100人の偉大なアーティスト - No. 37
Friday, May 16th 2003
伝説の女性ロック・シンガー、 ジャニス・ジョプリンは1943年1月19日、テキサス州ポート・アーサーに生まれた。幼少の頃から絵を描くのが好きで、頭の良い子だったといわれるが、テキサスの保守的な土地柄に馴染めず、友達の少ない孤独な少女時代を送ったともいわれている。1960年に高校を卒業した彼女は、すでにビートニクの仲間入りをし、いくつかの大学に通ったがどこも長続きせず、すぐに辞めてしまったという。ニュー・ヨークやロサンゼルスなどを転々とした彼女は数々のアルバイトをしながら、クラブで歌い始める。またこの頃から‘ブルースの女帝‘と呼ばれた ベッシー・スミスや黒人フォーク/ブルース歌手、レッドベリーに心酔し、ブルースの世界にのめり込んでいったらしい。
1965〜65年頃にはサン・フランシスコにヒッピーと呼ばれる一群が登場していた。そうしたヒッピー・ムーヴメントの中から数多くのバンドが現れたが、その中にビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーというバンドが居た。メンバーはサム・アンドリュース(g,vo)、ピーター・アルヴィン(b,g)、ジェイムス・ガーレイ(g)、デイヴ・ゲッズ(ds.)。彼らは当時シグネ・アンダーソン(後にグレース・スリックに交替する)のヴォーカルで人気を集めていたジェファーソン・エアプレインに対抗すべく、女性シンガーを探していたが、そこに当時ポート・アーサーに帰郷していたジャニスが加わり(1966年6月)、バンドは活動を開始した。当時のサン・フランシスコ・シーンにビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーは衝撃を与えたといわれているが、その活動初期の音源は1984年にリリースされた チーパー・スリルズCheaper Thrills で聴くことが出来る。1966年7月に録音されたというその音源でのジャニスは、この時点ではまだ未完成ながら、それまでの女性シンガーにはなかった強力なヴォーカルを聴かせている。
ビッグ・ブラザー〜の正式なデビュー・アルバム アンダー・グラウンドの王者 Big Brother & The Holding Company を1967年にメインストリーム・レーベルからリリース。しかしプロデュースの失敗その他でジャニスのヴォーカルを活かし切れなかった同作品は、全米チャート60位止まりとなり、商業的には失敗作といえた(後にこの作品は後にCBSが買い取り、シングル・リリースのみだった“クークー” 、 “最後の時”を加え、 ジャニス・ジョプリン・ファースト・レコーディング Big Brother & The Holding Companyとしてリニューアルされ再発)。
ジャニスにとって転機となったのは1967年6月に行われたモンタレー・ポップ・フェスティヴァルへの出演だった。そこでのジャニスは全身を震わせながら、女性ブルース歌手ビッグ・ママ・ソーントンの“ボールとチェイン”を歌い上げ、そのエモーション溢れる歌唱は大観衆に衝撃を与えるのに充分だった。ジミ・ヘンドリックス、オーティス・レディングとともにこのフェスティヴァルのハイライトを作り上げた、この時のジャニスの勇姿は、ヴィデオ Monterey Pop Festival:The Filmで見ることができる。
このステージの話題がきっかけとなり、ジャニスはCBSと契約。ジャニスとビッグ・ブラザー〜の本領がライヴにあることを感じ取った会社は、ニュー・ヨークとサンフランシスコでのライヴで構成されたアルバム チープ・スリル Cheap Thrills を1968年9月にリリース。同作品は8週連続ナンバー・ワンという大ヒットを記録した。またシングル・カットされた アーマ・フランクリン のカヴァー“心のかけら Piece Of My Heart”も12位まで浮上するヒットとなった。しかしこのアルバム最大の聴きどころは、何といってもガーシュインの名曲“サマータイム”と前述の“ボールとチェイン”での絶唱だった。そうした歌唱の凄まじさによって、ジャニスの名は音楽誌のみならず、タイムやニューズウィークといった有名な一般誌にまで取り上げられるほどになった。なおこの作品は1968年3月から5月にかけて制作されており、ニューヨークのフィルモア・イーストとサンフランシスコのウィンターランドでのライヴで構成されているが、それまで白鳥の歌 Farewell Songなどで聴くことの出来た4月12/13日のウィンターランドでのライヴは、別ヴァージョンで構成され、1998年にライヴ・アット・ウィンターランド'68 Live At Winterland '68としてリリースされた。
折からの‘ロック革命‘の嵐の中で、ジャニスはロック界初の女性スーパースターの地位を得たが、この直後、既に噂されていたようにジャニスはビッグ・ブラザー〜を脱退することになる。この脱退劇についてはジャニスの才能とバンドの演奏力/表現力とのギャップといった話が、やはり真相として有力視されているが、ジャニスの存在を受け止めるバンドが現れるのはもっと先のことだった。1968年12月1日、サン・フランシスコのアヴァロンでのステージを最後にジャニスはビッグ・ブラザー〜のもとを離れた。この後もバンドとしてのビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーは、元エレクトリック・フラッグのニック・グレイヴナイツらを加え、ビー・ア・ブラザーBe A Brother(1970年)、恋とは辛いものHow Hard It Is(1971年)といったアルバムをリリースしたが、1972年に解散する。
