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ココパナ さんのレビュー一覧 

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     2021/03/11

    録音史上最高のベートーヴェン後期3大ソナタ。それは、ウラディーミル・アシュケナージの1991年録音版。・・・以上が、ウィルヘルム・バックハウス、ウィルヘルム・ケンプ、ジョン・リル、スティーヴン・コヴァセヴィッチ、フリードリヒ・グルダ、ディーノ・チアーニ、横山幸雄、ミヒャエル・レヴィナス、グレン・グールド、スヴャトスラフ・リヒテル、アルフレート・ブレンデル、ベルナルド・ポミエ、マウリツィオ・ポリーニ、ルイ・ロルティ、ダニエル・バレンボイム、ミヒャエル・コルスティック、アナトリー・ヴェデルニコフ、アンドラーシュ・シフ、エフゲニー・コロリオフ、アレクサンドル・タロー、スティーブン・オズボーン、イェネ・ヤンドーの各録音を真摯に拝聴させていただいた上での結論となりましたので、ご報告いたします。

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     2021/03/10

    1962年、フランス生まれのピアニスト、ジャン=エフラム・バヴゼが2006年から2009年にかけて録音したドビュッシーのピアノ作品全集は、私見では、当該全集として、現在入手しうる最高のものだ。バヴゼのピアノは、常に適度な柔らか味があり、それゆえの中庸、人肌といった形容にふさわしい感触をもたらす。暖かく、聴き味が自然。かといって、それは模糊としたものではない。印象派の音楽を弾くにふさわしい輪郭線のシャープネスを併せ持っていて、それゆえに陰影の描写と情感の表出の両面に過不足の無い調整が出来る。その結果聴くことができるドビュッシーは、バランス感覚に秀でているとともに、現代的な感覚美をまとっていて、どこを聴いても上々といった塩梅なのである。中でも見事だと思う楽曲は、前奏曲集では第1巻第12曲の「ミンストレル」、リズムが鮮やかでありながら、機敏に反射する音色の変化が絶妙で、心打たれる。版画の第2曲「グラナダの夕暮れ」、神秘的な持続音は、とこかピンと張り詰めながら、音が発せられるたびに周囲に同心円状の美しい軌跡を描いていくようで、魅了されるところだ。組曲「子供の領分」の第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」では細かい音符がおりなすモザイクが、瞬時に反射する光の色を変えていくような目覚ましさがある。また、全編に渡って、力強さを求められる作品であっても、力押ししきってしまうことを避ける抑制が働き、ドビュッシーの芸術作品に相応しい響きが達成されている。加えて、通常このような全集では収録されることのないバレエ音楽のピアノ・スコアについて、演奏・録音されているのも、当全集のメリットである。

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     2021/03/10

    スメタナという作曲家を「わが祖国」だけで、わかったような気になってはいけない。私は当盤でそれを教えられた。そもそも、「わが祖国」という、牧歌的、あるいは民族伝承的なイメージのあるスメタナであるが、彼の生涯は苛烈で、特に晩年は疾病により、聴力を失うという悲劇に見舞われた人物である。そして2曲の弦楽四重奏曲は、聴力喪失後に書かれた。ベートーヴェンとの共通性を指摘するのが妥当かどうかわからないが、スメタナのこれらの作品にも、恐るべき精神的な深さを感じさせる諸相が刻み込まれている。もちろん、厳しさ一辺倒というわけではなく、スラブの舞曲に端を発する旋律の挿入もあるが、全体としては、きわめて峻厳だ。そして、パヴェル・ハース四重奏団という、おそらく現在世界最高峰の四重奏団が示したアプローチがとてつもなく凄い。鋭く、一部の隙も無い緊密性と、圧倒的な音圧で、この2曲の楽曲が宿す運命的なものを描きつくしたのである。2曲併せて収録時間が47分というのは、現在の感覚ではとても短く感じられるが、そこで鳴る音楽はきわめて濃密で、聴き手にもたらされる情報の量と質は、とても収録時間で語れるものではない。現代の室内楽界を代表する名録音。

