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ココパナ さんのレビュー一覧 

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     2021/07/08

    ロシア・ピアニズムの担い手の一人として活躍しながら、スクリャービンから多大な影響を受けて作曲活動にも精力を注いだソ連のピアニスト、サムイル・フェインベルグのピアノ・ソナタ集。フェインベルグは、その生涯に12のピアノ・ソナタを作曲した。フェインベルグは、スクリャービンの作品と演奏に接する機会があり、大きな影響を受けたという。これらのピアノ・ソナタは1915年から1923年にかけて書かれていて、その創作活動がスクリャービンの没年に開始されている点も意味深である。当盤に収録された6曲に聴くその作風は、スクリャービンの初期作品からの影響を感じさせる部分が多い。全6曲中、第3番を除く5曲が単一楽章構成をとる。第3番だけが3つの楽章から成り、規模が大きい。この第3番の第3楽章の熱血的な音楽の本流は、スクリャービンの創作活動初期作品を思わせる。この楽章だけで、演奏時間で13分を越えており、その間、ひたすらに爆発的な熱が供給され続けることは、当盤の大きな聴きどころの一つと言えるだろう。また、第4番は、スクリャービンのピアノ・ソナタ第3番を彷彿とされるフレーズが浮かび上がり、これもはっきりと影響を感じ取る部分となる。第1番と第2番は、いずれも地味ながら、優美さを感じさせる風情があり、技巧的な音響のアヤもある。第5番と第6番は、印象派を思わせるソノリティが入ってきており、それはスクリャービンが辿った音楽的進化をなぞるようで興味深い。アムランの演奏は、至難な部分であってもそれを感じさせない。第6番における頻繁な和音の扱いの確かさ、それによる描き分けの鮮明さなど見事である。ただ、その一方で、これらの楽曲には、より音色的な幅を広げたアプローチが相応しいのでは?と感じられるところも多かった。楽曲の性格からか、アムランの精密な演奏は、時として一様さをもたらし、1つの曲における濃淡の工夫があれば、もっと面白く響く楽曲なのではないか、という気がしてならない。これらの楽曲は、他に録音がほとんどない状況であるので、貴重な録音であることは違いないが、楽曲が演奏家に求める芸術的な表現性という点で、咀嚼しきれていないものがあるように感じられる。

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     2021/07/07

    当盤の目玉は、コルトーが編曲したヴァイオリン・ソナタのピアノ独奏版である。このピアノ独奏版に関するコルスティックのコメントがふるっている。「あらゆるヴァイオリニストにこのスコアは不評でしょうね。けれども、(ヴァイオリンの)キーキーした音(scratching noises)が除かれた版には、確かな魅力があるんです。むしろ、いくつかの点では、ピアノ独奏版の方が優れているともいえるでしょう。ヴァイオリンがなくて寂しい、とはならないですよ」。なかなか挑戦的とも言えるコメントであるが、実際驚かされるのはコルトーの編曲の素晴らしさである。もともとヴァイオリンとピアノで演奏された楽曲を、ピアノだけで演奏しようとする場合、音を出力するスペックが不足し、それを補うためにやたら装飾的になったり技巧的になったりしがちであり、それをヴィルトゥオーゾ的と言い換えてもいいのだけれど、結果として、楽曲の聴き味が違った方向にシフトしがちなものなのである。しかし、コルトーの編曲からは、ほとんどそれを感じない。技巧的な無理はなく、本来ピアノが与えられた役割を果たしながら、ヴァイオリンのカンタービレをしっかりと付与し、肉付けしているのである。確かにこれは名編曲といって良い内容。コルスティックのピアノは例によって光沢があり、スポーティだ。彼の演奏スタイルは、私見ではコルトーとはまったく異なるものだが、当該編曲作品を知るという点では、透明感があり、テクスチュアが鮮明なコルスティックのピアノは適正を発揮する。特に第2楽章の疾風のような速さと、そこに重い音が同居するあり様は、コルスティックならではの味わいだろう。第3楽章の幽玄な雰囲気も、ややメタリックな表現に寄っているとは言え、ピアノ独奏ならではの純度の高さを感じさせる。終楽章の情熱的な盛り上がりは、どこか冷たさを残しながらも、速さと重さによるカッコよさを感じさせる。コルスティックによると、コルトーの編曲は、音楽のポリフォニックな面を明確にする効果があり、それはフランクが、オルガン奏者であったことと合致する手法である」とのこと。なるほど、明瞭で立体感を感じさせる響きが提供されている。前後に収録されたフランクの名品ももちろん美しい。コルスティックは、緩徐的な部分以外ではテンポを速めにとり、そして重々しい強音をしっかりと打ち付けるように鳴らす。その音は、私にはしばしば強すぎるように聴こえるのだが、フランクのこれらの楽曲が、そのような演奏スタイルを許容する包容性があるように感じられ、その点でも新鮮で面白い。

