のプログラムでオーケストラに別れを告げています。その後、西ドイツに戻ったヒルデブラントを待ち受けていたのは、東ドイツで仕事をしていた人間に対する排斥政策で、2年間仕事が無い状態が続いたのち細々と指揮活動を再開し、最後はZDFの番組制作に携わり1975年に指揮生活を終え、以後は執筆活動をおこなっていました。


ザンデルリング
1960年、東ドイツ政府によりソ連から芸術監督兼第2代首席指揮者として招かれたのが、ナチス政権となった祖国ドイツからソ連に移住し、レニングラード・フィルの双頭体制で成功していたユダヤ系のクルト・ザンデルリング[1912-2011]でした。
  ザンデルリングのレパートリーはヒルデブラントと似ていましたが、マーラーやロシア音楽、友人ショスタコーヴィチの新作などを加えてプログラムを強化し、さらにソ連との太いパイプを利用してソ連の大物演奏家を次々にゲストに呼んで絶大な人気を集め、1977年まで17年間に渡って役職を務めたのちも2002年の最後の演奏会まで頻繁に客演し、その関係は実に40年を超える長いものとなっていました。


ヘルビヒ
1977年、ザンデルリングの後任として、ギュンター・ヘルビヒ[1931- ]が着任。ヘルビヒはアーベントロート、シェルヘン、アルヴィド・ヤンソンス、カラヤンに教えを受けた指揮者で、1956年からワイマール国民劇場のカペルマイスター、1966年からベルリン交響楽団の指揮者、1972年からドレスデン・フィルの首席指揮者を歴任。
  ヘルビヒはベルリン交響楽団の首席指揮者として名声が高まってきた1979年、ダラス交響楽団とBBCフィルの首席客演指揮者に指名されており、やがてSED(ドイツ社会主義統一党)との関係がうまくいっていなかったこともあって1984年に東ドイツを去り、首席指揮者が不在だったデトロイト響に迎えられています。


フロール
1984年、後任として1981年からチューリンゲン・フィルの首席指揮者を務めていたクラウス・ペーター・フロール[1953- ]が着任。フロールは海外への客演が多く、ドイツ再統一の人事刷新でベルリン交響楽団の首席指揮者・音楽総監督を退任すると、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団首席指揮者、およびフィルハーモニア管弦楽団の首席客演指揮者に就任しています。
  ちなみに1984年10月1日のシャウシュピールハウス(10年後にコンツェルトハウスに改名)再建・開場記念コンサートはクルト・ザンデルリングが指揮し、シュライヤーとレーゼルも出演していました。


シェーンヴァンツ
ドイツ再統一(=西ドイツが東ドイツを吸収)による人事刷新の特徴は、なるべく東ドイツ色を無くすというもので、オーケストラの指揮者も外国人に引き継がせていました。ベルリン交響楽団の首席指揮者も、1992年からデンマーク人のミケル・シェーンヴァンツ[1953- ]が務めていました。もっともシェーンヴァンツはバイロイトで「マイスタージンガー」をすでに2度指揮していたので、ドイツとの縁には浅からぬものもあり、1998年まで6年間、再統一の政治的・経済的混乱の中、ベルリン交響楽団を無事に率いて確かな手腕を見せていました。


インバル
3年の首席指揮者空白期間の後、2001年に着任したのはエリアフ・インバル[1936- ]でした。インバルはベルリン交響楽団に海外ツアー契約をもたらすことに成功し、財政面に大きく貢献。名誉会員の称号を贈られてもいます。


ツァグロセク
2006年、オーケストラ改名の年にインバルの後任となったのは、バイエルン生まれのローター・ツァグロセク[1942- ]です。シュトゥットガルト州立歌劇場で「指環」からラッヘンマンまで成功させていたツァグロセクは、楽員を105名から111名まで増やすと約束し、2008年には日下紗矢子をコンサートマスターに起用するなど意気軒昂でしたが、半世紀以上の歴史のある楽団名「ベルリン交響楽団」を「コンツェルトハウス管弦楽団」に変更された影響は大きく、しかもベルリンにはもうひとつベルリン交響楽団(Berliner Symphoniker)が存在するというややこしさも手伝ってチケット売上が低迷。
  ツァグロセクは新機軸としてオペラを演奏会形式上演したり現代音楽に力を入れたりもしますが、それらは補助金の無駄遣いと揶揄されるような結果しかもたらしませんでした。要するにライバルの多過ぎるベルリンでは(ベルリン・フィル、ベルリン・ドイツ響、ベルリン放送響、ベルリン響、ベルリン国立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、ベルリン・コーミッシェ・オーパー等)、シュトゥットガルトのようにはいかなかったということですが、低迷の最大の要因はやはりオーケストラ名の改名でしょう。建物の方の改名は1994年におこなわれており12年が経過していることから問題ないという運営陣の判断だったのでしょうが、結果的に知名度が一気に下がってしまっています。
  この不振により2009年、ドイツ再統一以来17年間に渡って劇場のシャウシュピールハウス(1994年にコンツェルトハウスと改名)とベルリン交響楽団(2006年にコンツェルトハウス管弦楽団と改名)の芸術監督を務めていたフランク・シュナイダー[1942- ](元東ドイツ科学アカデミーの美学芸術研究所所長)が辞任し、ツァグロセクも2012年の契約更新をおこなわないと発表しています。


フィッシャー
2012年に着任したイヴァーン・フィッシャー[1951- ]は、改名による低迷を打開すべく奮闘し、2014年からは平土間の中央に指揮者が立ち、楽員と聴衆が取り囲むという「ミッテドリン・コンツェルト」を開催し、好評を博してもいました。


エッシェンバッハ
2019年には国際的な知名度のある指揮者、クリストフ・エッシェンバッハが3年の契約で着任しますが、数か月後にはコロナ禍となり、政府による国民の行動制限が開始。非常に厳しい環境下での運営が続きましたが無事に乗り切り、現在に至っています。


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 録音会場について


素晴らしい音響
満席時残響時間2.0秒というコンサートに理想的な音響で知られるベルリンの「コンツェルトハウス」は、もともとは響きを抑制した演劇用のホール「シャウシュピールハウス」でしたが、イギリスとアメリカの爆撃により廃墟化。
  34年後の1979年に東ドイツ政府が演奏会用ホールとしての再建を決めると、19世紀初頭の「シャウシュピールハウス」と同じ外観の仕様で建設を開始、5年後の1984年に素晴らしい音響のホール「シャウシュピールハウス」として開場しています。
  そして10年後の1994年には、政治体制が変わったことで建物の名前が「コンツェルトハウス」に変更され、173年間続いた伝統がバッサリと断ち切られ、その影響で2006年にはベルリン交響楽団の名前も「コンツェルトハウス管弦楽団」に変更。両者とも歴史や伝統と決別した形での難しい再スタートを迫られることになりました。

時系列
◆ 1817年、プロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世[1770-1840]が「シャウシュピールハウス」を発注。


◆ 1818年、建築家カール・フリードリヒ・シンケル[1781-1841]が「シャウシュピールハウス」を設計。


◆ 1818年、定礎。「シャウシュピールハウス」建設開始。
◆ 1821年、「シャウシュピールハウス」開場。ゲーテの詩劇「タウリスのイフィゲニア」。
◆ 1821年、ヴェーバー「魔弾の射手」初演。
◆ 1888年、「シャウシュピールハウス」老朽化のため近代化。電気照明が設置され、舞台構造にコンクリートと鉄骨も導入。
◆ 1904年、各国で頻発していた劇場火災を受け、火災防止のために「シャウシュピールハウス」を大幅に改築しホール容積を小型化。ネオ・バロック様式にネオ・ロココ様式やアールヌーヴォー様式の要素を取り入れたデザインに変更。
◆ 1935年、「シャウシュピールハウス」舞台技術の近代化。回転舞台を設置。
◆ 1943年、イギリス軍の空爆により「シャウシュピールハウス」が破壊されるものの修復して使用。
◆ 1945年、イギリス軍とアメリカ軍の空爆により「シャウシュピールハウス」が破壊され廃墟化。


◆ 1948年、ソ連のアレクサンドロフ・アンサンブルが廃墟と化した「シャウシュピールハウス」の前で、通常レパートリーに加えてドイツ民謡なども演奏、広場や建物の上に約3万5千人が集まります。


◆ 1979年、「シャウシュピールハウス」をコンサートホールとして再建開始。東ドイツ政府の大盤振る舞いな大事業で、外観はオリジナルを遵守し、内部はオリジナルのデザインを尊重しながら空間の拡大と現代化を図り、さらに管理棟を隣りに建設して劇場と地下で接続するなど抜本的な改革を実施。パイプオルガンも新たに設置され、座席数も火災対策改築時に小型化された約1200から約1,700に増加。


◆ 1984年、「シャウシュピールハウス」が再建され開場。ザンデルリング指揮ベルリン交響楽団の「魔弾の射手」序曲、ベートーヴェン5番。以後、ベルリン交響楽団の本拠地となります。
◆ 1994年、プロイセンから173年間維持された名前「シャウシュピールハウス」が、「コンツェルトハウス」に変更。
◆ 2006年、本拠地建物の名称変更に対応し、ベルリン交響楽団も「コンツェルトハウス管弦楽団」に改名。
◆ 2014年、大ホールのステージを34のブロックに分割しハイテク技術で移動できるように改造。様々な要求に応えることができるようになります。