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     2021/03/10

    1968年ハンガリー生まれのピアニスト、ヴァーリョン・デーネシュが2011年録音したアルバム。収録曲が面白い。ヴァーリョンはこれらの3つの作品の間に、時と場所を越えたある種の芸術的親近性があることを指摘している。リストがピアノ・ソナタで描いた世界、そこで世に問うた先見性は時を越えてベルクのピアノ・ソナタへ宿っている。単一楽章の構成の中に存在する様々な小構造、またそれらの連続によっておこる不思議な美と感覚的不安定さの交錯。そして、ヤナーチェクの「霧の中で」もまた、不思議な揺らぎと、解決の明瞭ではない和声の拡散がある。それらの曲の特性が、収録曲内で、形を変えつつも共有される性質であることに気づかされる。単純に楽曲の組み合わせが面白いというだけでなく、ヴァーリョンの演奏も見事なものだ。スリムで流れの良いピアニズムで一貫しているが、これらの楽曲における上記の特徴的な側面がしっかりと意味づけられた響きに彩られていて、アルバムを一通り聴くことで、なるほどと思わせてくれる。アルバムとしての構成の意図に、「気づき」の魅力を最大限に盛った、知的な魅力に溢れた一枚だ。

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     2021/03/10

    1980年ペテルブルク生まれのピアニスト、エフゲニー・スドビン。目立ったコンクール歴はないものの、その実力は確かだ。BISレーベルが早くに彼の才を見出し、契約したのは、まさしく先見の明だろう。当盤はスクリャービンのピアノ独奏曲を集めたアルバムだが、そこでスドビンはなんとも艶めかしい演奏を繰り広げている。そう、この演奏は艶めかしい。それは、スクリャービンの音楽を魅力的なものとするまたとない要素だ。「情」をあやつる色彩と感性に恵まれないピアニストがスクリャービンを演奏しても面白くない。私は、スクリャービンこそは「弾く人を選ぶ」典型的な作曲家だと思っている。そして、ロシア出身のピアニストに偉大なスクリャービン弾きが集中している。ソフロニツキー、アシュケナージ、マルグリス、カステリスキー、ヴァウリン、ニコノーヴィチ、メルニコフ。私が心を強く動かされるスクリャービンは、彼らの演奏。そして、そこにスドビンも加わる。スドビンは磨き上げた弱音で、突き通るようなタッチを繰り広げる。さらに多彩なペダリングで、さながら重力を自由に操るかのように、加減速をまじえ、強弱をゆらめかす。その様はまさしく「艶めかしい」。ことにソナタ第5番はいままで聴いた録音の中でも、もっとも妖艶な響き。ぜひともスクリャービンのピアノ独奏曲を全曲録音してほしい。

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     2021/03/10

    個性的な解釈でしられるノリントンの最高傑作として、当録音を推す。ノリントンはかつてピリオド楽器によるオーケストラを指揮して、いわゆるピリオド奏法に基づいた解釈を披露してきたのだが、1997年に現代楽器のオーケストラであるシュトゥットガルト放送交響楽団の首席指揮者となって以降、現代オーケストラをノンヴィブラート主体のピリオド的奏法によってドライヴすることによって、数々の特徴的な録音を世に送り出してきた。私もそれらの録音のうち、全部ではないがかなりの数の録音を聴いた。正直言って、ちょっと奇をてらい過ぎというか、あざとすぎる面があって、面白いところがあるとは思うものの、心酔するといった経験はほとんどないのであるが、このシューベルトは素晴らしかった。おそらくシューベルトの第9交響曲という作品が、ノリントンの解釈と元来良い相性を持っていたのだろう。独特の間合いのフレージング、間隙の多くある素朴な明るさのある響き、しかし時に鋭く差し込む全合奏。そういった要素が、起伏に富んだコントラストを演出し、メリハリ感が楽曲の魅力を活かす方向で助長されている。だから、聴いていて楽しくて美しい。今や私のシューベルトのハ長調交響曲における愛聴盤となるに至った。

