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EIHIKO さんのレビュー一覧 

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     2015/04/23

    これは現代ピアノではない、いわゆる古楽器であるピアノフォルテによる演奏で、奏法も、弦楽器がビブラートを抑えた古楽的な傾向が強い演奏です。正直、古楽奏法は鮮烈で好きなのですが、ピアノフォルテのどことなく軽く冴えないごろんごろんという響きは好きではありませんでした。大公も、ビルスマが牽引するインマゼールのCDをときどき聴きますが、ピアノの響きは現代ピアノの音色がいいといつも感じていました。しかも、インマゼールと聞くと、古楽奏法の達人の一人といわれている印象で、その人の演奏をもってしても、聴き足りない印象があり、古楽器ピアノフォルテの限界なのだろうと思っていました。
    ところがです。
    このCDのピアノフォルテ奏者メルニコフの演奏、想像を絶して繊細さもダイナミズムも存分にあり、表現の幅が広いことひろいこと。あっと驚く美しさと力強さが鮮烈に織り込まれ、ヴァイオリンとチェロの横のビブラートの少ない和音の線に縦に幾重にも食い込んできます。その織り目の繊細で美しいことこのうえありません。ものすごく豊かな充実した響きが無限の陰影をともなって続いてゆきます。リズムの切れも抜群。ファウストのヴァイオリンも、ケラスのチェロも、時に大河のようにたっぷりと鳴りきり、時にせせらぎのようにきらびやかにころがり、息をのむほどの静まりもかいま見せます。
    こんな充実した豊かなベートーベンのトリオの演奏があったでしょうか。ビルスマやインマゼールの演奏が、平板に聴こえてしまうほど、このCDの演奏は表現力において群を抜いています。何よりもこの演奏を成功させているのは、メルニコフのピアノフォルテの飛び抜けた表現力です。その迫力に追従するかのように、弦がたゆたゆと、あるいは厳しく隙間をうめてゆきます。これは、奇蹟的名演です。

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     2014/06/09

    熟成したルイサダのワルツの味わいは、先般のマズルカ2度目の録音から推測ができるものでした。ユニークなテンポルバートはルイサダだけから聴けるもの。その独特の深いコクと香りと味わいが、平面に流れる小川のようなワルツを、こころの内面に波打つ色と陰影の深い揺れに変えます。最初の録音と較べると、明らかに年輪の熟成を感じさせます。かつての微細なリズムのキレは、コクの深い揺れになっています。一聴すると技巧が稚拙になったようにも聴こえるかもしれません。そういうスレスレの表現は、さすがにルイサダの妙技なのだと思います。昔懐かしい白黒映画を見たようなノスタルジーに満ちていました。それは、後半に収録されているマズルカになると一段と効果的で聴かせます。技巧を全く感じさせないところがすごいです。やはり同じ三拍子でも、マズルカの妙演はルイサダの独壇場です。この渋い歌いまわしは聞き物です。しかも、録音がめちゃくちゃ良いです。ヤマハだそうですが、ピアノのなかのピアノ、最上級のピアノの音色が実にしっかりと刻まれています。ルイサダの弾くデリケートな鍵盤が目の前に揺れて見えるほど鮮明です。なんだかホールの別なグランドのペダルを開放して、共鳴させた音も拾っているとのことです。さすがにSACDの威力、倍音と、音の背後の静けさが際立っています。こういう人間の諸肌を感じさせる演奏は、滅多に聴けるものではありません。希少性の高いまさに文化財そのものです。

