パウラ・モレレンバウム・インタビューC
Saturday, August 24th 2013

パウラ・モレレンバウム、アルバム『テレコテコ』を語るC
|
||||||||||||
| Contents | ||||||||||||
|
||||||||||||
|
![]() セウ・ダ・ボカ パウラ :この曲はジョビンの曲で、ジャンル的にはサンバ・エザルタサゥン(Samba Exaltacao)というサンバです。40〜50年代にチアトロ・ヘビスタという、今はないのですが、カジノみたいなところに、露出の多い女性ダンサーが踊るという、今で言うレビューみたいな場所があったんです。で、ジョビンがそこの歌手に曲を依頼されて作曲した、非常に珍しい曲です。アリ・バホーゾのスタイルですね。ジョビンの最初の奥さんのテレーザから聞いたの。 --- 珍しい。 パウラ オリジナルでは男性のコーラス・グループが入っていて、それがバンダ・ダ・ルア(Banda Da Lua)というカルメン・ミランダのバックで演奏やコーラスをしていたグループです。その雰囲気を出したくて、私が初めてプロ活動を行なったグループ、セウ・ダ・ボカを招いてコーラスを入れてもらったのよ。 --- なるほど、ライヴでもカルメン・ミランダ風な踊りや仕草をされていたんですね。
![]() ジョアン・ドナート パウラ そうなの。 --- 最後に大貫妙子さんの「Japao」(ドナート作品「A Paz」の日本語カバー)で終わるという素敵なショーでした。「Japao」はジョアン・ドナートさんの提案だったのですか? パウラ 今回ドナートをスペシャル・ゲストで呼んだのは、アルバムで2曲参加してくれていることもありますが、もちろん素晴らしいアーティストだからです。それで「インセンサテズ」と「彼女はカリオカ」と最後に「ア・パス」をやりました。大貫妙子の日本語ヴァージョンを持ってきたのはドナートで、せっかくなので日本語で歌うことになったのよ。 --- 本当に素敵なエンディングでした。 パウラ ありがとう! 日本語だけのアルバムが作りたくなっちゃったわ!
---
ぜひお聴きしたい! 本日はありがとうございました!
★パウラ・モレレンバウムから、HMV渋谷と
■取材協力:株式会社アトス・ブロードキャスティング
|
||||||||||||
1 of 4 |
||||||||||||
【パウラ・モレレンバウム・バイオグラフィー】
|
||||||||||||
ブラジルを代表するボサノヴァ・シンガーのひとり、パウラ・モレレンバウムはリオ・デ・ジャネイロ生まれ。プロとしてのキャリアを1980年,セウ・ダ・ボカというコーラス・グループのメンバーとしてアルバムをリリース、ブラジル国内をツアーしたことに始まる。82年2枚目のアルバムのミュージカル・ディレクターだったジャキス・モレレンバウムと知り合い、結婚。ソロ・シンガーの道を歩み始め、同時に女優としても活躍する・・・
|
||||||||||||
| Contents | ||||||||||||


