『さむくないかい』 根本敬 インタビュー 【3】
2010年3月3日 (水)

映像夜間中学が10周年を迎えた今年、1996年に制作された『さむくないかい』が21世紀初のパートカラーとしてDVDで甦る。しかも、ユダヤジャズ相馬大氏によって制作された『しおサイケデリック』との2枚組で。10年前から映像夜間中学を根本敬氏と共に育んできた、アップリンク 倉持氏のご協力の下に、根本氏に直接、お話を伺う機会を頂いた。『さむくないかい』について、”因果力”について、89歳現役ラッパー 坂上弘氏がまもなく、忌野清志郎氏の「スローバラード」お披露目になるかもしれない・・・について、『しおサイケデリック』について、「しおさいの里」で産声を上げた「でも、やるんだよ!」誕生の瞬間について、映像夜間中学について、カスバの女 緑川アコ氏にまつわる”廃盤笠地蔵”について、勝新太郎氏曰くの”偶然完全”について・・・。根本氏のお話はリズムやテンポが心地よく、繰り広げられる内容に落語を聞いているような気分になった。当日は雨が降る寒い中、外に出てサービス撮影に!「さむくないかい」的ニュアンスのポーズをカメラに向けてして下さり、(PSYCHEDELICシールをフードに付けるという遊び心も忘れず!)、根本氏自ら、イイ顔!根本語録に彩られた”因果力”インタビューをおたのしみ下さい。INTERVIEW and TEXT and PHOTO: 長澤玲美
説明出来ない何かが起こっているという、そういう状況を人より多く、気付くと作り出しているという、それが“因果力”ですね。
- --- 映像夜間中学が10年という節目になりましたが、10年前と今に心境の変化などはありますか?
根本 うーん、それは本質的なところにはないんですけど、最初に言った通りに、まあ、結局、我々はその辺は割り切っちゃって毎回やってるんですけれども、一応ね、一見さんから10年間通ってる人から全員をとにかく楽しませなければ・・・1999円分くらいはお楽しみ頂いた上で帰路に着いて頂ければというのは常にありますからね。だからある意味、考え込んじゃうとこれはすごく難しい問題なんですよね。10年一律と言えば一律ですけどね、「毎度おなじみの夜間中学」をやるだけです。でも、それにしても10年続いたので・・・早いですね(笑)。
倉持 「10年かけて貯めた1円(玉)也」っていう言葉もありますしね(笑)。
- --- 「映像夜間中学講義録イエスタディ・ネヴァー・ノウズ」(未公開 特別付録DVD 「男・友情の小さな旅/EVE」も発売されましたが、この本に関しても10周年の記念として出版されたんですよね?
根本 そうですね。数えで10年記念ということで。で、満10周年で『さむくないかい』ですね。せっかくの10年ですからね、やっぱり2回くらいは利用しないと(笑)。
- --- 未公開 特別付録DVDとして 「男・友情の小さな旅 / EVE」が収録されていますが、『しおサイケデリック』の相馬大さん制作ですよね?
根本 そうですね。それがですね、もう何年も前からユダヤジャズの相馬くんと「一緒に何かやろう」っていう話をしてたんですけど、それの一番最初の『しおサイケデリック』と比べるとね、本当に軽い“お手合わせ“みたいな感じなんですけどね(笑)。
- --- 「男・友情の小さな旅/EVE」というタイトルですが・・・。
根本 何で「EVE」かって言うと、夜間中学の第1回目は10月20日ですよね?(1947年)10月21日っていうのが蛭子(能収)さんの誕生日なんですよ(笑)。
- --- その蛭子さんのお誕生日の前日だから「EVE」なんですね(笑)。
倉持 「映像夜間中学講義録 イエスタディ・ネヴァー・ノウズ」の表紙はエビス・プレスリーですからね(笑)。
- --- エビス・プレスリー・・・(笑)。映像夜間中学は受講料が10年前と変わらないのも素晴らしいですよね。
倉持 途中から学生割引が導入されましたけどね。
根本 毎回3人くらいは学生証を提示で。
倉持 で、学生証も本人の判断に任せていて、「これが学生証です」って言われたら、「はい」と受け入れることにしています。
根本 だからね、どんなおばあさんでも「わたし、学生です」って言われたらOKなんです。スーパーのチラシとか貼って持って来ちゃってもそれに応じますから(笑)。
- --- そういうこと、今までありましたか?