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 フルトヴェングラーの衝撃

巨大ホール落成記念公演
エッシェンバッハ少年が指揮者になりたいと思ったきっかけは、フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルが1952年におこなったキールでのコンサートでした。これは新たに建設された1万人以上収容可能な多目的ホール「オストゼーハレ」の落成記念コンサートの一環として、ベルリン・フィルのツアーに組み込まれた公演です。
  瓦礫から逞しく復活する新生ドイツの象徴のような巨大で真新しいホールと、フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルの力強く深刻でドラマティックなベートーヴェン演奏(エグモント序曲、大フーガ、交響曲第8番、第5番)が人々に与えたインパクトには絶大なものがあったと考えられます。


指揮者になると宣言
フルトヴェングラーのコンサートに感動したエッシェンバッハ少年が、養母に対して指揮者になると宣言すると、養母はそれならオーケストラの楽器も学んだ方が良いとアドバイスし、さっそくヴァイオリンを買い与えてもいました。


表現者エッシェンバッハ
エッシェンバッハ少年のこの時の衝撃はよほど強烈だったのか、83歳の現在に至るまで常に表現者としての音楽づくりで一貫するようになります。指揮者のほか、ピアノ独奏者、室内楽奏者、歌曲でのピアノ共演者という複数の顔を持つエッシェンバッハですが、常にドラマや驚きを大切にする姿勢は、大曲でも小品でも共通。その経験値は膨大です。


オストゼーハレとの関わり また、会場のインパクトも大きかったようで、34年後の1986年、ユストゥス・フランツと「シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭」を創設し、バーンスタインを招いた際、「天地創造」の会場に選んだのはオストゼーハレでしたし、自身が同音楽祭の芸術監督に就任した1999年に「千人の交響曲」を指揮したのもオストゼーハレでした。

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 ラインラント=プファルツ州立フィル

1979年、芸術監督兼首席指揮者に就任。1983年に退任。ルートヴィヒスハーフェンでの4年間で、エッシェンバッハは多くのレパートリーを身につけることになります。

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 ウィーン交響楽団

1982年、首席指揮者に就任。1986年に退任。1982年に日本ツアーも実施。ウィーンでの演奏会場は主にムジークフェラインザールとコンツェルトハウスです。

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 チューリヒ・トーンハレ管弦楽団

1982年、首席指揮者に就任。1986年に退任。1985年に日本ツアーも実施。ウィーン交響楽団との兼務でしたが、トーンハレ管弦楽団は1985年まではチューリヒ歌劇場のオーケストラでもあったのでコンサートの数はあまり多くありませんでした。

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 ヒューストン交響楽団

1988年、音楽監督に就任。1999年退任。11年間に渡ってオーケストラのレベルアップに尽力。ヒューストン・グランド・オペラでも活躍。

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 北ドイツ放送交響楽団

1998年、首席指揮者に就任。2004年に退任。

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 パリ管弦楽団

2000年、首席指揮者に就任。2008年に退任。

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 フィラデルフィア管弦楽団

2003年、首席指揮者に就任。2008年に退任。

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 ワシントン・ナショナル交響楽団

2010年、音楽監督に就任。ワシントンのケネディ・センター(舞台芸術のためのジョン・F・ケネディ・センター)音楽監督も兼務。2016年に退任。

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 ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団

2019年、首席指揮者に就任。2023年に退任予定。

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 パシフィック・ミュージック・フェスティバル

1991年、芸術監督に就任(ティルソン・トーマスと共同)。1998年退任。

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 ラヴィニア音楽祭

1995年、音楽監督に就任。2003年退任。シカゴ交響楽団の夏のフェスティヴァル。

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 シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭

1986年、友人のユストゥス・フランツと共に創設。1999年、芸術監督に就任(ロルフ・ベックと共同)。2001年退任。

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 年表

◆ 印が音楽関連、● 印が社会関連となります。

1940年/昭和15年 (0歳)

◆ 2月20日、クリストフ・リングマン誕生。場所はドイツのシュレージエン大管区ブレスラウ(現ポーランド・ヴロツワフ)。
  父ヘリベルト・リングマン[1900-1945]は、ブレスラウ大学(現ヴロツワフ大学)の教授で音楽学者、合唱指揮者。母マルガレーテは、ピアニスト。


◆ 母マルガレーテ、出産直後に死去。


◆ 母の死去により、クリストフは母方ヤーロス家の祖母が引き取って養育。


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1941年/昭和16年 (0〜1歳)

◆ 祖母とブレスラウで生活。


◆ 父ヘリベルトは約150km北のポーゼンに転勤となり、同地でエミリエ・ヘトヴィヒ・ゼンパート[1913-1984]と中世グロガウの歌の編纂など取り組むうちに再婚。その後もクリストフにはよく逢いに来ていました。


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1942年/昭和17年 (1〜2歳)

◆ 祖母とブレスラウで生活。



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1943年/昭和18年 (2〜3歳)

◆ 祖母とブレスラウで生活。


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1944年/昭和19年 (3〜4歳)

◆ 祖母とブレスラウで生活。


● 8月、ヒトラーがブレスラウを要塞と宣言。シレジア大管区指導者のカール・ハンケを戦闘司令官に任命。

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1945年/昭和20年 (4〜5歳)

◆ 祖母とブレスラウで生活。


● 1月、住民がブレスラウから強制退去。街の中心部の大部分は取り壊され飛行場となり、軍事要塞化。
◆ 2月6日、父ヘリベルト・リングマン、チューリンゲン大管区クロッセン・アン・デア・エルスターで戦死。懲罰大隊での前線任務中。
● 5月、ブレスラウ要塞陥落。下の画像は赤軍のSU-152。


◆ 終戦後、祖母とメクレンブルクの難民キャンプ(60人収容)で生活。
◆ 冬、祖母死去。難民キャンプで発心チフスが流行し、クリストフ以外の59人全員が罹患して死去。
◆ 孤児としてメクレンブルクの難民キャンプに滞在。

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1946年/昭和21年 (5〜6歳)

◆ 祖母から連絡を受けていた母方従妹の音楽家ヴァリドーレ・エッシェンバッハ(旧姓:ヤーロス)に引き取られ、エッシェンバッハ家の養子になります。クリストフは難民キャンプでの悲惨な生活で健康を害し、失語状態になっていました。下の画像はヴァリドーレ(左)とエッシェンバッハの母マルガレーテ(右)が少女時代に一緒に過ごしているところです。


◆ エッシェンバッハ家での数か月の療養で健康と言葉を回復。


◆ 養母ヴァリドーレ・エッシェンバッハにピアノを師事。

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1947年/昭和22年 (6〜7歳)

◆ 養母ヴァリドーレ・エッシェンバッハにピアノを師事。
◆ ソ連占領下のヴィスマルに転居。同地で養母はロシア人の子供らにもピアノを教え、クリストフもロシア人と交流。


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1948年/昭和23年 (7〜8歳)

◆ 養母ヴァリドーレ・エッシェンバッハにピアノを師事。
● ベルリン封鎖。
◆ イギリス占領下のノイシュタット・イン・ホルシュタインに転居。


◆ アルテンクレンペ聖堂のオルガンを演奏。


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1949年/昭和24年 (8〜9歳)

◆ 養母ヴァリドーレ・エッシェンバッハにピアノを師事。

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1950年/昭和25年 (9〜10歳)

◆ 養母ヴァリドーレ・エッシェンバッハにピアノを師事。
◆ ハンブルク・スタインウェイ・コンクールで優勝。


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1951年/昭和26年 (10〜11歳)

◆ 養母ヴァリドーレ・エッシェンバッハにピアノを師事。
◆ オイゲン・ヨッフムの勧めでエリザ・ハンゼン[1909-2001]にピアノを師事。

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1952年/昭和27年 (11〜12歳)

◆ 養母ヴァリドーレ・エッシェンバッハにピアノを師事。
◆ エリザ・ハンゼンにピアノを師事。
◆ 3月、キールのオストゼーハレが落成。1万人以上収容可能なアリーナ形式の巨大な多目的ホールで、前年6月に開場し、「キール週間」を開催していましたが、コンサートなどの設備はまだ完成していませんでした。この建物は改築を重ね、2008年に「シュパーカッセン=アレーナ」、2020年に「ヴンデリーノ=アレーナ」と改名して使用され続けています。


◆ 4月27日、オストゼーハレの落成を記念する公演がベルリン・フィルのツアーに組み込まれ、フルトヴェングラー指揮で、ベートーヴェン5番、8番、エグモント序曲、大フーガを演奏。12歳のエッシェンバッハはこの演奏会を聴いて感激し、指揮者になると宣言。養母はオーケストラの楽器を学ぶよう勧め、まずヴァイオリンを買い与えます。47年後、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭の芸術監督となったエッシェンバッハは、この会場にマーラーの「千人の交響曲」で凱旋しています。


◆ 9月、ARDミュンヘン国際音楽コンクールで特別賞。


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1953年/昭和28年 (12〜13歳)

◆ 養母ヴァリドーレ・エッシェンバッハにピアノを師事。
◆ エリザ・ハンゼンにピアノを師事。
◆ 西ドイツのアーヘンに転居。


◆ アーヘンのアインハルト・ギムナジウムに入学。


◆ アーヘン市立劇場(現アーヘン劇場)のオペラやコンサートに通います。当時の音楽総監督はヴォルフガング・サヴァリッシュ[1923-2013]でした。
  劇場の建物は1943年7月のイギリス空軍による市街地大規模爆撃で破壊されていましたが、戦後、市が費用を捻出したほか、元音楽総監督のカラヤンもウィーン響と慈善公演を開いて資金集めに協力するなどして再建され、1951年12月23日にはエルメンドルフの指揮する「マイスタージンガー」で活動を再開。1953年10月には30歳になったばかりのサヴァリッシュが音楽総監督に就任していました。