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     2021/07/07

    きわめて現代的な洗練をきわめたピアニズムを感じさせ、それがいわゆる往年の「ロシア・ピアニズム」と明確に一線を画している。収録曲の中ではラフマニノフのピアノソナタ第2番と、エヴラーの「J.シュトラウスの美しく青きドナウによるアラベスク」がとにかく見事。ラフマニノフのソナタでは、ハイルディノフの刹那刹那の感性のきらめきがたいへん印象的。技術的に卓越していて、清澄で音量豊かでかつスピーディーなピアノが楽しめるが、決して「弾き飛ばす」だけではなく、情感を湛えている。またその「情感」も、過度な色づけを施すような感じはなく、理知的にコントロールされていて品格がある。特に第2楽章のゆとりを保ちながら、ピアニスティックな美観を発揮させた音響は最大の聴きモノ。ポーランドのピアニスト兼作曲家が編曲したJ.シュトラウスの名曲「美しく青きドナウ」は演奏至難なピースとして知られているが、ハイルディノフのしなやかな演奏はほぼ完璧と言っていいほどで、技術的な演奏効果が様々にキマルのが大層心地よい。切れ味がありながら、原曲のニュアンスも十全に引き出していると思う。メロディの歌わせ方も悦に入ったもので、得意中の得意曲といったところかもしれない。併録のシューベルト、ショパンもよく整った演奏。

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     2021/07/07

    おそらく現音楽界でもっとも卓越した技巧を持つヴァイオリニストの一人、ジェームズ・エーネスのプロコフィエフ。エーネスの卓越した技巧が、楽曲をスタイリッシュに仕上げ、高品質な録音とあいまって、高い精度で楽曲の魅力を浮かび上がらせたものとなっている。特に良いのが2つの協奏曲で、ここではノセダの精妙な指揮によって、こまやかに色彩を整え、時として唐突なほどの鋭利さを持って曲の内面に迫るオーケストラのサウンドが素晴らしい。エーネスのヴァイオリンには1か所として不明瞭なところはなく、プロコフィエフの作品の抒情性、怪奇性が緻密に描写され、かつ洗練されている。「洗練されている」と言うのは、唐突な演奏効果であっても、音楽表現としての必然性に応じて、その表現の方向性がいつのまにか、本来的なものに向けられているという、「人工的な負荷の少なさ」からもたらされる印象。例えば第1協奏曲終楽章のクライマックスの高音の響き。鋭すぎず、かつ音楽としての屹立とした容貌を表現しつくした鮮明な立体感が衝撃的だ。第2協奏曲で言えば、終楽章の独奏ヴァイオリンの(特に重音の)質感と美観、これに呼応するオーケストラ、特にティンパニの重低音とのコントラスト、そういったものが余すことなく、劇的に、かつ美しく表現されているところが素晴らしいのだ。こういったところは、本来どうしても技術的な障壁に対する独奏者の挑戦的なものを感じさせたのだけれど、エーネスの演奏はより高いとこから、完璧に制御されたクオリティーを感じさせるものだと思う。室内楽曲たちも秀演が揃っている。特に「ヴァイオリンとピアノのための5つのメロディ」は知られざる名品だと思うが、この音楽の根底にあるプロコフィエフ特有の情感が、きれいにまっすぐに表現されているところなど、あらためてエーネスの手腕に感服してしまう。ピアノも情感を大事にしており、好感の持てるもの。

