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風信子 さんのレビュー一覧 

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     2019/02/08

    バッハが歩いて聴きに行ったと伝えられるオルガニスト ラインケンの”トッカータ ト長調”から始まる 編曲作も残っていることからバッハが学んだことは間違いない バッハが最も影響を受けたと言われるブクステフーデの”組曲ハ長調”を聴く バッハが二十歳を過ぎた頃に亡くなっているが 実際に会って教えを受けたのだろうか バッハ音楽の祖というならフローベルガーは教材として出会った一人 バッハが誕生する18年前に他界している フローベルガーに実際に教えを受けたケルルの作品を研究したことは事実だが ケルルの最期にバッハは7,8歳であり これも会ってはいないだろう 学ばなければ天才も花開かない ただ学んで師を超えていく人は稀である やはり才能は天賦に拠るところが大きい 孰れの”師”の作品も美しく魅力に富む フリッシュの演奏はその価値を伝えて余りある その諸作の間に差し込まれたJ.S.バッハの二作品が素晴らしく味わい深い 栴檀は双葉より芳しを実感させる どちらもバッハが二十歳前後に書いたもの ”トッカータ ホ短調 BWV.914”と”カプリッチョ 変ロ長調「最愛の兄の旅立ちに当たって」”に改めて聴き入った あなたも如何  

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     2019/02/07

    16歳で書いた第1交響曲はよく考えられた成功の条件を備えている というよりは失敗しない準備と言うべきか 先ずニ長調であること 弦楽器が弾きやすい調性を採り モチーフの至る所に長短の音符を組み合わせて 音楽が自然に転がりだす推進力を備えさした テンポも両端楽章をAllegro vivaceとしたのも意図的だ 楽想の魅力や展開の稚拙さをカヴァーできると踏んだ 古典的枠組みの中で上手にまとめ目論見は成った 翌年第2交響曲を書き始めるが完成に一年以上を費やした 18歳になってようやく出来上がったその2ヶ月後 第3交響曲を書き始め足かけ3ヶ月で完成した 第1番が♯2個 第2番が♭2個の変ロ長調だったから 第3番は♯♭が増える或いは減るのかと思いきや 再びニ長調で第1番と同じなのだ しかしその音楽は一変している 管楽器の優位性 ティンパニーの効果 さらにモチーフの展開が複雑になり構築性が高まっている 音楽がずっと個性を上げ大きくなった 交響曲の書き方を噛んだのだ ここから20歳になる二年間で第6交響曲まで至る 続く唯一の短調曲第4番も含めて ヘルヴェッヘのシューベルトは極上の聴きものだ もしまだなら あなたも如何

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     2019/02/07

    戦乱の後の平穏な生活と静謐な心境が反映した滑り出しだと気を許していると 突如として眼前に現れる峻厳な峯 とぼとぼと分け入っていくが 甲高い罵声が降ってくる 奇声の雨の中を歩き続けて 疲れ切った身を引きずっていると奇妙な夜が帳を下ろす 夢の中も狂気の嵐が吹いている スケルツォである プレヴィンの切れ味は鋭い 恐ろしいのに回転する轍のリズムに乗って わたしも見えない闇の底に運ばれてしまう この第10交響曲には緩徐楽章がない 夢遊病患者があてどなく徘徊しているかのような第3楽章はAllegrettoだ 途中目覚めの合図のようなホルンの呼びかけに立ち止まりはするが 悪夢が醒めるわけではない 不気味な足音は聞こえている 何という陰鬱な音楽だ ジンタに乗って暴力の靴音が近づいてくる 抗っても渦に呑み込まれていく そして問題のフィナーレが来る 救いの覚醒は訪れるか どうしてもショスタコーヴィッチは希望の歌が歌えなかった おちゃらけて 茶化して お茶を濁した 答えのない繰り言が続く 限界だった この閉塞社会と真正面から向き合うことは二度となかった この演奏は真実をえぐり出している もしまだなら あなたも如何   