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1954年/昭和29年 (13〜14歳)

◆ アーヘンのアインハルト・ギムナジウムに在学。


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1955年/昭和30年 (14〜15歳)

◆ アーヘンのアインハルト・ギムナジウムに在学。


◆ ケルン高等音楽学校(ケルン音楽大学)のハンス=オットー・シュミット=ノイハウスにピアノを師事。


◆ 養母ヴァリドーレ・エッシェンバッハにピアノを師事。

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1956年/昭和31年 (15〜16歳)

◆ アーヘンのアインハルト・ギムナジウムに在学。


◆ ハンス=オットー・シュミット=ノイハウスにピアノを師事。


◆ 養母ヴァリドーレ・エッシェンバッハにピアノを師事。

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1957年/昭和32年 (16〜17歳)

◆ アーヘンのアインハルト・ギムナジウムに在学。


◆ ハンス=オットー・シュミット=ノイハウスにピアノを師事。


◆ 養母ヴァリドーレ・エッシェンバッハにピアノを師事。

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1958年/昭和33年 (17〜18歳)

◆ アーヘンのアインハルト・ギムナジウムに在学。


◆ ハンス=オットー・シュミット=ノイハウスにピアノを師事。


◆ 養母ヴァリドーレ・エッシェンバッハにピアノを師事。

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1959年/昭和34年 (18〜19歳)

◆ ハンス=オットー・シュミット=ノイハウスにピアノを師事。


◆ 養母ヴァリドーレ・エッシェンバッハにピアノを師事。
◆ アーヘンのアインハルト・ギムナジウムを卒業。アビトゥーア試験合格。


◆ ハンブルクに転居。


◆ ハンブルク国立音楽大学に入学。ピアノ、指揮、ヴァイオリンを学びます。


◆ ハンブルク国立音楽大学でエリザ・ハンゼンにピアノを師事。エリザ・ハンゼンはこの年からピアノ科教授として働いていました。ハンゼンは少年時代の恩師でもあります。


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1960年/昭和34年 (19〜20歳)

◆ ハンブルク国立音楽大学でエリザ・ハンゼンにピアノを師事。


◆ ハンブルク国立音楽大学でヴィルヘルム・ブリュックナー=リュッゲベルクに指揮を師事。この年から指揮科教授として働いていました。


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1961年/昭和36年 (20〜21歳)

◆ ハンブルク音楽大学 在学。


◆ ハンブルク国立音楽大学でエリザ・ハンゼンにピアノを師事。


◆ ハンブルク国立音楽大学でヴィルヘルム・ブリュックナー=リュッゲベルクに指揮を師事。


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1962年/昭和37年 (21〜22歳)

◆ ハンブルク国立音楽大学でエリザ・ハンゼンにピアノを師事。


◆ ハンブルク国立音楽大学でヴィルヘルム・ブリュックナー=リュッゲベルクに指揮を師事。


◆ ハンブルク音楽大学を卒業。


◆ 9月、ARDミュンヘン国際音楽コンクールで首位(1位なしの2位)。


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1963年/昭和38年 (22〜23歳)

◆ ヴュルツブルク。モーツァルト・リサイタル。

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1964年/昭和39年 (23〜24歳)

◆ DGと契約。モーツァルトのソナタ第12番 K.332、13番 K.333、アンダンテ K616、キラキラ星変奏曲 K.265を録音。


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1965年/昭和40年 (24〜25歳)

◆ 6月、MILLER録音。ハンブルク国立フィル(ブリュックナー=リュッゲベルク指揮)。モーツァルト:ピアノ協奏曲19番、23番、ロンド K.382、K.485、ファンタジア K.397。
◆ 9月、クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールで優勝。


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1966年/昭和41年 (25〜26歳)

◆ 5月、DG録音。シューマン:子供の情景。
◆ ロンドン・デビュー。
◆ 11月30日、12月1日、DG録音。ベルリン・フィル(カラヤン指揮)。ベートーヴェン:ピアノ協奏曲1番。


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1967年/昭和42年 (26〜27歳)

◆ 8月、クリーヴランド管(デムス、カラヤン)。ザルツブルク音楽祭。モーツァルト:3台のピアノのための協奏曲 K.242。


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1968年/昭和43年 (27〜28歳)

◆ 1月、北ドイツ放送響(S=イッセルシュテット指揮)。ベートーヴェン:ピアノ協奏1番。
◆ 5月、プラハ交響楽団(クライバー指揮)。シューマン:ピアノ協奏曲。


◆ 8月、カメラータ・アカデミカ(パウムガルトナー指揮)。ザルツブルク音楽祭。モーツァルト:ピアノ協奏曲23番。


◆ 9月、BBC響(ダウンズ指揮)。プロムス。ベートーヴェン:P協1番。


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1969年/昭和44年 (28〜29歳)

◆ 1〜2月、シカゴ響(ヘンツェ)。ヘンツェ:ピアノ協奏曲2番。


◆ 2月、クリーヴランド管(セル)。モーツァルト:ピアノ協奏曲19番。


◆ 7月、パリ管弦楽団(デムス、カラヤン)。エクサン・プロヴァンス音楽祭。モーツァルト:3台のピアノのための協奏曲 K.242。
◆ 9〜10月、日本公演。初来日。


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1970年/昭和45年 (29〜30歳)

◆ 4月、DG録音。ロンドン・フィル(ヘンツェ指揮)。ヘンツェ:ピアノ協奏曲2番。
◆ 6月、DG録音。ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ29番。
◆ 8月、ベルリン・フィル(カラヤン指揮)。ザルツブルク音楽祭。シューマン:ピアノ協奏曲。


◆ 8月、ヤン・ウク・キム。ザルツブルク音楽祭。クロイツェル・ソナタ、雨の歌、他。


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1971年/昭和46年 (30〜31歳)

◆ 2月、クリーヴランド管(クーベリック)。シューマン:ピアノ協奏曲。


◆ 10月、DG録音。ショパン:前奏曲集(26曲)。
◆ 12月、DG録音。ロンドン響(ヘンツェ指揮)。ベートーヴェン:ピアノ協奏曲3番。

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1972年/昭和47年 (31〜32歳)

◆ 3月、日本公演。読響(若杉指揮)。ベートーヴェン:ピアノ協奏曲2番。


◆ 4月、北ドイツ放送響。ブルックナー3番。指揮者デビュー。

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1973年/昭和48年 (32〜33歳)

◆ 4月、DG録音。シューベルト:ピアノ・ソナタ20、21番。
◆ 7月、シカゴ響(ムーティ)。ラヴィニア音楽祭。シューマン:ピアノ協奏曲。


◆ 8月、ザルツブルク音楽祭。シューベルト・プログラム(ソナタ20番、さすらい人、即興曲)。


◆ 8月、フィッシャー=ディースカウ。ザルツブルク音楽祭。シューベルト・プログラム。


◆ 10月、ボストン響(小澤)。ベートーヴェン:ピアノ協奏曲5番。


◆ 10月、DG録音。ボストン響(小澤)。ベートーヴェン:ピアノ協奏曲5番。

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1974年/昭和49年 (33〜34歳)

◆ 2月、ニューヨーク・フィル(ブーレーズ)。モーツァルト:ピアノ協奏曲24番。


◆ 8月、フィッシャー=ディースカウ。ザルツブルク音楽祭。シューマン・プログラム(詩人の恋、他)。


◆ 10月、日本公演。読響(若杉指揮)。シューマン:ピアノ協奏曲。


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1975年/昭和50年 (34〜35歳)

◆ サンフランシスコ交響楽団。
◆ クリーヴランド管(マゼール)。ベートーヴェン:ピアノ協奏曲1番。
◆ 3月、ケルン室内管(ミュラー=ブリュール)。ストラヴィンスキー、モーツァルト:ピアノ協奏曲(フランツ)。

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1976年/昭和51年 (35〜36歳)

◆ 2月、ピアノ・リサイタル。ベートーヴェン29番、ドビュッシー、モーツァルト、シューベルト。


◆ 10月、ニュー・フィルハーモニア管(ムーティ)。ブラームス:ピアノ協奏曲1番。


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1977年/昭和52年 (36〜37歳)

◆ 2月、トーンハレ管(アルブレヒト)。モーツァルト:2台のピアノのための協奏曲(フランツ)。


◆ 3〜4月、日本公演。リサイタル、読響(ロンバール指揮)。ベートーヴェン:ピアノ協奏曲2番、他。


◆ 8月、ウィーン・フィル(ムーティ指揮)。ザルツブルク音楽祭。モーツァルト:ピアノ協奏曲24番。


◆ 12月、BRT交響楽団、デ・フローテ(P)。ベートーヴェン:ピアノ協奏曲4番、他。

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1978年/昭和53年 (37〜38歳)

◆ 3月、ニューヨーク・フィル(レヴァイン)。ベートーヴェン:ピアノ協奏曲2番。


◆ 8月、シカゴ響。ラヴィニア音楽祭。ベートーヴェン3番、ピアノ協奏曲2番(弾き振り)。


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1979年/昭和54年 (38〜39歳)

◆ 2月、ピアノ・リサイタル。ベートーヴェン30、31、32番。


◆ 5月、静岡県掛川市郊外にある「ねむの木学園」を訪問。子供たちの絵に感銘を受けピアノ練習曲シリーズのLP22枚のジャケットにこども達の絵を使用することを約束。


◆ 5月、日本公演。日本フィルハーモニー交響楽団(弾き振り)。モーツァルト40番、ピアノ協奏曲第21、27番、他。


◆ 9月、ルートヴィヒスハーフェンのラインラント=プファルツ州立フィル 首席指揮者に就任。


◆ 11月、日本公演。リサイタル、N響(ヴァント指揮)。ベートーヴェン:ピアノ協奏曲1番。


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1980年/昭和55年 (39〜40歳)