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     2021/07/07

    2015年のチャイコフスキー国際コンクールで第4位に入賞したフランスのピアニスト、リュカ・ドゥバルグは、ほぼ独学でピアノを学んだという異色の経歴でも注目を集めた。そして、はじめてスタジオ録音で製作されたアルバムが当盤になる。まず何と言っても、選曲の「渋さ」に言及せざるをえない。バッハの「トッカータ ハ短調 BWV.911、ベートーヴェンの「ピアノソナタ 第7番」、そしてメトネルの「ピアノソナタ 第1番」。コンクールで一躍名を成したピアニストのデビュー盤という感じがしない、どの曲がメインとも言えない構成だ。だが、その選曲が、いかにも「ただ者ではない」という感じもする。コンクール出身のピアニストのデビュー盤というと、華やかな演奏効果の上がる曲、いわゆる奏者の「ヴィルトゥオジティ」を発揮できる、アピールに格好な曲を選ぶと思うのだが、このピアニスト、あきらかに自分の特徴を音楽的な解釈の部分に置いている。そういった意味で、メッセージ性のある選曲、と言えるだろう。実際、ドゥバルグは、深い含みを感じさせるピアノを披露している。バッハのトッカータを聴くと、その演奏は淡々とした語り口でありながら、しっかりときわだった輪郭をもち、それでいて、優雅と形容したい味わいがにじみ出るような響きになっている。その結果、この楽曲が描き出す世界に、複雑な幅が生まれ、じっくりとしたコクを感じさせてくれるのである。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第7番は、全体に遅めのテンポを設定している。とくに第2楽章はゆっくりしている。一方でそのフレージングは明瞭であり、ダイナミックレンジも広い。その結果、楽曲のスケールが一つ大きくなったような印象がある。ドゥバルグの解釈が優れているのは、前述の効果を「間延び」と無縁に達成している点であり、以下に厳密に音価と強弱をコントロールしているかわかる。終楽章の劇性は効果的だ。個性的でありながら、熟成感があり、味のある演奏と思う。メトネルは生涯に14のピアノ・ソナタを書いたが、その最初の作品が収録されている。メトネルの意欲作といって良いが、ドゥバルグは解析的と表現したい造形性をキープした演奏を繰り広げている。特に両端楽章の豪壮な広がりが、緻密な構成感をバックに表現される様は、このソナタのエネルギッシュな性質を、適切なタイミングで解き放つ効果に結び付けており、見事だ。長大なソナタであるが、その浪漫性も踏まえて、聴き手に楽曲を吟味する喜びを与えてくれる。ドゥバルグという芸術家の才気を示す一枚となっている。

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     2021/07/07

    協奏曲はミュンヘン国際コンクールにおけるライヴ録音。ソナタは、コンクールの翌月に、スタジオ収録したもの。ゴルラッチは、ハ短調の協奏曲を、これまで書かれた音楽作品で特に優れたもの、と位置づけているらしい。私もこの作品は大好きで、ベートーヴェンの気迫や清澄な精神、深刻な諸相が端的な構造で示されたものに思う。ゴルラッチのピアノは鮮明でありながら瑞々しさが際立っていて、音響の輪郭がくっきりし、そこに巧妙でスピーディなアゴーギグを伴った劇性豊かな表現力が加わる。活気がありながら、必要な抑制の心得があり、理知的なバランス感覚にも秀でたものが感じられる。そういった点で、すでにこの演奏は、一流のベートーヴェンといった味わいに満ちている。テヴィンケルの指揮は、ソツのない安定したもので、オーケストラの自然な音色の深さを的確に伝えたものと言えそうだ。併録してあるソナタ第1番がまた見事なもの。透き通った運動美に溢れたタッチで、克明に弾かれながら、随所に抒情的な味わいがある。中間2楽章の憂いに溢れた表現は、夢見心地でありながら、造形的バランスが周到にキープされており、文句の付け様もない。内省的な深みをもった安らぎは、この演奏の一つの特徴である。そして、急速楽章の凛々しい力強さもまた魅力。これらの録音がなされたとき、ゴルラッチはまだ23歳。すでにベートーヴェン弾きとしての適性には天分を感じる。