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     2019/02/06

    若き日のケフェレックが日本で録音したバッハが残っている 耳傾ければ パルティータ二曲と”半音階的幻想曲とフーガ”が宙を舞うようにして転がり出る そう聞こえ感じる 撓う或いは円弧を描くというよりは 回転し時に螺旋を巻き上がるイメージが湧いた バッハに適った演奏かどうか知らないが なるほどと妙に納得してしまった これがケフェレックだ 栴檀は双葉より芳しと古い詞を持ち出すまでもない 個の魂は三つ子より備わっているものだ 只管前進するを先進性と勘違いしている向きも多い現代において 250年前の音楽を衒学に陥ることなく 然りとて換骨奪胎することもなく 今そこで音楽が身内より沸き起こったかと思うほどの新鮮な息吹を送る演奏を繰り広げている 音楽はこうでなくてはならない こうしてバッハが永遠に生まれる瞬間を味わう それにしても楽器というものは扱う人間でこれほど様相を変えるものなのだ この軽ろやかさがベーゼンドルファーから発せられているとは驚いた もしまだなら あなたも如何  

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     2019/02/04

    素晴らしい ヴァリッシュのフォルテピアノが惹きつける 表現力の豊かさに引き込まれる 1825年ウィーン・バイヤー製の楽器の魅力が横溢する 現代ピアノでは得られないソノリティを真に再現できている ハーゼルベック指揮のウィーン・アカデミーも習熟した演奏で応えている 211年前に試初演が行われたロプコヴィツ邸 第3交響曲も演奏されたことから現在エロイカ・ホールと呼ばれている部屋で演奏したことも楽曲の魅力を伝える大きな要因になった 独特の残響が活かされたのは 続く第4交響曲も同様だ よく鳴りよく響く最終楽器としてのホールの役割を実感させられる シューマンがギリシャの乙女と評した気品ある優美さという相貌の後ろに 大いなる巨峰が聳え立っているのだと気付いた それも動かない山を眺めているのではなく その岳峰に取り付き踏みしだく剛毅な魂を感じる 第4交響曲の大きさ高さを示して余りある演奏を聴いた あなたも如何

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     2019/02/04

    ケフェレックの最初の録音にして初めてのスカルラッティ デュナーミクの変化をつけた演奏はバロック音楽であることを忘れさせる ここで気づくことは D.スカルラッティとJ.S.バッハの生涯が重なることだ 同年生まれでバッハより7年寿命が長かったに過ぎない なのにこの音楽の違いは何なのか ソナタ形式に至らないまでもホモフォニー音楽そのものであるスカルラッティに対して 最期までコントラプンクトを書き続けたバッハはやはり時代の主流ではなかったのだ 18世紀は既に和声音楽の時代だったのだとスカルラッティを聞いて思う ケフェレックはエチュードにでも向かうようにさらっと弾いている 語るように歌いスキップするように奔る 立ち現れる音楽の表情は様々だが軽やかさと透明感を湛えている 退屈も疲労もない ピアニストの敏感な感受性を大らかに示している 味わえど味わえど飽きることがない 美しい気に包まれて心地よい あなたも如何    

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     2019/02/03

    ラフマニノフの息遣いはプレヴィンの生理に敵う その演奏は自然な流れと弛まず生成する生気と律動を繰り返していく 美しく心地よい時を織り上げる ラフマニノフはピアノを弾く仕事を辞められなかった 70年の生涯に出版できた作品は45 その最後の作品が”シンフォニック・ダンス”だ 演奏時間35分の全三楽章は交響曲と言っていい規模があるにも拘わらず 交響的舞曲としたのは自由なフォルムを保ち 自己の音楽性である歌と踊りを前面に押し出したからだ これは最もラフマニノフらしいラフマニノフ音楽の集大成であり傑作だ 有名な交響曲や協奏曲よりわたしはこれを愛す プレヴィンの演奏はニュートラルであり高貴な灯りに照らされている 立体的に音楽の造形と纏った色彩が眼前に提示されて味わい深い ”死の島”も壮大さと繊細さを合わせて聴くことができる ラフマニノフが対話するに足る存在であることを教えてくれる もしまだなら あなたも如何  

