

ポール・パレー・コレクション(25CD)
フランスの指揮者、ポール・パレー[1886-1979]の25枚組ボックスがVENIASから登場。定評ある米Mercuryによる録音を中心に、米VOX、仏Columbiaによるセッション録音のほか、ライヴ音源も収録。録音年代は1934年から1962年で、多くがステレオとなっています。
パレーは1979年に93歳で亡くなるまで現役で指揮していたという頑健な体の持ち主で、出演契約も1981年まであったといいます。
このセットでは、パレー全盛期のデトロイト時代の1950〜60年代の録音と、コロンヌ管弦楽団を指揮した1930〜40年代の録音を収録しており、40代なかばから70代なかばのパレーの力強いスタイルを満喫できるほか、自作のジャンヌ・ダルク・ミサも楽しめます。
【指揮者パレーの誕生】
若き日のパレーは、ローマ大賞を受賞し、作曲家として認められる一方、オルガニストや、劇場の楽団のチェリストとしても活動。ほかにピアノとティンパニもこなしていたという作曲家兼マルチな器楽奏者でもありました。
そのパレーが指揮を本格的に始めたのは、第1次世界大戦が終わってドイツの捕虜収容所から解放され、ピレネー山麓のカジノのオーケストラに楽長として雇用された33歳の時でした。
フランスでのカジノ営業は都市部では禁じられており、保養地や観光地でのみ許可されていますが、保養地や観光地には経済力のある人々も集まることから、カジノはギャンブル目的だけではない、複合的な施設として運営されていることが多く、当時はそこで大小さまざまなクラシックの演奏会やオペラ上演がおこなわれたりしていました。
カジノでは、そうした音楽需要を目的に、シーズンオフの収入減をカバーしたい音楽家たちが、フランス各地から集まって楽団を編成していたのですが、パレーの指揮者としての初仕事は、そうした楽団を指揮するというものでした。
パレーは19世紀生まれの多くの指揮者と同じく、指揮を専門に勉強してはいませんでしたが、カジノの楽団で多くの経験を積み、指揮者としての能力の高さを認められます。個別の腕前は一流ながらも臨時編成という条件付きのカジノの楽団をまとめあげるプロセスは、指揮者としての腕を磨くには絶好の機会でもあったようで、同じく各地のカジノの楽団を指揮した11歳年上のピエール・モントゥー[1875-1964]と同じく、後年、「オーケストラ・ビルダー」と称えられることになります。
そして翌1920年、ラムルー管弦楽団の演奏会を指揮する予定だったアンドレ・カプレ[1878-1925]が急病で倒れた際、カジノの楽団の中にラムルー管弦楽団のメンバーがいたことから、パレーに声がかかり、急遽代役を務めて演奏会を成功させたことがその後の飛躍のきっかけとなりました。
そうしたパレーのオーケストラ・ビルダーぶりが遺憾なく発揮されたのが、デトロイト交響楽団との仕事です。1940年代に2度にわたって解散するなど低迷していたデトロイト交響楽団を、数年でメジャー級の実力にまで引き上げたその手腕には驚くばかり。
パレーの指揮者としてのキャリアは実に59年間に及びますが、その内訳は下記の通りとなります(第2次世界大戦中とデトロイト響退任後の76歳以降はフリーランス)。
1920-1920 コートレー・カジノ・オーケストラ 楽長
1920-1923 コンセール・ラムルー管弦楽団 副指揮者
1923-1928 コンセール・ラムルー管弦楽団 首席指揮者
1928-1933 モンテカルロ・カジノ・オーケストラ(モンテカルロ・フィル) 音楽監督
1931-1932 ヴィシー・カジノ・オーケストラ 音楽監督
1932-1940 コンセール・コロンヌ管弦楽団 首席指揮者
1940-1945 フリーランス
1945-1956 コンセール・コロンヌ管弦楽団 首席指揮者
1949-1950 イスラエル・フィル 音楽監督
1951-1962 デトロイト交響楽団 音楽監督
1962-1979 フリーランス
【パレーの芸風】
べテランのオケ・ファンにおなじみの指揮者パレーの音楽は、カッチリとメリハリの効いたもので、色彩感の描出と緊迫したダイナミズムの創出には特に秀でており、自在なアゴーギクを駆使した独特の表現や、豪快な響きのつくり方、もってまわったところのない音楽は実に魅力的。
こうした特徴は、サウンド自慢のマーキュリー・リヴィング・プレゼンス・シリーズの録音で特に際立っており、快速でバリバリ進められるシューマンやベートーヴェン、ドヴォルザーク、シベリウスなど気分爽快な演奏が楽しめます。
