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たくぽん さんのレビュー一覧 

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  • 5人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2017/02/20

    最近聴いて、意外にも(失礼!)感銘を受けたのがこのCD。メータの「春の祭典」「巨人」というと、彼の十八番のレパートリーであると同時に2010年のイスラエル・フィルのプログラムを思い出します。この二曲を一夜で演奏して、しかもかなりの手堅さで聴かせるこのコンビには生意気にも恐れ入った記憶があります。
    このオーストラリア(墺じゃないです)・ワールド・オーケストラという団体はなんぞや、と思って調べてみると、どうやら世界各地で活躍するオーストラリア出身音楽家を半分、それ以外の名手を半分という構成による楽団とのこと。いわばサイトウ・キネンやルツェルン祝祭管のオーストラリア版ということなのかもしれませんが、かなり巧い。2曲ともメータが嗜好する豊麗な響きに余裕で応えていて、好き嫌いを超えてサウンドの充実には驚きます。若干残響の高音域にチリチリとした電子的なものを感じるものの録音も高音質。

    5人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 2人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2016/11/11

    インバルの十八番と言えば古くは読響での日本デビュー、フランクフルト放送響、そして都響と名演を重ねてきたマーラー「交響曲第5番」と思われる方も多いだろう。それは疑いのない事実である。と同時に、彼の「裏十八番」と言っても差し支えないほどに独自の音楽世界が強烈に表出されているのが、今回のチャイコフスキー「交響曲第5番」なのだ。全楽章、迸る激情と容赦ない金管の運命動機の咆哮、これはロシア的でもゲルマン的でもない、まさにインバルにしか出来ない強烈無比なアプローチなのである。第1楽章結尾の厳しい弦のリズム、第2楽章の楽想の転換の大胆さ、第3楽章ホルンのゲシュトプフ強調、そしてフィナーレの自由自在なテンポ変化と、とにかく一聴頂きたい。フランクフルト放送響との録音も完成度の高い名演であるが、都響との新盤は全体の構築はそのままにライヴならではの白熱がよく収められている。随所にキズもあるが、この演奏の価値は減じえない。

    2人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 2人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2016/11/11

    インバルと都響のショスタコーヴィチ・ツィクルス、12番・15番というやや珍しいカップリングの登場だ。演奏時間の比較的短い2曲を組み合わせるのは英断。両曲ともこのコンビらしい硬軟併せ持つスタイルが発揮されており、弦・管ともに都響らしい正確性としなやかなフレージングが堪能できる。インバルのアプローチの根本はデンオンに録音したウィーン響との全集と変わっていないが、甘さを切り捨てるような旧盤に比べ、より膨らみのある音楽への志向・自然なテンポ変化などがこの新盤では感じられる。ウィーン響というやや不器用ながらアクの強い音色を保つ楽団に対して、正確無比ながら音色の個性はまずまずな都響というオーケストラの違いも加味せねばなるまい。最後に蛇足ながら、両曲の実演を聴いた筆者の印象を少々記しておきたい。第12番は強烈な推進力を持った熱演、第15番は速めのテンポの中に多くの要素を凝縮した佳演といった印象だった。しかし面白いことに、録音を聴く限りではこの2曲にさほど差はないのだ。インバルという指揮者のショスタコーヴィチ観の堅牢さを改めて感じるとともに、優秀な(音量は小さいが!)録音でそれらを細部まで反芻できる喜びに感謝したい。

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  • 4人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2013/06/21

    アバドのシンフォニー・エディションに収められたディスクを聴いての感想である。いきなりけち臭い話で申し訳ないが、この大型激安BOXにはアバドの近年の代表的な成果がまとめられている。今回のブルックナー1番(BOXと単売CDの音源が完全に同一かは分からないが)を入手できるメリットを考えると、5,6枚所有していないディスクがあれば、購入しない手はないだろう。
    話題がそれたが、アバド/ルツェルン祝祭管によるブルックナーは現在1,5,7,(13年の9番)が登場しており、近いうちに彼が得意とする4番が登場するのは想像に難くないだろう。
    そして今回の1番だが、アバドの意向でウィーン稿を使用している。素人の目測に過ぎないが、ルツェルンというスーパー・ソリスト集団で当曲を取り上げるにあたって、よりオーケストラの壮麗な響きを生かすことのできる後年の改訂稿を採ったということではないか。実際この演奏からは、後記交響曲に通じるコク深い管弦楽の妙と、意気揚々としたブルックナーの息吹をバランスよく感じることができた。齢80を過ぎてなお瑞々しいアバドの指揮はハリのある構築で演奏をまとめ上げており絶品で、ここにブルックナー1番の新たな名演が加わったといえると思う。ぜひ多くの方に御聞き頂きたい。(文頭でも申し上げたが、未所持盤の多い方はBOXを!)

