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ウェルザー=メストの来日公演に仰天した

2007年9月5日 (水)

連載 許光俊の言いたい放題 第120回

「ウェルザー=メストの来日公演に仰天した」

 たった今、オーチャードホールでウェルザー=メストが指揮した「ばらの騎士」を聴いてきたところだ。すごかった。長年クラシックを聴いていると、時として予想もしなかった衝撃に遭遇する。今回も開演寸前まで、まさかこれほどまでの音楽を聴かされようとはまったく想像も期待もしていなかった。
 メストが初めて来日したのは今からもう15年くらい前だ。そのころはメチャクチャ若い駆け出しの指揮者だった。テンシュテットの代役としてロンドン・フィルを煽りに煽ったベートーヴェンを聴かされた。私は「マリ・クレール」誌の取材でインタビューしたが、まだスレていない兄ちゃんといった感じで、「ブルックナーの第5番、あれは僕にとっては、エクスタシーそのものだ」と力説していたこともあり、私の中では彼は若々しさが魅力のイケイケ指揮者として分類されていたのである。その後、ザルツブルクでも聴いたが、正直言って、特別褒めたくなるような音楽は聴かせてくれなかった。
 今回も、まあ久しぶりだし、悪い指揮者ではないから・・・くらいの気持ちで聴きに行ったのだけれど、とんでもなかった。カルロス・クライバー以後、これほどまでに魅力的な「ばらの騎士」を聴かせてくれた人は誰もいないと断言しても間違いではないだろう。クライバーの「ばら」は、あまりにも感情豊かで、生のエネルギーが沸騰するような演奏だった。そのため多くの人が、「もう、この曲はクライバー以外考えられない」とまで思い定めていたはずだ。私もそのひとりである。だが、メストはそのクライバーの正反対の方向で、美の極致を示してくれたのである。
 冒頭から非常に抑制された響き。最初は、小規模なチューリッヒ・オペラの建物でやっているがゆえにそうなのかと思ったが、違う。メストは、なんと「ばら」を「ペレアスとメリザンド」のように静かに、繊細に、そして柔らかく、優美に演奏するのだ。なんとほとんどすべてと言いたいくらい大部分が弱音のレガートで奏されるが、カラヤンみたいにこれみよがしのゴージャス感やお色気はゼロ。オックスの音楽ですらも上品になっている。きちんと整ったオーケストラは、いまだかつて聴いたことがないような微細画を描き出す。複雑なスコアに潜んでいた宝石のような響き。知り尽くしている曲のはずなのに、「こんなの、聴いたことがない!」と何度も思わされた。ウィーン情緒みたいなものはほとんどない。猛烈にきれいなのだが、粘ったり、生あたたかったりはしない。抑制とバランスから自然に生まれてくる優雅さがたまらない。バロック風のところなどが、最大限に生きてくる。決して超一流とは言えないこのオーケストラが、こんな演奏ができるのか。
 これほどまでに美しい「ばら」は聴いたことがない。まさしく耳の悦楽である。さすがに第2幕ではダイナミックで劇場的な生き生きした音楽が必要と思われたが、第1幕、第3幕はひたすらその美しさを満喫できる。特に第3幕。例の三重唱のオケ・パートもため息ものだが、それが終わって二重唱が始まるまでの間といったら。すべての楽器が微笑んでいるかのようなまさに天上の音楽、至福の音楽と呼ぶにふさわしい世界が到来したのである。この数分をもう一度聴くためだけでも、再び最終公演(9月8日)に出かけようかと考えているほどだ。確かにチケットは安いとは言えない(とはいえ、本拠地チューリッヒはヨーロッパでは最高級にチケットが高く、来日公演の値段とあまり違わない)。だが、こんなに美しいオーケストラが聴けるチャンスは、そうそうあるものではない。歌手はオールスターキャストだが、何もコメントする気が起きないくらいオーケストラが圧倒的なのだ。もしあなたに金銭的余裕があるなら、絶対に聴き逃すべきではない。
 いわゆるオペラティックな演奏ではまったくない。だから、劇的な迫力などを求める人なら不満を感じても当然。だが、最初から、そうしたことはわかったうえでの演奏なのだ。「ばら」に限らない。シュトラウスの音楽がこれほどまでにエレガントに美しく聞こえた例を私は他に知らない。目をつぶってオペラを聴くという珍しい経験をすることができたのである。本日この瞬間から、メストは私がもっとも注目する指揮者のひとりになってしまったのである。
 メストはやがてチューリッヒを去り、ウィーンのオペラに行くことが決まっているが、聞いた話では、チューリッヒでの最後の演目はこの「ばら」なのだという。それだけ自信があるのだろう。当然だ。よけいな心配だが、こうしたあまりにも優雅な音楽は、いわゆるオペラティックで味付けの濃い音楽が喜ばれがちなウィーンでは不可能かもしれない。
 チューリッヒでの上演は、DVDになっている。今の段階では見ていないので、コメントすることができないのが残念だ。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


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