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     2021/07/07

    当盤のプログラムは、コンクール出身ピアニストらしいとも言えるが、かなり性格的に異なるものが集まっている印象もある。これらを1枚のアルバムでうまくまとめ上げることが出来るのだろうか、という私の聴く前の疑問は杞憂であった。チョバヌというピアニストの力を刻印したアルバムである。チョバヌは、もちろん相当に高い技巧をすでに持っているが、ペダルの使用方法も加わって、音色的にも多彩さを持ち合わせている。また、特有の音の重さ、それでいて美しく響きの割れない強さを併せ持っていて、それらを背景に堂々たるアプローチで、これらの楽曲に自分流の解釈を施している。とても「聴きで」のあるアルバムになっている。プロコフィエフのピアノ・ソナタは、全体にややゆったりめのペースをとる。ピアノの音には独特の重さがあり、重力による打鍵の鋭さを感じさせる一方で、リズムへも鋭い適応があるほか、スナップの力を駆使した打楽器的な音色を織り交ぜ、とても面白い。また、演奏における音色的な効果だけでなく、この楽曲の第2楽章では、憂いに溢れた情感を導く感応性も示してくれる。個人的に、この曲の場合、両端楽章より、この第2楽章に演奏家の個性が現れると思っており、この第2楽章をあっさりと弾き飛ばす演奏には概して面白くないものが多いのだが、チョバヌの演奏には、そのような心配はなく、濃厚さに満ちている。第3楽章は弾き飛ばさず、しかし鋭く重く、深いものを描いた感がある。エネスコの作品は「お国モノ」という事になるが、とても面白い楽曲だ。明確にカリヨンの音色を模倣した音色面での表現に特化した楽曲であるが、これはチョバヌにとって、自身の特徴を存分に発揮できるところであろう。背景にただよう静謐さも見事なもので、ミステリアスであり、それでいて叙情もある秀逸な表現として、完成されている。ドビュッシーの前奏曲第1巻からは6曲が選ばれている。ここでもチョバヌは巧妙なペダリングによる音色と、美しさと重さを兼ね備えたソノリティで、ドビュッシーの世界を、自己の芸術の中で、再現しており、聴かせる。全般にややゆったりめのテンポではあるが、「とだえたセレナード」や「ミンストレル」では、運動的なノリの良さも存分に発揮していて、どの曲も同じとはならない。音色も鋭さだけでなく、時にあいまいな語り口をまじえて、幻想的な雰囲気が良く表現されている。最後に収録されているリストの「ダンテを読んで」は、いかにもこの楽曲にふさわしい気風の大きな演奏であり、連打音の劇性、静と動の対比が鮮やかに描き出される。チョバヌの演奏には、すでに完成度の高い芸術性が備わっていて、頼もしい。

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     2021/07/07

    リストの超絶技巧練習曲集は、リスト自身が習得したピアノ奏法や技術を駆使して紡がれる豪壮な音楽であり、その演奏も外に向かってエネルギーを開放していくものが多い。いわゆる爆演系の演奏だ。ただ、そのような演奏は面白い反面、表面的な印象も残る。リストの作品には、薄暗い内省的なものが多分に含まれていて、外向的なものと両立させることは難しい。ギルトブルグのこの演奏は、あきらかに「内省的なもの」を重視している。「前奏曲」にしても「イ短調」にしても、千切っては投げといった爆発的な燃焼を起こすことはせず、緊密な統制で全体としては静的なエネルギーがまずあって、そこに様々な感情が付随していく。バックのトーンが落ち着いているから、内省的でこまやかな機微が明瞭に読み取れるようになるし、ギルトブルグならではの語り口を感じさせる装飾性もある。それらは、これまでの彼の録音からも感じられる傾向であったが、このたびのリストは、その向きがさらに強調された感がある。ギルトブルグの高度なテクニックは、息の長いフレーズであっても、非常になめらかで、運動的な自然さを伴って提示してくれる。そして、多少の意匠をほどこした場合であっても、その自然さが端然としているのが好ましく、聴いていて齟齬がない。「回想」で聴かれる自発性豊かな情緒がその典型。ただ、その一方で、この曲集において一般的に求められる「熱さ」という点で、当盤はやや不足を感じさせるかもしれない。私は、当演奏の整然とした美しさに感嘆する一方で、ギルトブルグのこれまでの録音ではそこまで感じなかった「不足感」を同時に覚えるところが正直あった。どこをどうすればというわけではない。この演奏はとても完成度が高く、手入れするところなど思いつかないのであるが、どこか聴き手に飢えを残すものがある。少なくとも、私にはそう感じられる。とはいえ、ひたすら燃焼系の演奏より、当盤に芸術的なエスプリを感じることも確かである。リゴレット・パラフレーズ、夕べの調べのロマンティックな香りは、高貴なもので、聴き手が咽んでしまうようなものでは決してないだろう。