    4人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2012/11/28

    近年水準を著しく高めている在京オーケストラ界の中でも、尻上がりに評価を高めるインバル/都響によるブルックナー「7番」である。
    我が国では、ブルックナー演奏といえば重厚壮大でゆったりとしたテンポのものが好まれているように思われる(近年こそ古楽畑の指揮者の進出が見られるが)が、この「7番」も例に漏れず、旋律を濃厚に紡ぎ、第2楽章の神々しいコラールを軸に据えたジュリーニ/ウィーン・フィル、カラヤン/ベルリン・フィルなどの演奏が人気を博してきた。
    そこに登場したのがこの盤である。当日演奏を聴かれた方はお分かりであろうが、全曲の演奏時間は60分を切っている。この曲の演奏としてはプレートル/ベルリン・ドイツ響と並び早い部類に入るのであるが、それでは音楽がセカセカしているかというと、決してそうはなっておらず、同曲の巨大なスケールを悠々と広げている。
    短い演奏時間にも係らず演奏が壮大たり得る理由は、第一にインバルの絶妙なテンポ感覚にある。基調となるテンポは確かに速めなのだが、そのテンポが殆ど一定に保たれており、寧ろ堅牢な構築をしているという印象を持った。また、音楽が休止する部分ではしっかりと休止している。第4楽章では、金管による第2主題の呈示をゆったりと開始し、楽器が加わるにつれ加速するなど、テンポを自在にコントロールした表現が見事だ。
    第二には、やはり都響の驚嘆すべき演奏力を賞賛すべきだろう。冒頭のトレモロの中から出現するチェロとホルンのユニゾンからして、何と玲瓏な響きであろうか。旋律の歌わせ方は決して嫌味がなく、かつ切々とした趣がある。第2楽章ではヴァーグナー・テューバが安定しているし、この楽章としては異例のテンポながら弦楽は混濁せず、厚みのある響きを聴かせる。また、木管群も全曲を通して澄み渡り見事だ。(特にフルート!)そして、楽章を通じて重厚感を増し、フィナーレでは遂に全力を持って響き渡る金管群!(トロンボーンの分厚さなど、海外オケにも匹敵するものだろう)オーケストラの響きは極めて見通しの良いものだが、それでいてブルックナー演奏に必要な厚み・豪快さに欠くことはない。インバルもこの響きが欲しかったのではなかろうか。

    このブルックナー「7番」は、既にリリースされているショスタコーヴィチ「4番」、マーラー「大地の歌」と並んで、日本の楽団が達した最高レヴェルの演奏というだけでなく、これまでの数々の名盤と互角に位置するものであると思う。録音もサントリーホールの豊かな音響をよく捉えており優秀である。是非多くの方に手に取っていただきたい。

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 4人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2011/02/07

    自分が聴いた演奏会のライヴCDのレヴューを書くとき、いつも考えるのは「一リスナー」と「当日の演奏を聴いた人間」、どちらの立場から書けば良いのかということなのだが、今回は特に悩ましかった。6/19、サントリーホールで聴いた演奏と、CDの印象があまりに異なっているからだ。どちらが良い悪いということではないのだが、CDの方がかなり熱演風なのである。インバル/都響の演奏では、前にもこういったことはあったのだが、今回ほどこの差が顕著なのは初めてであり、その充実度と熱気に吹き飛ばされそうになりつつも、「ここまでだったか?」と自問している自分がいる(ちなみに前作の「3番」では、オンマイク気味の録音のせいだろうと決めつけることができたが、この「2番」は残響音もよく録られており、なかなか結論に達することが出来ない)。さて、肝心の演奏内容については、リスナーの皆様の期待通り、演奏最高・録音最高・ライヴ感満点と三拍子揃った、比類ないものだ。特にこのシリーズにおいて、声楽付きの作品では、これまでオケ側は最高の演奏をしているのに、合唱・独唱の発音の問題や声量の乏しさが演奏の魅力を減退させていることがあったので、独唱にドイツ語圏の名手を迎え、よく鍛えられたプロ合唱団を迎えた今回の演奏は、総合的な観点から見て「完全無欠の大名演」と称して何の躊躇いもない。特に、第1楽章第1主題が回帰する箇所で、あざとさの一歩手前のスローテンポのコントラバスから始まり、ホルンのコラール風旋律などが織り交ぜられるにつれてテンポを上げ、自然に音楽を高潮させていく手腕は、流石はスペシャリストと言えよう。また、終楽章行進曲部にてテンポを落として奏される弦楽の、他を圧するような厳然とした響きも本当に見事だ。しかしこの演奏の真骨頂は、やはり圧倒的なクライマックスである。合唱とオーケストラが一体となって同じ旋律を繰り返しながら頂点へ向かっていくが、都響は疲れを見せるどころかますます音色の輝かしさとパワーを増していき、遂に感動的に示される「復活」動機では、インバルは金管群にベルアップをさせ、脳天に直接音を刻み付けられるかのような衝撃を与えてくれる。
    威風堂々と終結音がホールに響き渡った後、間を置いて放たれる凄まじいテンションのブラヴォーは、日本のオケで聴かれる最大級のものではないだろうか?
    在京オケを愛する一ファンとして、このディスクを出来る限り多くの方に、特に海外団体至上主義者の方に聴いて欲しい。水準の高さに目から鱗が落ちること請け合いだ。