得意のフランス音楽でも、作品の個性をリアルに描き出す明晰な音楽を聴かせており、サン=サーンスの交響曲第3番『オルガン付き』では、パレーと同じノルマンディー地方に同じ1886年5月に生まれ、同じくルーアンでオルガンと作曲を学んだマルセル・デュプレ(ページ最下部の画像)と共演、デトロイト交響楽団の克明なサウンドで迫力ある演奏を聴かせています。

【パレー年表】
1886年(0歳)
●5月24日、ノルマンディー地方の避暑地ディエップ自治区のル・トレポールに誕生。父オーギュストは象牙細工職人で、聖ジャック教会のオルガニストのほか、夏場にはオルフェオン劇場で、市立合唱協会を指揮してハイドンの『天地創造』や、ベルリオーズの『キリストの幼時』などのほか、メンデルスゾーン、グノー、サン=サーンスのオラトリオやカンタータも取り上げていました。
ちなみに海岸の絶景でも知られる避暑地ディエップは、ピエール・モントゥーが夏場によくオペラやコンサートを指揮していたところで、ル・トレポールはその自治区に属する町でもあります。
1891年(5歳)
●父オーギュストからピアノなどさまざまなレッスンを受けていたパレーは、父が音楽監督を務めていたトレポールの市民楽団に小太鼓担当として参加。
1895年(9歳)
●ルーアン大聖堂の聖エヴォディウス校に入学。オルガンのほか、ピアノ、チェロ、ティンパニ、対位法、和声、理論、ルネサンス音楽、グレゴリオ聖歌も学び、聖歌隊にも参加。同級生には、のちに著名なオルガニストになるマルセル・デュプレ[1886-1971]がいました。
1900年(14歳)
●マルセル・デュプレの影響もあり、オルガンに熱中したパレーは、バッハのオルガン作品を大量に暗譜。
●マニフィカトを作曲。
1901年(15歳)
●ヴィドール、ヴィエルヌ、フランク、ブルックナー、レーガーらのオルガン作品を研究。
1902年(16歳)
●ヴァカンスでトレポールを訪れていたオルガン奏者で作曲家のアンリ・ダリエ[1849-1934]の知己を得て交流。パレーの才能を高く評価したダリエは、パリ音楽院入学資格の取得を支援。
ちなみにダリエは3年後の1905年、フォーレの後任としてパリのマドレーヌ教会のオルガニストとなり、1908年にはパリ音楽院の作曲科教授に就任、20年に渡って教えています。
1903年(17歳)
●合唱とオルガンのためのオッフェルトリウム『正しき者の口は知恵を語り』、ピアノ曲『スケルツォとタランテラ』、歌曲『月への言葉』を作曲。
1904年(18歳)
●パリ音楽院に入学。作曲、対位法、和声を学びます。
●声とチェロのための『天使の糧』、声とピアノのための『森の中で』を作曲。
1905年(19歳)
●ピアノ三重奏曲を作曲
1906年(20歳)
●ワルツ=カプリスを作曲
1908年(22歳)
●声楽と管弦楽のための『クリスマス・パストラル』、ヴァイオリンとピアノのためのセレナード、ヴァイオリンとピアノのためのソナタを作曲。
1909年(23歳)
●サラ・ベルナール劇場の楽団のチェロ奏者となります。
●兵役により数か月間の軍事教練。
●ピアノと管弦楽のための幻想曲、ロマンスを作曲。
1910年(24歳)
●カンタータ『アシとガラテー』によってローマ大賞2位を獲得。
●ヴァイオリンと室内管弦楽(またはピアノ)のためのユモレスク、子供の肖像、ヴァイオリンとピアノのための夜想曲を作曲。

1911年(25歳)
●カンタータ『ヤニッツァ』によってローマ大賞を獲得してローマに長期留学。審査員はフォーレ、ピエルネ、サン=サーンス、ヴィドールほか。
●シューベルトの主題によるワルツ、蝶々ほかを作曲。
1912年(26歳)
●楽譜出版社の編集者、ジャン・ジョベールと交流。
●バレエ『不安なアルテミス』、アンプレシオン、ロマンティックな反射、戦場、ピアノと管弦楽のためのヴィラネルを作曲。
1913年(27歳)
●オラトリオ『ジャンヌ・ダルク』、声と管弦楽のための『シャンソン・ヴィオレット』、声とピアノのための『奇妙な夜』、声とピアノのための『ヴィオール』を作曲。
1914年(28歳)
●声、オーボエとオルガンのための『あなたに』を作曲。
●ローマから帰国。
●第一次世界大戦開戦後、兵役により陸軍兵士としてベルギーの前線に送られ、2か月間の戦闘の後、ドイツ軍の捕虜となってダルムシュタットの捕虜収容所に移送。
