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Review List of 村井 翔 

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  • 8 people agree with this review
     2010/06/01

    ヴェルザー=メストとチューリヒ歌劇場による最後の映像ソフト(の一つ)と思われるが、チューリヒ歌劇場を世界屈指のオペラハウスに押し上げた栄光の時代を締めくくるにふさわしい、素晴らしい出来。特に繊細さと活力を兼ね備えた指揮は絶賛に値する。いまこれほどのモーツァルトを聴かせてくれる指揮者が世界に何人いるだろうか。演出は18世紀風の衣装によるもので、このコンピによるダ・ポンテ・オペラ前二作と違って何の読み替えもなく、それだけに演出家の素の実力が問われる舞台だが、小道具の使い方がうまく、随所にワサビを効かせた音楽と台本に対する鋭い読みが見られる。ベヒトルフを頭でっかちの「読み替え演出家」と思い込んでいた不明を恥じねばなるまい。歌手陣も突出したスーパースターはいないが、6人とも芸達者を揃えて見事なアンサンブルを聴かせる。特に女声陣は、もはやプリマドンナの貫祿を見せるハルテリウス、スザンナに続いて魅力的なスーブレット役のヤンコーヴァに加え、ボニタティブスもまた歌、演技ともに巧く、姉妹のキャラクターの対比がしっかりついている。

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  • 3 people agree with this review
     2010/05/24

    この人が振るとベートーヴェンからショスタコーヴィチまで既存のオーケストラ・レパートリーがことごとく新局面を見せるのは、まさしく天才の技としか言いようがないが、マーラーもまたしかり。テンポの緩急やポルタメントなどロマンティックな味わいを排した解釈ではないが、これまでの演奏伝統をいったん棚上げし、彼なりの視点でスコアを読み直した演奏。たとえば第1楽章コーダの表情づけ、テンポの運びはこれまで聴かれたものとかなり違っているが、スコアを見直せばなるほどと説得される。そんな箇所が山盛りの実に面白い演奏だ。終楽章冒頭や最後でハープをかなり強めに録るなど、録音にも指揮者の考えが反映されていると思われる。合唱の練度の高さも特筆すべきだし、マーラー歌いとしては実績のなさそうな二人の歌手(しかし二人ともきわめて知的)の起用も興味深い。

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  • 2 people agree with this review
     2010/05/24

    問題作の『プラハ』『ジュピター』に続く待望の新録音。もちろん即興的な強弱の変化や思わぬバスの強調、ルフトパウゼなど随所に新味はあるが、曲の性格のせいか、前作ほどの暴れっぷりは見られない。39番は第1楽章第1主題を完全に歌謡旋律と解し、メヌエットでは主部とトリオのテンポが全然違うアーノンクールの方がよほど過激だし、40番もやりたい放題のオノフリに比べたら、全くまとも。第2楽章など遅めのテンポで意外なほどのしっとり味だし、終楽章展開部冒頭の名高い不協和音楽句も拍子抜けするほどおとなしい。それでも両端楽章展開部の激しいドラマは期待通りだし、リピートを単なる反復と考えず、反復の際に新たな表情を加えるのは面白い。たとえば39番終楽章では曲を結ぶ気取った音型に楽譜にない強弱をつけているが、一度目と二度目では強弱が逆になっている。

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  • 7 people agree with this review
     2010/05/24

    前の録音では、ラフマニノフと言えば情緒纏綿という先入感を崩したいという知的な意欲が先走って、好みを分ける演奏になったように思うが、こんどはオケもLSOだし、安心して「ラフマニノフぶし」を披露して大丈夫という気楽さも手伝って、本来のゲルギエフらしい劇的な演奏ができたように思う。もともとロシア+西欧の味わいがミックスされた曲だが、P.ヤルヴィ/シンシナティはもとよりビシュコフ/パリ管と比べてもロシア寄りの濃厚な演奏だと思う。提示部の反復を実行しながら長大な第1楽章をダレさせないし、第3楽章の歌い込みも美しく、終楽章最後のアッチェレランドはライヴならでは。

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  • 0 people agree with this review
     2010/05/23

