2008年6月5日 (木)
interviewer : Komori/Nishio(HMV online)
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前編 『佐野元春の近況〜リイシュー制作について』 |
2008-06-5 |
『哲学があって、十分にポップ
佐野元春 『COYOTE』は、コアファンのみならず若い世代のリスナーからの支持もあって、とても評価をもらったアルバムでした。アルバムリリース後は全国22箇所くらいのツアーに出かけて、最終日の東京NHKホールまで大成功に終わりました。そのツアーの終了をもって『COYOTE』のプロジェクトは終わったんですけれど、それから1ヶ月くらいは何もすることができず、ただただ遊んで(笑)暮らしていました。 --- 貴重な機会となって嬉しいです。 佐野元春 うん。まあその間ずっと進めてきた『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』の限定編集盤は今年にリリースするということが決まっていて、これは ” 佐野元春アーカイヴコミッティー (msAC)” というジャーナリスト達が中心となった委員会がまとめてくれたものですから、僕自身の関与というのは音の部分と映像の部分なんです。 こういうリイシュー盤は、当時『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』というアルバムを支持してくれたファンの皆さんにまた一つ楽しさを戻すという意味あいがあるんだけどね、ファンの皆さんをがっかりさせない、というかむしろ新しい発見をしてもらえるようなパッケージになったんじゃないかと思います。僕も楽しく作りました。 --- リイシューにあたって考えられていたことをもう少し聞かせていただけますか? 佐野元春 1989 年にリリースされたこの『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』は、当時同時期にリリースされたほかのポップアルバムに比べて、かなりラディカルで先鋭的な、しかしポップなアルバムという評判がありました。思い返せば日本の経済がバブルの絶頂期ということで、非常にモノが溢れていた時代で、心が少し後退していたような時代背景のなかでリリースされたアルバムでした。それだけではなくて、中国での天安門事件とかヨーロッパでのドイツ東西統一とか、日本においては昭和から平成に時代が変わったというような大きな変化の中から生まれてきたアルバムだったので、当然僕もそうした時代の雰囲気を体に受け止めながら作ったと言えます。特に中国で起こった天安門事件というのは世界のみんな、日本の僕らにも大きな影響を与えた事件で「民主主義とは何か?」という問いがそこにあった。 --- ではアルバムの中身に入っていきたいんですが、今お話に出た「時代」ということに加えて、 ” 佐野元春 ” のアーティストキャリアという意味においては当時どういう時期だったんでしょうか? 佐野元春 初期 3 枚のアルバムを出したあと、僕はニューヨークに行って『 Visitors 』というアルバムを出しました。『 Visitors 』もヒップホップオリエンテッドな作品で当時の誰も聴いたことのないような様式だったので、非常にそこに新しさを感じてくれたキッズ達がいました。次にリリースした『 Café Bohemia 』はそれに対して UK オリエンテッドなアルバムで、当時のロンドンでハプニングしていた音楽の要素がいっぱい入っている。 1 曲 1 曲全部リズムのパターンが違うんですね。スカがあったりレゲエがあったりジャズがあったりと、一つとして同じグルーヴ、ビートというものが無いアルバムになっています。 --- 結果として、当時その目標を達成できたという実感はあったんですか? 佐野元春 うん、リリース後に今回のリイシュー盤にもその一部がパッケージされている長いツアーがあったんだけれど、佐野元春そして The Heart Land というバンドが共に歩いてきた第 1 回目のピークがそこにある。 The Heart Land の結成、 1981 年にドラムの古田 ( たかし ) 君が加入したときをスタートと数えると、約 10 年目にして初めてクリエイティブなピークが来たという実感。