●収容所で弦楽四重奏曲、『魂より』、4手ピアノのための小品を作曲。
1918年(32歳)
●フランスの勝利により、4年間に及ぶ収容所生活から解放。
●12月、マルセル・ドゥリリと結婚。のちに4人の子をもうけます。

1919年(33歳)
●夏、南仏、ピレネー山麓の景勝地、コートレーのカジノのオーケストラに楽長として雇用。パレーは指揮の本格的な勉強はしていませんでしたが、ここで多くの経験を積み、指揮者としての能力の高さを認められます。楽員の中にはコンセール・ラムルー管弦楽団のメンバーもおり、それが翌年の代役デビューにも繋がることになります。
●弦楽のための交響曲、チェロ・ソナタ第1番を作曲。
1920年(34歳)
●2月、コンセール・ラムルー管弦楽団を指揮してパリ・デビュー。これはアンドレ・カプレ[1878-1925]が急病でキャンセルになったことによる代役出演でしたが、ワーグナー、ベルリオーズ、シャブリエ、デュパルク、ドビュッシーから成る公演は大成功。
●コンセール・ラムルー管弦楽団の副指揮者に就任。デビュー公演の実績により、創始者シャルル・ラムルー[1834-1899]の娘婿で首席指揮者であるカミーユ・シュヴィヤール[1859-1923]のもとで指揮活動を開始。
1921年(35歳)
●声とピアノ、または管弦楽のための『ジャン・ラオールの詩による4つの詩』を作曲。
1922年(36歳)
●ディアギレフの『ロシア・バレエ団』から独立したダンサーで女優のイダ・ルビンシテイン[1885-1960]の提案により、バレエ『不安なアルテミス』の音楽を作曲。インパクトのある容姿と思い切った舞台上での演技で知られたイダ・ルビンシテインは、彼女のために書かれたドビュッシーの『聖セバスティアンの殉教』の初演では物議を醸したことでも有名。また、有名なストラヴィンスキーの『妖精の接吻』、ラヴェルの『ボレロ』、オネゲルの『火刑台上のジャンヌ・ダルク』は彼女の依頼で書かれたもので、さらに古巣であるバレエ・リュスの大立者ディアギレフとは険悪な関係になるなどやりたい放題のルビンシテインには独特のカリスマ性もありました。

1923年(37歳)
●コンセール・ラムルー管弦楽団首席指揮者に就任(1928年まで)。前任カミーユ・シュヴィヤールの死によるものでした。フランス、ドイツ、ロシアの音楽を得意とし、古楽から20世紀作品まで幅広いレパートリーを取り上げています。
1924年(38歳)
●コンセール・ラムルー管弦楽団を指揮してイベール『寄港地』初演。

1928年(42歳)
●南仏の隣、モナコ公国のモンテカルロ・カジノのオーケストラ(現モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団)の音楽監督に就任(1933年まで)。
1931年(45歳)
●夏場、フランス中部の温泉保養地ヴィシーのカジノのオーケストラの音楽監督に就任(1932年まで)。
●ジャンヌ・ダルクの没後500周年を記念してミサ曲を作曲。ルーアン大聖堂で初演。

1932年(46歳)
●コンセール・コロンヌ管弦楽団首席指揮者に就任(1956年まで)。
●パリ・オペラ座の指揮者も兼務。ワーグナー作品など指揮。
1934年(48歳)
●交響曲第1番を作曲。
●デンマークに客演。
1935年(49歳)
●ストラスブール市立管弦楽団(現ストラスブール・フィル)を指揮。
1936年(50歳)
●交響曲第2番を作曲。
1939年(53歳)
●ニューヨーク・フィルを指揮してアメリカ・デビュー。
1940年(54歳)
●前年9月にフランス政府が実施した大規模な徴兵により、国立の各劇場が人員不足のため閉鎖。
●人員不足は民間オーケストラにも及び、コロンヌ管弦楽団とラムルー管弦楽団も、第一次世界大戦のときと同じく合同組織となります。
●6月、フランスがドイツに降伏。
●フランス政府は、最終的にユダヤ人たちを絶滅収容所に移送するための中継点となるドランシー収容所に送るため、反ユダヤ立法を次々に制定。
●反ユダヤ立法に従い、フランス政府は、コロンヌ管弦楽団のユダヤ人楽員の名簿に加え、コロンヌ管弦楽団の創始者コロンヌがユダヤ人だったことから、楽団名称の変更も要求、パレーはこれを拒否して首席指揮者を辞任。
●名目上は自由地域となっていたマルセイユに転居。
●作曲活動を停止(編曲はその後もおこなっています)。
1941年(55歳)
●モナコ公国に移住。
●モンテカルロ・カジノのオーケストラ(現モンテカルロ・フィル)の指揮者に就任。