    弦楽セレナードを初めて聴いたのはオーマンディ/フィラデルフィアのCBS録音で(実はかなりカットのある版だと後に知ったが)文字通りLPが擦り切れるまで聴いたものだ。この新録音はフィラデルフィアの弦のシルキー・サウンドをよみがえらせたもの。もちろんこの曲は二十人前後のアンサンブルでやるとまた別の味わいがあるが、これはきわめて濃厚・壮麗な演奏。指揮者の弱音部や細部の表情へのこだわりが、実に濃密な音楽を作っている。二つの悲恋物語に基づく幻想序曲/幻想曲もロマンティックかつスケール雄大な出来ばえ。なぜか今のところSACDでの発売はないようだが、録音も超優秀。録音スタッフがホールの特性にようやく慣れてきたのに、このコンビの録音がおそらくこれで打ち止めとなるらしいのは、全く残念なことだ。

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  • 1 people agree with this review
     2010/05/23

    何といっても演出が出色。もちろんベリオ補筆版を使うという選択肢もあるが、あれはやりすぎ、アルファーノ版のままで何とかという難しい条件下では最良の、最も納得のいく幕切れだ。「女なんて強引にやってしまえば、何とかなる」という男性優位主義を覆したのは見事だし、第2幕で謎が解かれた後、トゥーランドットが父の皇帝に泣きつくところなど、ちゃんと伏線が張られているので、少しも唐突ではない。全体としても、メトのゼッフィレルリのような金ぴか趣味ではないが、隅々までよく考えられた舞台だ。歌手陣はフリットリの独り舞台。彼女のレパートリーの中でも最高のハマリ役ではあるまいか。デヴォルも収録時のお歳(一応、伏せます)を考えれば、驚異的な声とも言える。少々荒っぽいが、劇的な起伏に富んだ指揮も好感がもてる。

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  • 5 people agree with this review
     2010/05/02

    オペラハウス内の権謀術数に嫌気がさしたのか、次期スカラ座音楽監督にさっぱり色気を見せないシャイーだが、やはり彼が振ると響きの厚みが格段に違う。三部作それぞれにスーパースターを一人ずつ配した豪華な配役もスカラ座ならでは。もちろん三人とも悪かろうはずがない。他にもちょっとすさんだ感じの演唱が適役のマッローク(ジョルジェッタ)、さすがの貫祿だし、あまりドギツイ悪役にならないのが好ましいリポヴシェク(公爵夫人)など、いずれも素晴らしい。演出はまず『アンジェリカ』は文句なし。横臥した巨大な聖母マリア像がそのまま大道具になっているが、おかげで最後の「奇跡」が無理なく納得できる。『外套』はほぼ定番通りだが、傾斜した船の甲板が見事に不安をかき立てる。この二曲はライヴそのままではなく、それぞれ一カ所ずつフラッシュバックなど、事後編集による映画的手法を加えている。喜劇は苦手かと思われたロンコーニだが、『ジャンニ・スキッキ』もまた良い。三部作共通のセットである「窓」からフィレンツェの風景を見せるほか、「私はこの悪巧みのせいで地獄に落とされたのです」という結び口上のセリフを生かした演出は初めて見た。リアルな喜劇性ではユロフスキ指揮のグラインドボーン版に劣るかもしれないが、いわばこの喜劇のダークサイドに焦点を当てた演出だ。

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  • 2 people agree with this review
     2010/04/18