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     2014/06/04

    これは世紀の名演である……と私は思う。ジャケットの装いはキャリーパミュパミュを大人にした華麗さと可愛さがあり、タイトルは郷愁を誘う、そういう売り方だが、それに騙されてはいけない。ここで表現されているものは、とんでもなく深く、魂と我の臨界に達していて、猛々しく魂を鼓舞し続け、それはしばしば禅的・哲学的ですらある。何気に深夜3時すぎ、一曲の試し聴きをしたら、いつの間にか明け方の4時を越えてしまった。どれもこれも、圧巻で、全身がのけぞるほどの微細な揺れと、深く蒼穹に広がる永遠の鏡面の世界に艶やかな色彩が鮮烈な存在を示すが、そこには何もリアリティがない……いや、これが深層のリアリティかもしれない。そういう未知の深海か、まだ行ったことがない星の世界の華麗な演舞と静謐な沈黙が怪しく交差する。ピアニシモの美しいこと。圧巻は、最後のアルボ・ペルト。これが、このアルバムの終着した世界で、おそらく(私は知らないが)瞑想の極致で体験する存在の証明かもしれない。映画で『2001年宇宙の旅』の最後のシーンの静寂……そんな感じが近いかも。たとえば、最初のバッハから溢れ出てくる母性そのものの愛の感覚。次のチャイコフスキーの四季の深い思索。11曲目のショパンの練習曲は、聴き較べたが、ポリーニなんかが平板に聞こえるほど。15曲目は、カティア本人の作品だろうか? 激しい訴求力がある。彼女が、どうしてこういうコンセプトでこのアルバムを作ったか? そんな詮索は、これを聴いたらどうでもよくなる。分かる人には分かる、なぜなら、聴けばそこに答があるから。聴いてそれを詮索したくなった人には、このアルバムは向かない。古典から現代の映画音楽まで作品の幅は広いが、この演奏では、どの曲もすべて彼女の超個性的・天使的・堕天使的ダイナミズムとテンポルバートが仕込まれていて、全く違和感がない。完璧な統一性に貫かれ磨き抜かれた表現だ。これはとんでもない個性と存在の深奥、臨界にまだ達した演奏なので、聴く人を選ぶかもしれない。ガッツリとした明確なピアニズムが聴きたい人には向かない。また、良質なオーディオが必須だ。チャチな音環境で聞けば、何だかなさけないぐにゃぐにゃした鮮度が足りない演奏に聞こえてしまう。しかし、紛れもなくブニアティシビリは天才表現者で、アルゲリッチを超えている。ユジャ・ワンよりすごいと思う。クレーメルが目をつたのは彼女の美貌ではなく、そのピアノ表現であることが納得できる(YouTubeで見る限りは、ピアニスト界のキャリパミだからね)。平凡だが「すごい」の一言だが、この「凄さ」を人に伝えるのが難しい。言葉が極端に傾いてしまう。魂が感動したものは、なかなか言葉に表現しにくい。これは本物の神業だということで逃げるしかない。彼女のアルバムが伝えいるものは、人類の音楽芸術がここまで深化したという記録の1ページであることは確かだと思う。21世紀になってから、音楽の世界では新人類が続々と出現して、私のような旧人類は目を白黒させているだけだが、まさにその新人類の表現者としての最先端に彼女の音楽表現があると思う。おおげさなことを書いてしまったが、本物を、最高芸術を聴きたい人に自信をもってお勧めします。ぜひ聴いてください。なお、このページに各曲の情報がないので、追記しておきます。▼1)バッハ:アリア「羊は憩いて草を食み」▼2)チャイコフスキー:10月:秋の歌(四季から)▼3)メンデルスゾーン:失われた幻影 嬰ヘ短調▼4) ドビッシー:月の光▼5)カンチェリ:映画「アーモンドの花咲くとき」メインテーマ/6)リゲッティ:ムジカ・リチェルカータ第7番▼7)ブラームス:間奏曲変ロ短調 作品117-2▼8)リスト:子守唄▼9)ドボルザーク:スラヴ舞曲ホ短調 作品72-2▼10)ラベル:亡き王女のためのパヴァーヌ▼11)ショパン: 練習曲嬰ハ短調 作品25-7▼12)スクリャーピン:練習曲嬰ハ短調 作品2-1▼13)スカルラッティ:ソナタ ホ長調 K.380▼14)グリーグ:郷愁)▼15)カティア・ブニアティシィビリ:あなたは私を愛してないの?▼16)ヘンデル:メヌエット ト短調 HWV439▼17)ペルト:アリーナのために