    4人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2010/12/12

    先にnorry氏が詳細かつ実に的を得た批評を展開されているので、拙文の掲載がためらわれるが、2010年3月末、赤坂にて本演奏に激しく感動した聴衆の一人のレヴューとしてお読みいただきたい。

    この演奏、全曲を通してかなりテンポは速い(第1楽章は31分だが、大抵の指揮者は32〜35分)。かといって全曲が流されているわけでは勿論ない。同曲最高の名演と称して何の躊躇いもない。
    例えば、「レコード芸術」12月号において増田良介氏も触れられているが、第1楽章展開部後半から終盤にかけての大胆なテンポの変動は驚異的ですらあり、今までに聴かれなかった解釈である(再現部直前のスネアドラムのソロあたりを利用してややテンポを戻すのも、老練な技であろう)。
    また、第3楽章では、木管にやや怪しげな表情付けがなされ、インバルの猟奇性も僅かに顔を出す。
    第4・5楽章で登場するフェルミリオンの独唱は、6月の「復活」ほど好調ではないが、それでも邦人歌手には望み得ない母国語の「味」を堪能させてくれる。オーケストラのサポートも素晴らしく、チェロ群の豊かな音色も聴きものだ。第5楽章では、児童合唱がやや大味に過ぎる感はあるが、一定水準はクリアしている。
    第6楽章でもやはり基本早めのテンポで推し進め、自由自在の変動の末、フィナーレでは悠揚迫らぬテンポで全曲を締めくくる。
    旧盤から25年を経て新たに耳に出来る、上記のような大胆な解釈は、インバルの円熟のみならず、都響に対してのインバルの信頼の深さを物語っている。その献身的な演奏ぶりは涙ぐましいほどで、この曲では必要条件である金管楽器のパワフルな活躍やチェロ群の特筆すべき豊かな音色をはじめとして、演奏精度・切れ味は全曲を通して完璧といってよく、一瞬たりとも緊張の糸が切れることはない。終盤のピッコロ・ソロに続くトランペット・ソロは高橋氏だろうが、完璧であるし、その後の神々しい世界も絶句だ。最早ヨーロッパのレヴェルすら超えているではないか!しかしただ一点、その極度の緊張ゆえか、フィナーレで高らかに4度音程を叩く2対のティンパニのリズムの連携がやや不安定なのが玉に瑕である。録音については、他盤と比較するとスネアドラムの音量が若干大きいかと思うが、この躍動あふれる演奏には適しているし、第3楽章のポストホルン(舞台裏での演奏、音色から判断してトランペットだと思われるが、岡崎氏ブラヴォー!!)との立体感をはじめ、総合的には当夜の感動をなかなかよく再現してくれる(ちなみに今回の演奏では余程興に乗じたのか、これまでより頻繁にインバルのソロ・ヴォーカルが聴こえるほか、第6楽章においては13分17秒のところで、一瞬何か(ドイツ語?)を呟いているようだ)。さて、これまでの当コンビのマーラー、第2サイクルの録音はこれで2番、3番、4番、6番、7番(?)、8番、が終了。来年度取り上げられる「大地の歌」と歌曲を除き、残りは1番、5番、9番、10番(個人的には、第7交響曲は再録音が実施されるとみている)。全集完成も、いよいよ近づいてきた。

