「ジプシー・キャラバン」ジャスミン・デラル監督インタビュー
Thursday, January 24th 2008
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「ジプシー・キャラバン」
ジャスミン・デラル監督 インタビュー |
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--- 一人の人間として、長い期間、ジプシーの方と関わってこられていますが、これだけ長い期間ずっと、監督を惹きつけるのは、彼らのどういった面だと思われますか?
ジャスミン 実はね、この映画を完成するのに、5年もかかったの。フィルムを撮ったり、彼らと一緒に旅行して回ったのは、1年弱ほどだったけれど。その後、200時間以上のフィルムの中に、9ヶ国語の言語が出てきているから、それを訳していく作業と、「その言語の意味を最もあらわしている言葉は何か?」というのを探し出していく、膨大な作業があったの。
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--- 200時間のフィルムの中で、彼らの、心に残った言葉やエピソードなどがありましたら、教えて下さい。
ジャスミン 映画のシーンではないんだけど、マケドニアでね、私とカメラマンがフィルムを撮っていた時に、2000人くらいのすごい人だかりがあったの。そこに行ってみたら、その中に、2〜3人のロマ人の演奏家の方がいたの。彼らは、ロマ人のミュージシャンを囲む、人たちだったのね。 |
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--- では逆に、彼らロマ人は、監督などに対して、初めはどんな対応や反応をしていましたか?
ジャスミン 私の、初めてのロマの映画「AMERICAN GYPSY」を撮る時は、とても大変だったわ。まだ、ロマ人の知り合いもいないし、私自身もほとんどロマ語が話せなかったから。
--- 1年弱ほど撮影されたそうですが、一番苦労した点は?
ジャスミン 困難は、本当にたくさんあったわ(笑)。特にチャレンジだと思ったのは、フィルミングが全て終わった時に、ニコライの訃報が届いたの。すぐ、彼のご家族に電話をしたんだけど、「もしお葬式に参加して下さるのなら、明日来て下さい」って、言われたの。明日ということは、NYからそっち(ルーマニアの首都ブカレストの南20kmのところにあるジプシー・ミュージシャンの集落クレジャニ村)に行くには、どう考えても時間が足りない。
--- 5年をかけて行なわれた編集作業の中で、一番心がけたことを教えて下さい。
ジャスミン まず、どの順番で観せていくかに、すごく時間がかかったわ。観た人たちが、納得感を得られるものでなければ・・・と思ったので。そして、彼らのことを「一人の人間」である、と感じて頂きたかったから、そういう部分を引き出すこと。後は、音楽ね。そのバランスをどう取るかが、すごく難しかったわ。
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