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     2014/04/20

    たいへんに個性的な演奏です。テンポルバートの天才ですよね、ルイサダは。ショパンのノクターンなんか崩壊寸前までテンポが伸びたりしますが、ここでも、ダサくなる直前までやってくれてます。が、その趣味がいいこと(人によってはダサくて悪趣味と感じるでしょうが)、私は大好きなんですね。絶対にフツウには弾かない。最初のバッハからして、ブルーノワルターがやったらこんなふうになるんじゃないかという運び。テンポの揺れが、ものすごく人間のハートを感じます。モーツァルトなんかは変奏曲がたまらなく揺れていて、魅力の塊です。月光は3楽章を聴き比べてみました。ブレンデルはふつうできれいになっているだけでした。グールドは折り畳むようにタテの切り込みはするどく鮮烈ですが、こぢんまりしてました。コルテスクはするどく早く強烈なアクセントですごいです。そしてルイサダ、スケールが一枚上です。風格があり、ダイナミックも大きく、まさに巨匠の音楽です。その印象の要因は、SACDの音の影響かもしれません。ゴリゴリしたり、コソコソしたりする打鍵のときの細かい音まで聽こえてきます。指タッチの微細な動きが見えるようです。それがプラスに働いているのだと思います。

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     2014/04/19

    どんな音楽なのだろうと興味津々でしたが、最初は、「ありゃ?なんだ?ショパンてこんなのだったかぁ?」でした。とにかく、一度目は音響として流し聞き。「ふんふん、こんなフレーズあったよな」という印象。とにかく、聞き慣れた「24の前奏曲」を聴いているという感じがまったくしません。似たようなメロディとか、音の運びとか、そういう親しみはあるものの、まったく別な曲を聴いている印象です。そこで、ショパンとか前奏曲とか、そういう前提を捨ててきくことにしました。すると、オルガンの音色がとても繊細でカラフルなことに気づきました。残響が多いためかこまかなパッセージはごった煮の印象がありますが、ギラつくことなく微細で大音響よりもそういうところのほうがなんだか魅力的です。しかも、ショパンですから、音楽の運びも親しみがあり楽しんできくことができました。ただし、やはり「これはショパンではないな」というのが印象です。ショパンはやはりピアノでないとショパンにはならないのだと思います。オルガン演奏は否定しません。これはこれで、とても気持ちよく聞くことができました。しかし、ショパンじゃないです。まったく別物です。オルガンの曲としては、たいへんに華麗な響きで斬新だと思います。オルガンが好きな方には大推薦ですが、ショパンを聴きたい人にはすすめられないですね。私はそれでも、こういうのは大好きです。SACDの音も、間違いなく深々として良質ですよ。

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     2014/04/19

    LPのころから親しんできたものです。30年くらい前に、はじめてCD化された日本製を購入しましたが、ノーマライズ効果が利きすぎて全体に音が大きく、高弦はギラギラして歪みっぽく、ラジカセ仕様の音にがっかりしました。こんな音ではブルックナーに聞こえません。その後、新宿のユニオンだったか、1991年製のドイツ盤を見つけ購入して聞いてみたら、やっとLPと同じバランスのシューリヒトのブルックナーが聞こえてきた嬉しかったことを覚えています。
    今年になって、はじめてSACDから88.2を光で取り出せる装置を入手できたので、フルデジタルアップで再生すると、明らかに高品質の音がすることを体験し、ブルックナーの基本となっているシューリヒトの超名演を聴きたくなりました。これ、価格がものすごく安いです。
    聴くと音量が少し大きめに聽こえました。ダイナミックレンジは、LPの当時とだいたい同じなので、おそらくマスターからこういうバランスなのでしょう。マスター自体がある程度ノーマライズされていて、最新録音のようなダイナミックレンジが不足しているのはしかたないですね。50年以上も前の録音ですから。
    ドイツプレスの古いCDと比較しました。
    CD層は、古いCDとほとんど同じに聽こえました。
    SACDは、あきらかに全体的に鮮烈で音に輝きと勢いが増し、芳醇です。比較すると、CDの音が寝ぼけて聽こえます。あきらかに、音楽表現もあがりました。しかし、最新録音と比較すると、ヴァイオリンの音が荒れ気味など古さを感じます。しかし、シューリヒトの過不足ない自然で鮮烈な響きが心地よく明瞭に聽こえてきて、感動しました。ほんとうにすぐれた、何度聴いても飽きないすぐれた録音です。

