CD 輸入盤

交響曲第1番、天女と漁夫 沼尻竜典

橋本國彦(1904-1949)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
8555881J
組み枚数
:
1
レーベル
:
:
International
フォーマット
:
CD

商品説明

橋本 國彦
交響曲 第1番 ニ調(1940)(世界初録音)
交響組曲「天女と漁夫」(1933)(世界初録音)
沼尻竜典指揮 東京都交響楽団

多様化した音楽スタイル、悲しむべき戦争を一端とした日本の動乱。"カオスと化した20世紀"に翻弄されつつも、日本における近代〜現代音楽の潮流をリードした橋本國彦。そのあまりに多彩で重要な活動は、第二次世界大戦後になって意識的に封印されていたきらいがあります。第2楽章に沖縄の音階を使ったことで有名な「交響曲第1番」(皇紀2600年奉祝曲)は驚くべきことにこれが初録音。「羽衣伝説」に基づくバレエ音楽「天女と漁夫」は、近代フランス音楽と日本の伝統文化との融合。作品の再評価を促す、沼尻/都響の素晴らしい演奏で。

交響曲 第1番 ニ調
交響曲第1番ニ調(1940年)は「皇紀2600年奉祝曲」として書かれた。
建国祭本部の委嘱で1938年から40年にかけ作曲され、1940年6月11日、作曲者指揮東京音楽学校オーケストラにより初演。国家的祝典曲に相応しいポジティヴで民族色を湛えた内容と幅広い聴衆を納得させうる平明な響きを持ち、しかも機会音楽にとどまらぬ交響曲としての重みを持つ作品という面倒な条件(その条件はソ連の社会主義リアリズムと似通っていなくもない)を、橋本はよく克服し、結果、この曲は20世紀前半の日本の交響曲を代表するひとつになりおおせている。この作曲家は多様な音楽様式を時と所によって使い分けながらも、その本質に於いては何よりもリリカルなメロディストであったが、この大作を性格づけるのも、やはり全編を横溢するうたごころであろう。
 第1楽章は西洋のソナタ形式と、日本の絵巻物的美意識との融合である。
有名な第2楽章の主題は南日本の5音音階と結び付いている。橋本はその主題をラヴェルの《ボレロ》のように反復させ、クレッシェンドさせて、クライマックスには伴奏に日本太鼓が持ち出されてくる。そのプロセスは、1940年当時に日本が政治的、経済的、軍事的に抱いていた「南方への強い憧れ」と関係する。
 第3楽章「主題と変奏曲とフーガ」。主題は、唱歌《紀元節》(伊沢修二作曲)である。曲はすぐに率直に主題を提示し、あとに8つの性格的変奏が続く。フーガは、はじめに弦楽の提示する主題と、《紀元節》の主題と、第1楽章の3音動機とによる3重フーガを形成し、このうたに満ちた交響曲を壮麗に結ぶ。

交響組曲「天女と漁夫」
 《天女と漁夫》は花柳寿美の委嘱で芦原英了の台本に基づき作曲され、1932年10月13日、寿美の主催する曙会の新作発表会(於日比谷公会堂)で初演された。その直後から翌年にかけ、作曲家はこの音楽を演奏会用組曲にまとめた。ここに収録されたのはその版である。

橋本國彦プロフィール
1904年9月14日、東京本郷生まれ
1923年東京音楽学校(現東京芸術大学音楽学部)に入学。ただしこの学校で彼が専攻したのはヴァイオリン(師は安藤幸)と指揮(師はラウトルップ)だった。というのも、この学校には1930年代前半まで作曲科がなかったから。
1920年代後半 多彩な演奏会用歌曲群によって作曲家としての地位を確立
1933年東京音楽学校の教官に就任し、厳格なアカデミズムの立場を代表すべき作曲家ともなった。作曲家としての仕事に加うるに彼は、1934年までヴァイオリニストとしても活躍し、リサイタルやレコーディングを行っていた(ヴァイオリンの弟子のひとりに朝比奈隆が居る)。
1934〜37年、橋本は文部省から派遣されて欧州に留学、特にウィーンに長く滞在して、シェーンベルクの弟子で「新ウィーン楽派第4の男」と呼ばれたエゴン・ヴェレスに学ぶ。また彼はベルクの《ヴォツェック》に接して衝撃を受け、フルトヴェングラー、トスカニーニ、ワルター、ワインガルトナー、E・クライバーの演奏会に通い、レスピーギを訪問し、ハーバやクルシェネクに親炙し、帰国途中にはロサンゼルスでシェーンベルクに教えを受けた。
日本は1937年から中国との全面戦争に突入しており、帰国後の橋本は官学の東京音楽学校を代表する「花形作曲家」として、国家の要請に真っ先に応えるべき役回り(たとえば交響曲第5番や第7番を書いたショスタコーヴィチのような)を期待された。欧米での彼の幅広い見聞のうちすぐに役立ったのは、「新ウィーン楽派」についての知識よりも全体主義に支配されたドイツやイタリアの文化的動向の方だった。
1945年、日本は敗れ、翌年、橋本は戦争中の活動に対する責任を取るかたちで母校の教授職を辞した。 戦時期から戦後の価値転換期へとかかり続けたストレスは確実に橋本の心身を蝕んだ。
1948年、彼はガンに倒れ、闘病中、キリスト教に帰依し、翌年5月6日、鎌倉で逝った。
なお、彼の弟子には江文也、吉田隆子、清水脩、高田信一、中田喜直、畑中良輔、小林福子、團伊玖磨、芥川也寸志、黛敏郎、矢代秋雄、高橋悠治らが含まれる。たとえば芥川のリリシズム、黛のダンディズムやナショナリズムは橋本からの影響抜きには語れぬであろう。

総合評価

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戦前の日本の交響曲でも最高の出来ではない...

投稿日:2009/01/30 (金)

戦前の日本の交響曲でも最高の出来ではないかと思うぐらいすばらしい、交響曲第一番。 ショスタコーヴィチの第5交響曲のように政治的な部分も含むためなのか、今まで再演されなかったそうだが、是非これからも演奏、録音をしてほしい。 このCDの演奏は高水準で日本人作曲家選集の中でもかなりよいほう。 是非おすすめします!!!

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すばらしい2作品です。交響組曲が29歳、交...

投稿日:2007/06/15 (金)

すばらしい2作品です。交響組曲が29歳、交響曲が36歳の作とは思えないくらいです。両作品の時間差は、あまり感じられず主題の処理も見事と思います。完成度は両作品ともにすばらしいものです。沼尻都響の演奏もすばらしく、唄っています。交響曲は、センチなナショナリズムとは無縁かもしれませんが、ここまで思いを込めて書いてしまうと戦後は辛かったのだろうな?なんて邪推してしまいます。

北の火薬庫 さん | 北海道 | 不明

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特に交響曲が好きです。日本を代表する名曲...

投稿日:2006/01/07 (土)

特に交響曲が好きです。日本を代表する名曲なのになんでいままで誰も録音しなかったんだろうと思いました。第一 楽章冒頭から美しい旋律と響きにあふれていて、すぐ有名になりそうな第二楽章の楽しさや第三楽章のアルプスの雄大な風景がひろがる第8変奏 など、とても魅力的な作品です。まだ聴いたことがない方 是非聴いてください。

シュンシュン さん | 山口県岩国市 | 不明

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  • 作成者:望月ハルヒさん