●フランス政府により、国立の劇場や楽団を解雇されてしまったユダヤ人楽員たちを集めて、モナコでのオペラ演奏などに起用。
1942年(56歳)
●8月、マルセイユ近郊の景勝地、カシで、アルザス出身のヨランド・ファルクと結婚。
1944年(58歳)
●第1次世界大戦中に捕虜収容所で作曲した弦楽四重奏曲を、弦楽オーケストラで演奏するため「弦楽交響曲」に編曲。
●イギリスとアメリカによるフランス国内への爆撃が激化。彼らは機体や兵士への被害を抑えるべく高空から爆弾を投下したため、目標から大幅にずれる誤爆が続発。結果的にフランス人一般市民の死者が3万人に達するといわれる凄惨な状況に陥っていました。
1945年(59歳)
●2月、ごく一部の地域を除いてドイツ軍がフランス国内から撤退。
●コンセール・コロンヌ管弦楽団の首席指揮者に復帰。
●新たに設立された「フランス共和国臨時政府」からの依頼で、ピアニストのイヴォンヌ・ルフェビュール[1898-1986]と共にロンドンに行き、BBCのためにラヴェルのピアノ協奏曲などフランス音楽を演奏。
●当時のロンドンは、敗色濃厚なドイツによる大量のV2ミサイル攻撃に晒されており、2,700人以上の犠牲者が出るという危険な状況にありました。ちなみにV2ミサイルの製造工場では、ブーヘンヴァルト強制収容所に収監された人々の中から約6万人が過酷な環境で強制労働させられており、1万人近い死者を出していました。V2ミサイル開発責任者のヴェルナー・フォン・ブラウン[1912-1977]は、敗戦直前にアメリカ軍に投降して亡命を希望、貨車300両分以上のV2ミサイルの部品と127名の配下の技師たちと共にアメリカに渡り、ICBM(大陸間弾道弾)の開発や、アポロ計画の推進に尽力、核軍備の加速的な増強と宇宙事業の拡大に絶大な影響力を及ぼしました。
●11〜12月、クーセヴィツキーに招かれてボストン交響楽団に客演。
1946年(60歳)
●ウィーン・フィルに客演。
1947年(61歳)
●ウィーン・フィルのフランス・ツアーに同行して指揮。
1949年(63歳)
●イスラエル・フィルの音楽監督に就任(1950年まで)。成功を収め、音楽監督辞任後も数多く客演していました。
1950年(64歳)
●フランス学士院会員に選出。

1951年(65歳)
●10月、ボストン、ニューヨーク、シンシナティ、フィラデルフィア、ピッツバーグ、シカゴのオーケストラに客演。以後も定期的に招かれます。
●デトロイト交響楽団の音楽監督に就任(1962年まで)。デトロイト交響楽団は大恐慌に起因する財政難や運営問題などから1942年に解散しています。2年後の1944年には再結成するものの、5年後の1949年には再び解散しており、1951年の再々結成に際しては、全米各地のオーケストラへの客演で高評価を得ていたポール・パレーにオーケストラの再建を打診する運びとなりました。
運営陣の決断は正解で、パレーは楽団の力量を数年のうちに引き上げ、メジャー・オーケストラに匹敵する演奏能力を獲得します。
ちなみに当時のデトロイト市は、フォード、GM、クライスラーの牽引する自動車産業の隆盛により、人口が半世紀前の約6倍の180万人に達しており、全米5位の大都市として経済も豊かでした(現在は人口は3分の1近くにまで減少し、2013年には財政破綻したためミシガン州により行政がおこなわれています)。
1953年(67歳)
●マーキュリー・レーベルにデトロイト交響楽団とレコーディングを開始。高音質を看板にしたリヴィング・プレゼンス・シリーズで、1962年に音楽監督を退任するまで精力的にレコーディングがおこなわれます。
1956年(70歳)
●デトロイト交響楽団の新たな本拠地「フォード・オーディトリアム」が完成(2011年に解体)。最新のレコーディング設備なども備えており、マーキュリーへのレコーディングが飛躍的に増加。
●コンセール・コロンヌ管弦楽団の首席指揮者を辞任。ほぼ四半世紀に及ぶ長期の在任でしたが、デトロイト交響楽団での仕事の増加に対応するため職を辞します。後任はボストン交響楽団の音楽監督シャルル・ミュンシュ。
1962年(76歳)
●デトロイト交響楽団の音楽監督を退任して名誉指揮者の任ぜられます。
1963年(77歳)
●モナコ公国に移住。
●モンテカルロ国立歌劇場管弦楽団を中心に、フランス国立放送管弦楽団、イスラエル・フィルなどさまざまなオーケストラに客演。
1971年(85歳)