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     2021/03/10

    エマニュエル・アックスのピアノ及び弾き振りにより、ハイドンのピアノ協奏曲3曲とピアノ・ソナタ12曲を収録したもの。ピアノ・ソナタに関しては、メジャーな作品でありながら、収録されていないものもあるが、演奏は素晴らしく、ハイドンのこれらの作品の入門にも適しているし、これらの作品をじっくりと聴き込む目的であっても、満足させてくれるもの。私は、古典派の器楽作品では、ハイドンとクレメンティの作品について、もっともっと録音されたり、鑑賞の対象になる機会があっていいのではないか?と思っているが、当盤を聴いていただけた方であれば、賛成いただけるのではないだろうか。ことにアックスのピアノは色彩的で、チェンバロやフォルテピアノによる演奏と比較にならないぐらい聴き味に幅があり、愉悦性が高い。聴いていて楽しい、というのは、ハイドンの作品を演奏するにあたって、非常に重要な要素である。第29番や第31番ではそれゆえの情感が豊かに表出している。第35番は俊敏性に富み、第47番や第49番では劇性の高い表現が十全な機能美をともなって繰り広げられる。疾風怒濤期の象徴的作品である第32番はそのフレーズの明晰さに惹かれる。50番台後半から第60番にかけてのソナタでは、規模が大きくなるとともに、表現手法も多様さを増し、音楽史において、ベートーヴェン時代における飛躍への布石ともいえる位置づけが出来るが、アックスの演奏を聴くと、その発展性が萌芽しており、相応しさに満ちている。3つの協奏曲も素晴らしい。これらの楽曲も、楽器や演奏によっては退屈を感じさせるところがあるのだが、アックスの演奏においてそれは杞憂。時に機転の利いた表現をまじえて、ハイドンの鍵盤音楽の楽しさをしっかりと伝えてくれる逞しい名演となっている。

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     2021/03/10

    いきなりで恐縮だが、当盤の目玉はブルックナーの交響曲第5番だ。もちろん、ベートーヴェンもシューマンも素晴らしい。中央ヨーロッパにおける正統的伝統を汲んだ本格の演奏とはこういうものだ、と端的に示したような、純粋な名演だ。ただ、私がとにかく大きく心を動かされ、今もってこの曲を聴くならなんといってもこの演奏だ、と思い続けているのは、コンヴィチュニー指揮のブルックナーの交響曲第5番なのである。私はこれをDENONの国内盤で持っている。当該曲のみが収録された2枚組のCDだ。これを何度聴いたことか。序奏から導かれた導入部の音の伽藍の素晴らしさ。気風の良い、快速でありながら堂々たるテンポ。美しい弦のグラデーションを背景になる透明な木管。それらが組み合わさって、ブルックナーの音楽がもつ古典性が、美しい様式美をまとい、厳かな雰囲気で提示される。この演奏を聴いてしまうと、他のどんな演奏を聴いても、「まだまだ詰め切れていないなぁ」と感じてしまうので、ある意味罪な演奏なのかもしれないが。。。そんな超名録音を13枚中の2枚に配して、さらに定評あるベートーヴェンとシューマンである。古典音楽ファンであれば、まずは何を置いても押さえておくべきBox-setであると確信する。

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     2021/03/10

    リストの「巡礼の年」全曲を収録した3枚組のCDというのは、あまり多くはないと思うが、当盤は演奏も抜きんでて素晴らしいと感じさせるもので、圧巻である。フランスのピアニスト、ベルトラン・シャマユは1981年生まれなので、2011年の録音時30歳ということだが、技術に優れているというだけでなく、リストの時に巨大で、時に暗黒的な作風を、鮮やかな手腕でまとめて、一つの完成した形で披露するという点において、素晴らしい完成度を示している。シャマユの繰り出す音色が美しいことは言わずもがなだが、その美しさを維持した強靭さ、そして、全体的なバランスの良さ、そして、構成感を引き立たせる明瞭さがある。この作品集においては、しばしばリスト特有の複雑怪奇な要素が入り組んでくるのであるが、シャマユの手にかかると、そこに実にシャープな切り口が与えられ、鮮明な像のようにイメージ化され、聴き手に送り届けられる。もちろん、その点に関しては、これらの楽曲をそこまで解明して提示してしまうのは、いかがなものか?という考えもあるだろう。しかし、私はこの演奏を聴いて、とてもスッキリした。そうか、こういう曲だったのか、と気分爽快である。リストの生誕200年にあたる2011年にこのような録音がなされたことは、音楽ファンにとって福音である。

