Top 100 Japanese pops Artists - No.52

2003年10月10日 (金)

今なお、強烈な存在感と圧倒的才能をみせつける吉田美奈子
1969年、16歳の頃、当時交流を持った音楽家等の勧めにより楽曲制作を始め、間もなくシンガー・ソング・ライターとして、ライヴ中心の音楽活動を開始した。そこから、彼女の音楽人生が始まる。

1973年、アルバム扉の冬で本格的なデビューの後、現在までにオリジナル・アルバム(ライヴ盤とベスト盤を除く)16枚と、映像収録のライヴ盤を2作品リリースしている。ジャンルを取払った自由自在な音楽活動は、クオリティーを保ちながら個性を発揮するミュージシャンズ・ミュージシャンとして、多方面 から尊敬を集め、常に高い評価を得ている。

最近では、『avex io』への移籍。そして、5年ぶりのニューアルバムStableの発売や、それにともなう記念ライブ、さらに奇跡のBells(1986年に1枚1枚に製造番号を入れ限定3000枚のみ作られ販売された幻の名盤)の再発など、完全復活を遂げた彼女。

幼い頃から木に登り哲学する毎日を過ごし、アレサ・フランクリンを聞いて音楽に開花。自らを「ボク」と呼び、歌/プロデュースだけにとどまらず、アート・ディレクションから予算管理にまで首を突っ込む完璧主義者。

そんな吉田美奈子は、10代半ばからはっぴいえんど周辺のサークルに出入りする早熟な少女だった。73年に細野晴臣率いるキャラメル・ママをバックにした扉の冬でデビュー。シンガー・ソングライター的側面が強調されたこの作品で彼女は、「日本のローラ・ニーロ」と形容され、ニュー・ミュージック時代の新たなシンガーとして注目を集めた。

その後アルバムごとにソウル/ファンク色を強めていき、山下達郎とコラボレイトしたTwilight Zone、ジーン・ペイジ、デヴィット・T・ウォーカー、ワーワー・ワトソンといった達人たちが参加したL.A.録音の愛は思うまま、フュージョン風のサウンドを取り入れたモノクロームなど黒人音楽を昇華し、さらに自分の中で深化させた傑作を次々と発表する。

80年代中頃にはプロデューサー/ソングライターとしての才能も開花させ、中森明菜薬師丸ひろ子西城秀樹などを手がけている。90年代に入ると打ち込みを取り入れ、硬質な響きをもった「精神的ゴスペル」とでもいうべきジャンルを確立した。現在もオルタナティヴとポップの境界を軽々と飛び越えてしまう彼女の個性は、鋭角さを増し続けている。

※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

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吉田美奈子

ユーザー評価 : 4点 (5件のレビュー) ★★★★☆

価格(税込) : ¥3,240
会員価格(税込) : ¥2,981

発売日:2002年10月09日

  • 販売終了

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