倉持 さすがにないですね(笑)。
根本 さすがにね(笑)。
- --- そうですよね(笑)。
倉持 でも、第1回目をやって、第2回目、第3回目って、夜間中学をやり始めた初期の頃にどこかで・・・多分インターネットか何かを見たのか?よくはわからないんですけど、切羽詰った口調の妙齢の女性から「息子を入学させたい」っていう電話がかかってきたことはあります。
- --- 映像夜間中学というタイトルから、普通の夜間中学校だと思われたんですね(笑)。
倉持 「そちらの映像の学校にうちの息子を・・・」と(笑)。
- --- どうお答えしたんですか?
倉持 「イベントです」と丁寧に説明しました(笑)。
根本 まあ、何かとにかく・・・引きこもりで、登校拒否をしてて手に負えない息子を抱えてたんでしょうね。で、どっか何でもいいからとりあえず学校に入れようと思ったんでしょうね。
倉持 で、受け入れ先を探している時に「映像で」「中学で」ということで。
根本 そこでね、そのお母さんが息子さんを連れて来てくれればね、別のところを紹介したりとかしたんですけどね。でも、それも10年くらい前だからね、当時その息子が16〜7歳だとしてもね、今は20代後半だもんね。
倉持 もう子供がいるかもしれませんね。
根本 それでね、やり直しがきかない人生になってるかもしれないわけだからね、やっぱり、夜間中学に来ればよかったんですよ。そういう人が来たらね、こっちは親身にお応えしますから。すごーく親身に(笑)。
倉持 (しみじみと)そんなこともありましたねえ。
- --- 今年の年明け、都築響一さんから新年のご挨拶メールを頂いたんですが、その中に「世の中、あいかわらず不況、不況の大合唱で、出版業界はいい話ゼロ、スナックも閉店が相次ぐようです。こういう時代だからこそ、「でも、やるんだよ!」(ⓒ根本敬)のスピリットでひとの言うこといっさい聞かずに自分だけに見えてる道を爆走する人間がいちばんハッピーでいられる気がしてなりません。たいへんで、たぶんイヤなこともたくさんありそうなこれからの1年間をみなさまが、そして僕自身も、なんとかポジティブな気持ちで過ごせますように!」とのメッセージがあったんです。「でも、やるんだよ!」の精神がいろいろなところに広がっているなあと改めて、実感していた次第です(笑)。
根本 そうですかあ、うれしいですねえ。「でも、やるんだよ!」はね、浸透してますよね。タワレコで配ってるbounceとかを細かーく見るとね、必ず誰かが言ってるでしょ?あとはね、「映画秘宝」の1冊の本にね、2箇所見つけましたよ(笑)。
- --- すごい浸透率ですね(笑)。
根本 こっちもね、「でも、やるんだよ!」に関してはぱらぱらって見てるだけで見つけられるようになって来ましたよ(笑)。「ああ、役に立ってよかったなあ」って思いますよね。「コラムの花道」のラジオの最終回、1回分は「でも、やるんだよ!」でしたしね。
- --- その言葉の発祥の地である「しおさいの里」の映像も観れて、何か感慨深いものがありました(笑)。
根本 元はね、どうしようもない親父の口からね(笑)。どういう意図があったのか。そこに意図を問うてもしょうがないんですけどね。あそこでそれを掬ったっていうことですね(笑)。何かね、言わされたんですよね。
倉持 その環境に、その状況に。
根本 うん。だから、結局ね、俺がここで拡大解釈して・・・なんですけど、特にこういう映像の場合は、本当にセッティングなんですよ。一応ね、監督とか脚本だとかとりあえず便宜上名乗ってるけど、正しくはセッティングにも参加してないんですよ。要するに、“因果力”を集めたものを配置、セッティングして、「みなさん、お好きに。カメラ回しますからよろしくお願いします」っていう、そういうことですね。セッティングが全てですね。
- --- セッティングが。
根本 ええ。だって、こういう風にセッティングしたら、それ以上の余興がないっていう。セッティングとあとはキャスティングですよね。これはね、現実のトラブルみたいなものが起きた時にも結構、使えますね。近いところで言うと、暴行罪が(笑)。
倉持 長澤さんは以前、HMVの中で「カスバの女」という連載コラムを書いていたそうで。
根本 倉持からね、長澤さんの話を初めに聞いた時にね、「カスバの女」って名前を使ってる方だって聞いたので、「ああ、もうこれはお会いしなくては」と(笑)。俺はね、元祖カスバの女の緑川アコさんの復活に関わりまして。
根本 彼女の60歳・・・いわゆる還暦の誕生日にファクトリーでイベントをやったんですよ。「会社には内緒よ」って(笑)、ここで歌ってもくれたんですよね。
- --- それはいつ頃ですか?