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     2014/03/16

    これまで何度もマーラーにチャレンジしてきましたが、「大地の歌」以外の交響曲はまとめて通して聞けたのは、生のバルシャイが日本のオケを振った6番くらいで(生なので途中放棄不可)、確かにこの演奏は佳演でとってもよかった記憶がありました。しかし、CDでいくつか買ってみました、とても魅力的なところがたくさんあるマーラーなのに、不意にドカンバシャンとやかましく鳴り響くマーラー節にいつも途中でウンザリして放り出してばかりでした。
     後藤ユニットの巨大ホーンでPC再生しているモーツァルト狂の友人が、インバルのマーラーの5番のワンポイント収録のCDがすごいと言って、マーラーを聞き始めました。それに私もちょっと刺激を受け、つい最近、SACDプレーヤーのHDMI出力による光分割のスプリッタを入手し、フルデジタルアップに送ったところ、88.2Kの入力ができることが判明して再生させてみると、はじめてSACDの音の緻密さや静けさ、倍音のひろがりがあることを実感しました。それで、マーラーをSACDで聞いてみたいと思い、インバルは高いので、評判のよいこのノット版を注文してみました。
     聞いて私は驚きました。このレビューのなかには、録音がたいして良くないとされた方も何人かいらっしゃるようですが、私の耳が悪いのかどうか、88.2〜フルデジタルアンプからドライブされたバックロードホーンを駆動するアルペア7の音響は、静けさと深さとどんな個所でも明瞭に聞きとれる各楽器の分解能といい、ドカンと鳴ったときの混濁のない明瞭な一体感のある響きといい、たいへんに見通しのよい立体感のある優れた録音だと思いました。
     CDの音も聞き比べましたが、こちらも少し腰が高くなることと、静けさではなくわずかに騒がしさが出て、奥行きなどの表現が甘くなり、すこしひらべったい響きになりますが、CDとしては鮮明でピカ一の音です。それよりも、88.2でありながら、SACDの音響は、ほれぼれするほど魅力的だということなのかもしれません。
     ところが、そんな音の良いことが関係しているのかいないのか、何と、聞き通せなかったマーラーを、私はずっと何度か耳を傾け続け、聞いてしまいました。こんなに興味深くマーラーの交響曲を聞けたのは、ひょっとしたら初めてだったかもしれません。どなたかのレビューにも、ふだんマーラーが聞けないのに、ノット版は聞けるというコメントがあり、まったく同じ経験をしました。とにかく、ノットという指揮者のことはよく知りませんが、棒の運びがものすごくうまい人で、ごちゃごちゃと何を言いたいのか分からないマーラーの音楽を、見事に見えるようにキレイに整然と聞かせてくれているように思います。しかも、奥深いエネルギッシュな響きを伴ってもいます。レコ芸では、宇野先生もベタぼめでしたが(7番でしたが)、その理由がわかりました(宇野先生は、ノットの5番はどう評価されたのでしょうか?)。おそらく、私が嫌いなマーラーの支離滅裂な爆発を、ノットは意味のある響きにきちんと翻訳して表現しているのだろうと思いました。こういうふうにマーラーの音楽を振れる(編集できる)指揮者は、稀ではないかと思います。音がよいだけではなく、やっと、マーラーの音楽を堪能できるチャンスが私にやってきたのだろうと、64歳にもなってはずかしいですが、とてもうれしい気分です。HMVの方々、ありがとう。

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     2014/03/04

     ずっとセール価格か、まとめ買いで安くなるのを待っていましたが、とうとう堪忍袋の緒が切れた。ほしくてほしくて買ってしまった。ルイサダは軽井沢で録音してSACDにするのが好きなようだ。どうしてSACDにこだわるのか、今回はやっとその意味が私にも納得できました。