ビッグ・ブラザー〜のサム・アンドリュースを中心にジャニス・ジョプリンズ・レヴューを結成したジャニスは、1968年12月21日から新しい一歩を踏み出すべくアメリカン・ツアーを行うが、それはメンバーが続々と替わり、バンド名もさまざまに変えつつ行うといった苦しいものとなった。最後まで残ったメンバーはブラッド・キャンベル(b)、テリー・クレメンツ(sax)だけといったありさまだった。
そうした間に、ジャニスは初のソロ・アルバム コズミック・ブルースを歌うI Got Dem Ol’Kosmoc Blues Again Mama!(1969年11月)をリリース。最高位全米41位を記録した“コズミック・ブルース”はジャニス自身が書いた詞に、プロデューサーのガブリエル・メクラーが曲をつけたもので、彼女の25年間の人生を歌い込んだものとして多くのリスナーの共感を呼んだ。しかしアルバム自体の出来としては“トライ”という彼女の名曲や、ビージーズのカヴァー“ラヴ・サムバディ”などを収録してはいるものの、いささかオーヴァープロデュース気味ともいえる側面もあるなどと指摘されることもあった。ただ商業的には全米で最高位5位を記録し、ミリオンセラーとなってはいるのだが。
スーパースターの座に就いていたとはいえ、バンドが安定せず、彼女自身が語ったように男性の愛に飢えていたジャニスは次第に酒とドラッグに溺れていった。
しかし、ジャニスは1970年には遂に理想のバンドともいえるフル・ティルト・ブギーを結成。このことは、それまでの生活からは得られなかったような風向きの良さを実感しただろう。メンバーはケン・ピアソン(key)、ブラッド・キャンベル(b)、ジョン・ティル(g)、リチャード・ベル(key)、クラーク・パイアソン(ds)で、クラーク以外の4人はカナダ人だった。このバンドについて彼女は、自身が「グループのことで今までに、こんなに幸せな気分にされたことってない」と語り、またこのグループのことを愛している、とまで放言していた。さらに私生活の面でも婚約をはじめ幸せの頂点を噛み締める生活を送る中、フル・ティルト・ブギーをバックに配したアルバムもほぼ完成の域にまで達しようとしていた。
そうした中、悲劇は起こった。70年10月4日、ジャニスはハリウッドのランドマーク・モーター・ホテルで死んでいるところを発見された。死因はヘロイン中毒といわれている。享年27歳の若すぎる死だった。
彼女の遺作は、お気に入りのニックネームからパール Pearl と名付けられ、1971年にリリースされた(全米9週連続ナンバー・ワンを記録。シングルの“ミー・アンド・ボビー・マギー”も唯一のナンバー・ワン・ヒットとなった)。ジャニスの死後も1972年に未発表ライヴ音源を集めた ジャニス・イン・コンサート Janis In Concertをはじめ、さまざまな未発表テイクやライヴ音源が出回ったり、ドキュメンタリー映画 ジャニスJanisが1974年に公開されるなどした。またベット・ミドラー主演の映画ローズRose(1979年)はジャニスをモデルにしたものだった。
for Bronze / Gold / Platinum Stage.
top 100 most influential artists The List So Far....
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- 3. Elvis Presley
- 4. Bob Dylan
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- 10. David Bowie
- 11. Eric Clapton
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- 13. Frank Sinatra
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- 17. Burt Bacharach
- 18. Marvin Gaye
- 19. Kurt Cobain
- 20. Phil Spector
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- 22. Billie Holiday
- 23. Antonio Carlos Jobim
- 24. Otis Redding
- 25. John Coltrane
- 26. Stevie Wonder
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- 39. Hank Williams
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- 43. Joni Mitchell
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- 45. John Lydon
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- 47. Jim Morrison
- 48. George Harrison
- 49. Thelonious Monk
- 50. Duke Ellington
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- 59. Ryuichi Sakamoto
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- 62. Serge Gainsbourg
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- 72. Elvis Costello
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