●イスラエル・フィルに客演。
1975年(89歳)
●レジオン・ドヌール勲章(グラン・クロワ)授与。
●デトロイト交響楽団の夏のコンサート「メドウ・ブルック音楽祭」に出演。
1976年(90歳)
●前年に続き、デトロイト交響楽団の夏のコンサート「メドウ・ブルック音楽祭」に出演。
●イスラエル・フィルに客演。
1977年(91歳)
●ニースでマルク・シャガール[1887-1985]の90歳のバースデイ・コンサートに出演。
1978年(92歳)
●フィラデルフィアのカーティス音楽院の学生オーケストラを一週間に渡って指導し、演奏会も開催。
1979年(93歳)
●モンテカルロで心臓発作により死去。生地トレポールの墓地に埋葬。

【収録情報】
Disc1
● イベール:交響組曲『寄港地』
デトロイト交響楽団
Rec:March 1962
● ラヴェル:ラ・ヴァルス
デトロイト交響楽団
Rec:March 1962
● ラヴェル:クープランの墓
デトロイト交響楽団
Rec:April 1959
● ラヴェル:道化師の朝の歌
デトロイト交響楽団
Rec:March 1962
● ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
デトロイト交響楽団
Rec:March 1962
● ラヴェル:スペイン狂詩曲
デトロイト交響楽団
Rec:March 1962
Disc2
● エロール:『ザンバ』序曲
デトロイト交響楽団
Rec: November 1960
● オーベール:『王冠のダイヤモンド』序曲
デトロイト交響楽団
Rec: November 1960
● サン=サーンス:『サムソンとデリラ』〜バッカナール
デトロイト交響楽団
Rec: March 1961
● ビゼー:『カルメン』〜ジプシーの踊り
デトロイト交響楽団
Rec: March 1962
● ベルリオーズ:『カルタゴのトロイ人』〜王の狩と嵐
デトロイト交響楽団
Rec: March 1962
● マスネ:序曲『フェードル』
デトロイト交響楽団
Rec: March 1962
● トマ:『ミニヨン』〜ガヴォット
デトロイト交響楽団
Rec: March 1962
● グノー:『ファウスト』からバレエ音楽
デトロイト交響楽団
Rec: March 1962
Disc3
● ワーグナー:『ニュールベルクのマイスタージンガー』コンサート用組曲
デトロイト交響楽団
Rec:February 1960
● ワーグナー:『ワルキューレ』〜ヴォータンの告別と魔の炎の音楽
デトロイト交響楽団
Rec:February 1960
● ワーグナー:『神々の黄昏』〜夜明けとジークフリートのラインへの旅
デトロイト交響楽団
Rec:March 1956
● ワーグナー:『トリスタンとイゾルデ』第3幕への前奏曲
デトロイト交響楽団
Rec:March 1956
● ワーグナー:『さまよえるオランダ人』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:February 1960
● ワーグナー:『リエンツィ』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:February 1960
● ワーグナー:ジークフリート牧歌
デトロイト交響楽団
Rec:March 1956
Disc4
● トマ:『ミニヨン』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1960
● トマ:『レーモン』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1960
● ビゼー:『カルメン』組曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1956
● ビゼー:序曲『祖国』
デトロイト交響楽団
Rec:March 1958
● ビゼー:『アルルの女』第1組曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1956
● ビゼー:『アルルの女』第2組曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1956
Disc5
● ルーセル:組曲ヘ長調,op.33
デトロイト交響楽団
Rec:March 1957