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     2019/02/02

    若き日の録音で済ませられない魅力に溢れる あくまでニュートラルに飄々と弾ききって過ぎていった風のような演奏ではない だからと言って持って回って格好をつけるようなものでもない ショパンの前奏曲集作品28は24の調の円環を辿る定型でありながら一曲一曲が見事に独立し個性を見せる 全曲を一気に聴いても飽きることがない ブッフビンダーはソルフェージュに向き合う如くクリアに弾いていく 巧まずして音楽の内からショパンの魂の焔(ほむら)が立ち上がる 演奏の流れは後半になるほど熱がこもる 節目になる曲は 7 イ長調と 15 変ニ長調と 20 ハ短調そして 24 ニ短調とショパンの作曲設計を見通した演奏をしている ロマンチックの情趣に頼らない音楽造形を打ち立てる古典派的意思が働いている キリッとしながらも柔和な表情を消さないショパンに共感する あなたも如何   

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     2019/02/02

    カフェ・ツィマーマンの通奏低音奏者フリッシュが甲斐甲斐しい 彼女のラモーを堪能した 五つあるクラヴサン曲集(組曲)から第1第2そして第5番を弾く 三つの組曲の特徴が鮮明に描出されている 第1番は徐に語るが如く歌い出し次第に転がりだす球ように快走する心地よさ 第2番は奏法を巧ませてラモーの工夫と心意気が映える 最後の5番はいっそう創造の翼を広げ自由に翔び回る豊かで大きな世界がある ラモーの鍵盤楽曲の発展が一望できる 典雅とユーモアと人が持ち合わせたい心映えが広がる音像をフリッシュは明快にそして何よりも軽やかに描いていく 煩くないクラヴサンを愛する あなたも如何   

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     2019/01/31

    中期の交響曲を貫いているテーマは鎮魂である ファシズムと戦争によって傷つき奪われた魂を惜しみ 恐怖と怒りを鎮めようとするショスタコーヴィチは交響曲にその想いを込めた 20世紀のロシアでしか書き得なかったシンフォニーは未来に残っていくのだろうか プレヴィンの選曲はショスタコーヴィチが止め得なかった表現意欲の結晶した高峰から高峰へと飛び移っている その最も高いピークが第8番だ 問わず語り 自問自答 決して応えが返ってこない繰り言のような音楽が行きつ戻りつしている 一時間を優に超える全5楽章は全体が葬送行進曲のようであり 心情の起伏が有っても当てなく彷徨い歩いているようでもある 実にフラストレーションが溜まる 大戦終結そして勝利が見えている時出てくる音楽ではない ソ連政府ならずとも扱いに窮する プレヴィンの音楽運びは細部を掘り出し克明に描きながらも悠揚迫らぬ明朗な歌いっぷりだ 殊更の共感の想いは奥に秘めて客観に徹している強靭な演奏は長い時間を越えて生き続けるだろう あなたも如何 

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     2019/01/30

    ありそうでないのが作品14の二曲を続けて鑑賞できることだ 音楽の作りが全く違うのだからコンサートで並べて演奏は難しい 特に”レリオ”は敬遠されてしまう 三人のソリストと大合唱に加えてナレーションによる演技者が必要とあっては 易々とオーケストラがプログラムに組むわけにいかない ”幻想”で死は免れたものの錯乱し悪魔の夜会にまで踏み込んでしまった主人公が生活へ復帰するまでの物語に仕立てた ”レリオ”は語りで始まりピアノ伴奏でテノールが歌い出すという破天荒なもの 真にロマンチックだ 六曲の演奏を挟み込んで七回に渡りモノローグが語り続ける モノドラマと言うそうだが これでは語り部が主役のようで音楽は添え物かと思える 言葉というものがベルリオーズ或いはフランス人にとっては音楽以上の表現手段なのかもしれない かと言って一人芝居部を省いて”レリオ”が成立しないのもまた事実だ マルティノン盤は貴重である 是非手に入るようにしておいて欲しいものだ チャンスがあれば あなたも如何