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     2021/07/07

    ルガンスキーは、op.3-2とop.23の10曲については、2000年に録音していた。当盤は、それらの作品も含めて、「24の前奏曲」という体裁で、2017年に録音しなおした形のもの。最初の録音でも、すでに技術と表現のバランスが細部まで徹底された、美しさと迫力の双方を突き詰めた壮名演だっただけに、今作が、それを明らかに上回るとまで言えないのだが、同じように見事な内容。再録音された楽曲たちの解釈自体は、私には先の録音から変わったと思えるところはないのだけれど、全体により洗練度が高まったようにも思える。そして、このピアニスト特有の「落ち着き」も、さらに腰を落したというか、いよいよしっかりとアンカーが撃ち込まれた感がある。ダイナミックレンジの広さと、明瞭さを併せ持った響きは、以前からのもの。当盤の登場によって、ルガンスキーの弾く「13の前奏曲 op.32」を聴けるようになったことが嬉しい。いずれの楽曲も、ルガンスキーの手にかかることで、前もって成功が保証されていたかのような名演で、ことに第13番、第14番、第15番のシンフォニックで雄大な響きはこのアルバム最大の聴きどころと感じる。これらの楽曲は、曲集中の人気曲というわけではないが、ルガンスキーの鋭い対比の効いたピアニズムによって、その相貌は陰陽を克明にし、音の階層は伽藍のような堅牢さを築き上げる。それらが瞬時に達成される際の手際が、力学的にもきわめてスムーズで、畳みかける様も自然だ。沈着と白熱の得難い同居が感じられる。ただし、この演奏には、ラフマニノフの音楽にある一種の狂騒的なものが、鎮められてしまっているように感じる部分もある。前述の「落ち着き」の支配力が強いためで、曲によっては、それが拘束的なものとして作用しているところがある。そんな時、私は慣れ親しんだ愛聴盤、アシュケナージの、薫り豊かな名演を思い出す。とはいえ、ルガンスキーの演奏が示す完全性は、比類ない精度を誇っていると言っていいだろう。ラフマニノフの前奏曲集が、凛とした佇まいで、端正に響くその様は、感動的なものである。

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     2021/07/07

    一般的に評価の高い録音ではありますが、私の感覚で言えば、名演とはいいがたい。燃焼度が高いと言えばそうなのだが、全体としての脈絡が乏しく、消費されるエネルギーがあまりにも刹那的で、ソナタとしての構造的な完結性が乏しい。他の多くのピアニストが、よりすぐれたバランス感覚で楽曲をまとめている中で、自由奔放なアルゲリッチ盤のキャラが立っていることは認めるが、同内容の演奏が少ないという競合関係で、挙げる人が多いだけではないでしょうか。現在では、そこまで名の知られていないピアニストの録音でも、これよりいいものはたくさんあると思います。

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     2021/07/07

    「サロメ」は、一舞台で構成される単純性、全曲で1時間40分くらいの短さ、物語の分かりやすさ、大衆受けする猟奇性などから日本でも人気の高いオペラ作品。オペラとして上演する場合、サロメの舞のシーン(「7枚のヴェールの踊り」 当盤ではCD2枚目の3トラック)が見せ場で、直後のアリアと合わせてサロメ役には相当な体力が要求される。またこのシーンには、妖艶な演出がつきもので、物議のネタになることが多い。しかし、CDで聴くだけならば、オーケストラの楽曲としてエキゾチックなリズム感に溢れた効果を楽しみ、舞台を想像することになる。「サロメ」は、ドホナーニが得意としていた作品の一つで、ウィーンフィルの美麗の限りをつくしたサウンドが立派。この作品は、一種の「俗っぽさ」を持っているのだが、このような立派な演奏で聴くと、当時まじめにドイツロマン派の流儀に即してオペラを書き続けたリヒャルト・シュトラウスの誠実さに頭が下がる思いがする。全般に「7枚のヴェールの踊り」を終えてから、高まる緊迫感を表現したオーケストラの音色が卓越していて、この管弦楽のおりなす重厚な豊饒さが見事。マルフィターノの声は、いかにも頑張った感じがするが、雰囲気は出ており、好意的に捉えたい。ターフェルのその後の活躍を感じさせるヨカナーンも存在感がある。私のイメージでは、もっと寂びた声が相応しいのだが、まぎれもなく立派な歌唱であり、文句はつけにくい。「サロメ」の代表的な録音の一つであるこのドホナーニ盤を、デッカが再発売してくれたことに感謝したい。