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     2021/03/10

    セザール・フランクの作曲活動は晩年に集中している。音楽教師兼オルガニストであったフランクは、ダンディやショーソンという大音楽家を育て上げたのちに、「退廃して不毛になった音楽界に、そろそろ本物を示してかないとね」の言葉とともに、今度は「作曲」に活動の主軸を移す。以後、数々の名品を生み出されることとなる。今になってフランクの生涯のことを調べてみると、まるで生まれた時からすっかり自分に与えられた役割をわかっていたかのような、不思議な足跡を追うことになる。神がかり的・・・とてもいいたいほどに。そんな彼が晩年に残した名品たちは、無類に美しく、時に神秘的だ。当盤で、ルガンスキーは、それらの作品の精神性に相応しい気高いアプローチを示す。透徹され、結晶化しきったピアノの音。澄んだタッチは、あたりの空気を一瞬で荘厳なものに変え、人知を超えたと表現したくなるような作品と演奏家との語らいの時が流れていく。それは感動的な体験だ。「前奏曲、コラールとフーガ」の澄みきった余韻から溢れてくる情熱、「前奏曲、アリアと終曲」の巨大な構築的美観、そして、心が研ぎ澄まされていく中で、暖かくも悲しい情緒が折り重なっていく「前奏曲、フーガと変奏曲」。ルガンスキーの強靭な技術と芸術的精神が、このマジカルな演奏を可能なものとした。

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     2021/03/09

    2019年で音楽家としての活動を終えたアシュケナージ。アシュケナージの録音でクラシック音楽に開眼した私にとって、その出来事は衝撃的であったが、その一方で、アシュケナージは、自身の活動について、満足と納得を見出したに違いない、という思いもあり、それは祝うべきことなのだろう、と思った。

    私にそう思わせたアシュケナージの活動晩年の録音が2点あって、一つはフィルハーモニア管弦楽団を指揮した彼の指揮活動の集大成といえるラフマニノフの交響曲シリーズ。もう一つがこのドビュッシーである。

    当アルバムにはドビュッシーの前奏曲全2巻の全曲が収録されている。重要なのは、第2巻が1971年のライヴ録音、第1巻が2017年のスタジオ録音だということだ。両録音の間には、46年という時間差がある。34才だったアシュケナージの録音と、80才になったアシュケナージの録音。

    私は、かつてアシュケナージが録音したドビュッシーの「喜びの島」に魅了され、アシュケナージがライヴで弾いたという前奏曲集第2巻の音源を探し求めたことがある。2週間おきに発売されるFM雑誌での放送予定をチェックするのは日課だった。しかし、その機会はなかった。あるいは、私が気づかなかったのかもしれないし、昔の録音をわざわざ放送してくれる番組自体、多くなかったのも確かである。そんな音源にこんな形で巡り合うとは!

    しかし、私はこの録音の発売を知った時、何かアシュケナージの中で、一つの輪が閉じたような印象を持った。46年前の録音と、80才の今の録音で、一つの曲集を完成する。どこかしら、人生の大きな目標が大団円を迎えた様のように感じられる。

    だから、私は様々な思いを抱えながら、この録音を聴いた。1971年の録音からは、巧みな技術と音色で、精度の高い音楽が描かれている。情緒と情熱のバランスはこのころのアシュケナージゆえだろう。「奇人ラヴィーヌ将軍」や「水の精」で聴こえてくる“滾るような熱さ”にそれが集約されている。終曲「花火」の技術的手際の鮮やかなこと。鮮やかなだけではなく、凄い音がしている。

    2017年の録音は、たしかに技術という面では、1971年の録音から退いた感がある。しかし、アシュケナージはそこに豊かな味わいを添えていて、新鮮なドビュッシー像が描かれていることに驚く。響きと旋律をあやつり、心象的な深みのある響きが形成されている。