    最後になって評価を下げざるをえないのは残念だが、演出、指揮、歌それぞれの問題がここで一気に噴出した感がある。歌ではまず、ウィルソンのブリュンヒルデへの不満が抑えがたい。声自体の力に不足はないが、ドイツ語のディクションに問題があるせいか、喜怒哀楽のメリハリなく、終始一本調子なのは非常に辛い。さしものサルミネンも現時点でのハーゲンは荷が重かった。声の威力に頼って力めば力むほどチンケな小悪党に成り下がってしまう。ただし、ライアンは引き続き好調で、近年では屈指のジークフリートと言える。指揮に関しても本作が最も不満が大きい。オケはとても巧いが、ラトル/BPOと比べるとテキメンに分かる通り、内声部や低音部の支えが不足。加えて指揮者が音色(明暗のコントラスト)に鈍感なため、のっぺりした音楽になってしまっている。
    最後に演出について。たとえば資本主義批判は確かに『指輪』全体の中心テーマだが、誰よりも資本主義の倫理に縛られているのはヴォータンだから、ギービヒ家の面々を金の亡者にしてしまうのは筋違いだし、グンターとハーゲンのスタンスの違いが分からなくなるというデメリットが大きい。そもそも四部作全体の物語は、文明を捨てて自然に還れば指輪の呪いから逃れられる、などという単純なものではないはずで、これでは解釈が根本的に間違っていると言われても仕方がない。ワーグナーの音楽をどこまで目に見えるものにできるか、というのはゲルマン文化vsラテン文化の宿命的対立という観点からも面白いテーマ。ラストシーンで事実上、何も見せなかったコンヴィチュニーを見習えとは言わないが、さすがに『黄昏』に至ると随所で視覚的表象が音楽に負けている。音楽には音楽でしか表現できないものがあるという、あたりまえの真理を改めて思い知らされた。

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     2010/04/12

    相変わらずのCG+パフォーマンスを多用した演出は、シュトゥットガルトのヴィーラー&モラビトのような「毒」のある舞台を見てしまうと、何とも能天気に見えるが、素直に考えれば四部作中、最もメルヘンチックな本作に合ってはいる。竜ファーフナーとの戦いなど計算違いと思われる箇所もあるものの、刀鍛冶の場、いわゆる「森のささやき」、炎の壁を越えるジークフリートなど見せ場はそれなりに見応えがあるし、さすらい人とミーメの謎かけ、さすらい人とエルダの対話といった動きの少ないシーンも退屈せずに済むのは有難い。指揮とオケも明るい音色の「非ゲルマン的」演奏ではあるが、不満は少ない。ライアンはまだ少し粗いが、若々しい声の持ち主で本作のジークフリートとしては悪くない。ウーシタロもさすらい人になってようやく貫祿が出てきた。歌手陣ではウィルソンのブリュンヒルデが一人めり込んでいる印象だが、まあ許容範囲内か。

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     2010/04/11

    タイスはもともとアメリカ人ソプラノ、シビル・サンダーソンのために創られた役なので、フレミングが演ずるにふさわしい。例によって深みのないお嬢様芸との批判もあろうが、もともとヒロインの「改宗」が音楽としてそんなに説得力豊かに描かれているわけではないし、美人であるのは確かなので、これもまた悪くない。もう少し性的欲望のうずきが見えるような演唱だと良かったが、ハンプソンのアタナエルもイタ・オペに比べれば違和感は少なく、ハマリ役の一つか。しかし「霊と肉の葛藤」はどこへやら、4回もお着替えするフレミングのファッション・ショーに堕してしまった凡庸な演出は非難を免れまい。バレエ音楽のカットも賛成できないし、百年前のサンダーソンは上半身裸も辞さなかったというのに、何ともお上品過ぎる。ヒロインの衣装を除けば、メトらしからぬ貧相な舞台はがっかりで、フリットリ/ノセダ(指揮)/ポーダ(演出)のトリノ組に大差をつけられてしまっている。

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     2010/04/03

    3番、2番、8番とやや下降線気味のこのシリーズ、しかも4番はゲルギエフの個性と合いそうにないなと思ったのだが、これは嬉しい誤算と言うべき素晴らしい演奏。例によって速めのテンポではあるが、今回はそんなに速すぎることはなく、むしろ心持ち小編成なのが幸いしたか、オケの各パートが雄弁に浮き彫りにされる「エッジのきいた」演奏。彫りの深い第3楽章までとは一転して、終楽章のクレイコムは極めてデリケートに、「腫れ物に触るように」歌っているが、見かけに反して、まさにそこにこそ私は痛烈なパロディを感じる(お前の考えすぎだと言われればそれまでだが)。9番はロッテルダム・フィルとの来日公演でも非常に良かったので、残りの2曲(『大地の歌』も録音するつもりなら3曲)が楽しみだ。