● シャブリエ:狂詩曲『スペイン』
デトロイト交響楽団
Rec:November 1960
● シャブリエ:歌劇『いやいやながらの王様』〜ポーランドの祭り
デトロイト交響楽団
Rec:November 1960
● シャブリエ:歌劇『グヴァンドリーヌ』〜序曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1960
● シャブリエ:歌劇『いやいやながらの王様』〜スラヴ舞曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1960
● シャブリエ:楽しい行進曲
デトロイト交響楽団
Rec:April 1959
● シャブリエ:気まぐれなブーレ
デトロイト交響楽団
Rec:March 1957
● シャブリエ:田園組曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1960
Disc6
● ドビュッシー:夜想曲
デトロイト交響楽団
Rec:March 1961
● ドビュッシー:小組曲
デトロイト交響楽団
Rec:April 1959
● ラヴェル:バレエ『ダフニスとクロエ』第2組曲
デトロイト交響楽団
Rec:March 1961
● ラヴェル:高雅にして感傷的になワルツ
デトロイト交響楽団
Rec:April 1959
● ラヴェル:ボレロ
デトロイト交響楽団
Rec:March 1958
Disc7
● オーベール:『青銅の馬』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:April 1957
● オーベール:『フラ・ディアヴォロ』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:April 1957
● オーベール:『マッサニエロ』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:April 1957
● スッペ:『美しいガラテア』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1959
● スッペ:『スペードの女王』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1959
● スッペ:『軽騎兵』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1959
● スッペ:『詩人と農夫』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1959
● スッペ:『ウィーンの朝・昼・晩』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1959
● スッペ:『ボッカチオ』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1959
Disc8
● オッフェンバック:『美しきエレーヌ』
デトロイト交響楽団
Rec:April 19592
● オッフェンバック:『天国と地獄』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:April 1959
● オッフェンバック:『ホフマン物語』組曲
デトロイト交響楽団
Rec:April 1959
● ロッシーニ:『ウィリアム・テル』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:January 1959
● グノー :あやつり人形の葬送行進曲
デトロイト交響楽団
Rec:April 1959
● サン=サーンス:フランス軍隊行進曲
デトロイト交響楽団
Rec:April 1959
● サン=サーンス:英雄行進曲
デトロイト交響楽団
Rec:April 1959
● マイアベーア:戴冠行進曲
デトロイト交響楽団
Rec:April 1959
● ルージェ・ド・リール:ラ・マルセイエーズ
デトロイト交響楽団
Rec:April 1959
● アダン:『たれもし王者なりせば』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1960
● ルーセル:バレエ組曲『くもの饗宴』
