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山崎浩太郎 はんぶる・ドットこらむ 「浄闇と沈黙のワーグナー」

2003年8月20日 (水)

はんぶる・ドットこらむ 山崎浩太郎
第32回 「浄闇と沈黙のワーグナー」

 今月は、ムラヴィンスキー指揮の来日ライヴ・エディションの第7集をとりあげる。ベートーヴェンの《田園》交響曲と、ワーグナーの管弦楽曲を3曲、すなわち《トリスタンとイゾルデ》前奏曲と愛の死、《ジークフリート》森のささやき、そして《ワルキューレ》ワルキューレの騎行を収めた1枚だ。

 1979年5月21日、上野の東京文化会館での演奏会を、会場の聴衆が録音したものである。いわゆる「膝上録音」なのだが、バランスの整ったステレオで、音質的な不満は感じなかった。もちろん音質の基準は人それぞれだから、別の感想を抱く人もいるだろう。  私の大学時代の友人で、この演奏会を実際に聴いて大感激したという人物がいた。かれからその感想を最初に聞いたのは82、3年ごろのはずで、もう20年も前のそんな会話を記憶しているくらいだから、わたしにとってもよほど印象が深かったのだろう。

 わたし自身はムラヴィンスキーを一度も聴いていない。79年のときには戦争映画とプラモデルに熱中していて、音楽などには何の興味もない高校2年生だった。80年代に何度か予定された来日公演(83年にはNHK交響楽団を指揮する計画もあった)は行く気になっていたのだが、すべてキャンセルされてしまった。まあ、わたしは記憶力が悪い方なので、たとえ聴いたとしても、もう忘れてしまっているに決まっているが。

 しかし今回のCDを聴く、楽しむという点に徹するなら、わたしは実演体験などなくてよかったと思っている。一生に一度きり、あとは風化するだけの「思い出」と、何度もくり返せる「仮想現実」のCDを比べたって、意味はあるまい。そこから出てくるのはすべて「繰り言」に過ぎないのではないか。

 前置きはこれくらいで、CDの感想を書こう。《田園》については、書くことがない。いいとか悪いとかではない。先日聴いたノリントンの《田園》のヘンスラー盤のあのリズムや音色が、わたしの脳や体にこびりついてしまっていて、他の演奏に素直に接することを妨げてしまっている。クレンペラー&ベルリン・フィルの《田園》もそうだが、ムラヴィンスキーの演奏について語るには、ノリントンの呪縛が解けるまで待たねばならないようだ。

 圧倒的な感銘を受けたのは、ワーグナーである。とくに〈森のささやき〉が凄い。こんな巨大で濃密な演奏は聴いたことがない。

 真夏の夜の闇。ここにあるのは闇のロマンチシズムだ。はかりしれぬ奥行きと拡がりをもった、黒い黒い、しかし暖かい闇。響きわたるトランペットともに闇がはじけると、足元は切りたった断崖。眼下には雄大な景色。こんな音楽に映像はいらぬ。

 〈ワルキューレの騎行〉も凄まじい。快速のテンポだが、その進行は単純ではなく、背筋がゾクゾクする緊張感とスケール感がある。上下前後左右、すべての方向から、それもはるか彼方から超高速で接近してきたワルキューレたちが飛びかい、風を切って飛び去る。

 3曲ともに共通するのだが、異様な徐けさが音楽を支配しているのが何よりも素晴らしい。どんなに音が鳴り響き、疾走しようと、その音が吸いこまれてゆく「沈黙」が、このワーグナーにはある。

 圧倒的な「仮想現実」の出現を、心から称えよう。

(やまざきこうたろう 演奏史譚家)


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交響曲第6番『田園』、ワーグナー:『ワルキューレの騎行』、ほか ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1979)

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交響曲第6番『田園』、ワーグナー:『ワルキューレの騎行』、ほか ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1979)

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日本ムラヴィンスキー協会主宰

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