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  • 10 people agree with this review
     2010/03/18

    テンシュテットの2番(ちなみに、作曲者はこの曲を『復活』と呼んだことはない)はEMI正規録音もすばらしかったし、北ドイツ放送響(非正規盤)も良く、彼に最も合う曲の一つと思っていたが、あらゆる点でこの録音がベストだろう。決して爆演型ではないが、スケールの巨大さには目を見張るし、テンポの細かい操作や声部のバランスなど随所に彼ならではの作り込みが聴かれる。録音も前の6番とは段違いの素晴らしさで、最後の拍手がなければライヴと気づかぬほどだ。これだけ指揮が見事だとオケがベルリン・フィルかシカゴ響だったら、と無い物ねだりをしたくなるが、LPOだって十分に頑張っている。

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  • 3 people agree with this review
     2010/03/04

    ハンブルク稿の録音もすでに数点になるが、この盤の特徴は良く言えばライヴのような勢いのある、悪く言えば少々荒っぽい演奏。普段あまり聞こえない声部を強調するのは指揮者の趣味と思われるが、オケ自体かなり放縦で、縦の線が揃わないところも散見される。せっかくのスタジオ録音なのだから、もっと精緻に仕上げてほしいと思うのだが、速めのテンポと相まって若き日のマーラーの意欲のほどは感じられるし、この版の特徴はちゃんと聴き取れる。録音も物理特性自体は良好なのだが、打楽器の音が非常に強く、やや混濁気味。

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     2010/01/19

    ここに登場する中国は『蝶々夫人』同様、西洋人のオリエンタリズムの中の幻想の中国だから、別に本場物である必要を感じないが、それでも場違いなものがない舞台はありがたい。演出は手堅いが、トゥーランドットが登場のアリアの後、謎解きの場までに衣替えする、リューの死に方が普通と違うなど色々と工夫がある。第1幕では男装と言っても良いストイックな服で登場するトゥーランドットが最終場のピンクの服になるまで、彼女の「女」としての目覚めを丁寧に描いて見せるが、最近特に評判の芳しくない原作由来のマッチョイズム(男性優位主義)をどこまで払拭できたか。指揮は『指輪』より遥かに良い。もともとイタオペの経験豊富なメータだが、この曲は特に彼の押しの強さに合っている。グレギーナは名声にたがわぬ見事な声。演技もなかなか巧く、ニルソンのような過去のカリスマと比べない限り、申し分ない題名役と言える。ベルティはロブストな立派な声のテノールだが、特別な輝きに乏しく、なぜ彼が命を懸けてトゥーランドットを愛するのか、もともと分かりにくいこの人物の心理が説得力を持ったとは言えない。リューは健闘、とても好感が持てる。 

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  • 4 people agree with this review
     2010/01/18

    ご存じの通り、マーラーは指揮者に対する指示をあれこれ総譜に記入する人だが、これほど徹底して楽譜の指示に従わない演奏も珍しい。その典型は1番の葬送行進曲で、マーラーの再三のテンポ上げの指示をことごとく無視した結果、べったり遅いテンポ(12分50秒)になっているが、独特な味わいがある。つまりロシアうんぬんというより、スヴェトラーノフ晩年の個人様式によって完全に塗り固められた演奏だ。小回りのきかない人なので、シャープな局面の変化が求められる曲(たとえば7番)はまるで駄目だが、おおらかさといざと言う時の驀進力はやはり目覚ましい。6番はこれだけ拍手入りのライヴで、全曲中最初の録音だが、金管の咆哮、打楽器の強打などテンションの高さは尋常じゃない。ついでは何もかも巨大な3番が魅力的。最近では非常に緻密に演奏されることが多い9番も一筆書きのような破格の演奏だが、面白いところが随所にある。凄まじいテンポで一気呵成に突進する第3楽章(10分25秒)はおそらく史上最速だろう。ロシア語訳で歌っているのかと聞き違えるほど、ナマリの強い歌手たちのドイツ語発音(特にアルトのアレクサンドロヴナ)もご愛嬌。

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