デトロイト交響楽団
Rec:1953
Disc9
● ベートーヴェン:交響曲第1番ハ長調, op.21
デトロイト交響楽団
Rec:January 1959
● ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調, Op.36
デトロイト交響楽団
Rec:January 1959
● モーツァルト:交響曲第35番ニ長調, K. 385 『ハフナー』
デトロイト交響楽団
Rec:October 1956
Disc10
● ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調, op.92
デトロイト交響楽団
Rec:February 1953
● ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調,op.68『田園』
デトロイト交響楽団
Rec:December 1954
Disc11
● シベリウス:交響曲第2番ニ長調, op.43
デトロイト交響楽団
Rec:January 1959
● ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調, Op.95『新世界より』
デトロイト交響楽団
Rec:Februry 1960
Disc12
● ベルリオーズ:序曲『海賊』op.21
デトロイト交響楽団
Rec:March 1958
● ベルリオーズ:序曲『ローマの謝肉祭』op.9
デトロイト交響楽団
Rec:March 1958
● ベルリオーズ:歌劇『トリイアの人々』〜トロイ人の行進曲
デトロイト交響楽団
Rec:April 1959
● ベルリオーズ:劇的物語『ファウストの劫罰』op.24〜ハンガリー行進曲
デトロイト交響楽団
Rec:April 1959
● ベルリオーズ:幻想交響曲,op.14a
デトロイト交響楽団
Rec:November 1959
Disc13
● ウェーバー:舞踏への勧誘,op.65
デトロイト交響楽団
Rec:January 1959
● サン=サーンス:死の舞踏,op.40
デトロイト交響楽団
Rec:January 1959
● リヒャルト・シュトラウス:『サロメ』〜7つのヴェールの踊り
デトロイト交響楽団
Rec:March 1958
● シュミット:バレエ『サロメの悲劇』,op.50
デトロイト交響楽団
Rec:March 1958
● リスト:メフィスト・ワルツ
デトロイト交響楽団
Rec:January 1959
● ボイエルデュー:『白衣の婦人』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1960
Disc14
● ラヴェル:マ・メール・ロワ
デトロイト交響楽団
Rec:March 1957
● ドビュッシー:イベリア
デトロイト交響楽団
Rec:December 1955
● ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
デトロイト交響楽団
Rec:December 1955
● ドビュッシー:海
デトロイト交響楽団
Rec:December 1955
Disc15
● バロー:ひとりの死者への捧げ物
デトロイト交響楽団
Rec:March 1957
● ラロ:『ナムーナ』第1組曲
デトロイト交響楽団
Rec:March 1958
● ラロ:『イスの王様』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:March 1958
● ショーソン:交響曲変ロ長調,op.20
デトロイト交響楽団
Rec:March 1956
Disc16
● ポール・パレー:ミサ曲『ジャンヌ・ダルク没500年を記念して』
フランシス・イーンド(ソプラノ)
フランシス・ビーブル(メゾ・ソプラノ)
デイヴィッド・ロイド(テノール)
イ=クウェイ・ツェ(バス)
ラッカム交響合唱団
メイナード・クリーン(合唱指揮)
デトロイト交響楽団
Rec:October 1956
● サン=サーンス:交響曲第3番ハ短調,op.78『オルガン付』
マルセル・デュプレ(オルガン)
デトロイト交響楽団
Rec:October 1957
Disc17
● ハイドン:交響曲第96番ニ長調『奇跡』
デトロイト交響楽団
Rec:October 1956
