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パウラ・モレレンバウム・インタビューA

Saturday, August 24th 2013

無題ドキュメント

パウラ・モレレンバウム

パウラ・モレレンバウム、アルバム『テレコテコ』を語るA

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「カルメン・ミランダはブラジル人の憧れなの」


--- 「サンバとタンゴ」ですが、以前カエターノ・ヴェローゾ(Caetano Veloso)「フィーナ・エスタンパ」公演で来日した時に、カルメン・ミランダ(Carmen Miranda)のこの曲をやっていて、とても好きになり、カエターノカルメン・ミランダ以外で誰かこの曲をカバーしていないかずっと探していました。で、今回のアルバムの中に入っているのを見て、これは絶対良いに違いない!(笑)と思いました。

パウラ この曲にはお話があるの。最初の選曲の段階では、この曲は考えてなくて、普通のアルゼンチン・タンゴを入れようと思っていたんです。40、50年代、ブラジル音楽はアルゼンチン・タンゴに大きな影響を受けていたんです。それで、ちょうどアルバムの選曲をしている時に、アルゼンチンのバフォホンド(Bajofondo)がリオとサンパウロで公演していて、ジャキスが彼らを家に連れてきたの。我が家の「モレレンバー」に(笑)!

--- (一同爆笑!)

パウラ 一晩中飲んで仲良くなった時に、バフォホンドのメンバーのフアン・カンポドニコ(Jaun Campodonico)、今回この曲のアレンジをやってくれているの人ですね、彼に今回のアルバム・コンセプトを話していたら、彼がただのタンゴじゃなくて、ブラジルについて語っているタンゴをやったらどう? と言い彼がこの曲を思い出したというわけ。

--- なるほど・・・。

パウラ 歌詞が「タンゴが一緒に踊る相手を探している」という内容なので、これはぴったりだと思ったの。

--- そのカエターノのライヴでジャキスさんがチェロとプロデューサーをご担当していたので、てっきりこの曲は彼の提案かと思っていました。

パウラ 違うの、フアンのアイデアなのよ。1937年に初めてカルメン・ミランダが録音した曲なので、時代的にもぴったりだしね。

--- そうだったのですか。

パウラ カルメン・ミランダという人も、世界に初めてブラジルという国を紹介したような人で、今回のプロジェクトにもぴったりの人物なの。彼女は当時ビバリーヒルズに住み、ハリウッドで最もお金を稼いでいた人よね。まぁ、実はブラジル人ではなくてポルトガル人なんだけれども、小さい時にブラジルに来たのでブラジル人と思われていますが、ボサノヴァを歌っていましたし。ブラジル人にとって彼女は伝説的な人で、みんなの憧れなのよ。

カルメン・ミランダ
カルメン・ミランダ

--- ジョアン・ドナートが参加しているガーシュイン(George Gershwin)「Love Is Here To Stay」ですが、なぜ英語の曲を選んだのですか?

パウラ アメリカの音楽もこの時代(30年代)は、さっきのタンゴと同じようにブラジル音楽に大きな影響を与えていました。ガーシュインを選んだのは、アントニオ・カルロス・ジョビンと歌っていた時に、ピアノの横にいつもガーシュインの曲集があったの。で、間違いなくボサノヴァに影響を与えていただろうと思って選びました。ジョビンの家でリハーサルした時、何度かその曲集を引っ張り出してきて、別に録音するためではなくて「Love Is Here To Stay」を歌ったのを覚えているわ。

--- ジョビンとの思い出の曲でもあるわけですね。

パウラ うん、また歌詞もとても重要で、1938年の曲なのに「新聞を読めばそれだけ もっと解からなくなるの 世界中のばかげた事 そしてその終わらせ方も・・・」、まるで今日的な内容よね。

--- 本当ですね。

パウラ いつになったら良い世の中なるのかしら、ね?

--- この曲を選んだのには色々な想いがあるわけですね?

パウラ ジョアン・ドナートを呼んだのは、ラテンのスウィングをもっているので、この曲にぴったりだったから。実際2、3回で録音し終わったわ。

--- ライヴでも楽しそうで素晴らしかったです。CDがそのまま再現されたようで。

パウラ あー、シャンパンを開ける音とかね!

--- 次にディック・ファルネイ(Dick Farney)ジョニー・アルフ(Johnny Alf)の曲が続きますが、やはりただ取り上げるだけではなく、あなたなりに現代風に表現しています。ただカバーするのは意味ないということですね?

ディック・ファルネイ(左)、ジョニー・アルフ(右)
ディック・ファルネイ(左)、ジョニー・アルフ(右)

パウラ そのとおりです。ただコピーするのはつまらないですね。ただこの「部屋の片隅と君」は1948年の曲で、ボサノヴァが生まれる全然前なの。アルバムを作るに当たってカルロス・リラ(Carlos Lyra)ジョアン・ドナートジョビンの最初の奥さんに、どんな音楽に影響を受けたのか訊いてまわったの。その時にカルロス・リラがこの曲を教えてくれたのよ。彼はアメリカの音楽、ジャズをよく聴いていて、ディック・ファルネイが歌ったこの曲が思い浮かんだのね。実際歌詞が「コルコヴァード」にそっくりだったのでびっくり!まさにボサノヴァじゃない!

  


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   【パウラ・モレレンバウム・バイオグラフィー】
ブラジルを代表するボサノヴァ・シンガーのひとり、パウラ・モレレンバウムはリオ・デ・ジャネイロ生まれ。プロとしてのキャリアを1980年,セウ・ダ・ボカというコーラス・グループのメンバーとしてアルバムをリリース、ブラジル国内をツアーしたことに始まる。82年2枚目のアルバムのミュージカル・ディレクターだったジャキス・モレレンバウムと知り合い、結婚。ソロ・シンガーの道を歩み始め、同時に女優としても活躍する・・・

バイオグラフィーの続きはこちら!

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