ヤーコプス/ベートーヴェン:『レオノーレ』第1稿(2CD)

2019年12月03日 (火) 16:30 - HMV&BOOKS online - クラシック


ベートーヴェン・イヤー2020
ベートーヴェン唯一のオペラ『フィデリオ』
そのオリジナルの姿『レオノーレ』(第1稿)をヤーコプスが録音!
台詞部分も徹底検証、緊迫かつ充実の演奏!
『フィデリオ』の真の姿を世に問う!


ベートーヴェン・イヤーに注目のリリースの登場です! ヤーコプスが『レオノーレ』(第1稿)を録音しました! ベートーヴェン唯一のオペラ『フィデリオ』(1814)には、3つの稿が存在していますが、現在では、1814年の最終形ともいえる『フィデリオ』がレパートリーとなっています。これに逆らうように、ヤーコプスが『フィデリオ』の原型ともいえる『レオノーレ』第1稿を録音しました!
 1805年に完成された第1稿は、初演時の様々な不運な状況もあり、失敗に終わりました。その後2度改訂され、1814年の稿が現在でも演奏されています。1805年の初稿と、第2稿以降で大きく違う点は、第1稿が3幕構成なのに対し、第2稿以降は2幕構成になっていること。また、第1稿で重要なウェイトを占めた台詞部分も、第2稿以降ではかなり縮小されています。ヤーコプスはこの第1稿の大きな魅力である台詞部分にも注目し、ゾンライトナーの台本を尊重しつつ、原作のフランス語の小説にあたるなどして、多少の編集を施しながら、言葉づかいを現代に近づけています。たとえば冒頭序曲の次も、この第1稿ではセリフ劇から始まります(現行の『フィデリオ』では二重唱)。この『レオノーレ』第1稿は、音楽的にもストーリー的にも比類なきクオリティを持っており、オーケストラと歌唱陣の両者に高度な技術を要求します。ヤーコプスと彼が選んだメンバーたちだからこそ実現できた、素晴らしい録音の登場です!

【『フィデリオ』と『レオノーレ』のタイトルについて】
ベートーヴェンは1805年第1稿初演当初から『レオノーレ』というタイトルでの上演を希望していましたが、興業主側が他の作曲家による前作と区別するために『フィデリオ』というタイトルで上演するよう要求しました。1806年のベートーヴェンの自費出版による台本、および1810年出版のヴォーカル・スコアにはタイトルは『レオノーレ』とあり、現在では一般に最初の2つの稿を『レオノーレ』、そして第3稿にあたる現行の稿を『フィデリオ』と呼んでいます。(輸入元情報)

【収録情報】
● ベートーヴェン:歌劇『レオノーレ』 op.72a、1805年版(第1稿)全曲

 ダイアログ:ルネ・ヤーコプス監修

 マルリス・ペーターセン(レオノーレ(フィデリオ)/ソプラノ)
 マキリミリアン・シュミット(フロレスタン/テノール)
 ディミトリ・イヴァシュチェンコ(ロッコ/バス)
 ロビン・ヨハンセン(マルツェリーネ/ソプラノ)
 ヨハネス・ヴァイサー(ドン・ピツァロ/バリトン)
 タレク・ナズミ(ドン・フェルナンド/バス)
 ヨハンネス・チュム(ヤキーノ/テノール)
 チューリッヒ・ジング=アカデミー
 フロリアン・ヘルガート(合唱指揮)
 フライブルク・バロック・オーケストラ
 アンネ・カタリーナ・シュライバー(コンサートミストレス)
 ルネ・ヤーコプス(指揮)

 録音時期:2017年11月7日
 録音場所:フィルハーモニー・ド・パリ
 録音方式:ステレオ(デジタル/ライヴ)


【『レオノーレ』から『フィデリオ』へ】
● 『レオノーレ』」第1稿(1805)
ベートーヴェンは、1803年1月にアン・デア・ウィーン劇場とオペラ創作の契約を結びます(当時の劇場支配人はシカネーダー)。この台本は既に何名かの作曲家によってオペラ化されていましたが、ベートーヴェンはぜひこの台本で、と意気込み、原語のフランス語からの翻案を、友人で法律家にして、宮廷秘書官として宮廷劇場支配人をしていたゾンライトナーに依頼しました。1804年初め頃にはドイツ語版の台本が完成し、早くも作曲に着手、1805年夏頃までに完成します。同年10月30日に初演をすべく申請をしたところ許可が下りず、ゾンライトナーはあらためて上演禁止の解除を求める申請を提出。10月5日に許可がおり、準備の都合もあり、初演日時は11月20日に改めて設定されました。当時、ナポレオン率いるフランス軍がオーストリア各地に転戦、首都ウィーンに向けて侵攻しており、ウィーンのオペラの聴衆はほとんどが疎開していました。初演当日は、ドイツ語のオペラにも関わらず、ドイツ語のわからないフランス軍人たちが上演開始後も入場してきて客席を埋めていったといいます。そうした状況もあり、上演は失敗に終わります。