根本 2007年の4月17日ですね。坂上さんも前座でね(笑)。
倉持 (坂上さんの口調を真似しながら)「緑川アコさん、お誕生日おめでとうございます」って(笑)。
根本 普通の60歳とは全然違いますよね。すごく色っぽくて。幻の名盤解放同盟でね、復刻を30枚くらいやってたんですけれども、今はどういう状況かって言うとね、例えば、「こういうレコード、CDを復刻したい」って言うと、1曲1曲ね、背広を着た奴らの前でかけて、了解をいちいち取らなきゃいけない。だからね、そういうのに嫌気が差してね、結局、クレイジーケンバンドはユニバーサルに移籍したんですけれども(笑)。とにかくね、P-VINE RECORDSは会社の体制が全然変わっちゃったんで、その一番最後にぎりぎり復刻として出せたのが緑川アコさんの「酔いどれ女の流れ歌」なんですよね。
※幻の名盤解放同盟 1982年、根本敬と音楽評論家・湯浅学、フリーラーター・船橋英雄の3人により結成。結成間もない「廃盤水平社」の頃、湯浅の先輩で3名を引き合わせた、当時のタウン誌「浜っ子」の編集長、渡辺光次氏に「自衛隊員にサンリオの詩集を愛読する者は多い」「硬い煎餅を齧る前歯の強さは人生の苦渋に耐えた男の意地だ」など、数々のオルグを受け、今に至る活動の原則となる。近刊に「ベスト・オブ・ダイアリー」ともいうべき、共著「同盟日記(1982-2009)マヌケ美」(東京キララ社発行・河出書房新社発売)を予定。
このアルバムにしたのには理由があるんですけど、その復刻をしようっていう流れの前・・・どこかでアコさんがトークショーをやった時に「自分でもどうしてもあのアルバムをもう一度手に取りたい。ヤフーのオークションに出て、自分でパソコン使えないから人に頼んで、すごい大枚をはたいたんだけれども、それでも落とせなかった」って言ってたのを俺は聞き逃さず・・・「じゃあ、だったらこっちで紙ジャケで復刻しよう」って。で、こっそり、約半年くらいかかって復刻に辿り着けて、ある日、アコさんに電話して「これから会いたいんです。渡したいものがあります」と。でね、それを渡したらアコさん、ものすごいびっくりしちゃって、思わず泣き出しちゃったりして(笑)。「まさかこんな形で」って。まあね、それを唱えて「廃盤笠地蔵」って呼んでるんですけど(笑)。- --- 「廃盤笠地蔵」・・・(笑)。
根本 その当時、P-VINEで唯一ね、幻の名盤解放同盟を担当してた男っていうのがほとんど窓際に追いやられて権限が一切なくなる直前で、これが一番最後の仕事なんですよね。でもね、緑川アコさんのCDがずっと(市場に)出てないっていうのはおかしいですからね。安田謙一っているじゃないですか?彼と一緒に幻の名盤解放同盟の解放活動以外にカスバレーベルというレーベルを立ち上げてですね、(幻の名盤解放)同盟がディレクションして、安田謙一が選曲するっていう。それで殿さまキングスを2枚(「殿キンのスーダラ外伝 〜クレイジーキャッツを唄う〜」「殿キン・カンタービレ 〜パロック・クラシック」)出して、それで終わったのかな。カスバレーベル、まさかの3枚で終わっちゃったという(笑)。
- --- カスバレーベル復活は?
根本 どっかで必ずしようと思ってますけどね。
- --- カスバからいろいろつながりました(笑)。
根本 いやあ、カスバはイイ言葉というかね、深いですからね。だからね、さっきのチラシもね、ビートルズの「Let It be」のB面にさ、「You Know My Name Look Up The Number」ってあるんですけど、それにひっかけてね、「You Know My Name(Rook Up The Casbaher」って。で、カスバっていうキャラクターまで作って。そのTシャツの版下まで作ったんですよね。
- --- どんなキャラクターなんですか?