● メンデルスゾーン:『真夏の夜の夢』より
デトロイト交響楽団
Rec:March 1958
● メンデルスゾーン:交響曲第5番ニ長調,op.107『宗教改革』
デトロイト交響楽団
Rec:March 1958
Disc18
● シューマン:交響曲第1番変ロ長調,op.38『春』
デトロイト交響楽団
Rec:March 1958
● シューマン:交響曲第3番変ホ長調,op.97『ライン』
デトロイト交響楽団
Rec:November 1956
Disc19
● シューマン:交響曲第2番ハ長調,op.61
デトロイト交響楽団
Rec:December 1955
● シューマン:交響曲第4番ニ短調,op.120
デトロイト交響楽団
Rec:December 1954
● シューマン:『マンフレッド』序曲,op.115
デトロイト交響楽団
Rec:March 1958
Disc20
● ラフマニノフ:交響曲第2番ホ短調,op.27
デトロイト交響楽団
Rec:March 1957
● リムスキー・コルサコフ:交響曲第2番 ,op.9『アンタール』
デトロイト交響楽団
Rec:December 1953
Disc21
● ワーグナー:『ローエングリン』〜第1幕への前奏曲
デトロイト交響楽団
Rec:February 1953
● ワーグナー:1『ローエングリン』〜第3幕への前奏曲
デトロイト交響楽団
Rec:February 1953
● ワーグナー:1『さまよえるオランダ人』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:November 1954
● ワーグナー:1『ニュールベルクのマイスタージンガー』〜第1幕への前奏曲
デトロイト交響楽団
Rec:February 1953
● ブラームス:交響曲第4番ホ短調, Op. 98
デトロイト交響楽団
Rec:March 1955
Disc22
● ワーグナー:『パルジファル』〜第1幕への前奏曲
デトロイト交響楽団
Rec:March 1956
● ワーグナー:『パルジファル』〜聖金曜日の音楽
デトロイト交響楽団
Rec:November 1954
● ワーグナー:『ワルキューレ』〜ワルキューレの騎行
デトロイト交響楽団
Rec:February 1953
● ワーグナー:『タンホイザー』序曲
デトロイト交響楽団
Rec:February 1953
● ワーグナー:『ジークフリート』〜森のささやき
デトロイト交響楽団
Rec:November 1954
● ワーグナー:『トリスタンとイゾルデ』〜前奏曲と愛の死
デトロイト交響楽団
Rec:March 1955
Disc23
● リムスキー・コルサコフ:序曲『ロシアの復活祭』,op.36
デトロイト交響楽団
Rec:December 1953
● リムスキー・コルサコフ:スペイン奇想曲,op.34
デトロイト交響楽団
Rec:February 1953
● フランク:交響曲ニ短調
デトロイト交響楽団
Rec:November 1959(3-5)
Disc24
● ダンディ:フランス山人の歌による交響曲,op.25
マリグリット・ロン(ピアノ)
コンセール・コロンヌ管弦楽団
Rec:May 1934
● ベルリオーズ:序曲『ベンヴェヌート・チェッリーニ』, op.25
コンセール・コロンヌ管弦楽団
Rec:1947-48
● ベルリオーズ:『ファウストの劫罰』〜ハンガリー行進曲
コンセール・コロンヌ管弦楽団
Rec:1947-48
● デュカス:ラ・ペリ
コンセール・コロンヌ管弦楽団
Rec:1947
Disc25
● ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調,op.68『田園』
コンセール・コロンヌ管弦楽団
Rec:22-25 May 1934
● ムソルグスキー:交響詩『禿山の一夜』
コンセール・コロンヌ管弦楽団
Rec:28 March 1934
● ベートーヴェン:『アテネの廃墟』〜トルコ行進曲 op.113
コンセール・コロンヌ管弦楽団
Rec:28 March 1934

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※表示のポイント倍率は、ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。
