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橋本徹の続『音楽のある風景』対談 Page.5

2009年9月11日 (金)

interview

橋本徹



●16.Wave / Com Voce

橋本:ここも変拍子つながりということで。ピアノや女性ヴォーカルもいいんだけど、何といってもこれはシャープなリズム隊のグルーヴが素晴らしくて。

稲葉:コン・ヴォセの場合は、アメリカのアーティストがブラジルの曲をカヴァーしていますね。

吉本:この立体感のある変拍子は、聴いていて独特の浮遊感に包まれるよ。

橋本:アントニオ・カルロス・ジョビンの「Wave」は、ほんとうに美しい曲だけど、ボサではなく変拍子にすることで、また新たな魅力が生まれているね。



●17.Slow Motion Bossa Nova / Celso Fonseca

吉本:これも美しいメロディーだね。

橋本:これこそ21世紀のボサノヴァ・クラシック。しかも、絶対にこのヴァージョン!

吉本:セルソ・フォンセカといえば、以前リオのイパネマ海岸のスタジオでカチアのレコーディング・スタジオに遊びに来てくれたことを思い出すね。

橋本:そうだね、忘れられない思い出だよ。彼は人柄もとてもいいし、ほんとうにボサノヴァのメンタリティーを今に継承しているアーティストかもね。

吉本:この歌詞も素晴らしくて、とてもシンプルな言葉で愛をささやいているからこそ、ストレートに届く感じがある。

橋本:カーティス・メイフィールドの「You’re So Good To Me」を思い出しちゃうんだけど、シンプルな言葉の方がかえって強く胸を打つと思うんだ。

稲葉:音数が少ないピアノも最高ですね。

橋本:このちょっと神秘的なピアノの響きが、ラヴェルやドビュッシーやジョビンの翳りに近いんだよね。



●18.Moon River / Ron Davis

吉本:そのピアノの揺らぎが、このエリック・サティの「ジムノペディ」をモチーフにしたフレーズにつながっているんだね。

橋本:このピアノの響きには甘美な儚さみたいなものを感じる。

山本:まさにエンディングにふさわしいですね。橋本さんの選曲はエンディングが特に好きなんですよ。

橋本:CDを売るという面では、コンピは前半が重要なのかもしれないけど、僕個人としてはエンディングを大切にしているところがあって、自分ならではのエンディングにしたいという思いがあるんだよね。むしろ買って聴いてくれた方に応えたいというか。だからなんとなく“余情”みたいなものを感じてもらえたら嬉しいかな。

稲葉:この「ムーン・リヴァー」のソプラノ・サックスの響きも橋本さんらしいですね。

橋本:このソプラノ・サックスには、安らかな郷愁というか、悠久の時間を感じるし、ジョン・コルトレーンにも通じるスピリチュアルで慈しむような感覚があるね。

吉本:“鎮魂”というニュアンスかな。こういう部分に橋本くんの地が出るというか、自分が素になれる瞬間があって、その時には自分も癒されているという感じなんじゃないのかな。



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山本:今回は特別に特典CDサンプラーの選曲を橋本さんにしていただきました。ありがとうございます。

吉本:ほんとうに温かい手触りだね。暖炉の温もりというか。

稲葉:今回、リップ・カール・レコーディングスの音源の中から自由に選曲していただいたのですが、正直この曲を選んだのかと驚くと同時に感心させられました。

橋本:秋の訪れを感じさせる、東京に台風が近づいた日に選曲をしたんだけど、雨の午後にふと思い浮かべたのが“ちいさい秋みつけた”っていうフレーズだったんだよね(笑)。

吉本:デリカテッセンでのオープニングにマルシア・ロペスの「Moon River」、ホドリゴ・ホドリゲスに、アドリアーナ・マシエルのデヴィッド・ボウイの「Life On Mars」のカヴァー。この流れはほんとうにきれいだね。

橋本:僕も自分で聴いていて涙が出そうになりました(笑)。

稲葉:アルバムの中では比較的に静かな曲想のものを中心に選んでいただいているんですが、すごく統一感のある仕上がりになっていますよね。

山本:橋本さんは、何気ない曲でまったく新しい世界観を再構築するところが素晴らしいですよね。すごく心地いいんです。そっと寄り添う感じというか。

吉本:曲がつながっていくことによって、一曲一曲にまた新たな魅力を吹き込む。

橋本コンパイルをやらせてもらえる中で、そういうことを感じてもらえるようにしなかったら、僕が選曲している必然性がなくなっちゃうし、ミュージシャンへの恩返しという思いもあって、オリジナルのアルバムで聴いたとき以上に新たな輝きや価値が見出せたらなと思っているんだ。

吉本:優れた編集者によって、作家の新たな魅力が引き出されるように。

橋本:今回の選曲をするにあたっては、すでに自分が知っている曲の中でも、ネオアコ心をくすぐられるというか、ボサノヴァやジャズ・ヴォーカルの中でも親密な空気や、しみじみとした内省感を感じさせるものを中心に選んでみようかなと思って。

吉本:収録曲のジャケットをずらりと並べたインナー・スリーヴを見てみると、リップ・カールのデザインの美しさもひときわ際立つね。

山本:個人的なことを言わせていただくと、ここに並んだアルバムは僕にとって渋谷店時代の歴史なんですよ。

一同:おおっ!

山本:ルイ・フィリップがプロデュースしたライラ・アメジアンもアルカディアンズを彷彿させる素晴らしいアルバムです。オースティンやアレクシア・ボンテンポを入れてくださったのも嬉しいです。

橋本:この特典CDを聴いた方がまた店頭でアルバムを買ってみたいと思ってもらえたらいいね。ピエール・アデルネやダヂ、ベト・カレッティやホドリゴ・マラニャオンなど、いいアーティストが多いからね。ダヂは実はネオアコが好きな人に届くある種の空気の震えみたいなものを大事にできる人だと思うんだ。

山本:ラスト2曲のアレックス・キューバ・バンドからオースティンへの流れもほんとうに橋本さんらしいですね。

吉本:こういう選曲が橋本徹だなって、ほんとうに思うよ。

稲葉:ほんとうにそうですよね。

橋本:僕自身も今までに手がけたコンピの中でも特に気に入っているエンディングだな。カエターノ親子が書いたモレーノ+2の名曲をアドリアーナ・マシエルが白日夢のように歌って、アレックス・キューバ・バンドに流れたところで、いつも胸を締めつけられて涙が出そうになる。

吉本:そしてアレックス・キューバ・バンドとオースティンを聴き終えた後には、誰もが、心に持っている安らかな優しさに気づくんじゃないかな。

profile

橋本徹 (SUBURBIA)

編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。サバービア・ファクトリー主宰。渋谷・公園通りの「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・グラン・クリュ」「アプレミディ・セレソン」店主。『フリー・ソウル』『メロウ・ビーツ』『アプレミディ』『ジャズ・シュプリーム』シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは190枚を越える。NTTドコモ/au/ソフトバンクで携帯サイト「Apres-midi Mobile」、USENで音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」を監修・制作。著書に「Suburbia Suite」「公園通りみぎひだり」「公園通りの午後」「公園通りに吹く風は」「公園通りの春夏秋冬」などがある。

http://www.apres-midi.biz