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     2021/07/07

    ラルームのピアノは、一つの作品の深淵にそっと入って行き、全体としては静かさを感じさせる世界の中で、密やかに歌う。このようなスタイルの演奏というのは、ある程度の年数を経てたどり着くもの、というイメージがある。なので、1987年生まれのラルームが、どのような音楽教育や環境を経て、現在のスタイルになったのか興味深い。いずれにしても、若いにも関わらず、彼のピアノからは「老境」と言うと語弊があるかもしれないが、独特のエネルギー的な安定が感じられて、それが音楽の「ひだ」を表現する大きな糧となっている。例えば、ブラームスのチェロ・ソナタであるが、第1楽章の第2主題の静かなこと!これほど嫋やかで、深い夜の雰囲気を醸し出す演奏は、これまでほとんど聴くことはできなかった。この演奏が聴き手の精神にもたらす効果に「鎮静」の作用が大きい。とはいえ、もちろん情熱的な部分では、清々しい発散もある。フランクの名作、ヴァイオリン・ソナタをチェロに編曲したものでは、その第2楽章の闊達さが清廉で気持ち良い。しかし、そうであっても、熱しすぎない、嫋やかな世界がその背景にあることを感じさせるのである。この曲の第3楽章では、チェロをもってしては、ヴァイオリンが奏でる情熱的幻想に及ぶことは難しいと思うのだけれど、この演奏で聴くと、まったくそのことが欠点に聴こえない。初めから別の曲であったかのような不思議さ。ドビュッシーもこれまた美しい。この作品の響きの新しさを精緻に描きながら、全体としては背景に黒を配したシックな佇まい。これこそ彼らの演奏の魅力なのだろう。

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     2021/07/07

    幻想曲の冒頭のピアノの導入部でロンクィッヒはきわめて繊細に整えられた響きを提示する。続いて導かれるヴァイオリンは、適度に抑制が効いた品の良さを感じさせながらも、艶やかに響く。少し人工的な響きにも思えるが、どことなく郷愁を感じさせるのは、シューベルトの旋律がどこか過去を思い起こさせるような憧憬の情感を想起させるからだろう。同曲の第2部はシュナイダーハンのように速くはなく、一音一音しっかりと、しかし流れに乗って弾かれており、流暢だ。同じECMからリリースされている2000年録音の塩川悠子とシフの美演ではテンポ設定はヴィトマンに近いが、フレージングのダイナミクスを利かせていたのとはちょっと違う雰囲気。ロンクィッヒの確かな主張のあるピアノは、むしろソナタで特徴的。もともとこの曲は、ソナタであると同時にデュオ(二重奏曲)という副題を持っており、シューベルトが二つの楽器の対等な位置関係を意識して作曲した作品であるに相違ない。ロンクィッヒの「リードする」という以上に感じられる主張の激しさは、この音楽のあり方を強く訴えているようだ。ロンドは、冒頭はアンダンテで、やがて早いアレグロに至るのだが、ここでの情熱溢れる奏者のやりとりは、多くの聴き手の心を打つのではないだろうか。この協演は、見事な成果を得ている。