◆ ラインラント=プファルツ州立フィル 首席指揮者。
◆ 2月、ニューヨーク・フィル。チャイコフスキー6番、ハイドン104番、ツィンマーマン:フォトストシス。


◆ 5月、ニューヨーク・フィル。ベートーヴェン2番、8番、ピアノ協奏曲2番。


◆ 11月、ラインラント=プファルツ州立フィル。ブルックナー7番。


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1981年/昭和56年 (40〜41歳)

◆ ラインラント=プファルツ州立フィル 首席指揮者。


◆ 8月、ユストゥス・フランツ(4手ピアノ)。ザルツブルク音楽祭。モーツァルト:K.448、シューベルト:D940、ブラームス:Op.34b。


◆ 9月、ラインラント=プファルツ州立フィル。ブルックナー7番。オスナブリュック公演。

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1982年/昭和57年 (41〜42歳)

◆ ラインラント=プファルツ州立フィル 首席指揮者。


◆ 3〜4月、日本公演。ウィーン響。ブルックナー7番、モーツァルト:ピアノ協奏曲27番、他。


◆ ウィーン交響楽団 首席指揮者就任。


◆ チューリヒ・トーンハレ管弦楽団 首席指揮者就任。


◆ 8月、BBC響。プロムス。未完成、ベートーヴェン4番、他。


◆ 10月、ウィーン響。マーラー1番、シェーンベルク:浄夜、他。


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1983年/昭和58年 (42〜43歳)

◆ ウィーン交響楽団 首席指揮者。


◆ チューリヒ・トーンハレ管弦楽団 首席指揮者。


◆ 8月、ユストゥス・フランツ(4手ピアノ)。ザルツブルク音楽祭。ブラームス:ハイドン変奏曲、16のワルツ、ストラヴィンスキー:カプリッチョ、サーカス・ポルカ。


◆ 8月、ラインラント=プファルツ州立フィル 首席指揮者退任。


◆ 11月、日本公演。新日本フィル。ブルックナー6番、モーツァルト:2台のピアノのための協奏曲(フランツ)


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1984年/昭和59年 (43〜44歳)

◆ ウィーン交響楽団 首席指揮者。


◆ チューリヒ・トーンハレ管弦楽団 首席指揮者。
◆ 9月、チューリヒ・トーンハレ管。ブルックナー8番。


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1985年/昭和60年 (44〜45歳)

◆ ウィーン交響楽団 首席指揮者。


◆ チューリヒ・トーンハレ管弦楽団 首席指揮者。


◆ 4月、チューリヒ・トーンハレ管。日本公演。チャイコフスキー5番、ブラームス1番、他。


◆ 11月、ヒューストン響。ブルックナー6番、他。


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1986年/昭和61年 (45〜46歳)

◆ ウィーン交響楽団 首席指揮者退任。


◆ チューリヒ・トーンハレ管弦楽団 首席指揮者退任。


◆ 8月、ユストゥス・フランツと共に創設したシュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭が開幕。オープニングにはエッシェンバッハと親しいバーンスタインが呼ばれ、オストゼーハレで「天地創造」を指揮。


◆ 8月、ユストゥス・フランツ(4手ピアノ)。ザルツブルク音楽祭。モーツァルト:K.448、K.521、ラヴェル:マ・メール・ロワ、ラ・ヴァルス。


◆ 9月、北ドイツ放送響。マーラー1番、他。
◆ 10月、日本公演。ウィーン響。ベートーヴェン3番、ブラームス4番、モーツァルト:ピアノ協奏曲27番、シューマン:チェロ協奏曲(シフ)、他。


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1987年/昭和62年 (46〜47歳)

◆ 3月、ベルリン・フィル。ブルックナー6番。


◆ 9月、日本公演。N響。ブラームス:ピアノ協奏曲2番(バルト)。


◆ 10月、セント・ルークス管。モーツァルト34、41番、他。


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1988年/昭和63年 (47〜48歳)

◆ ヒューストン響 音楽監督就任。


◆ 3〜5月、ヒューストン・グランド・オペラ。フィガロの結婚。


◆ 7月、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭管。ブルックナー6番。

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1989年/昭和64年(〜1月7日)平成元年(1月8日〜) (48〜49歳)

◆ ヒューストン響 音楽監督。


◆ 5月、日本公演。東京都交響楽団。モーツァルト:ピアノ協奏曲23番、マーラー1番。


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1990年/平成2年 (49〜50歳)

◆ ヒューストン響 音楽監督。


◆ 11月、ニューヨーク・フィル。バーンスタイン追悼演奏会に参加。シューマン4番第2楽章、ハイドン88番第4楽章。


◆ 12月、フィラデルフィア管。ブルックナー7番、モーツァルト:ピアノ協奏曲19番。


◆ 12月、シカゴ響。マーラー6番。急病のテンシュテットの代役で3公演指揮。大成功を収めます。


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1991年/平成3年 (50〜51歳)

◆ ヒューストン響 音楽監督。


◆ 3月、ヒューストン響。ブラームス1番、他。


◆ PMF 芸術監督(ティルソン・トーマスと共同)。


◆ ヒューストン・グランド・オペラ。ドン・ジョヴァンニ、フィガロの結婚、ローエングリン。


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1992年/平成4年 (51〜52歳)

◆ ヒューストン響 音楽監督。


◆ 2月、ヒューストン・グランド・オペラ。パルジファル。


◆ ヒューストン響。ヨーロッパ・ツアー。

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1993年/平成5年 (52〜53歳)

◆ ヒューストン響 音楽監督。


◆ 1月、フィラデルフィア管。チャイコフスキー6番、他。


◆ PMF 芸術監督(ティルソン・トーマスと共同)。


◆ レナード・バーンスタイン賞 受賞。

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1994年/平成6年 (53〜54歳)

◆ ヒューストン響 音楽監督。


◆ 3月、ヒューストン響。ブルックナー6番。
◆ 6月、SWR響。ブルックナー6番。
◆ PMF 芸術監督(ティルソン・トーマスと共同)。


◆ 11月、ヒューストン響。プロコフィエフ5番、他。


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1995年/平成7年 (54〜55歳)

◆ ヒューストン響 音楽監督。


◆ 7月、ヒューストン・チャンバー・プレイヤーズ。ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲、ピストン、バーバー、ピッカーの作品、他。


◆ PMF 芸術監督(ティルソン・トーマスと共同)。


◆ ラヴィニア音楽祭(シカゴ響)音楽監督就任。


◆ 3〜5月、ヒューストン・グランド・オペラ。ばらの騎士。


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1996年/平成8年 (55〜56歳)

◆ ヒューストン響 音楽監督。


◆ 2月、ヒューストン響。ローロッパ・ツアー。ブルックナー2番をムジークフェラインでライヴ録音。


◆ 3月、ヒルデガルト・ベーレンス・リサイタル。ピアノ共演。


◆ PMF 芸術監督(ティルソン・トーマスと共同)。


◆ ラヴィニア音楽祭(シカゴ響) 音楽監督。


◆ 7月、フィルハーモニア管。ザルツブルク音楽祭。ベートーヴェン7番、チェルハ:バールの歌(テオ・アダム)。


◆ 8月、ヨーロッパ室内管(弾き振り)。ザルツブルク音楽祭。モーツァルト:ジュピター、ピアノ協奏曲23番、ストラヴィンスキー:プルチネッラ。


◆ 11月、シカゴ響。オーケストラ・ホール。チャイコフスキー:Vn協(パールマン)、他。
◆ 11月、フィラデルフィア管。ベートーヴェン3番、他。


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1997年/平成9年 (56〜57歳)

◆ ヒューストン響 音楽監督。


◆ PMF 芸術監督(ティルソン・トーマスと共同)。


◆ ラヴィニア音楽祭(シカゴ響) 音楽監督。


◆ 1月、ヒューストン・グランド・オペラ。サロメ(ベーレンス、フィンク、他)。


◆ 3月、ヒューストン響 ヨーロッパ・ツアー。
◆ ヒューストン響、ヒューストン・グランド・オペラのオーケストラ・ピットでの仕事を削減し、5年後にゼロにするという契約をヒューストン・グランド・オペラと締結。これはヒューストン響が、ヒューストン・グランド・オペラのオペラ上演に縛られて、肝心のオーケストラ演奏会に多大な影響が出ていることへの解決策です。この契約により、ヒューストン・グランド・オペラ側は、「ヒューストン・グランド・オペラ・オーケストラ」を創設し、年間50回前後の本番(とドレス・リハーサル)に備えることになります。
◆ 8月、ルネ・フレミング。ザルツブルク音楽祭。シューベルト、ヴォルフ、R.シュトラウス。ピアノ共演。

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1998年/平成10年 (57〜58歳)

◆ ヒューストン響 音楽監督。


◆ 北ドイツ放送響 首席指揮者就任。


◆ 1月、ニューヨーク・フィル。ブルックナー8番。


◆ PMF 芸術監督(ティルソン・トーマスと共同)。


◆ ラヴィニア音楽祭(シカゴ響) 音楽監督。


◆ 3月、歌曲リサイタル(フレミング)。
◆ 3〜5月、ヒューストン・グランド・オペラ。アラベラ(フレミング、他)。


◆ 5月、ヒューストン響。春の祭典、他。


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1999年/平成11年 (58〜59歳)