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     2019/01/30

    フローラン・シュミットは90歳近くまで作曲を続けた人だったから膨大な作品が残されているけれど 殆どの楽曲は聞く機会を得ない 残念なことだ ここに取り上げられた二曲はシュミットが30代で書いたもので 代表作であり傑作である その分厚い響きと大きな起伏はシュミットの特徴だ 印象派のそれとは一線を画す マルティノンは壮大な流れを損なわない大らかな歌いぶりと細部に至るまで神経の行き届いた調和を構築していく それにしても19世紀から20世紀への変わり目にこれほど多様で多彩な作曲家群がフランスに出現したのは奇跡と言える 新しい音楽を求め多岐に渡るスタイルと響きを創出したにも拘わらず フランス的なるものをその誰もが失わなかった事実は音楽に明確に刻まれている 近代音楽が個の手から湧出しても拠って立つ風土や血のDNAから解き放たれ得ないことを証明している だからその経歴の終わりに近づいたマルティノンが自国の作曲作品を次々と演奏し録音に収めていった心情が分かる そして羨ましい あなたも如何 

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     2019/01/30

    有名にして人気組曲”寄港地”を目当てに耳傾けられる向きも多かろう レコード会社もイベールで一枚作るなら是非にも組み込みたい選曲なのだろう だがマルティノンが取り上げたかったのは他の二曲なのだ 大日本帝国の皇紀2600年祝典のための依頼曲”祝典序曲” 何の捻りもない題名にして曰く付きの曲とあっては一般に演奏機会も少なく肝心の日本人ですらほとんど記憶にない楽曲だ だが15分を越える堂々たる序曲であり充実した佳い曲なのだ ”寄港地”がイベール32歳の作品で 彼が世に知られる契機となったものなのに対して ”祝典序曲”を書いた時イベールは50歳であり その円熟は曲の端々に現れている そして何よりも その謎めいた題名からか滅多に聴く機会のない”架空の愛へのトロピズム(向日性)”こそマルティノンが演奏録音したかったものだろう これはイベール67歳の作品で最晩年の一曲と言っていい 演奏時間も25分を要し起伏はあるものの全体は穏健な響きに終始する 劇性もなく形式も自由で掴み所がない だがこれはイベール音楽の総集編なのだ イベールの全てがあると言っていい あなたも如何 

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     2019/01/30

    反印象主義を標榜していたオネゲルの剛胆な旋律線が好きだ 印象派からフランス音楽に親しんで行った少年のわたしにとって オネゲルとの出会いは驚きだったし新鮮な風が吹き込んできた窓辺に立った感があったのを今も鮮明に憶えている これもフランスの魂とエスプリなのだと知った歓びは今日まで続いている ここでは描写性を前面に押し出した管弦楽曲三曲が愉しめる マルティノンの外連味のない鳴らしっぷりが気持ちいい そして最晩年の傑作”クリスマス・カンタータ”が沁みる 平和への祈りが捧げられる オネゲルの一生は短い 享年63は如何にも残念だ 彼が生きた20世紀前半は二度の世界大戦の時代だ 心の休まる時がなかっただろう無残な時間だ 印象派なんて夢見ていられなかった酷い世界だ オネゲルは生きた 生きて音楽をして語り続けた 人間への愛を 長い短いは物理的な時間の量ではないのかもしれない 生きたと言える行いを誠実に為したか否かだ いつ聴いても”オネゲル”に感銘を覚える あなたも如何    

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  • 2人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2019/01/30

    カンツォーナのごとく歌うベートーヴェン クレモナによる全集の完結を心愉しく青空の下で聴く 優美というよりは慕わしい第3番のアンサンブルは明朗闊達だからこそ湧き上がる信愛の情に包まれた 美しいニ長調だった 最後は ”ハープ”だ 一際気が入ったようで熱い演奏を繰り広げる(幻想だろうが)  ロマンチックな精神を音楽に体現した中期は傑作を超えて汲めども尽きない魅力ある作品が並ぶが  ”ラズモフスキー”三曲の後に来た変ホ長調は幽けき佇まいだが 孤高の光を放っている これほど詠嘆するクァルテットは後期の世界へ足を踏み入れたとも言える アダージョとプレストの激しい対比 そして変奏曲で音楽は終わる ”第九”の後に来る未来を指差した後期五曲の世界が見える クレモナ・クァルテット渾身の一曲だ 往年の名器を駆使してイタリアの乾いた空気を震わせて美しいベートーヴェンを届けてくれた 若い人たちに聞いて欲しいと願う あなたも如何

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