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     2021/07/07

    本盤には「Dream Album」なるサヴタイトルが付されている。なるほど、全体的に美しい安寧な響きが支配的である。私は、先日、一人で過ごす機会に、夜のあいだ一晩このディスクを、ヴォリュームを絞ったままエンドレスで鳴らして、眠ってみたのだが、なかなか心地よかった。まあ、そういう意図のアルバムではないとは思うのだけれど。ハフのタッチの精緻さ、テクニックの見事さについては、例えば収録曲中のリストの2編をお聞きいただければ分かるだろう(このアルバムに限らず、ハフの弾くリストはいつもとても素晴らしい!)。決して仰々しくない清冽なピアニズムで、端正な語り口。清流が、ときに劇的な要素を踏まえながら、鮮やかに流れ下るようなピアニズムだ。それは自然で、健康的なエネルギーが満ちている。収録された楽曲には「聴き馴染んだもの」と「珍しいもの」が織り交ぜられている。また、「聴き馴染んだもの」であっても、編曲によって、おもわぬ語り口で響かせられるものもある。冒頭のラデツキー行進曲によるワルツなどその典型だし、15曲目のニコロのワルツも同じ趣向。「モスクワの夜」は様々な編曲によって知られるノスタルジックな名旋律だが、ハフの編曲では、冒頭にラフマニノフのピアノ協奏曲第2番冒頭の有名な和音を挿入するなど凝った演出が楽しめる。アルベニスのギター曲の編曲も楽しいし、エリック・コーツの「バイ・ザ・スリーピー・ラグーン」をハフの冴えた編曲で聴くのも乙だ。ドヴォルザークの郷愁たっぷりの旋律は、蒸留されたような透明感でクリアに表現される。また、ドホナーニの「狂詩曲 ハ長調」は収録自体が嬉しい。このような隠れているが実は充実した名品が、ハフのような優れたピアニストに弾かれるのを聴く機会を得ただけでも貴重だ。この1曲は、相応の心構えで聴いてほしい曲である、とも言える。一つ一つコメントするとキリがないが、ハフの作編曲の能力、ピアニストとしての能力の他に、アルバム構成のセンスにも感嘆する1枚となっている。なお末尾に収録されたモンポウの楽曲は、ハフがピアノを習い始めたころに出会い、以後、アンコール・ピースとしてずっと大切にしてきた作品であるとのこと。心のこもった1曲で締めくくられるこの1枚は、ピアニスト、ハフを知る絶好の1枚とも言える。

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     2021/07/07

    収録された4作品中、名曲として知られているのはベートーヴェンの作品のみで、他の3作品は、ほとんど聴かれる機会がないだろう。ホリガーの作品はツェートマイヤー四重奏団のために新たに書かれたものである。4曲いずれも緊張感と美しいタッチに貫かれた演奏だが、中でも私が注目したいのがブルックナーの作品だ。ブルックナーの室内楽と言えば、第5交響曲作曲後に書かれた弦楽五重奏曲が名作として名高いが、この弦楽四重奏曲が書かれた1962年と言う時期は、ブルックナーがまだ初期の交響曲も手掛けていない頃であり、大規模な楽曲を書くための作曲理論等を学んでいるときの作品ということになる。この弦楽四重奏曲も、習作的なものと考えられていて、録音も少ない。しかし、この演奏を聴くと、この作品を習作として追いやってしまうのは、あまりにもったいないと実感する。確かに、そこには後年のブルックナーらしさはない。主題の簡潔さは古典的だし、その後の展開の手法もきわめてコンパクトだ。おそらく、作曲者名を伏せて聴かされたら、メンデルスゾーンか、あるいは彼と同時代の作風の印象を受けるだろう。その一方でブルックナー的な素朴さ、朴訥さが内在していて、とても魅力に溢れているのだ。この楽曲を聴くと、ブルックナーの作曲の動機付けである純音楽主義は、初期ロマン派の中でも最も古典に近いものであったということが良くわかる。とくに充実した終楽章は見事で、現在の演奏会のレパートリーに加わっても、なんら聴き劣りするところのない立派な作品であることを実感する。そして、そういったこの曲の魅力を余すことなく伝えた当演奏は、間違いなく名演と言って良い。ハルトマンについては、彼らは2001年に弦楽四重奏曲第1番の録音をしているため、その翌年に録音された当盤の第2番は、その続編といった位置づけも出来るだろう。この第2番は、ハルトマンの現代とロマン派の中間を漂うような折衷主義的な作風と、作曲当時の、戦争などを引きずったヨーロッパの暗い影を反映した作品と感じられる。時々生々しい情感を宿した楽器の素の音が切り込んでくるような音楽だ。ロンドン・タイムズ紙で、批評家ジェフ・ブラウン氏が “ビロード・タッチ” と形容した、柔らかい深みを併せ持った特有のコクを感じさせるツェートマイヤー四重奏団の響きによって、得難い奥深さが獲得されていると思う。ベートーヴェンの最後の弦楽四重奏曲では、第3楽章の美しさが無類で、適度な行間を設けることで、思索的な高貴さが引き出されているところが最大の美点に思う。ホリガーの作品は24分で間断なく演奏されるが、聴く側に忍耐を要求するものとなるかもしれない。リゲティを彷彿とさせる絶え間のない緊迫と、耳に厳しい不協和な音響が連続する。奏者らの集中力には舌を巻く思いだが、聴いていて楽しい音楽ではないだろう。私も、この音楽を聴くのには覚悟を要する。

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