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「ジプシー・キャラバン」ジャスミン・デラル監督インタビュー

Thursday, January 24th 2008

「ジプシー・キャラバン」 ジャスミン・デラル監督 インタビュー
     
「ジプシー・キャラバン」
ジャスミン・デラル監督 インタビュー
 
最新のインタビュー

 

「ジプシー・キャラバン」
2008年1月12日より、渋谷シネ・アミューズにて公開中!
他、全国順次ロードショー!

 

 

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第2回
『Take Care』&『Open Mind』
 
 
--- 一人の人間として、長い期間、ジプシーの方と関わってこられていますが、これだけ長い期間ずっと、監督を惹きつけるのは、彼らのどういった面だと思われますか?

ジャスミン  実はね、この映画を完成するのに、5年もかかったの。フィルムを撮ったり、彼らと一緒に旅行して回ったのは、1年弱ほどだったけれど。その後、200時間以上のフィルムの中に、9ヶ国語の言語が出てきているから、それを訳していく作業と、「その言語の意味を最もあらわしている言葉は何か?」というのを探し出していく、膨大な作業があったの。
 私自身、こんなに大変な作業をやり遂げられたのは、やっぱり、ロマという人たちは、本当にすばらしい人たちなのに、アンフェアな扱いを受けているということ。私はもともと、性格的にね、アンフェアな扱いをしている人を見ると、許せないタイプなのよ(笑)。そういうことに関しては、すごく頑固だと思ってる(笑)。間違った先入観で見ている人を見るとね、もう、お腹がぐらぐらっとくるくらい、怒りがこみ上げてきちゃう(笑)。それが、エネルギーの源になって、この長い時間の作業をやり遂げられたんだと思うわ。

 
 
   
   
--- 200時間のフィルムの中で、彼らの、心に残った言葉やエピソードなどがありましたら、教えて下さい。

ジャスミン  映画のシーンではないんだけど、マケドニアでね、私とカメラマンがフィルムを撮っていた時に、2000人くらいのすごい人だかりがあったの。そこに行ってみたら、その中に、2〜3人のロマ人の演奏家の方がいたの。彼らは、ロマ人のミュージシャンを囲む、人たちだったのね。
  それで私は、カタコトの下手なロマ語で彼らにお話をしたの。彼らとうまくコミュニケーションを取るために、私のロマ人のお友達に電話をして、その電話を通して、彼らとお話をしてもらったのよ。そしたらね、その瞬間、「彼女には、ロマ人の友達がいるんだ」「ロマ人が彼女を受け入れているんだ」とわかった瞬間に、彼らが私を受け入れてくれたの。
  演奏が終わって、その人だかりの人たちがどんどん帰って行っても、「大丈夫、僕らはあなたのロマのお友達が来るまで、ここで一緒に待ってるから」と言って、ずっとそこに一緒にいてくれたの。「私と同じロマ人が、あなたを受け入れている以上、私はあなたの面倒を見なきゃいけないから」って。「Take Care」って、彼らの中では言うそうだけど、それはロマ人の中では、とっても大切なことなのだそうよ。そのことがすごく、印象に残ってるわ。
  本当にでもね、思い出せば出すほど、たくさんすてきな瞬間があったんだけど、今ふっと思い浮かんだのが、このエピソードよ。

 
   
   
「ジプシー・キャラバン」 ジャスミン・デラル監督 インタビュー  
   
   
--- では逆に、彼らロマ人は、監督などに対して、初めはどんな対応や反応をしていましたか?

ジャスミン  私の、初めてのロマの映画「AMERICAN GYPSY」を撮る時は、とても大変だったわ。まだ、ロマ人の知り合いもいないし、私自身もほとんどロマ語が話せなかったから。
  でも、今回の映画の時にはカタコトだけど、ロマ語も話せたし、最初の映画を観て、とても好意的に受け入れてくれたロマ人の方が大勢いたの。前作の映画を作る過程で、ロマ人の知り合いやお友達になった方がいたということと、そしてもう一つ。この映画に出てくるロマ人は、パフォーマー、音楽家だから、聴衆の前で演奏することに、慣れた方たちなのね。だから、そういう意味では、やりやすかったわ。
  だけどね、何度も挫折しそうになったのよ。私は全身全霊をかけて、彼らに向けられたアンフェアな評価や先入観を取り除くために、戦うことを心に決めていたのだけれど、どんなに戦ったところで、私はやっぱり、アウトサイダー、外者なのね。その事実は、超えようのない壁というか。その事実を感じた時は、本当に諦めようと思ったわ。
  だからまず私はね、アウトサイダーである、ということを、自ら受け入れたの。そして、「ロマ人には、所詮なれないんだ」という事実を認めたの。そして、「Open Mind」という言葉を何よりも大切にして。偏見のない、開かれた、純粋な目を持つことは、何よりも大事だという、大きな動機づけがあったから。

--- 1年弱ほど撮影されたそうですが、一番苦労した点は?

ジャスミン  困難は、本当にたくさんあったわ(笑)。特にチャレンジだと思ったのは、フィルミングが全て終わった時に、ニコライの訃報が届いたの。すぐ、彼のご家族に電話をしたんだけど、「もしお葬式に参加して下さるのなら、明日来て下さい」って、言われたの。明日ということは、NYからそっち(ルーマニアの首都ブカレストの南20kmのところにあるジプシー・ミュージシャンの集落クレジャニ村)に行くには、どう考えても時間が足りない。
 一緒に撮影していたカメラマンは、ベルギーに住んでいるから、「彼なら、明日の到着に間に合うかもしれない!」と思って、彼にアポイントメントを取ろうと、何度も必死に電話をかけるんだけど、つながらないのよ(笑)。飛行機のチケットとか全部手配して、すぐにでも出発できるようになっているのに・・・。
 それでやっと彼から、折り返しの電話がかかってきたの。NYの朝の3時くらいに、「何?」って(笑)。「ニコライのお葬式のシーンを今から行って、フィルムに収められるか」って聞いたら、「行く」って言ってくれたので、その2時間後くらいに飛び立ってくれたわ。彼が行けなかったら、あのシーンは存在しなかったわ。ニコライの家族を知っているカメラマンじゃないと、撮れなかった。それは、本当に思うわ。このことが一番、私たちに課せられたチャレンジだったのよ。

--- 5年をかけて行なわれた編集作業の中で、一番心がけたことを教えて下さい。

ジャスミン  まず、どの順番で観せていくかに、すごく時間がかかったわ。観た人たちが、納得感を得られるものでなければ・・・と思ったので。そして、彼らのことを「一人の人間」である、と感じて頂きたかったから、そういう部分を引き出すこと。後は、音楽ね。そのバランスをどう取るかが、すごく難しかったわ。

 
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