「スヴェトラーノフとブリュッヘン」
2008年7月10日 (木)
連載 許光俊の言いたい放題 第146回「スヴェトラーノフとブリュッヘン」
ブリリアントのスヴェトラーノフ・セットがおもしろい。チャイコフスキーなどの有名曲を外し、ややマイナーどころ、あるいは20世紀ソヴィエトの作品を集めている。
特にスヴェトラーノフ自作自演が聴きものなのだ。ラフマニノフのように濃厚な情緒といい、色彩豊かな管弦楽といい、正直なところ、グラズーノフやバラキレフあたりよりよほど楽しく聴けるのではないか。もちろん20世紀後半に書かれた曲なのだが、前衛的ではなく、とことんロマンチックである。墨汁をたっぷりふくませた筆でなぐり書きするようなたくましさ、迫力がある。壮大なオーケストラ音楽が好きな人なら狂喜乱舞間違いなかろう。
交響曲第1番は、ちょっと「蝶々夫人」のような東洋がかった主題で開始されるが、やがてショスタコーヴィチを思わせるような行進や高揚がやってくる。猛々しい金管の叫びはレスピーギ「ローマの祭」みたいだ。スヴェトラーノフ自身は、自分は常にマーラーを好んでおり、これに似ていると言っている。確かに、途中ではマーラー風の行進曲も登場してくる。フィナーレはイケイケの突撃音楽だ。
「祝祭の詩」は、うねるような陶酔的メロディ、押し寄せる感情の大波、大編成金管楽器の咆哮と、曲も演奏もスヴェトラーノフのサービス精神が大盤ぶるまい。ここまでやってくれれば痛快このうえない。どうせなら、来日公演でも、チャイコフスキーばかりでなく、こういうのをやってもらいたかった。9分過ぎからのクライマックスは、「白鳥の湖」の最後をパワーアップしたような音楽。ナマで聴けば悶絶ものだったに違いない。もちろんCDで聴いても非常に楽しい。梅雨を吹き飛ばしてお釣りが来るようだ。
「ダウガヴァ」は超低音の不気味なうねりから開始される。途中はややかったるいが、最後は大爆発。溜飲が下がる。どの曲でも感心するのは、さすがオーケストラを操る名人だけあって、スヴェトラーノフの曲はどれもオーケストレーションが巧みで効果的だ。
そのスヴェトラーノフに負けず劣らずロマンティックなのがロスティスラフ・ボイコという作曲家の音楽。オリエンタルな異国情緒たっぷりに歌い上げるのでやや映画音楽っぽいとも言えるが、民衆に理解できない芸術はよしとされなかった社会主義国ならでは。当然、スヴェトラーノフの手にかかるとツボにはまる。ドンドコ、ドンドコと蛮族の夕べみたいな感じのリズムも楽しい。こんな交響曲が1982年に書かれていたとは、信じがたい。
大部ではないが、解説がついているのがよい。音質も良好。
激安セット侮り難し。同じブリリアントから出たブラームス全集をひっくり返していたら、なんとブリュッヘン指揮のセレナーデ第1番という1枚が紛れ込んでいた。ブリュッヘンのブラームスとは珍しい。しかもマイナーな曲である。とはいえ、この曲、いかにもブラームス的な佳品だ。交響曲第2番にも似た解放感がある第1楽章。後期の作品みたいな微妙な苦みがある第2楽章。特に第2楽章でさまざまな感情が多層的に重なり合うさまは、モーツァルトやシューベルトを凌駕する。ブラームスが書いた曲の中で私がもっとも感嘆するのがこの楽章かもしれない。これに比べればマーラーなど実に大味と言うしかないだろう。スケルツォと称しているが、それもまた苦い。
「放送室内管弦楽団」と記されている楽団との2003年のライヴだ。コンセルトヘボウ管弦楽団にも似た明るい音色のオーケストラで、ニュアンスのあるよい演奏をしている。正直言って近頃大して期待していなかったブリュッヘンだが、この演奏はすばらしい。壮年期のような緊張度の高い引き締まった音楽ではない。適度に枯れた、力の抜けた状態で、しかもたなびくような香りがある。ゆっくりした第3楽章は決して押しつけがましくないし、暑苦しくもないが、しっとりして実に美しい。弱音の寂しさを聴くと、この指揮者もいよいよ生涯の最後にさしかかっているのかと思わされる。メヌエット楽章でも、ちょっとした旋律がことさら濃厚に歌われるわけでもないのに、妙にしんみりしている。もしかしたら、ブラームスが書いた一番悲しい曲はこれなのだろうか?
さすがに大きな全集なので、この1枚のために買えとは言いにくいけれど(本当はそう言いたいくらいだが)、もし他にも興味のある演奏や曲がいくつか入っているなら、迷うことはない。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
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