    「デルフィの舞姫」「雪の上の足跡」などを聴いていると、その得難い影の淡さとぬくもりの交錯が、このピアニストの演奏でしか感じられないものに思われる。人呼んで「詩情」。印象派のシンボルと言われる楽曲に通う暖かな血のめぐりは、私には無類に魅力的なものに感じられた。ピアニスト、アシュケナージのたどり着いた世界が、そこにある。

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     2021/03/09

    このアルバムの冒頭に置かれたハ短調のピアノ五重奏曲には「op.1」という作品番号が付されている。作曲家、エルンスト・フォン・ドホナーニが、初めて自信をもって世に送り出すべき作品と考えたもの。驚くのは、それがドホナーニ17才の作品だということである。ブラームスは、そのスコアを見て驚愕する。「これを書いたのが17才の学生だって?・・なんて完成度だ・・」。

    このピアノ五重奏曲、私も、古今、数々の作曲家が書いたピアノ五重奏曲の中で、十指に入ってもおかしくない名曲だと思っている。おそらく、ドホナーニという作曲家の作品は、特に日本ではそれほど認知されているとは言えないだろう。だから、この曲も、その価値に相応しいくらいに知られているとは言い難い。誰の曲かは伏せて、人に聴かせてみるといい。ブラームスやシューマンと何ら変わりない名曲特有の美観が伝わってくるハズだ。

    もちろん、演奏と録音がよろしければ、さらに良い。というわけで、現在、世界でも屈指のピアニスト、アムランと、同じく屈指の弦楽四重奏団、タカーチ四重奏団による当盤は理想的だ。第1番だけではなく、第2番と弦楽四重奏曲第2番も収録されていて、収録時間は80分。しかも、他の2曲も魅力いっぱいの作品だと言うのだから。

    アムランとタカーチ四重奏団は、均整のとれたフォルムを導き出し、その中で必要な歌を高雅に添えていく。そんな扱いは、これらの楽曲が名曲であるという礎を感じさせる。楽曲が素晴らしければ、その自然な魅力を引き出すアプローチは、ことのほか協力だ。アムランとタカーチ四重奏団は、確信に満ちて、輝かしい音色を使い、この曲のありようを堂々と示す。これこそ貫禄の名演。

    是非とも多くの人に聴いてほしい1枚です。

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     2021/03/09

    クラシック音楽を長く聴いていると、いままでピンとこなった楽曲が、ある演奏との出会いによって、突然、啓司のように、胸にストンを来て、以来夢中になってしまうことがある。私にとって、当盤はそんな「出会い」をもたらしてくれた1枚。イギリスのピアニスト、マーティン・ロスコーによるシマノフスキのピアノ独奏曲全集第1巻で、「20のマズルカから第1番〜第4番」「メトープ」「4つの練習曲」「ピアノ・ソナタ 第2番」が収録されている。

    全般に素晴らしい内容だが、私の脳に一撃をもたらしたのは、「ピアノ・ソナタ 第2番」である。なんだこの曲!スゴイ!こんなスゴイ曲があったんだ!2つの楽章から構成されたソナタ。その第2楽章が凄い。多彩な半音階を散りばめた複雑怪奇な構成から、メカニカルなフーガが派生し、終結に向けてアクロバチックに展開していく。その迫力と、細やかな感覚美。ロスコーは繊細さと大胆さを同居させ、線的なフレーズを鮮やかに解きほぐしながら組み合わせ、ハーモニーとメロディーを融合させていく。その手腕の鮮やかさに、私は身体をゆすぶられるほどの感動をしてしまった。シマノフスキという作曲家、ヴァイオリン協奏曲や室内楽で美しい名品を書いてはいたけど、その一方で、こんなロジカルなピアノ・ソナタを書いていたのか!うーん、すごい作曲家だ。

    私はこのピアノ・ソナタに大変衝撃を受けたのだが、もちろん他の曲も良い。比較的よく弾かれるメトープでは神秘的なタッチが美しい。初期作品の練習曲では、古典的様式美に基づいた発展性があり、これもまたある時期のシマノフスキの個性。とはいえ、ピアノ・ソナタ第2番が凄すぎる。この1曲を聴くためだけにでも買う価値はあります。