◆ 4月、ヒューストン響。ブルックナー6番。
◆ ヒューストン響 音楽監督退任。
◆ ヒューストン響 桂冠指揮の称号を授与。


◆ 北ドイツ放送響 首席指揮者。


◆ ラヴィニア音楽祭(シカゴ響) 音楽監督。


◆ シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭 芸術監督(ロルフ・ベックと共同)就任。


◆ 7月、北ドイツ放送響。シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭。マーラー8番。12歳のエッシェンバッハが、フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルを聴いて感激し、指揮者になると養母に宣言した思い出の会場です。


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2000年/平成12年 (59〜60歳)

◆ 北ドイツ放送響 首席指揮者。


◆ パリ管弦楽団 首席指揮者。


◆ ラヴィニア音楽祭(シカゴ響) 音楽監督。


◆ シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭 芸術監督(ロルフ・ベックと共同)。


◆ 2月、ヒューストン・グランド・オペラ。トリスタンとイゾルデ(アンダーセン、ベーレ)。


◆ 5月、北ドイツ放送響。日本公演。シューマン4番、チャイコフスキー6番、他。


◆ 7〜8月、バイロイト音楽祭。「パルジファル」。トスカニーニの1931年の記録、4時間48分に迫る4時間45分という遅いテンポ(グッドールとほぼ同じ)で指揮。本番前日になってグルネマンツ役のハンス・ゾーティン[1939- ]が解釈での衝突を理由に降板しマティアス・ヘレに交代。ゾーティンは1972年から出演していたバイロイトに別れを告げます。
  ちなみにゾーティンはかつて、同じく遅いテンポのレヴァインの指揮でもグルネマンツを数多く歌っていました(1985年の演奏は4時間38分)。また、前年の1999年にはシノーポリの指揮でグルネマンツを歌っていましたが、うち1公演の第3幕ではマティアス・ヘレが歌を吹き替えるという事態に陥っています。
  なお、この2000年には、ヴァルトラウト・マイヤーが「ワルキューレ」でジークリンデを歌った後に「ここは年々悪化している」と運営陣を批判してバイロイトに別れを告げた年でもあるので、ゾーティンのバイロイトとの決別も複合的な要因かもしれません。


◆ 9月、北ドイツ放送響。ブルックナー4番。


◆ 10月、ヒューストン響。ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番(シェーンベルク版)、他。


◆ 11月、ニューヨーク・フィル。ドヴォルザーク9番、他。


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2001年/平成13年 (60〜61歳)

◆ 北ドイツ放送響 首席指揮者。


◆ パリ管弦楽団 首席指揮者。


◆ 3月、ニューヨーク・フィル。マーラー6番、R.シュトラウス歌曲集、ラフマニノフ:ピアノ協奏曲3番(バルト)、他。


◆ ラヴィニア音楽祭(シカゴ響) 音楽監督。契約を2年間延長。


◆ シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭 芸術監督(ロルフ・ベックと共同)。


◆ バイロイト音楽祭への出演を脊椎の問題によりキャンセル。
◆ 8月、BBC響、フレミング。プロムス。謝肉祭序曲、ハイドン変奏曲、エクスルターテ・ユビラーテ、ドン・ファン、4つの最後の歌。
◆ 9月、パリ管、グリモー。プロムス。ベートーヴェン3番第2楽章(米テロ攻撃壊犠牲者追悼)、P協4番、幻想交響曲、春の祭典、シューマン2番、他。


◆ 10月、ニューヨーク・フィル。バルトーク:管弦楽のための協奏曲、他。


◆ 12月、メトロポリタン歌劇場。アラベラ(フレミング、ボニー)。


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2002年/平成14年 (61〜62歳)

◆ 北ドイツ放送響 首席指揮者。


◆ パリ管弦楽団 首席指揮者。


◆ レジオンドヌール勲章 授与。
◆ ドイツ連邦共和国功労勲章 授与。
◆ 1月、パリ管。幻想交響曲、ダフニスとクロエ第2組曲、他。


◆ 2月、パリ管。ブルックナー4番。


◆ 5月、北ドイツ放送響。ブルックナー9番。


◆ 5月、ニューヨーク・フィル。チャイコフスキー6番、他。


◆ ラヴィニア音楽祭(シカゴ響) 音楽監督。


◆ 9月、BBC響。プロムス。ダルバヴィ:カラー、バーバー:Vn協(ミドリ)、チャイコフスキー4番。


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2003年/平成15年 (62〜63歳)

◆ 北ドイツ放送響 首席指揮者。


◆ パリ管弦楽団 首席指揮者。


◆ フィラデルフィア管 首席指揮者 就任。


◆ 2月、パリ管。ブルックナー4番。
◆ 3月、フィラデルフィア管。ショスタコーヴィチ5番、ナッセン:ヴァイオリン協奏曲、他。


◆ 4月、シンフォニエッタ・クラコヴィア。クラクフ。ベートーヴェン・プログラム。
◆ 5月、北ドイツ放送響。日本公演。


◆ 5月、シンフォニエッタ・クラコヴィア。サンクトペテルブルク音楽院。モーツァルト:P協23番。
◆ 5〜6月、ウィーン・フィル。トッホ:献身、メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(ヴェンゲーロフ)、ブルックナー7番。


◆ 6月、マリインスキー劇場。パルジファル(演出:トニー・パーマー)。
◆ 7月、シカゴ響。ラヴィニア音楽祭。幻想交響曲、他。
◆ 8月、シンフォニエッタ・クラコヴィア。ラヴィニア音楽祭。魔弾の射手(1841年ベルリオーズ版)。
◆ ラヴィニア音楽祭 音楽監督退任。


◆ 9月、北ドイツ放送響。プロムス。サロネン:インソムニア、ベートーヴェン:P協5番(エマール)、ブラームス2番、他。


◆ 10月、フィラデルフィア管。メシアン:トゥーランガリラ交響曲、他。


◆ 11月、パリ管。ベルリオーズ・プログラム。


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2004年/平成16年 (63〜64歳)

◆ 北ドイツ放送響 首席指揮者。


◆ パリ管弦楽団 首席指揮者。


◆ フィラデルフィア管 首席指揮者。


◆ 2月、フィラデルフィア管。マーラー3番。


◆ 3月、マティアス・ゲルネ・マーラー・リサイタル。ピアノ共演。
◆ 3月、フィラデルフィア管。マーラー10番アダージョ、シェーンベルク:浄夜、他。


◆ 5月、フィラデルフィア管。マーラー1番、ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲2番(クレーメル)。


◆ 8月、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭。ドヴォルザーク:ルサルカ。
◆ 8月、シカゴ響。ラヴィニア音楽祭100周年記念公演。ヒグドン:ロコ、オネゲル:パシフィック231、ショパン:P協1番(ランラン)、ボレロ、タンゴ(弾き振り)、エリントン、他。


◆ 8月、ウィーン・フィル。ザルツブルク音楽祭。ライマン:ツァイト=インゼルン、マーラー5番。


◆ 8月、パリ管。プロムス。ベリオ:スタンツェ(シュミット)、マーラー:大地の歌(ナエフ、グリフィー)。


◆ 9〜10月、シカゴ・リリック・オペラ。ドン・ジョヴァンニ(ターフェル)。


◆ 10月、フィラデルフィア管。R.シュトラウス・プログラム。


◆ 11月、フィラデルフィア管。マーラー5番、ピンチャー:エロディアード。


◆ 12月、北ドイツ放送響。ブルックナー8番。


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2005年/平成17年 (64〜65歳)

◆ パリ管弦楽団 首席指揮者。


◆ フィラデルフィア管 首席指揮者。


◆ 1月、フィラデルフィア管。マーラー9番、ベリオ:スタンツェ、ワーグナー:パルジファル第3幕全曲。


◆ 5月、フィラデルフィア管。日本公演。マーラー9番、他。


◆ 8月、シュレースヴィヒ=ホルスタイン音楽祭管。日本公演。ブラームス4番、他。


◆ 9月、ウィーン・フィル。ルツェルン音楽祭。ブルックナー8番、R.シュトラウス:月光の音楽。


◆ 9月、ウィーン・フィル。プロムス。ブルックナー8番。


◆ 10月、パリ管。シャトレ座。ラインの黄金、ワルキューレ。


◆ 11月、フィラデルフィア管。マーラー6番。


◆ 12月、フィラデルフィア管。ベートーヴェン3番、ヒグドン:打楽器協奏曲。


◆ 2004年度(2004年秋〜2005年夏)にアメリカの楽団が音楽監督に支払った報酬(ツアー内容等で大きく変動)で、エッシェンバッハが5位。

  ニューヨーク・フィル(マゼールに約264万ドル)
  シカゴ響(バレンボイムに約204万ドル)
  サンフランシスコ響(ティルソン・トーマスに約164万ドル)
  ボストン響(レヴァインに約159万ドル)
  フィラデルフィア管(エッシェンバッハに約155万ドル)
  ロサンジェルス・フィル(サロネンに約134万ドル)
  クリーヴランド管(ヴェルザー=メストに約123万ドル)


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2006年/平成18年 (65〜66歳)

