サカナクション 山口一郎『NIGHT FISHING』全曲解説！インタビュー

「ワード」

山口　この原曲が出来た時は、ディレクターに“早く曲創れ！創れ！”って煽られていたときで。でも全然曲が出来なくて。なのにしつこいぐらいに言われていたので。実はそれに対しての気持ちというか、それがこのサビの歌詞になったんですよ。“聴こえてる、聴こえてるフリをしただけ”って（笑）。

--- あまりにも追い込まれていて聴こえてるフリをするしかなかったと（笑）。

山口　そうです（笑）。そしてこの曲は、最初アコギ一本で創っているときに、“夜が　僕らを試してるな”ではなくて、“君が　僕らを試してるな”っていう歌詞で、“聴こえてる、聴こえてるフリをしただけ”っていう歌詞だったんです。これ、ディレクターへの気持ちみたいですよね（笑）。
　 それは別として、本当に、 “君が〜”で行きたかったんですけど、“君”という言葉が強すぎるんじゃないかということで、“夜が〜”に変えたんです。そして、“溜め息はひとつだけ〜”のくだりを入れることによって、“聴こえてる〜”に繋がる物語性が結果的に産まれた曲ですね。

--- この“夜が僕らを試してるな”というフレーズにとても強烈な印象を受けたんですよ。サカナクションって、今までも夜を題材にした楽曲を創っていて。どちらかというと、“夜の中で自分たちを試している”という印象が強くて。
　 そのバンドが、“夜に試されている”という逆説的な言葉をいきなり引用してきたことにちょっと吃驚したんですよね。

山口　“夜に試されている”というのは、夜という時間に試されているというよりかは、夜に悩んだり考えたりすることに対しての表現で。夜に限らず常に人は悩み考えている状況にいるんじゃないかなっていうニュアンスで書いたんです。
　 そして、その“夜に試されている”という言葉に落ち着いたときにこういう気持ちになったというか、映像までもが浮かんできたんですよ。場所も浮かんできて。そこを僕が歩いているという。

--- その映像というのは、他のどの曲を創るときも浮かんでくるもの？

山口　曲にもよりますけど、詞を書き始める時のきっかけになるのが映像なんですよね。光景というか風景というか…。「新しい世界」の最初の歌詞の部分とかも、街の中でぶわーっと夕陽が映って、真っ赤に人が染まっている姿が最初に浮かんできて。それを見ている人の人物像だったり背景だったり。そこのストーリー性を産み出すというか。別に無理矢理ストーリーを書いていくわけではないんですけど、その浮かんだ映像の中から言葉が出てくるというか。それを自分に対比して歌詞を書くという。
　 あの、僕、すごく旅行に行きたい時があって、その時の気持ちを「新しい世界」に当てはめたりとか…。映像が浮かんだり、ふとした時に浮かんだ気持ちを覚えておいて、それを曲に当てはめていくというのが多いですね。それが如実に現れたのが「ワード」だと思いますね。
　 これは、昔、とある女の子と夜の川を一緒に歩いていた時の気持ちが表れた曲ですから。

--- それは現実的にあったこと？

山口　あったことなんですよ。そん時の気持ちを色々と思い出して書いていったというか…。その気持ちって会話とかだと具体的に伝えられないじゃないですか？　でも歌にするとその時の気分をそのまま表現出来るという。それが音楽の楽しさというか曲を創る楽しさなんじゃないかと思いますね。自分の表現手法のひとつかなぁと思うんですよ。絵とかだとその瞬間を切り取ることが出来るけど、はっきりとその時の感情を伝えづらいというか。
　 風景画も、“綺麗だなぁ”とは思うけど本当にそこへ行った気持ちになれないというか。でも、音楽はそうなれる、思い出せる、自分の過去の気持ちと創ったときの気持ちがリンクして体感出来る一番のツールじゃないかなと思うんです。

--- その表現手法が、一郎君の独特な抽象的な歌詞の世界観に繋がっているんですね。だからこそ、聴き手の想像力も膨らむというか。様々な自分の感情に照らし合わせることが出来る。
　 先の話を聞かなければ、聴き手としては、決して“女の子と夜の川を一緒に歩いていた”という感情は沸き起こらないですからね。それがサカナクションの魅力に繋がっているのかなと。改めて思いました。

山口　ありがとうございます。

「サンプル」へ続く・・・