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     2021/03/09

    プロコフィエフのピアノ・ソナタ、第6番から第8番までの3曲は、「戦争三部作」と呼ばれる。第6番と第7番はコンクールなどでもよく弾かれる人気曲だ。しかし、この3つのソナタ、高い演奏技術を必要とするだけでなく、プロコフィエフ特有のウェットな情感や乾いたアイロニーが散りばめられていて、ただ技術的にクリアしただけでは、聴き味の薄いものとなる難しさがある。

    そんな中、イギリスのピアニスト、オズボーンがやってくれた。とにかく凄い。「とにかく」なんて言葉でくくってしまうのは乱暴であるが、聴いてみて直感的に「スゴイ」と感じるのだから、「とにかく」とシンプルにまとめることは、当演奏の形容方法として、あながち間違ってはいないだろう。だが、それだけでは、当欄のコメントとして不足かもしれないから、もう少し書いてみよう。

    第6番は第1楽章から重々しい和音が連なり、しかもある種の複雑性と重さを伴っている。速さとパワーの双方が要求されるが、オズボーンの演奏はこの観点で圧倒的だ。重々しい質感がありながら、立ち回りは機敏そのもの。パワフルな音が鮮やかに消音し、鋭いリズムで矢継ぎ早に次々と移るその響きは爽快無比。かと思うと中間楽章では優美で表情豊かな瑞々しさに満ちる。終楽章のリズムとスピードの融合は、凄まじい聴きモノだ。第7番でも早めのテンポを主体としながら、場面展開に伴った機微の変化が豊かで見事。第2楽章の幽玄を経て、第3楽章は一気果敢に押し通す。ここでも、速さと重さの双方が結び付いた鮮烈な演奏ぶりだ。第8番は一転して思索的で情緒に富んだ響きが聴かれる。この楽曲には気難し一面もあるのだが、オズボーンの解釈は、細部まで克明に照らし出された感があり、とてもわかりやすい。

    スリリングで楽しい、見事なプロコフィエフです。

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     2021/03/09

    生年1904年、没年1987年。ソ連で活躍した作曲家、ドミトリ・カバレフスキー。しかし、彼の作曲家としての功績に関する国際的な評価は十分とはいいがたい。簡単な指標として、彼の作品の録音機会を考えてみても、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフといった人たちに比べて、圧倒的に少ない。もちろん、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフでは「比べる相手が悪い」とおっしゃる方もいるだろう。ある面ではその通り。彼らに比べて、カバレフスキーの作風は保守的で、斬新さに足りないところがあり、作品の量的ヴォリュームでも劣っているだろう。しかし、だからといって軽んじてはいけない。聴いてみると、カバレフスキーには、カバレフスキーなりの「面白さ」が横溢しているのだ。そして、そんな面白さをストレートに伝えてくれるアルバム。それが当盤。ドイツのピアニストで、ベートーヴェン演奏に定評のあるコルスティックによるピアノ協奏曲全集だ。

    「ベートーヴェン演奏に定評のある」と書いたが、私にはコルスティックのベートーヴェンは、ややメタリックで光沢がありすぎるところがあって、そこまで好きではない。その一方で、このカバレフスキーの楽曲は、コルスティックのスタイルにドンピシャ!明るくて、ノリがよくて、リズム感に鋭い。中でも協奏曲第2番、第1楽章の圧巻のカデンツァは、最高の聴きどころだ。叙情的な第1番、牧歌的な第3番、瀟洒な第4番と、楽曲の個性を踏まえながら、軽やかに鋭く、スピーディーに弾きこなす彼のピアノは、いつだってキラキラと輝いていて、これらの楽曲を最高に魅力的な形でプレゼンテーションしてくれる。パーカッションや木管とのスリリングな応答も最高。まさに「演奏が楽曲を活かす」好事例だ。

    シューベルトの4手のための名品「幻想曲」をアレンジしたものも、他では聴く機会のほとんどない貴重なモノ。メロディアスな狂詩曲も収録されていて、カバレフスキー入門にも絶好のアイテムとなっています。

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