◆ パリ管弦楽団 首席指揮者。


◆ フィラデルフィア管 首席指揮者。


◆ 1月、パリ管。シャトレ座。ジークフリート、神々の黄昏。


◆ 2月、フィラデルフィア管。ベートーヴェン6番、サロネン:インソムニア。


◆ 4月、パリ管。シャトレ座。ラインの黄金、ワルキューレ、ジークフリート、神々の黄昏。


◆ 4月、ウィーン・フィル。シューマン:チェロ協奏曲(ヴァルガ)、シューマン2番、他。


◆ 4月、フィラデルフィア管。マーラー:大地の歌(男声版)、ベートーヴェン8番。


◆ 5月、フィラデルフィア管。ベートーヴェン9番。
◆ 6月、メトロポリタン歌劇場。日本公演。ワルキューレ。


◆ 7月、パリ管。プロムス。ジークフリート。


◆ 7月、パリ管楽員と室内楽。プロムス。モーツァルト:ピアノと管楽器の五重奏曲、他。
◆ 9月、BBC響。プロムス。ピンチャー:エロディアード断章、ベートーヴェン9番。
◆ 9月、フィラデルフィア管。プロムス。ベートーヴェン5番、チャイコフスキー5番、他。


◆ 10月、フィラデルフィア管。チャイコフスキー6番、他。


◆ 11月、フィラデルフィア管。マーラー4番、ベルク:ヴァイオリン協奏曲(カヴァコス)。


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2007年/平成19年 (66〜67歳)

◆ パリ管弦楽団 首席指揮者。


◆ フィラデルフィア管 首席指揮者。


◆ 1月、フィラデルフィア管。ブルックナー9番、他。


◆ 4月、パリ管。シャトレ座。マスネ:タイス。


◆ 5月、カーティス響。春の祭典、ペンデレツキ:ヴィオラ協奏曲、他。


◆ 5月、マティアス・ゲルネ・ドイツ歌曲リサイタル。ピアノ共演。


◆ 5月、フィラデルフィア管。マーラー2番。


◆ 8月、アッターゼー協会管弦楽団。ザルツブルク音楽祭。真夏の夜の夢序曲、シューベルト(ベリオ編):交響的断章、マーラー(ベリオ編):6つの歌、メンデルスゾーン4番。


◆ 11月、パリ管。日本公演。


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2008年/平成20年 (67〜68歳)

◆ パリ管弦楽団 首席指揮者。


◆ 1月、フィラデルフィア管。バーンスタイン1番、チャイコフスキー1番、他。


◆ 5月、フィラデルフィア管。マーラー8番。


◆ フィラデルフィア管 首席指揮者退任。


◆ 6月、ウィーン・フィル。ティル・オイレンシュピーゲル、ドヴォルザーク9番、謝肉祭。


◆ 7月、パリ管。ピンチャー:エロディアード断章、マーラー1番、他。


◆ 9月、ワシントン・ナショナル響が、エッシェンバッハが2010年から音楽監督に就任することを発表。


◆ 10月、ウィーン・フィル。未完成、ブルックナー6番。定期のほか、オールボーとケルン、ローマでも演奏。


◆ 11月、ニューヨーク・フィル。ブルックナー9番、他。


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2009年/平成21年 (68〜69歳)

◆ パリ管弦楽団 首席指揮者。


◆ 3月、コンセルトヘボウ管。ブラームス1番、シューマン4番。


◆ 5月、ロサンジェルス・フィル楽員と室内楽コンサート。
◆ PMF アニバーサリー・オーケストラ。


◆ 5月、パリ管。ブルックナー9番。


◆ 9月、パリ管。サル・プレイエル。マーラー3番。


◆ 11月、ロンドン・フィル。ブルックナー6番。
◆ 11月、シュターツカペレ・ドレスデン。ブルックナー4番。
◆ 11月、フィラデルフィア管。マーラー7番。


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2010年/平成22年 (69〜70歳)

◆ 1月、ウィーン・フィル。モーツァルト:ピアノ協奏曲12番、2台のピアノのための協奏曲 K.365(フォークト)、交響曲34番、他。


◆ 3月、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭管。プロコフィエフ:ピアノ協奏曲3番(ラン・ラン)、他。


◆ 3月、ニューヨーク・フィル。ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番(シェーンベルク版)、他。


◆ パリ管弦楽団 首席指揮者退任。


◆ 8月、ウィーン・フィル。ザルツブルク音楽祭。シューマン:序奏とアレグロ、幽霊変奏曲、演奏会用アレグロ(以上、バルト)、リーム:真面目な歌、シューマン2番。


◆ 8月、ゲルネ。ザルツブルク音楽祭。美しき水車小屋の娘、冬の旅、白鳥の歌。


◆ ワシントン・ナショナル響 音楽監督に就任。
◆ ワシントンのケネディ・センター(舞台芸術のためのジョン・F・ケネディ・センター) 音楽監督に就任。


◆ 11月、パリ、バスティーユ・オペラ。ヒンデミット:画家マティス(ゲルネ、ディーナー)。


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2011年/平成23年 (70〜71歳)

◆ ワシントン・ナショナル響 音楽監督。
◆ ケネディ・センター 音楽監督。


◆ ワシントン・ナショナル響。ケネディ大統領就任50周年記念演奏会。
◆ 7月、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭オーケストラアカデミー。マーラー2番。


◆ 9〜10、ウィーン・フィル。日本などアジアとオーストラリアのツアー。悲劇的序曲、モーツァルト34番、ブルックナー4番、他


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2012年/平成24年 (71〜72歳)

◆ ワシントン・ナショナル響 音楽監督。
◆ ケネディ・センター 音楽監督。


◆ 1月、ウィーン・フィル。R.シュトラウス:ファンファーレ、他。


◆ 3月、ボストン響。幻想交響曲、他。


◆ 4月、ハンガリー国立歌劇場。パルジファル。


◆ 8月、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン管。ザルツブルク音楽祭。ティル・オイレンシュピーゲル、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲3番(ルプー)、バルトーク:管弦楽のための協奏曲。


◆ 8月、NDR響。ザルツブルク音楽祭。ベルク:3つの管弦楽作品、シューベルト:シルヴィアへ、メムノン、タルタロス、道しるべ、夕映えに、涙の雨、魔王、ツィンマーマン:私は振り返り太陽の下で行われたすべての不正を見た。


◆ 8月、ゲルネ。ザルツブルク音楽祭。ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス。


◆ 10〜11月、ワシントン・ナショナル響。ミサ・ソレムニス、ブルックナー7番、ドヴォルザーク7番、チャイコフスキー3番、他。


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2013年/平成25年 (72〜73歳)

◆ ワシントン・ナショナル響 音楽監督。
◆ ケネディ・センター 音楽監督。


◆ 1月、ヒューストン響。チャイコフスキー4番、他。


◆ 1月、ニューヨーク・フィル。ブルックナー6番、他。


◆ 1月、ウィーン・フィル。ザンクト・ペルテン公演。ヒンデミット:交響曲変ホ調、ベートーヴェン8番、ピンチャー:エロディアード。


◆ 1〜5月、ワシントン・ナショナル響。オケコン、大フーガ、シベリウス7番、サーリアホ:オリオン、マーラー:花の章、シューベルト歌曲集(オッター)、モーツァルト:レクイエム、ショスタコーヴィチ5番、シュニトケ:ヴィオラ協奏曲、リンドベリ:Vn協、ヘンツェ:バッカスの巫女抜粋、他。


◆ 8月、ウィーン・フィル。ザルツブルク音楽祭。コジ・ファン・トゥッテ。


◆ 10月、ワシントン・ナショナル響。ショスタコーヴィチ5番、シュニトケ:ヴィオラ協奏曲、シチェドリン:スラーヴァ・スラーヴァ。


◆ 6月、ウィーン国立歌劇場。R.シュトラウス:カプリッチョ。


◆ 8月、ウィーン・フィル。ザルツブルク音楽祭。コジ・ファン・トゥッテ。


◆ 11〜12月、ウィーン国立歌劇場。魔笛。


◆ 12月、シカゴ響。ブルックナー9番。
◆ 2012年度(2012年秋〜2013年夏)にアメリカの楽団が音楽監督に支払った報酬(ツアー内容等で大きく変動)でエッシェンバッハが首位。ヨーロッパ・ツアーなどにより、前年度約170万ドルから大幅な増額となっています。

  ワシントン・ナショナル響(エッシェンバッハに約270万ドル)
  サンフランシスコ響(ティルソン・トーマスに約230万ドル)
  シカゴ響(ムーティに約140万ドル)
  ロサンジェルス・フィル(ドゥダメルに約140万ドル)


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2014年/平成26年 (73〜74歳)

◆ ワシントン・ナショナル響 音楽監督。
◆ ケネディ・センター 音楽監督。
◆ 3月、マティアス・ゲルネ。美しき水車小屋の娘。ピアノ共演。


◆ 3月、ウィーン・フィル。未完成、マーラー4番。


◆ 3月、ワシントン・ナショナル響。ばらの騎士(セミ・ステージ上演)。
◆ 3月、ワシントン・ナショナル響がエッシェンバッハとの契約を2015-2017年のシーズンまで延長することを発表。


◆ 5月、ヒューストン響。マーラー8番。創立100周年記念公演。


◆ 5月、ウィーン・フィル。プラハ公演。メタモルフォーゼン、ブルレスケ、ドン・ファン、ティル、他。


◆ 5月、ウィーン・フィル。バーデン・バーデン公演。メタモルフォーゼン、ブルレスケ、ドン・ファン、ティル、他。


◆ 5月、ウィーン・フィル。ライプツィヒ公演。メタモルフォーゼン、ブルレスケ、ドン・ファン、ティル、他。


◆ 5月、ウィーン・フィル。シェーンブルン公演。ローマの謝肉祭、マゼッパ、ブルレスケ、ベンヴェヌート・チェッリーニ、ティル。


◆ 5月、エッシェンバッハ・クインテット(ウィーン・フィル楽員と結成)。ウィーン国立歌劇場内のマーラーザールで演奏。


◆ 7月、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭管。マーラー2番。
◆ 8月、グスタフ・マーラー・ユーゲント管。ザルツブルク音楽祭。リーム:ピアノ協奏曲2番(バルト)、ブルックナー7番。