● 『レオノーレ』第2稿(1806)
ベートーヴェンは周囲のすすめもあり改訂を決意、第1幕が長大すぎたなどと結論づけ、台本の改訂をシュテファン・フォン・ブロイニングに依頼します。これにより、マルツェリーネ、ヤキーノとロッコによる三重唱や、台詞部分が大幅にカットされ、第1稿が持ち合わせていたジングシュピール的要素がかなり薄まりました。この第2稿は1806年3月29日にアン・デア・ウィーン劇場で上演されました。この第2稿は1810年にヴォーカル・スコアが出版されています。

● 『フィデリオ』(『レオノーレ』第3稿)(1814)
その後、ベートーヴェンの評価が高まるにつれ、複数の劇場がもういちどこの『レオノーレ』を改訂して上演するようベートーヴェンに提案、ベートーヴェンは台本などをさらに大幅に改訂することを条件に第3稿(現在の『フィデリオ』)を1814年春先に完成させ、5月23日に初演されています。この第3稿の楽譜は、1814年8月にヴォーカル・スコアが出版、1826年にはフランス語版のスコア版が出版されたことから、ひろく受け入れられたことがうかがわれます。

【なぜ今『レオノーレ』初稿か? ヤーコプスが挙げる4つの理由】
ヤーコプスはこの『レオノーレ』第1稿を選んで録音したことについて、1:カット、2:序曲、3:ドラマトゥルギー、4:フィナーレの4つの理由を述べています。

1:初演の失敗から、いくつかの曲を削除したり、ひとつの楽曲内でも150小節にわたるカットが行われている。しかし、ベートーヴェンが満を持して用意したヴァージョンは第1稿であることは間違いない。

2:序曲をみると、現在4つの『レオノーレ』序曲が存在しているが、1805年の初演時に用いられた稿(『レオノーレ』序曲第2番 op.72)が、一番優れている。

3:ドラマトゥルギー 第1幕はマルツェリーンが重要な役割を果たすジングシュピール、第2幕はレオノーレが主人公となるメロドラマ、第3幕はフロレスタンが主役となる悲劇、と各幕のキャラクターが立っており、無駄な要素などない。

4:フィナーレ ヒッチコック映画のようなサスペンス性と、未解決部分が多数残された、開かれた終わりとなっている。

これらの理由から、この『レオノーレ』第1稿を録音したといいます。

【『レオノーレ』(第1稿)あらすじ】
序奏〜フロレスタンは、総督ドン・ピツァロの最大の政敵であり、大臣のドン・フェルナンドの友人であった。牢獄にとらわれの身となっている。フロレスタンは、ピツァロの悪事を知り、政府に告発文を出す。ピツァロはフロレスタンを牢獄に入れ、徐々に弱らせて死に至らしめようとする。
 2年後、フロレスタンは死亡したと発表されるが、その妻レオノーレだけは、夫がまだ生きていると信じていた。レオノーレは男装して「フィデリオ」と名乗り、看守ロッコの部下として働き、機をうかがってフロレスタンを脱走させようと考えている。

第1幕・・・ロッコの一人娘、マルツェリーネは「フィデリオ」に恋心を抱き、ヤキーノからの結婚の申し出を断る。ロッコも彼に結婚はあきらめるよううながす。

第2幕・・・軍楽がドン・ピツァロの到着を告げる。ドン・フェルナンドは、いわれなき理由で囚われている者が牢獄を抜き打ちで視察しにやってきた。マルツェリーネはフィデリオに言い寄り続ける。ロッコはフィデリオに、自分の娘と結婚するか、牢獄に入るかだ、と迫る。

第3幕・・・フィデリオは牢獄内のフロレスタンを一目見てするにそれが自分の夫だと気づく。大臣はフロレスタンの鎖を解くようフィデリオに命じ、二人は見事結ばれて皆の祝福の中、幕となる。(輸入元情報)

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