     ルイサダの「鱒」、案の定、ばつぐんのセンスでテンポを揺らし続けるルイサダのピアノは、弦にしっとりと絡んで決して出っ張ってきません。自然の風や水面のように微妙にやわらかく揺れていて、いのちの柔軟さが感じられる個性的で広大な演奏です。生き生きとした清潔な息づかいが、豊かな響きのなかに波紋のように広がっていてます。弾力性のある音楽こそが、ルイサダの最大の魅力だと思います。シューベルトもしっとりと最高の味です。

     SACDを私はパイオニアの超安DVDプレーヤーのHTMI出力から掟破りの変換器で光を取り出し、ここから出てくる88.2k信号をそのままフルデジタルアンプ(デノン製で信号認識)に入れて、聞き出しました。特殊な変換器が入手できたから実現した、奇跡的な幸運です。ハイレゾの音データを、PCとかUSBなどを経由せずに、直接デジタルデータをそのままアンプでデジタル増幅するこのシステムは、ピュアそのものの音を実現します。ルイサダのSACDでは、CDの10倍くらい豊で柔らかな倍音を堪能できました。
     
     

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     2014/02/04

    バッハの無伴奏チェロ組曲の新しい1992年録音を愛聴していたが、このボックスには1979年録音もあって、新旧録音が比較できるのが嬉しい。他にバッハのチェロソナタやヴァイオリンの無伴奏をvioloncell piccoloという小型のチェロだかガンバのような楽器だか、私はその区別をよく知らないが、ほんわかとする音色で弾かれたものや、ふんわかと羽布団にくるまったようなヴィヴァルディのチェロソナタなんかも聴けて、至極の時間を過ごすことができた。
    バッハの無伴奏の新旧は、旧がおおむね高速テンポで羽のように軽やか。新はおおむねテンポがゆるやかで、ディテールが極限までナイーブ。早いところのおしゃれなセンスはもちろん抜群で、無類。重い、ゴツいチェロでない、まさに天才でしかできない品格とセンス、そして奥深い精神性を味わうことができる、最高の音楽。古楽器だからどうとかは、どうでもいいね。ビルスマのチェロは微細なテンポルバートだらけだけれども、それは自然の揺らぎそのもののようで、緩急も強弱も風や光や水辺の流れのようにデリケートに変化して、ついにその表現に飽きることはない。それは何度聴いても味わい深い。バッハの無伴奏の新旧録音の聴き比べが、存分に楽しめる幸せよ、ありがとう。

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     2012/10/19

    まず、このボックスは驚くほど安い。で、チェリビダッケのブルックナーだが、確かに演奏は凄いとは思うが、私はどこかに違和感を感じている。3番や4番は、丹念な音響だがとても冷たい。7番も冷たい。8番なんかはいいかもしれない。かつてはすばらしい演奏だと聴いたが、朝比奈やらシューリヒトやらクナッパーシュブッシュに慣れた耳には、別ものだ。あまり考えたくないが、チェリビダッケというのは、精神性や心の内面の表現者ではなく、表面の物理的音響の美学を追究した表現者ではないだろうか。同じ路線の代表者はカラヤンだが、フルトヴェングラーの後継者というのはまったく違っていて、彼は音響主義者ではないだろうか? ブルックナーが構築した建物は、じつに立派に見せてくれるが、その建物のなかには、人というか心というか、魂というものが抑圧されているように見える、いや、聴こえる。ブルックナーには、どんなに鈍重でも、自由さや明るさが表現されないと、私は楽しめない。しかし、音響的表現では、随所に美しく厳しい響きがある。録音は、まあまあか。しかし、これだけ聴けてこの値段は安い。ミサ曲はなかなかよいかも。