◆ 8月、モーツァルテウム管。ザルツブルク音楽祭。ハイドン21番、ダルバヴィ:フルート協奏曲、チェロ協奏曲、ベートーヴェン1番。


◆ 8月、ウィーン・フィル。ザルツブルク音楽祭。ドン・ジョヴァンニ。


◆ 9月、ケネディ・センター会長にデボラ・ラターが就任。ラターはシカゴ響音楽監督のバレンボイム→ムーティへの交代に尽力した人物。
◆ 9月、ウィーン国立歌劇場。アイヒェンドルフ・リート・リサイタル(シャーデ、クヴァストホフ、ピアノ伴奏)。


◆ 10月、ウィーン国立歌劇場。イドメネオ。


◆ 2013年度(2013年秋〜2014年夏)にアメリカの楽団が音楽監督に支払った報酬(ツアー内容等で大きく変動)でエッシェンバッハが2位。

  シカゴ響(ムーティに約231万ドル)
  ワシントン・ナショナル響(エッシェンバッハに約227万ドル)
  サンフランシスコ響(ティルソン・トーマスに約211万ドル)
  ダラス響(ズヴェーデンに約179万ドル、但し楽団支援の投資家からボーナス332万ドルが支払われたので合わせると約511万ドル)
  ニューヨーク・フィル(ギルバートに約175万ドル)


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2015年/平成27年 (74〜75歳)

◆ ワシントン・ナショナル響 音楽監督。
◆ ケネディ・センター 音楽監督。
◆ 2月、ワシントン・ナショナル響がエッシェンバッハとの契約延長更新をおこなわず、2016-2017年のシーズンで終了することを発表。
◆ 2月、ワシントン・ナショナル響。マーラー9番。


◆ 4月、ウィーン・フィル。ブラームス4番、ヴァイオリン協奏曲(カヴァコス)。


◆ 4月、ウィーン・フィル。パリ公演。ブラームス2番、4番。


◆ 4月、ウィーン・フィル。リンツ公演。ブラームス1番、ヴァイオリン協奏曲(カヴァコス)。


◆ 4月、ウィーン・フィル。リンツ公演。ブラームス4番、ヴァイオリン協奏曲(カヴァコス)。


◆ 5月31日、エルンスト・フォン・シーメンス音楽賞 受賞(賞金25万ユーロ)。授賞式はミュンヘンのヘルクレスザールでおこなわれ、エッシェンバッハはバンベルク交響楽団を指揮してバルトークの管弦楽のための協奏曲を演奏。同楽団への客演回数は150回を超えています。


◆ 6月、マリインスキー劇場管。マーラー5番、ムソルグスキー:死の歌と踊り(M.ペトレンコ)。
◆ 8月、ゲルネ。ザルツブルク音楽祭。シューマン・プログラム(詩人の恋、他)。


◆ 8月、シュレースヴィヒ=ホルスタイン音楽祭。ヴェルディ:レクイエム、他。
◆ 9月、ウィーン・フィル。ハイドン92番、ベートーヴェン1番、他。


◆ 10月、ウィーン・フィル。日本などアジア・ツアー。


◆ 12月、スペイン国立管。ワーグナー・プログラム、春の祭典。


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2016年/平成28年 (75〜76歳)

◆ ワシントン・ナショナル響 音楽監督。
◆ ケネディ・センター 音楽監督。


◆ 2月、ニューヨーク・フィル。ドヴォルザーク8番、謝肉祭、バルトーク:ヴァイオリン協奏曲2番(スクリデ)。


◆ 5月、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン・ブラームス協会からブラームス賞授与(賞金1万ユーロ)。


◆ 5月、ウィーン・フィル。エグモント序曲、シューマン2番、ブラームス:ヴァイオリン協奏曲(バティアシヴィリ)。


◆ 7月、USAナショナル・ユース管。ブルックナー6番、他。


◆ 9〜10月、ミラノ・スカラ座。ブリテン:ねじの回転。


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2017年/平成29年 (76〜77歳)

◆ ワシントン・ナショナル響 音楽監督退任。
◆ ケネディ・センター 音楽監督退任。
◆ ワシントン・ナショナル響から桂冠指揮の称号を授与。


◆ 2月、バンベルク響。マーラー5番、他。


◆ 3月、ヒューストン響。ブルックナー1番、テ・デウム。


◆ 4月、日本公演。オーケストラ・アンサンブル金沢設立30周年記念。トンヨン・フェスティバル・オーケストラ。新世界、他。


◆ 4月、ストックホルム・フィル。マーラー9番。
◆ 5月、オランダ放送フィル。ブルックナー7番。
◆ 5月、ベルリン・ドイツ響。フィリップ・マインツ:「架空庭園」、他。
◆ 5月、ウィーン・フィル。シェーンブルン公演。ドヴォルザーク:謝肉祭、アルミーダ、ルサルカのアリア(フレミング)、チャイコフスキー、ラフマニノフ、ストラヴィンスキー、他。


◆ 7月、SWR響。マーラー2番。


◆ 10〜12月、日本公演。N響。ブラームス交響曲全曲、ベートーヴェン9番、他。


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2018年/平成30年 (77〜78歳)

◆ 2月、シカゴ響。メンデルスゾーン4番、他。


◆ 4月、香港、統営国際音楽祭。
◆ 4月、統営国際音楽祭管。日本公演。


◆ 4月、ニューヨーク・フィル。ブルックナー9番、他。


◆ 5月、ウィーン・フィル。リーム:鏡と川、ブルックナー1番。


◆ 6月、ウィーン・フィル。リンツ、フローリアン修道院公演。リーム:鏡と川、ブルックナー1番。


◆ 7月、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭。
◆ 8月、タングルウッド音楽祭。PMF、SHMF、他メンバー。
◆ 9月、hr響。リゲティ:アトモスフェール、他。

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2019年/平成31年(〜4月30日)令和元年(5月1日〜) (78〜79歳)

◆ 1月、スペイン国立管。サロネン:ヴァイオリン協奏曲(ジョセフォヴィッツ)、ブルックナー2番。
◆ 1月、ロイヤル・フィル。スウェーデン公演。
◆ 2月、シュターツカペレ・ドレスデン。ドレスデン聖母教会。ドヴォルザーク:スターバト・マーテル。
◆ 4月、イスラエル・フィル。マーラー9番。


◆ 4月、SWR響。


◆ 4月、シュターツカペレ・ドレスデン。ザルツブルク・イースター音楽祭。
◆ 5月、SWR響。中国ツアー。
◆ 6月、NDRエルプ・フィル。ブルックナー4番。
◆ 7月、日本公演。PMFオーケストラ。千人の交響曲。PMF30周年記念公演。


◆ ベルリン・コンツェルトハウス管 首席指揮者に就任。


◆ 8〜10月、コンツェルトハウス管。クレーメル。
◆ 11月、SWR響。


◆ 11月、ストックホルム・フィル。マーラー2番


◆ 12月、WDR響。マーラー9番。
◆ 12月、イェテボリ響。

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2020年/令和2年 (79〜80歳)

◆ コンツェルトハウス管 首席指揮者。


◆ 1月、日本公演。N響。マーラー2番、ブラームス:ピアノ協奏曲2番(バルト)、ピアノ四重奏曲第1番、他。


◆ 1月、アテネ国立管。
◆ 1月、ワシントン・ナショナル響。テツラフ。
◆ 2月、パリ管。
◆ 5月、ウィーン・フィル。マーラー:歌曲集(ゲルネ)、ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番(シェーンベルク版)。


◆ 5月、ウィーン・フィル。シューマン:ヴァイオリン協奏曲(ミドリ)、マーラー1番。


◆ 2〜3月、コンツェルトハウス管。ミドリ、バルト。ブラームス:ピアノ協奏曲2番、交響曲3番、他。
◆ 5月、NDRエルプ・フィル。グラナート:ヴァイオリン協奏曲2番(ミドリ)世界初演。
◆ 6月、コンツェルトハウス管。
◆ 8月、シカゴ響。ラヴィニア音楽祭。ベートーヴェン9番、ベルリオーズ:幻想交響曲、マーラー1番、他。


◆ 9月、イェテボリ響。
◆ 9月、コンツェルトハウス管。
◆ 10月、ロンドン・フィル。
◆ 10月、hr響。サン=サーンス:チェロ協奏曲(ブルーノ・フィリップ)。
◆ 11月、コンツェルトハウス管。ヴィーキングル・オラフソン。
◆ 12月、バンベルク響。
◆ 12月、WDR響、ルーカス&アルトゥール・ユッセン。

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2021年/令和3年 (80〜81歳)

◆ コンツェルトハウス管 首席指揮者。


◆ 1〜2月、SWR響、コパチンスカヤ。マーラー2番、他。


◆ 2月、hr響。
◆ 3月、バンベルク響。ベートーヴェン3番、他。
◆ 3月、ヴィキングル・オラフソンとのデュオ・ピアノでモーツァルト。
◆ 4月、コペンハーゲン・フィル。
◆ 4月、NDRエルプ・フィル。シューマン:ピアノ協奏曲(ブッフビンダー)。
◆ 5月、コンツェルトハウス管。200周年記念公演。
◆ 6月、DG録音。コンツェルトハウス管。シュレーカー作品
◆ 6月、コンツェルトハウス管。コンツェルトハウス(シャウシュピールハウス)は、「魔弾の射手」初演劇場としての200周年記念公演をアイデア満載で上演。演出はバルセロナのパフォーマンス集団「ラ・フラ・デルス・バウス」の中心メンバー、カルルス・パドリッサ。オーケストラはステージで演奏し、平土間などを舞台に見立てたレーザー光線あり空中舞踊ありのダイナミックな上演。