根本 うーん、たまたましか描けないキャラクターですね(笑)。10年もやってるといろいろあるんですよねえ。
- --- それでは、今後のご予定を宣伝も含めて、最後に頂けますでしょうか。
根本 そうですね、では、せっかくですから・・・「映像夜間中学講義録 イエスタディ・ネヴァー・ノウズ」が発売中で、あれは夜間中学を疑似体験出来るということと、ディスク2の『しおサイケデリック』と「映像夜間中学講義録 イエスタデー・ネヴァー・ノウズ」のDVD「男・友情の小さな旅/EVE」は、とも言えばつながっていると。そして、近い予定としては4月に「でも、やるんだよ!」出典となったKKベストセラーズから93年に出た「因果鉄道の旅」が幻冬社から文庫で出ます。でね、これは一切図版をなしにしたんですよ。だから、文字だけで読むとまたちょっと別物を見ているような錯覚に陥る・・・書いた本人が。それからあとは、青林工藝社から「生きる」というものすごいベタなタイトルなんですけど、「2010」年版が出ます。20年振りに書いた「生きる」ですね。書き下ろしが約10本くらい入った新作ですね。ついでにもう1つ言えば、「生きる 2010」にあわせて、約20年くらいずっと絶版で品切れ状態だった「豚小屋発犬小屋行き」が新装版で一緒に出ます。
- --- 本もどんどん出版されて行きますね。
根本 そうですね。今年はちょっと、固め打ちをしないと(笑)。
- --- あとはやっぱり、映像夜間中学に行かれたことのない方はこの機会にぜひ!ということで。
根本 そうですね。(やさしい口調で)本当に怖くないですから(笑)。
一同 (笑)。
倉持 怖い場所って、これから言った方がいいのかなあ(笑)。
根本 怖いところってね(笑)。
倉持 「我々と一緒に秘密を共有しませんか?」とかそういう方向に行った方が良い時期なのかもしれない。
根本 でも、「暗黙の了解の密室の秘め事」という言葉がありますからね。「ここで起こったこと、観たことは暗黙の了解の密室の秘め事だから」という(笑)。でもね、10年間やってきて、夜間中学についてきちんと取材して下さったのは長澤さんが第一号ですから(笑)。
- --- すごく意外ですが・・・大変光栄です(笑)。
根本 何でみんな来ないんだろうね。
倉持 何でですかね、さっきの夕刊フジの囲み記事くらいですもんね。
根本 そうですよね。それも何か・・・ちゃんと直接、俺の話を聞いてるわけじゃないしさ。
倉持 『コンクリート』の時にたまたま、根本さんの記事が映ったくらいですもんね。
根本 そうね。
- --- 『コンクリート』?
倉持 元々、よそで公開することが決まってたのが上映をやめるという事件があったんですよね。それを受けてウチの社長がやるって言って、それ自体が結構話題になって。
根本 いろんな横槍が入って、「やめろ、やめろ。何か騒ぎが起こるからやめろ」ってなったんですけど、警察関係なんで、神経を逆なでするような、それこそファクトリー自体が「暗黙の了解の密室の秘め事」の場ですから(笑)、「刺激するようなポスター類は全部剥がしておけ」っていう、そういう状態にしたんですよね。ところが1枚だけ剥がし忘れたポスターが俺がわざわざ作った「ダメ、絶対。労働厚“性”省」っていうポスターで。これはしかもね、3Dのメガネをかけると浮き上がるようになってるんですよ(笑)。「ダメ、絶対。」・・・(笑)。
- --- 薬物の・・・(笑)。
根本 そうそうそう(笑)。ドアの開閉の内側だったんで剥がし忘れて。そしたら、そのポスターの前に警備員が立ってるっていう図ですね。
根本 だからこれはね、勝新太郎の言葉で言えばね、「完全な芸術とは偶然の力を借りないと成立しない」というね。それこそまさにこれですよね。勝新太郎曰く、“偶然完全“(笑)。でね、これはバランスもよく出来てるんですよね。この警備員もね、職務に忠実そうな警備員とさ、「ダメ、絶対。」のポスターの対比!(笑)。
- --- 先ほどお見せ頂いた叶姉妹のお写真もそうですが、まさに“因果力”によって集結されたという(笑)。
根本 そうそう(笑)。あれも偶然ですからね。
- --- 説明出来ない何かが起こっているという。
根本 そう、本当にそうなんですよ。だから、そういう状況を何か作り出す・・・人より多く、気付くと作り出しているという、それが“因果力”ですね。
- --- 本日はいろいろとお話を伺えて、とてもたのしかったです。ありがとうございました。
根本 いや、こちらこそ。ありがとうございました。
※インタビュー内の注釈および根本敬氏のプロフィールは、「映像夜間中学講義録 イエスタディ・ネヴァー・ノウズ」の脚注より一部、抜粋させて頂きました。2010年2月15日(月) アップリンクにて
(おわり)
※「特殊まんが -前衛の-道」(東京キララ社)所収。根本敬×天久聖一対談を参照のこと。
・・・とここでも資料をお見せ頂く。
※廃盤笠地蔵 根本敬の映像夜間中学・特別編 「廃盤笠地蔵」 超電気歌手 緑川アコ 還暦!トークライブと題し、このイベントは開催された。
※根本さんが「其風画伯(白)展を開催した銀座8丁目のギャラリー、当時その前にあったクラブ「カスバ」でアコさんはママさんをされていたそうです。