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     2012/10/19

     衝撃のショパン。ここまで抉られてもショパンの魅力はいや増して聴こえてきた。これは奇跡としかいいようがない。
     1曲目は作品64の2のワルツ。ユジャワンが最近のアルバムで艶やかな名演を披露してくれたが、ブニアティシビリは急激なテンボルバートと絶妙なディナミックで聴こえないほどのピアニッシモを交え、メランコリーを表現している。ユジャワンもいいが、これはもっと過激でキュートでデリケート(あ、ルイサダも味わい深くていいんだけど)。
     つぎに2番のソナタが鳴る。もうこれは凄いの一言。テンポルバートは急峻。強弱もメチャ過激だが、曲想がまったく乱れない。がっちりと構えができていて、立体感が明瞭なのだ。ここまで伸び縮みが激しいと、ショパンにありがちな乱れや崩れた弱さがありそうだが、その弱い印象が全くないので奇妙である。ショパンの音楽の魅力がいや増している。しかも音楽の魅力はいっそう深まっている。まるでリストのように立体的に聴こえるところすらある。1970年ごろのアルゲリッチの名演と比較してみた。録音の問題はあるが、ブニアティシビリの表現は、アルゲリッチの奔放さを大きく凌駕していた。ディナミックの繊細さ、テンポルバートの絶妙さ、表現の奥行き、緩急の激烈さ、突如の疾走と急停止、そんな危うい表現が、どれもが自然に絶妙に蠱惑的にピタリと決まっている。はっきり言って、やはり彼女はアルゲリッチを大きく凌駕している天才だ。随所に聴こえてくるピアニッシモのピアノの美しさと言ったら譬えようがない。2番のソナタをこれほど堪能したことはない。バラードの4番も同様。
     つぎ、2番の協奏曲ももちろんいいが、やはりブニアティシビリはソロがいい。最後はマズルカで締めてあるが、これがまた独特の味わい。ルイサダもよかったが、まったく違ってこれは氷の世界のようなファンタジーに満ちていた。決めては随所に表れるピアニッシモの微妙なタッチだ。本格的なオーディオでないと分からないかもしれない。
     ルイサダにも求めたいが、早く彼女の24の前奏曲を聴いてみたい(ポリーニは要らない)。おそらく、チョン・キョファがそうであったように、こういう天才的表現は、若い感性と肉体があってこそ成し得る奇跡だと思う。
     このCDは、パソコンに挿入すると、数分間のイメージ映像を見ることができる。モノクロの映像はノスタルジックでニヒルな陰りの美しさを楽しめた。ブニアティシビリは女優でもいける美貌持ち主。つぎ、彼女は何をやらかしてくれるだろう。

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     2012/03/18

    ちょい聞きしたところ、悲愴も月光も軽そうでがっかりした。とくに月光の1楽章はやたら早くて拍子抜け……と思ったが、ともかくオーディオで聴いてみて、ちょい聞きの感想は全面撤回。悲愴の1、3楽章はテンポが早いが、音離れがよい軽快なタッチが痛快で心地よく、2楽章は早いが独特のテンポルバートで実に濃厚。ブラームスの間奏曲の陶酔感を思い出す。月光もあっさりしているようだが、隠し味のようにルバートが効いて絶妙。意外だったのは、熱情。なんと、テンポがガクンと遅い。ブレンデルが25分くらいなのに、グールドは30分以上で、じっくりとガツンと岩を抉るほどすさまじく、厳かなアゴーギクからは、神々しい光が滲むよう、それは、ワーグナーの音楽を聴いているような印象すらした。恐るべき名演。これが1960年の録音だという。こんな感動を味わえるのは、鮮烈な録音の賜物でもある。