◆ 8月、コンツェルトハウス管。
◆ 9月、パリ管。
◆ 9月、ハンガリー放送響。ジョルジュ・エネスク・フェスティヴァル。ブルックナー2番、コルンゴルト:Vn協(カプソン)。
◆ 9月、コンツェルトハウス管。ブルックナー2番(キャラガン版)。


◆ 10月、バンベルク響。
◆ 11月、KBS響。リサ・サラ・オット
◆ 11月、コンツェルトハウス管。ツアー。
◆ 12月、冬の旅(ゲルネ)。ギリシャ、メガロン、アテネ・コンサート・ホール。

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2022年/令和4年 (81〜82歳)

◆ コンツェルトハウス管 首席指揮者。


◆ コペンハーゲン・フィル 名誉客演指揮者。


◆ 1月、サンフランシスコ響。
◆ 1月、ヒューストン響。


◆ 2月、イェテボリ交響楽団。ブルックナー7番、他。


◆ 2月、ナショナル響。ブラームス2番、他。
◆ 3月、コンツェルトハウス管。ショスタコーヴィチ:交響曲第8番、チェロ協奏曲第1番(ブルーノ・フィリップ)。ウクライナのための連帯コンサート
◆ 3月、フランス国立管。ドヴォルザーク:スターバト・マーテル。
◆ 4月、日本公演。NHK響。マーラー5番、ベートーヴェン7番、他。


◆ 4月、KBS響。
◆ 5月、コンツェルトハウス管。モーツァルト39〜41番、バルトーク:オケコン。
◆ 7月、アンダーグラウンド・ユース・オーケストラ。ギリシャ、カラマタ国際音楽祭。
◆ 7月、ジョヴァニーレ・ルイジ・ケルビーニ管。チャイコフスキー5番、ポロネーズ、ワインベルク:Vn協(クレーメル)。イタリア、ラヴェンナ音楽祭。
◆ 8月、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭管。
◆ 8月、コンツェルトハウス管。ルネ・フレミング。
◆ 9月、バンベルク響。ラインガウ音楽祭。
◆ 9月、コペンハーゲン・フィル。
◆ 9〜10月、ウィーン響。ドイツ・レクイエム。
◆ 10月、hr響。クロンベルク・フェスティヴァル。
◆ 10月、コンツェルトハウス管。ブラームス(シェーンベルク編):ピアノ四重奏曲、メイソン:オーシャン・オブ・イヤーズ、他。
◆ 11月、コンツェルトハウス管。マーラー2番。
◆ 11月、コペンハーゲン・フィル。ドイツ・レクイエム。
◆ 12月、NDRエルプ・フィル。ブルックナー3番、メンデルスゾーン:Vn協(グロイター)

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2023年/令和5年 (82〜83歳)

◆ コペンハーゲン・フィル 名誉客演指揮者。


◆ 1月、ストックホルム・フィル。ブルックナー8番。
◆ 2月、ワシントン・ナショナル響。モーツァルト:エクスルターテ・ユビラーテ、ブラームス2番、他。
◆ 3月、バンベルク響。ブルックナー1番、他。
◆ 3月、トーンハレ管。ブラームス1番、ハイドン変奏曲、エルガー:チェロ協奏曲(カプソン)。
◆ 3月、コンツェルトハウス管。プロコフィエフ:交響曲第5番、ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(ミドリ)、他。


◆ 3月、コペンハーゲン・フィル。ベートーヴェン3番、R.シュトラウス:4つの最後の歌(エルザ・ドレイシグ)。

◆ 5月、コンツェルトハウス管。来日公演。


◆ 5月、コンツェルトハウス管。ブラームス2番、ヴァイオリン協奏曲(岡本誠司)、他。


◆ 5月、アテネ響。ブルックナー5番、エルガー:チェロ協奏曲(ベイリー)。
◆ 6月、チェコ・フィル。プラハの春音楽祭。リゲティ:アトモスフェール、ブラームス:運命の歌、ベートーヴェン9番。


◆ 6月、コンツェルトハウス管。未完成、モーツァルト:レクイエム。
◆ コンツェルトハウス管 首席指揮者退任。


◆ 7月、コンツェルトハウス管。レオンスカヤ。メクレンブルク=西ポメラニア・フェスティヴァル。


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 商品説明:年表ページ

【指揮】

アーベントロート (ベートーヴェンシューベルト&シューマンブルックナーブラームスモーツァルトチャイコフスキーハイドン)
アルヘンタ
アンセルメ
エッシェンバッハ
オッテルロー
ガウク
カラヤン
クイケン
クーセヴィツキー
クチャル
クナッパーツブッシュ (ウィーン・フィルベルリン・フィルミュンヘン・フィル国立歌劇場管レジェンダリー)
クラウス
クリップス
クレツキ
クレンペラー (VOX&ライヴザルツブルク・ライヴVENIASボックス
ゴロワノフ
サヴァリッシュ
シューリヒト
スイトナー (ドヴォルザークレジェンダリー)
スラトキン(父)
セル
ターリヒ
チェリビダッケ
トスカニーニ
ドラゴン
ドラティ
バルビローリ
バーンスタイン
パレー
フェネル
フルトヴェングラー
ベーム
ベイヌム
ペトレンコ
マルケヴィチ
ミトロプーロス
メルツェンドルファー
メンゲルベルク
モントゥー
ライトナー
ラインスドルフ
レーグナー (ブルックナーマーラーヨーロッパドイツ)
ロスバウト

【鍵盤楽器】

ヴァレンティ (チェンバロ)
ヴェデルニコフ (ピアノ)
カークパトリック (チェンバロ)
カサドシュ (ピアノ)
キルシュネライト (ピアノ)
グリンベルク (ピアノ)
シュナーベル (ピアノ)
ソフロニツキー (ピアノ)
タマルキナ (ピアノ)
タリアフェロ (ピアノ)
ティッサン=ヴァランタン (ピアノ)
デムス (ピアノ)
ナイ (ピアノ)
ニコラーエワ (ピアノ)
ネイガウス父子 (ピアノ)
ノヴァエス (ピアノ)
ハスキル (ピアノ)
フェインベルク (ピアノ)
モイセイヴィチ (ピアノ)
ユージナ (ピアノ)
ランドフスカ (チェンバロ)
ロン (ピアノ)

【弦楽器】

オイストラフ (ヴァイオリン)
カサド (チェロ)
コーガン (ヴァイオリン)
シュタルケル (チェロ)
スポールディング
デュ・プレ (チェロ)
バルヒェット (ヴァイオリン)
フランチェスカッティ (ヴァイオリン)
ヘムシング (ヴァイオリン)
ヤニグロ (チェロ)
リッチ (ヴァイオリン)
レビン (ヴァイオリン)
ロストロポーヴィチ (チェロ)

【管楽器】

デルヴォー <ダルティガロング> (ファゴット)
マンツ (クラリネット)
モワネ (オーボエ)

【声楽】

ド・ビーク (メゾソプラノ)

【室内アンサンブル】

グリラー弦楽四重奏団
シェッファー四重奏団
シュナイダー四重奏団
ズスケ四重奏団
パスカル弦楽四重奏団
パスキエ・トリオ
ハリウッド弦楽四重奏団
バルヒェット四重奏団
ブダペスト弦楽四重奏団
フランスの伝説の弦楽四重奏団
レナー弦楽四重奏団

【作曲家】

アンダーソン
ショスタコーヴィチ
ベートーヴェン
ヘンツェ
坂本龍一

【シリーズ】

テスタメント国内盤

 エテルナ・オリジナル・マスター・シリーズ

【レーグナー】

マーラー:交響曲第3、6番 (3CD)
ブルックナー:交響曲第4、5、6、7、8、9番 (6CD)
ヨーロッパ作曲家録音集 (5CD)
ドイツ・オーストリア作曲家録音集 (5CD)
【スイトナー】

レジェンダリー・レコーディングス (7CD)
ドヴォルザーク:交響曲全集 (5CD)

【アーベントロート】

ベートーヴェン:交響曲第1、4、6、9番、R.シュトラウス:ドン・キホーテ(3CD)
シューベルト:未完成、グレート&シューマン:協奏曲集(2CD)
ブルックナー:交響曲第4、5、9番 (3CD)
ブラームス:交響曲第1、3、4番、ハイドン変奏曲 (2CD)
モーツァルト」交響曲第33、35、38、41番、ディヴェルティメント第7番、ノットゥルノ (2CD)
チャイコフスキー:交響曲第4、6番、シューマン:交響曲第4番、ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 (2CD)
ハイドン:交響曲第88、97番、ヘンデル:二重協奏曲、バッハ:管弦楽組曲第3番

【オイストラフ】

ダヴィッド&イーゴリ・オイストラフ・エテルナ録音集 (5CD)

【ズスケ四重奏団】

モーツァルト:弦楽四重奏曲第8番〜第23番 (5CD)

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人物・団体紹介

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ブラームス(1833-1897)

1833年:北ドイツのハンブルクでヨハネス・ブラームス誕生。 1843年:演奏会にピアニストとして出演。作曲家、ピアニストのマルクスゼンに師事。 1852年:ピアノ・ソナタ第2番が完成。 1853年:ピアノ・ソナタ第1番、ピアノ・ソナタ第3番が完成。 1854年:ピアノ三重奏曲第1番、シューマンの主題による変奏曲が完成。

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