※『コンクリート』は、1989年に起きた「女子高生コンクリート詰め殺人事件」を題材にした渥美饒児のノンフィクション小説「十七歳、悪の履歴書」をあくまでフィクションとして取り上げ映画化した作品。当時、銀座シネパトスで公開が決定していたが、ネット上での痛烈な批判と抗議によってあえなく劇場公開を中止したといういわく付きの作品で、限定上映という形で2004年7月3日から9日までアップリンク・ファクトリーで公開された。
その実際の記事をお見せ頂く・・・。
※勝新太郎 1931年11月29日〜1997年6月21日 元祖『座頭市』の俳優。歌手活動もしていた。本名:奥村利夫、通称:かつしん。長唄三味線の杵屋勝東治の次男。東京市深川区(現・東京都江東区深川)出身(誕生は千葉市)。妻は二代目中村鴈治郎の長女で同じ大映の女優・中村玉緒。兄は若山富三郎。俳優の鴈龍太郎は長男である。
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- さむくないかい
- 2010年03月05日
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- 映像夜間中学講義録 イエスタディ・ネヴァー・ノウズ
- 2009年02月
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- 特殊まんが-前衛の-道
- 2009年04月
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- 真理先生
- 2009年01月
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- 特殊絵本 亀 / コロ 根本敬×横山剣
- 2009年02月
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- 新装復刻版 豚小屋発犬小屋行き
- 2010年03月
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- 生きる2010
- 2010年03月
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根本敬(ねもとたかし/ねもとけい)NEMOTO TAKASHIE(仏語で「糞をしろ!」の意も有)
1958年生まれ。東京都目黒区出身。81年、故・長井勝一氏編集発行人の月刊漫画誌「ガロ」でデビュー。自称・特殊マンガ家、蛭子劇画プロダクション・チーフ。
他に文筆・映像・デザイン・講演・出版プロデュース(「KEI チカーノになった日本人」「死なない限り問題はない」(東京キララ社))等、多岐に渡り活動する。現在、東京キララ社等の特殊顧問(本人曰く人口肛門)を務める。
また、「幻の円盤開放同盟」として廃盤歌謡曲復刻の尖兵を切り昭和歌謡ブームの礎を築く。苦節(?)四世紀半にして、第11回みうらじゅん賞を受賞。
代表作は「生きる」「怪人無礼講ララバイ」「亀ノ頭のスープ」(いずれも青林工藝舎)、93年「因果鉄道の旅」(KKベストセラーズ)を皮切りに、「人生解毒波止場」(洋泉社)で漫画以上の新たな読者層を生む。又、前書より、「でも、やるんだよ!」「俺たち手に職持ってっかんなァ」と云った言葉に励まされたという人が近年続々名をあげている。
映像作品に『さむくないかい』(96年当時の青林堂)や出所後の奥崎謙三主演のドキュメント・ハードコア・思想ポルノ『神様の愛い奴』の撮影現場で陣頭指揮をとる。08年、クレイジーケン・バンド『亀』のビデオクリップも話題に。近刊は、第11回みうらじゅん賞受賞の「真理先生」(青林工藝舎)。その副読本ともなる受賞第一作が「映像夜間中学講義録 イエスタデー・ネヴァー・ノウズ」である。
因みに「G・U・F・Tシリーズ」第三弾は、根本敬の見た「そのまんま金嬉老」。注目されたし。
また、他に「特殊まんが -前衛の-道」(発行:東京キララ社 発売:河出書房新社)等がある。そして、大電氣菩薩「峠」をも超えんとす。現在18年前、100頁で筆を止めた精子三部作完結篇「未来精子ブラジル」再始動へ向かう!
2010年は96年に制作された『さむくないかい』が21世紀初のパートカラー作品として鮮やかに甦り、「でも、やるんだよ!」出典となったKKベストセラーズから93年に出た「因果鉄道の旅」を一切図版をなしで幻冬社から文庫で出版(文字だけで読むとまたちょっと別物を見ているような錯覚に陥るとは、根本敬氏談)。そして、青林工藝社から書き下ろしが約10本ほど入った新作、20年振りの「生きる2010」と約20年くらいずっと絶版で品切れ状態だった「豚小屋発犬小屋行き」が新装版で甦る。
そして、今年で10周年を迎えた映像夜間中学も毎月末の金曜に「暗黙の了解の密室の秘め事」アップリンク・ファクトリーで心気開校中!
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