当時も、いま客観的にふりかえってみても、それは確かだね。 --- ではレアトラックの収録部分についてですが、今回はじめて収録されたバージョンの音源というのはどういった過程で発掘されたものなのでしょうか? 佐野元春 当時はアナログレコーディングで、 1 インチのアナログテープを使っていたんです。24のトラックがあるこのテープを僕らは「マルチテープ」」と呼んでいて、今回ここに収録したものはそのマルチテープからの音源。これは僕が帰属していたソニーミュージックエンタテインメントが管理していて、そこに行って正式にリリースされているもの以外にどんなテープがあるのかを全部聴いて検証しました。かなり膨大な量があって、全部聴き直した中でこれらが出てきたんです。 すっかり僕は忘れてしまっていたんだけれど ( 笑 ) 、再会したときには「あ、そうだ! UK に行くまえに The Heart Land でこのアルバムを作ろうとしていたんだ」と思い出して。それでテープを聴いてみたら、もうそのままレコードとしてリリースしていいくらいの完成度の高い録音が残っていたんですね。それで、これはもう躊躇することなく、今のファンに還元したいということで、そこからあらためてミックスダウンをしてまとめた音がこれです。 --- UK のセッションの前段階での録音ということですね。 佐野元春 そう、正式にレコードリリースするということを前提に録音したものです。しかしその先で僕はだんだん自分のやりたいこと、つまり UK のパブロックのミュージシャン達とレコーディングをして、 UK をライブサーキットしたいという希望が明確になってきたので、それまでにレコーディングしていたものを全部お蔵入りにしちゃった。こういう景気の悪い世の中からすると非常に贅沢な ( 笑 ) かたちではあったんだけれど、それくらい創作ということの純粋さを追求していたということだと思う。徹底して自分のビジョンを追及していくことが許された時代であったといえるね。 --- あと『枚挙に暇がない』は完全に未発表の楽曲ということで、これはアルバムのカラーと異なるという理由でのアウトテイクだったんですか? 佐野元春 そう、これは UK のミュージシャンとレコーディングしていく過程のなかで、遊びでやった楽曲。当時 80 年代の中盤くらいからロンドンにはサードワールドのミュージシャン達がたくさん入ってきていて、スカとかレゲエとかゴキゲンな音楽をみんながやりはじめていた。たとえばポリスとか CLASH とか。そういう雰囲気を僕も感じていて、スカナンバーを書いてみたいと、それもただの FUN なスカではなくやっぱり「抵抗の歌」としてのスカやレゲエというのを僕達は感じていたから「枚挙に暇がない」もはっちゃけた感じではあるけれども、よく聴いてみるとけっこうヘヴィーだったりするよね。 --- 既に発表されている楽曲の歌詞もかなり興味深いです。オリジナルのバージョンとは細かい部分で歌詞が変わっていたり、言い換えられていたり。「新しい航海」なんかも結果的に日本語の割合が増えていった過程が垣間見えますね。 佐野元春 うん、そうだね。僕のソングライティングの様式であるとか、どういう過程で僕が言葉を練っているのかということを、もう今のファンにだったらバラしてもいいかな?という思いはある。昔の僕だったら完璧を期するので、そうした習作であったり途中の過程なんて絶対見せなかったんですけどね、もう 20 年という歳月が経っているので結果的に楽しんでもらえるんじゃないかと思える。 例えば「新しい航海」にしても「 7 月のタンジェリンドリーム」という表現がなぜ「今までの夢はまぼろし」という表現に変わっていったか? --- 今までの佐野さん、その作品でそういう部分が見える機会はあまりなかったですもんね。 佐野元春 たとえばピカソにしても最終的に色のついた作品が出来上がるまでに、その構図を決めるクロッキーとか、人物の配置が反対の絵があったりとか、そこに至る習作が幾つかあるんですね。僕も ” ものづくり ” の人間として、そういったアーティストが偉大な作品を作るまでにどういう思考を経てきているのか?ということを知るのはすごく興味深い。僕のファンもそういう音楽の楽しみ方をしている人は多いので、そういう材料として楽しんでもらえればいいかな。
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