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 3人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2010/09/16

    2010/3/25、東京文化会館にてこのライヴを聴きました。
    既出の5番の出来が非常に良かっただけに、期待しましたが、実に見事なブル8でした。3月下旬のブル8祭り(当演奏、スクロヴァ/読響、ティーレマン/ミュンヘン)の中でも異色かつ完成度の高い演奏ではなかったかと思います(尋常でない雰囲気、という点ではティーレマンに軍配が上がります)。
    ノーヴァク版第1稿ということで、随分と聴き慣れない部分があったのは確かですが、音楽の充実度の高さに、戸惑いが吹き飛ぶ思いでした。インバル/都響の信頼関係の賜物であります。
    具体的には、国内オケでは常にがっかりさせられるワーグナー・テューバのほぼ安定した吹奏(目立ったミスは、第1楽章のみ?)。その他は、流石に都響といった感じで、技術的には不足なしです。フィナーレ冒頭ファンファーレのトランペット、ティンパニも見事に決まっています。
    そして、何よりもインバルの豪快かつ壮大な音楽作りがこの盤の魅力でしょう。第1稿の初演者だけあって、十分に曲を手の内に収めていると見受けられます。
    最大の聴き所はアダージョ楽章。マーラーで聴かれる、インバルの持ち味である粘り気が功を奏し、情念溢れる感動的な音楽に仕上がっています。実演でもこの楽章がベストでした。

    是非一聴をお薦めします。

    3人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 2人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2010/03/30

    インバルのブルックナーは鋭角的で、緩急が激しい。
    この5番で、そのアプローチはさらに顕著である。

    東京文化会館の残響の非常に少ない音響空間もあり、竹を割ったように明晰な、巨大な音のタワーのようなブルックナー像が現れる。しかも、そのタワーはムラムラと熱気をはらんでいる。

    都響は本当にうまくなった。首都圏オーケストラトップクラスの実力である。金管はやや音色が硬いが、はずす箇所はない。弦は特筆すべき音色。間違いなく世界の第一級のクオリティだ。

    巨匠的ブルックナーに飽きたら、購入をお勧めする。

    2人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 6人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2010/03/25

    インバル、都響の幸福な船出を祝うにはこれ以上無いほどのCD。
    まず、録音のレヴェルの高さに驚嘆します。どんな場面でも、適度な残響を伴って全ての音が有機的に響きます。
    演奏も、第1部は高速テンポでガンガン攻めまくるインバルに都響が献身的に応え、圧倒的なカタルシスを生んでいます。しかし、ただの音響地獄ではなく、あらゆるニュアンスをぎっしりと封じ込めているのがまた凄いところです。ラストの大加速では失神寸前!
    第2部では、先ほどとは裏腹に曲の持つ叙情性を前面に出し、弱音の箇所はひれ伏して祈りたくなるほどの美しさ。最後の、福井敬の渾身の独唱(抜群に巧いわけではないのですが、今までのどの盤よりも心に沁みます)により導びかれる神秘の合唱は、決して下品にならず、しかも迫力にも事欠きません。ゆったりとしたテンポで高揚していき、堂々たる終結を迎えます。インバルのテンポ設定はまさに完璧。

    最後になりましたが、このCDは壮丁も美麗ですし、内容を考えれば、3000円は決して高くないです。ご購入を強くお勧めします。

    6人の方が、このレビューに「共感」しています。

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  • 2人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2010/02/14

    59年のステレオ・ライヴ(しかも一発録り!)ということで音質を少々心配しましたが、全くの杞憂に終わってくれました。
    冒頭のオルガンの重低音から、合唱の距離感までほとんど問題ありません。ただ、さすがに全合奏になるとやや苦しいものがありますが、EMIの初期ステレオ録音などに比べれば遥かに上出来であります。
    演奏は、マーラー・ブーム到来のずっと昔にもかかわらず、ホーレンシュタインの解釈は明晰で、一度も全体リハをやっていない(!)そうですが、楽器の出し入れはほぼ整然と行われており、(若干の疵はあります)ところどころに見られる大胆なテンポの揺れも必然と思えてくるから不思議です。特にこの曲のキモである第2部終結部の『仰ぎ見よ!』〜『永遠に女性的なるものが、我らを高みへと引き上げてゆく』の部分は、セッション録音では得がたい高揚感であり、マーラーの交響曲の最も天上世界に近い瞬間を豪快な筆致で描きあげています。この歴史的演奏には、演奏終了直後の大歓声も至極当然といえましょう。