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     2012/03/17

    ウワサはずっと耳にしていた。昨年BS3で、ブニアティシビリに焦点が当てられていたヴェルビエ音楽祭というのを見たが、ユジャ・ワンは脇役だったので、その実力は半ばだった。しかし店頭で、この悪趣味の黒い羽をまとった毒々しいユジャ・ワンの新譜を見つけて衝動買い。ラフマニノフからギクリとさせられる鋭利な打鍵に思わず仰け反る。切れ味は剃刀のようで、正確無比(のようにピアノをろくに知らない私の耳には聴こえた)。さらに曲想は山間を流れる激流のように澱みなく流れる。テクニックの見事さは、耳を洗われるように新鮮。しかも留まることがない変化し続けるやわらかな情感まで醸す。ダイナミクスの振幅の凄さ、爽快さ、駆け上り、一気に下降するアクロバテックな至極の技は隅々まで冴えわたり、一点の濁りもない。どんなに激しくむずかしいパッセージも、ほとんど完璧に混濁なく聴こえる。これは録音が良いからではない。ピアノそのものが見事な解像度で鳴っているからである。ここまで鮮烈にピアノを弾くことができる人は他にいるのだろうか? ウワサの実体をようやくこの耳で聴くことができた。中でも、ウルトラCの曲芸のようなシュトラウスのポルカのあとに流れて来たショパンのワルツの、なんというデリカシー。ピアニシモのデリケートなテンポ・ルバートに酔いしれた。テクニックが抜群なだけではない、艶やかな情感の美音が胸に刺さる。
    ブニアティシビリといい、ユジャ・ワンといい、これほど若くて美しいピアニストが出てきている21世紀。人間が、確実に進化をしていることを実感させてくれた1枚。

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     2012/03/11

    いつかNHK丁Vの深夜放送でルイサダのスーパーレッスンを見て、この人のショパンだったら聴いてもよいかも……と思ってから何年経ったか、このCDの宣伝を見て、ハッと思い出して、買ってみた。正直に言うと、私はその時還暦、ショパンを敬遠していた。だからだろう、マズルカは聴いてみる気がしたのである。そして知った。渋い。渋さが半端じゃない。コトコトと煮込んだ熟成したスープの何とも言えないようなトロ味のように、耳から心へと、その渋いショパンは私を虜にした。ルイサダとともに、ショパンがどれだけすばらしい作曲家なのかを、知るのではなく、感じた瞬間である。それから、ブルックナーを忘れて、ショパンを聴き漁ったのは言うまでもない。まだまだ甘いかもしれないが、聴き込んで知ったのは、ルイサダはマズルカが一番得意なのではないかということ。別なCDに、チャイコフスキーのマズルカもあるが、これもものすごくコクのある美しい演奏だ。3拍子なのに、ワルツとはまったく違うリズムに聴こえる。とくにルイサダの演奏では、3拍子ということすら気づかないような、特殊なリズムに聴こえる。いつ聴いても味わい深い傑出した演奏である。

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     2012/03/11

    4番のコンチェルト、期待以上に深く響いて、どこか懐かしい香りがした。あたらしい響きなのだろうが、どこか鄙びた風景が見える。今日の演奏にありがちなツンとしたところやバリッとすかしたものではない。なぜか、ブルーノワルターを聴いた感触。たぶん全然違うかもしれないが、そういうコクのある味わいの演奏。フランスの田舎の味わいかも。そしてベートーベンのソナタ。悲愴はブレンデルと比較。ルイサダは呼吸が深くテンポが微妙に揺れるが、フレーズが明確。テンポルバートの天才ルイサダの妙技は、サラッとして美しいブレンデルの演奏がうすっぺらに聞こえるほど。悲愴がコクと煌めきを伴って、これほど彫深く響くのは聴いたことがない。圧倒的に熟成した大家の風格だ。30番は内田光子と比較。おやっ? この二人のアプローチはかなり似ていた。内田の陰影に富んでテンポを揺らす慈しみに満ちた歌い方が、ルイサダに被る。が、内田の流れのよい小走りのテンポ感とは異なり、ルイサダはテンポを小刻みに止める。足取りを時々振りかえるようにフレーズが止まる。せっかちな人は、流れが悪いとイライラするかもしれない。しかし、この微細な「間」の取り方は、遅いテンポで怪演をする有名なピアニストのそれとは違い、センス抜群であり、その上、人生の諦観を感じさせるほど深く激しい抉りのアクセントも印象に残る。ことに3楽章、テンポはどんどん遅くなり、悪魔の咆哮のさながらのすさまじい響きに、魂をかっさらわれるほどの恐怖も走る凄演である。ルイサダはショパンが上手い優男ではない、とんでもない巨匠の風格を備えた表現者である。

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