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「ヴァントとミュンヘン・フィル@」

2008年2月27日 (水)

連載 許光俊の言いたい放題 第137回

「ヴァントとミュンヘン・フィル@」

 ヴァントとミュンヘン・フィルのブルックナー第6番、第9番が新たに発売された。このふたつは私がかねてからCD化を熱望していたものであり、いよいよヴァント+ミュンヘン・フィルのシリーズが開始されると聞いたときには何と言ってもまずはこれから発売してほしいと思ったものだ。
 しかし、なぜかもっとあとに演奏された第4番や第8番のほうが先に出、6番と9番は後回しになった。これには納得がいかなかった。というのも、ヴァントとミュンヘン・フィルの最後の共演となった第4番は、オーケストラのモチベーションが今ひとつで、集中力が欠けていたし、第8番は演奏の水準は高いものの、アクシデントがあって、1日の演奏でCDを作るにはまったく問題がないわけではなかった。
 そして、いよいよ聴いた第6番は―。
 きわめて正直に言おう。がっかりした。生のすごさはこんなものではなかった。例によって各パートをバラバラにしてしまうドイツ流の録音によって、音楽のエネルギーや起伏がズタズタにされているではないか。元のすごさの半分も伝わってこない。たとえば第1楽章。ブルックナー特有の楽想ごとにがらりと様子が切り変わってしまうという特徴(映画やドラマなら突然場面が切り替わってしまうような様子)が生ではドキリとするほど鮮明に示されていた。だが、録音ではその変化の妙がほとんど再現されない。私は暗澹とした気分になった。いったいもうこれで何度目か、私はドイツの録音技師たちを心の中で罵り、呪った。こそ泥やスリよりよほどたちが悪い犯罪者だと思った。
 しかし、である。人間の耳というのは不思議なものである。私は念のため、北ドイツ放送響とのCDを聴いてみた。これはかねてから気に入っていたものである。そして、再びミュンヘン・フィルを聴き始めた。すると今度は、響きが大きく異なる演奏を聴いたあとのせいか、なんと嘘みたいにミュンヘン・フィルのよさが伝わってくるのだ。これには驚愕した。たとえば、音が悪いホールで聴いていても、聴き進むうちに耳が慣れて演奏の特徴がよくわかるようになってくる、そんな感じかもしれない。
 北ドイツ放送響の演奏が壮年的な剛健さを感じさせるとしたら、ミュンヘン・フィルの演奏は枯れた味わいがとてもいい。第2楽章のあまりにも美しい弦楽合奏を聴け。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ・・・弦楽器が実にやさしく寄り添い合うのだ。このアダージョは北ドイツ放送響のCD,DVDでも格別にすばらしかったが、ミュンヘン・フィルとの演奏にはもっと微妙な、かぐわしい、香るような美しさがある。2分過ぎの第2主題の超絶的なきれいさには誰もが驚くだろう。溢れ上がってくるヴァイオリンの陶酔的な高音域。これはもはや「トリスタン」の第2幕、あるいは「浄夜」に近いとすら言えるのではないか。しかもそれでいて暑苦しいベタベタした肉体性は感じられず、すがすがしいのだ。清められているのだ。5分あたりからの、それとは打ってかわって陰鬱なヴィオラやチェロの歌。杓子定規でない生きたリズムの取り方。その雰囲気にぴたりと合ったフルートをはじめとする木管。私はこのようなフルートを知っているから、平気で華麗なソロを吹いてしまうエマニュエル・パユは、たとえいくら名手であってもオーケストラ・プレイヤーとしては決定的にダメだと切って捨てるのである。余談だが、ハイティンクなどは、パユがブルックナーにおいてまるでロッシーニみたいなソロを吹いても許してしまう。吹くほうも吹くほうだが、指揮者も指揮者だ。
 12分あたりからは、ホールで聴いていて「こんな美しい音楽が実現されてしまっていいのか? 完璧じゃないか、非の打ち所がないじゃないか」と思えた箇所。私が聴いたもっとも美しい音楽のひとつだ。その響きは今もはっきりと記憶に残っているが、幸いなことにこのCDでもなかなかよく伝わってくる。美しさと喜びと悲しさと切なさと・・・そうしたこもごもの感情が微妙に入り交じった超絶品だ。こんな単純な音の動きが、いやひとつの楽器が出す単音がどうしてこんなに美しく感動的なのか。音楽の神秘と至福を味わわせる。とにかくこの楽章を通じて余韻の長いホルンといい、控えめながらすばらしく的確なティンパニといい、あたたかみのあるチェロといい、各楽器がすばらしい表現力と合奏を見せてくれる。
 フィナーレでもゆっくりした抒情的な部分がとにかくきれいだ。ヴァントの音響理念、音楽理念は決定的に20世紀的でシャープなものだった。フィナーレの冒頭など、くっきりした輪郭を与えられたさまざまな要素がぶつかりあう、あまりにもモダンな感覚によっていた。私は2回の演奏を耳に焼き付けるようにして聴いたがゆえ、百パーセントの確信で断言できる。この録音ではそのあたりがどうしても曖昧、平板になる。20世紀音響芸術的側面が薄れるのだ。全体としてはハードというよりソフトに、よりロマンティックな演奏に感じられる。このあたりについては、北ドイツ放送響の録音のほうが生の印象に近い。
 あえてごまかさずに言うが、このCDは、確かに生のすごさを完全に満足できるほど再現してはくれないが、それでもすばらしい部分は猛烈にすばらしい。私はこのCDを2日の間に4回聴いた。そして、聴くたびにどんどん好きになっていき、愛しさすら感じるようになった。

 そして、第9番は? こちらは第6番の前年に録音されているが、同じホール、同じ楽団にもかかわらず、なんと信じがたいほど録音傾向が異なり、それこそホールでどんな凄絶な音楽が繰り広げられていたかを如実に示してくれるのだ。これについては次回述べよう。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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