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  • 6人の方が、このレビューに「共感」しています。
     2010/02/14

    こちらは先ほどのマラ8とは正反対で、2008年にプレートルがウィーン・フィルのニューイヤーを振った約3ヶ月後の、録りたてほやほやのライヴであります。
    流石に大変質感のある超優秀デジタル録音(これに比べると今のDGなどは情けない限り)で、豊満なホールの響きを良くとらえており、特に低弦は運弓が見えそうな質感です。
    演奏は、巨匠プレートルの独特の芸風がはっきりと刻印されたもので、通常の質実剛健なブルックナー演奏とは間逆のスタイルで大成功しているといえるでしょう。
    第1楽章から快速に進め、ドイツの暗い森というよりは、巨大な宇宙空間に漂っているのようなスケールであります。死すら感じる強奏と穏やかなフレーズが、入れ替わり立ち代りします。第2楽章はブルックナー自身が「ドイツの野人」と呼んだと言われており、ウィーン響の素朴な響きがぴったりです(ウィーン・フィルはこの点、洗練されすぎているかもしれません)。
    第3楽章:アダージョには、安らぎと苦悩の狭間にいる一人の人間がいます。この楽章では、プレートル一音一音を慈しむかのような遅いテンポで、粘り気のある演奏を繰り広げていきます。マーラー演奏でも確固たる評価を確立した巨匠は、その干満の激しい、官能的な音楽に、マーラーとの共通点を見出したのかもしれません。これは、好みが分かれるかもしれませんね。深遠なアダージョに続き、元々がビッグバン的爆発力を持った第4楽章でも、プレートルはやってくれました。冒頭のファンファーレから尋常でなく、金管が叩きつけるような迫力で、荒々しいティンパニがそれに続きます。嵐のように曲は進み、ティンパニの細かな連打とかなり長めの休止(よく言われる『ブルックナー休止』とはこのこと?)の後、いよいよ待ち焦がれた終結です。全弦楽の祈りのような旋律に乗せられて、金管が荘厳に響く様(そしてティンパニの強打が凄い)は、世界の創造を目の当たりにし、ひれ伏すような威圧感を誇りますが、この威圧感こそがブルックナーを聴く醍醐味であり、何事にも変えがたい光悦の瞬間なのであります。テンポはどんどんと加速され、三音の下降旋律にいたる最後の「ソ」の最強音を一際長く伸ばし、崩れ落ちるように曲は閉じられるのです!オルガン的響きがホールに充満し、消えるとともにウィーンの聴衆が超熱狂し(国立歌劇場次期音楽監督のウェルザー=メスト指揮ロンドン・フィルのウィーン・ライヴのブル5を以前聴きましたが、これほどでは・・・良い演奏ではありましたが)ている様子が克明に捉えられています。             ――何という超名演でありましょうか。現代に、これほどまでロマンティックにこの曲を指揮し、またこれほどの成功を収めている指揮者がいようとは・・・。個人的には、ヴァントの北ドイツ、ベルリンの録音すら凌駕する、同曲の新決定盤の誕生を確信しているところであります。ウィーン交響楽団は、ウィーン・フィルより劣る、と思っておりましたが、この盤を聴く限りでは、少なくともプレートルを指揮に迎えたときは恐ろしいほどの実力を発揮するようです。これからも、プレートルのCDは出来る限り入手し、出来れば実演を耳にしたいところであります。そうしなければ、我々は世紀の超名演を耳にする機会を失ってしまうかもしれないのですから・・・。この盤には、☆100を献上したい思いですね。

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     2009/07/22

    去年の10月に同コンビの来日公演を聴き、感銘を受け購入しました。
    テミルカーノフは「ムラヴィンスキー時代の鉄壁のアンサンブルを壊した」などと酷評されることが多いですが、私は、ムラヴィンスキーとは全く違った音楽作りに惹かれます。
    彼は(実演でもそうでしたが)、「流れ」を大切にする指揮者であり、お涙頂戴の浪花節チャイコフスキーとは全く違います。その彼が機動性抜群のサンクトペテルブルク・フィル(まあ昔に比べると可愛そうですが)を振ると、しなやかで、かつ迫力を伴った名演が生まれるわけです。貴族的ともいえるでしょうか。
    この「第5」は、そんな彼の音楽作りが顕著です。お薦め。

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