「夏は鉄道」

2010年8月3日 (火)

連載 許光俊の言いたい放題 第183回

「夏は鉄道」

 夏は旅行の季節である。私は8月の暑いさなか本当は家で読書していたほうがいいのだが、京都近辺に二度出かける。ひとつは、ペーター・コンヴィチュニーがびわ湖ホールで行うセミナーと発表会。なんと「蝶々夫人」を若手とともに作るのだ。私がまだ見ていない数少ないコンヴィチュニー演出のひとつである。もうひとつは、京都交響楽団で行われる佐村河内守の交響曲第1番全曲初演。この大曲はすでに二度演奏されているが、いずれも一部省略されていた。一番辛口の第2楽章が音になるのは今度が初めてなのだ。この作曲者については、ごく最近「女性自身」が8ページという紙面を割いて、詳細に紹介している。しかも記事のトーンがまったくセンセーショナルではないのが意外。
 実は京都に行く目的はもうひとつある。広隆寺の弥勒菩薩を見たいのだ。どうしてこんな気になったかと言うと、五島勉の最新刊『未来仏ミロクの指は何をさしているか―2012年・25年・39年の秘予言』(青萠堂)を読んだから。この本の中で、未来を示唆するすごい仏像として大々的に取り上げられているのだ。五島勉は1999年以後、「やっぱり予言は外れたじゃないか!」と非難され、ほとんど姿を消していた。ところが、今年になってひっそりとこの本を出していたのだ。
 内容は、例によって愛読者なら泣いて喜ぶ五島節炸裂で、ソニーが大成功したのも湯川秀樹がノーベル賞をもらったのも、すべて広隆寺の弥勒菩薩のおかげらしいというのだ! これまた例によって、最初は仮定や推論だった話が、いつの間にか事実になっているという展開はあいかわらずのうまさだ。「ミロク」という言葉と英語のミラクルはつながりがあるのではないかという指摘には、快哉を叫んでしまった。もちろんこんなものを読めば、問題の像を見に行かないでは気が済まなくなる。
 それにしても、もう高齢で新刊は期待できないと思っていただけに、嬉しい出版だった。さらなる健筆を祈りたい。辛口の警世の書が読みたい。

 むろん、首都圏から京都まですばやく行ってくるとなると、交通手段は新幹線になる。ただ、新幹線には旅情がないことは今更私が言うまでもない。旅行には二種類ある。あらかじめやりたいことを決めておいて、ぱっぱとこなすやり方がひとつ。もうひとつは、目的はゆるやかにしか決めておかず、途中で起きるささやかなできごとをゆったりと楽しむもの。性格的なこともあって私は前者のような旅行ばかりしているが、最近、種村季弘の『雨の日はソファで散歩』(ちくま文庫)というのを読んでいたら、知らない町で適当な店に入ってはビールを飲み、豆腐をつまみ、また移動して・・・というのが実に楽しそうに書かれていて、うらやましくなった。まあ、私には無理だろうが。
 旅情があるのは、やはりローカル線だの在来線だのになるが、クラシック好きには鉄道マニアが少なからずいるらしい。そういえば、サルディニア島にカルロス・クライバーを聴きに行ったときも、連れのひとりは、「この島ではまだ蒸気機関車が動いているはずだ」と興奮して見に行っていた。マニアというのとは違うが、朝比奈隆に至っては、かつて運転手をやっていたほどだ。これまたそういえば、かつて友人が、「運転が朝比奈隆、車掌が宇野功芳という特別列車を走らせれば、ぜったいファンが殺到する」という訳のわからないことを言っていたっけ。
 で、鉄道にゆかりのある作品を集めたCDが、「鉄オタクラシック オーケストラ曲編」だ。爆走する汽車とオーケストラの写真の組み合わせという恥ずかしくなるようなジャケット写真がすばらしい。開封すればわかるけれど、もともとのジャケットはおとなしい、どちらかというとレトロ調のもの。鉄オタに訴えかけたい日本の発売元の熱い気持がよくわかる。ちなみに、この白黒写真を見て私は子供の頃に見ていたテレビ番組「どっこい大作」というのを思い出した。あれ、DVD化されないけど、どうしたんだろう。
 超スタンダードの「パシフィック231」はむろんのこととして、名前を聞いたこともない作品がいくつも入っている。それにしてもみなさん、音で汽車のマネをするのがお上手。そして、汽車の音をマネするとおのずと音楽になってしまう不思議さ。これに比べれば、飛行機だのロケットだのは音楽になりませんね。特に南米の作曲家たちの作品が魅力的だと思った。さらに、こうして並べてみると、シュトラウス一家の音楽がどれほど馬鹿馬鹿しく明るいかもよくわかる。
 演奏は一流すぎないのが味。といって下手で困るということでもない。のんびりするのにちょうどいいぐあい。ちょっとしたお出かけ気分になれる1枚だった。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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